キャンディアイランドは、智絵里ちゃんとかな子ちゃん、杏ちゃんの3人のユニットで、ニュージェネと同じ、シンデレラプロジェクトの1つである。
3人ともキュートアイドルだが、シンデレラプロジェクトが始まった時、まだキュート、クール、パッションの属性分けは始まっていなかった。偶然なのか、それとも発表されていなかっただけで、すでにそういう計画はあったのか。
これについては、当時を知る近しい人間に聞いたところ、ほとんど同時進行だったとのこと。
「まあ別に、君はキュートアイドルだって言われて振る舞いを変えるわけじゃないし、私の中ではあまり重要ではありません」
苦笑しながら、卯月ちゃんはそんなようなことを言っていた。実際、振る舞いから属性が決まったのであり、決められた属性に合わせて振る舞いを変えるというものはない。
そういうわけで、キャンディアイランドは比較的タイプの似た3人で構成されている、と言ったらファンに「全然違う」と刺されるかもしれないが、特に346プロのパッションアイドルの強い個性を考えれば、かな子ちゃんのスイーツ好きも、杏ちゃんの働きたくない信念も、そこまで際立ったものではない。
キュートアイドルだけの3人ユニットと言えば、空手、フルート、ドーナツのメロウ・イエローが有名だが、キャンディアイランドもなかなか人気らしく、今回のCPライブでもニュージェネやアスタリスクより大きい会場で行われる。ちなみにピンチェはメロウ・イエロー以上に人気だが、それは単に美穂ちゃんが有名というだけだ。
キャンディアイランドのリーダーは名言はされていないが、一応杏ちゃんということになっているらしい。確かに、智絵里ちゃんとかな子ちゃんはニコイチのイメージがあるし、大人しいタイプでリーダーという感じではない。働きたくない子がリーダーというのもどうかと思うが、それについては卯月ちゃんが、「杏ちゃん、シンデレラで一番しっかりしてますよ」と笑っていた。やる気のなさは、演技も少し入っているのかもしれない。
3人の人気はわからないが、ツイッターで一番よく名前を見るのは智絵里ちゃんである。これは、彼女がMasque:Radeの一員だからで、みくちゃんが嫉妬するくらい、ここのところ346プロはMasque:Radeの活動に力を入れている。何と言っても美穂ちゃんの人気が高いが、CPから抜擢された智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんもファンを増やしている。
そういうこともあって、キャパが広いにも関わらず前売りでチケットが完売したライブ会場は、ニュージェネやアスタリスクよりも熱気に包まれていた。特に知り合いもいないし、金銭的事情により握手会も回避を決めたこともあり、のんびりと会場に着くと、いきなり女性の声で名前を呼ばれた。
「○○さん」
少なくとも李衣菜ちゃんの声ではない。誰か知り合いがいたかと振り返ると、身長差のある二人組の女の子が立っていた。背の低い子は帽子をかぶって眼鏡をかけていたが、オーラでわかる。ピンチェのリーダーにしてMasque:Radeのメンバーでもある、346プロのトップアイドルの一人、小日向美穂その人だ。
「認知されてる。嬉しくて死にそう」
名前は出さないようにしながら小声でそう言うと、美穂ちゃんはくすっと笑った。
「相変わらずですね」
「相変わらずとは」
「驚きも緊張もしないから。こっちは乙倉悠貴ちゃん」
美穂ちゃんがさっと手を上げて紹介すると、悠貴ちゃんと呼ばれた中学生くらいの子は、ピュア100%の笑顔で頭を下げた。
「乙倉悠貴ですっ! よろしくお願いしますっ!」
「悠貴ちゃん、声が大きい」
