数日後、某ショッピングセンターの中にあるカフェで、卯月ちゃんと向かい合って座っていた。この後、エントランスのステージで、346プロの新人アイドル5人によるミニライブが行われる。色々な催しの中の一つで、時間はほんの15分。恐らく司会の紹介の後、本人たちのトークは1分くらいで、3曲やって終わりだろう。もちろん握手会もなしだ。
簡単に経緯を話して、悠貴ちゃんを観に行くと告げると、卯月ちゃんが時間を取って自分も行くと言った。悠貴ちゃんは卯月ちゃんと会ったことがないと言っていたし、誰か見たい子がいるのかと聞くと、何故か不機嫌に言われた。
「○○さんがいるじゃないですか」
「たったの15分だよ?」
「どうせ私もそんなに時間取れませんし、いいんですよ」
ぶっきらぼうにそう言われて、今日こうして会うことになった。
髪はツインテールで、メイクもいつもと色味が違う。眼鏡はかけているが、帽子がなくても、十分変装になっている。服装も地味で野暮ったい。
ライブの感想は今日まで持ち越したので、とりあえず開始前の美穂ちゃんと悠貴ちゃんとのことを話すと、卯月ちゃんは呆れたように息を吐いた。
「それで、初めて会った中学生の女の子とライブを観てたんですか?」
「30分くらいで美穂ちゃんが来た。お父さんの心境だった」
予定通り美穂ちゃんは戻ってきたが、混雑したフロアで動けなかったし、わざわざ離れる理由もなかったので、3人でライブを観ていた。若干距離が近かったが、それは卯月ちゃんを不機嫌にするだけなので、敢えて言う必要はないだろう。
卯月ちゃんも美穂ちゃんから俺を借りたという話は聞いていたようで、澄ました顔でストローを咥えた。
「美穂ちゃん、助かったって感謝してましたよ?」
「せっかくのオフでライブ観に来て、アイドル本人がトラブル対応って、大変だな」
「美穂ちゃん、セルフプロデュースもしてるから。私たちも、現場がバラバラだと、結構自分たちで色々やってますよ?」
それは知っている。CPは12人もいて、プロデューサーは一人。ユニットのメンバーがピンで受ける仕事もあるし、あまり回っていないのは感じている。アイドルの自立は、346プロの目指すところでもある。
冗談で卯月ちゃんの名前を出した結果、今日観に来ないわけには行かなくなった話をすると、卯月ちゃんはジトっとした目で俺を見た。
「私のいないところで、私の評判を下げないでくださいね?」
「美穂ちゃんに言われなかったら危なかったな。全然気付かなかった」
「それにしても、美穂ちゃんまで懐柔するなんて、○○さん、本当に手練れですね。まあ、美穂ちゃんなら恋愛的には心配する必要がないからいいですけど、346のトップアイドルですからね?」
立場をわきまえろと、卯月ちゃんが暗にそうほのめかした。もちろん、俺とて自分から話しかけるつもりはないが、妙に慕われている。不思議がると、卯月ちゃんが苦笑した。
「美穂ちゃん、一応○○さんが私の彼氏だって知ってる唯一の友達だし、○○さんは美穂ちゃんがプロデューサーと付き合ってるのを知ってるから、ちょっと特別感があるんじゃないですか?」
「起点は卯月ちゃんだな。卯月ちゃんと仲良くしたい一環だと思う」
「今さら○○さんの力を借りなくても、十分仲良しですから」
なかなか手厳しい。もっとも、今日は機嫌は悪くなさそうなので、全体的に冗談だろう。ライブの夜の電話は少し怖かった。
加蓮ちゃんには警戒された話をすると、卯月ちゃんはそれが普通だと頷いた。俺もそう思う。
「李衣菜ちゃん、智絵里ちゃんといい加蓮ちゃんといい、あんまり俺と合わなそうな子ばかり連れてくる」
「李衣菜ちゃんは、自分の社交性の高さを、○○さんのものだって勘違いしてるんですよ」
あっさりとそう言われて、俺は思わず納得して手を打った。
「卯月ちゃん、人間分析がすごいな」
「女子なので。さっき美穂ちゃんを褒めてましたけど、私から見ると、○○さんが気付かなすぎるだけです」
「男子なので」
「個人の問題ですね」
バッサリだ。何にしろ、加蓮ちゃんは卯月ちゃんの友達プロジェクトには入っていないから問題ないと伝えると、卯月ちゃんは眉を上げて首を傾げた。
「何ですか、それ。知らない言葉を、当たり前みたいに使われました」
「卯月ちゃんの目指す未来のために、俺が卯月ちゃんの周囲の子と仲良くなる計画を、友達プロジェクトと名付けた」
卯月ちゃんの目指す未来とは、万が一俺が彼氏だと知られても、受け入れてもらえる関係性になることである。そのためにずっと、卯月ちゃんのアイドル仲間と距離を置くのではなく、むしろ友達になる方向で動いている。
「そういう意味だと、悠貴ちゃんも入ってませんね。まさか中学生の子と連絡先の交換とかしてませんよね?」
「幸いにも聞かれなかった。でも、聞かれたら断れないぞ? 連絡するかは別にして」
「まあそうですね。智絵里ちゃんとかな子ちゃんはどうでした?」
少しだけ表情を穏やかにして、卯月ちゃんが俺の顔を覗き込んだ。好奇心とからかいに満ちている。こういう卯月ちゃんは大層可愛いが、不貞腐れてる卯月ちゃんも可愛いし、卯月ちゃんはいつも可愛い。
「かな子ちゃんは、手があったかくて柔らかかった」