「あっ、ごめんなさいっ!」
慌てた様子で悠貴ちゃんが両手で口を押さえた。勢いのある子だ。未央ちゃんがユニットを組んでいる日野茜ちゃんに近いところがあるが、服装は可愛らしくてパッションよりキュートという感じがする。
「初めまして、○○です。美穂ちゃんのプロデューサーの2人目の子だっけ?」
最近結成されたソラーナ・チーカというユニットの子だが、どんな活動をしているのかまでは追っていない。
美穂ちゃんは小さく頷いてから、可笑しそうに口元に手を寄せた。
「子供みたいな表現ですね」
「美穂ちゃんがお母さん」
「私が1人目の子ですね」
俺のブラックジョークを、美穂ちゃんは軽やかにいなした。もちろん、美穂ちゃんとプロデューサーが付き合っている前提で成り立つ冗談で、美穂ちゃんも俺がそういう意図で言ったとわかった上で返したのだろう。
「今日は二人? プロデューサーも一緒?」
話を変えるように聞くと、美穂ちゃんは首を横に振った。
「来れなくなっちゃって、今日は私が悠貴ちゃんを保護しています」
「保護猫みたいな響きだ」
「保護されてますっ!」
悠貴ちゃんが明るい声で言った。今のは保護者という意味も理解した上で言ったのか怪しいが、とにかく元気で、見ていてこっちまで明るくなれる子だ。
「何となく、美穂ちゃんが今日のライブに来てるのは意外感。誰推し?」
軽いノリでそう聞くと、美穂ちゃんは「推しって」と笑いながら、いたずらっぽい目で俺を見上げた。
「やっぱり智絵里ちゃんかな。今日はまゆちゃん以外、Masque:Rade勢揃いです」
「サプライズで歌うと」
「出る幕なしです。○○さん、今度Masque:Radeのライブ、来てくださいね。ピンチェとはまた違った私が見れますから」
「卯月ちゃんの許可が下りたら」
「根回ししておきます」
美穂ちゃんが可愛らしくグッと拳を握った。ステージの下では本当に年相応の普通の女の子だ。
隣で悠貴ちゃんが瞳を輝かせて俺を見上げた。
「今度、ショッピングセンターで他の子たちと小さいステージやるんですっ。良かったら私のも来てくださいっ!」
まだデビューしたばかりだか、もうパブリックな場所で歌うらしい。それにしても、Masque:Radeのライブと同じノリで誘ってくるのは、なかなか逞しい子だ。
日時を聞いたら空いていたので、同じように「卯月ちゃんの許可が下りたら」と答えると、悠貴ちゃんが楽しそうに言った。
「島村卯月さんですね。まだお会いしたことがありません」
「お会いする価値はあると思うよ」
「○○さん、来てあげてくださいね。今の流れで来なかったら、卯月ちゃんの許可が下りなかったって思われますよ?」
美穂ちゃんが呆れたようにそう言って、俺ははっとなった。本当によく気が付く子だ。
二人と別れて会場に入る。列になっているグッズ売り場を横目に、既に売り切れも出始めている売り物リストを眺めているとスマホが震えた。
見ると李衣菜ちゃんからで、今どこにいるかとメッセージが届いていた。グッズ売り場のボードの前にいると返事を送ると、すぐにそこは人が多いから2階に来て欲しいと返ってきた。
一緒に見るかはともかく、挨拶くらいはする約束なので言われた場所に行くと、李衣菜ちゃんはやはり一人ではなく、別の女の子と二人で立っていた。変装していたので気付かなかったが、それが北条加蓮ちゃんだとわかって緊張が走った。
そう言えばさっき、美穂ちゃんがまゆちゃん以外、Masque:Rade勢揃いだと言っていた。李衣菜ちゃんが加蓮ちゃんと一緒なのは、少し考えればわかることだった。
加蓮ちゃんは李衣菜ちゃんと同じクールアイドル枠で、凛ちゃん、奈緒ちゃんと3人でトライアドプリムスというユニットを組んでいる。ピンチェのクール版みたいなものだ。
その繋がりで、ニュージェネのラジオにも何度かゲスト出演しており、大体の人となりは知っているが、正直合う気がしなかった。智絵里ちゃんの時と違い、こちらの緊張に関係なく、パッと顔を明るくした李衣菜ちゃんの隣で、加蓮ちゃんは警戒心を露にして俺を見た。
「李衣菜、こちらは?」
「○○さん。友達だよ」
卯月ちゃんの名前は出さずに、李衣菜ちゃんが簡潔に俺を紹介した。
意識してのことではないだろうが、今のは助かった。この子には卯月ちゃんの従兄弟だとか、無理のある嘘はつかない方がいい気がする。
初めましてと頭を下げると、加蓮ちゃんも如何にも形式的なお辞儀をした。そんな微妙な空気を気にした様子もなく、李衣菜ちゃんが明るい声で話し始めた。
「なんか、○○さんが智絵里ちゃんたちの現場にいるの、新鮮。っていうか、違和感」
「アスタリスクと限りなく同列」
「そっちは友達でしょ?」
「確かに、智絵里ちゃんは友達じゃない」
「まあまあ。今日○○さんが来るって話したら、握手会、楽しみにしてるって言ってたよ」
李衣菜ちゃんがさらっと爆弾を投下する。俺は思わず目を丸くして聞き返した。
「智絵里ちゃんに俺の話をしたの? 勇者なの?」
「知らない仲じゃないじゃん。初詣のリベンジ」
「別に何も失敗してない。っていうか、握手券、無いんだけど」
「なんで!? グッズ買ってあげてよ! 行くって言っちゃったよ!」
李衣菜ちゃんがそれはいけないと大袈裟に首を振った。隣で加蓮ちゃんが、「初詣?」と訝しむように李衣菜ちゃんを見た。李衣菜ちゃんは平然と頷いた。
「うん。智絵里ちゃんとゲーセン行って明治神宮行って、智絵里ちゃん可愛いから、○○さん、すごい緊張してた」
「李衣菜ちゃんの方がタイプだよ」
「心にも思ってないでしょ。髪の毛長い子が好きそう」
「美穂ちゃん推しだから」
「録音したから卯月ちゃんに送る」
李衣菜ちゃんがケラケラと笑う。相変わらずアスタリスクの二人とは、いつまででも話していられる。とても楽しいが、あまり加蓮ちゃんを放置するわけにはいかないし、明らかに警戒している加蓮ちゃんと一緒にいることも出来ない。どうせならライブを全力で楽しみたい。
「じゃあ、俺グッズ買ってくるから」
「わかった。また後で!」
「後はない。後日だな」
「えー、何で!」
李衣菜ちゃんが不服そうに唇を尖らせる。本当に理由がわからないのか、それとも俺と加蓮ちゃんの間に流れる空気を、大したことと思っていないのか。あるいは、また俺がネガティブになっているだけで、加蓮ちゃんは警戒などしていないのかもしれない。
いずれにせよ、俺の方がいたたまれないし、そもそも卯月ちゃんと直接関係の薄い加蓮ちゃんと仲良くなる必要はまったくない。
どうにか李衣菜ちゃんを振り切って、加蓮ちゃんに頭を下げると、1階のグッズ売り場に戻った。
握手会には参加しないつもりだったが、少なからず智絵里ちゃんが期待しているのなら行かねばなるまい。出費は痛いが、智絵里ちゃんからの心証は大事だ。加蓮ちゃんと違い、智絵里ちゃんはCPの一員である。卯月ちゃんの友達プロジェクトのメンバーにも入っているだろう。
タオルばかりあっても仕方ないので、必要な金額分、写真を買った。じっくり見ると、やはり可愛い。外見だけで言えば李衣菜ちゃんよりタイプだが、李衣菜ちゃんのあの友達感は本当に好ましく思う。もう少し空気を読んでくれると有り難いが、ああいう子に振り回されるのも嫌いではない。
卯月ちゃんに、やっぱり握手会に参加することになったから、生かな子ちゃんを拝んでくるとメッセージを送る。元々感想を求められていたが、俺が握手会には行かないと言ったら、がっかりされた。あの子も時々難しい。
智絵里ちゃんの写真と一緒に買ったかな子ちゃんと杏ちゃんの写真を眺めていたら、スマホが震えた。卯月ちゃんか李衣菜ちゃんだろうと思って見たら、トップアイドルの名前が表示されていてさすがに驚いた。連絡先は交換したが、さすがに通話をすることはないと思っていた。どうしたのだろう。
緊張しながら出ると、美穂ちゃんは少しだけ慌てた様子で、頼みたいことがあると言った。なるべく人目につかないところで合流すると、美穂ちゃんは理解できない日本語を喋った。
「○○さん、しばらくの間、この子の保護を引き継いでくれませんか?」
そう言いながら、悠貴ちゃんの背中を軽く押す。悠貴ちゃんも「引き継がれてくださいっ」と頭を下げて、俺は気持ちを落ち着けるように手を広げた。
「話がまるで見えぬ」
「お仕事でちょっと色々電話しなくちゃいけなくなって。30分くらいで戻れると思うから、お願いします」
「えっと、李衣菜ちゃんと加蓮ちゃんは?」
念のため聞いてみる。どう考えても、俺よりアイドル仲間に頼んだ方がいいと思うが、例えば悠貴ちゃんが加蓮ちゃんからいじめられているとか、何か複雑な理由でもあるのだろうか。
俺の言葉に、美穂ちゃんははっとしたように手を打った。
「そっか。その手もありましたね。○○さんの顔が最初に浮かんだから」
何もなかった。
「それはすごく光栄だけど」
「ですね。それじゃあ、よろしくお願いします。今度お礼に、生写真にサインしますね」
そう言うと、美穂ちゃんは悠貴ちゃんに、「ちゃんと言うこと聞くんだよ」と笑ってから、急いだ様子で行ってしまった。なんだかわからないが、本当に急いでいたようだし、ごねることでもない。中学生は保護者同伴という決まりはないが、先輩として中学生の悠貴ちゃんを一人にするのが心配なのもわかる。
「忙しそうだな」
「さすが美穂さんですっ。私もああなれるように頑張りますっ」
「トラブルは要らんだろ」
「それもそうですね」
悠貴ちゃんがあははと笑う。さっきの加蓮ちゃんとは反対に、警戒心がなさすぎて心配になるが、俺ではなく、美穂ちゃんを信頼しているのだろう。出会ったばかりの頃の響子ちゃんと同じだ。
「悠貴ちゃんは、キャンディアイランドの3人とは喋ったりするの?」
フロアには時間ギリギリに入ればいいので、立ち話で親交を深めることにする。目線が卯月ちゃんより高いので、何となく大人の女性といるような気分になるが、まだ中学生だ。
「寮で少しだけ。みんなお姉さんだし、美穂さんか、中学生の子と喋ってることが多いですっ」
「つまり、ドーナツ」
俺もCP以外のアイドルは詳しくないので、有名どころの名前を出すと、悠貴ちゃんは元気に頷いた。
「法子ちゃんはよくお喋りしますっ。○○さんは、美穂さんと卯月さんのお友達なんですか?」
悠貴ちゃんが楽しそうに聞いてくる。一方的に質問し続けるモードになるかと思っていたから、こうして少しでもこっちにも興味を持ってもらえるのは助かる。社交辞令とか得意なタイプではなさそうなので、純粋な質問なのだろう。
「卯月ちゃん経由だね。みくにゃんとは割と仲がいい」
「みくさん、お話面白いですよねっ。高校生のお姉さんの中ではよくお喋りしますっ!」
「みくは出来る女だ」
俺が神妙に頷くと、悠貴ちゃんは可笑しそうに顔を綻ばせた。
そろそろ始めると杏ちゃんボイスで案内があったので、悠貴ちゃんを伴ってフロアに移動する。久しぶりに一人でライブを観るつもりだったが、急に保護者になってしまった。
こういうイレギュラーも面白い。終わったら卯月ちゃんにも教えよう。面白がるか不貞腐れるかはわからないけれど。