「お肉が多いですからね。○○さん、女の子に酷いこと言いますね」
「俺は言ってない! 杏ちゃんはスルーなの?」
キャンディアイランドは3人のユニットで、杏ちゃんも他の二人と同世代だが、一切話題に出てこない。今回のライブでも、智絵里ちゃんとかな子ちゃんと同じ時間握手をしていた。気にならないのか聞くと、卯月ちゃんは涼しい顔で言った。
「杏ちゃんは、○○さんが興味なさそうなので」
「それは確かに」
思わず納得して頷くと、卯月ちゃんは呆れたように笑った。可愛い女の子ではあるが、女性的な魅力は感じない。身長のせいかもしれない。
かな子ちゃんとは本当に無難な話しかしなかったが、智絵里ちゃんは俺の顔を見ると、どこか安心したようにこう言った。
「会いに来てくれてありがとうございます」
もちろんそれは、他の多くのファンにも言っていることだろうが、言葉の響きに親しみを感じた。握手会を楽しみにしていると李衣菜ちゃんに言っていたそうだが、あながち嘘でもはないのかもしれない。
「智絵里ちゃん、何か言ってた?」
そう聞くと、卯月ちゃんは最近会っていないと前置きしてから、悩ましげに眉根を寄せた。
「智絵里ちゃん、○○さんが自分に会うためにライブに来てくれたって思ったのかもしれませんね。他に○○さんがキャンディアイランドのライブに行く理由が思い付きませんし」
「そもそも握手会も参加しないつもりだったけど」
「はい。本当に智絵里ちゃんに会いに行ったのなら、話し合いが必要な案件です」
さらっと怖いことを言って、卯月ちゃんが満面の作り笑いを浮かべた。
本当にただ、『Heart Voice』が聴きたかっただけだが、一度会っている智絵里ちゃんが、自分のために来てくれたと感じるのは不思議ではない。何せこれまで、智絵里ちゃんたちの現場には一度も行ったことがないのだ。
「完全に誤解だけど、まあでも確かに、初詣に一緒に行ってなかったら行ってなかったかもしれない」
「次に会う機会があるかは李衣菜ちゃん次第ですけど、次はもう少しましな対応が出来そうですね」
智絵里ちゃんは友達プロジェクトに入っているのか、卯月ちゃんはそうして欲しそうにそう言った。李衣菜ちゃん次第ということは、少なくとも卯月ちゃんが連れてくることはなさそうだ。そう突っ込むと、卯月ちゃんは当然だと頷いた。
「基本的に、私は二人で会いたいので。それに、智絵里ちゃんにとって○○さんは、私の従兄弟のお兄さんじゃなくて、李衣菜ちゃんの友達って認識だと思います」
「俺も卯月ちゃんと二人で会いたい」
「曲はどうでした? 『Heart Voice』は満足でした?」
俺の渾身の台詞を完全にスルーして、卯月ちゃんが明るい瞳をした。俺とバカップルトークをするより、ライブの感想優先なようだ。
キャンディアイランドのライブは『NEXT!!!!』というシンプルなタイトルで、ニュージェネのライブで原点回帰したCPが、次へ羽ばたく構成になっていた。選曲も珍しい曲が多かったのは、コンセプトもあるが、そもそも曲が残っていなかったのもある。
今回、CPの全ユニットがライブを開催したが、曲は1曲も被らないセトリになっていた。キャンディアイランドのライブの前にもうほとんどCPの定番曲は使われてしまい、一体どんなセトリになるのかとネットでも話題になっていた。
1曲目の『パステルピンクな恋』や一番最後に歌われた『Vast world』は予想していた人も多かったが、やはりメンバーの誰も参加していない曲もあって、こちらも盛り上がった。
中でも一番盛り上がったのは、智絵里ちゃんセンターで歌われた、Masque:Radeの『Love∞Destiny』だろう。ほんわか系3人の歌う『Love∞Destiny』はオリジナルメンバーとはまた違った、可愛らしい雰囲気があった。あと、隣で小さく踊っていた美穂ちゃんが可愛かった。
「かな子ちゃんのラブデスはちょっとシュールだった。まあ、杏ちゃんも似合ってなかったけど」
「かな子ちゃん、シンデレラ一の癒し系ですしね。柔らかい曲が似合います。体みたいに」
「卯月ちゃん、定期的にかな子ちゃんをいじるね」
「シンデレラの中ではだいぶ好きな一人です。○○さんをいじってるのと同じ理由です」
そう言って、卯月ちゃんは悪びれることなく笑った。まあ、本人の前で言ってなければいいが、陰口っぽさがなくもない。卯月ちゃんとかな子ちゃんの関係性を知らないからそう感じるだけだろうか。
「かな子ちゃんのこと、もっと知りたい」
真顔でそう言うと、卯月ちゃんは「うわぁ……」と露骨に眉をひそめて視線を逸らせた。
「さすがに引きますね」
「今、そう言って欲しそうな振りだった」
「私、ライブ観てきますから、これで……」
卯月ちゃんがチラッと時間を確認して席を立った。俺も伝票を持って立ち上がり、会計を済ませて店を出る。1階の特設ステージに行くと、一度卯月ちゃんと離れた。15分のことだし、どうせ観ている最中は会話もしない。一緒にいるメリットがデメリットよりも少ないので、別々に観ることにした。
時間になると、明るい音楽に合わせて可愛い衣装を着た5人が手を振りながらステージに上がった。パラパラした拍手が起きて、5人が元気に挨拶する。センターが悠貴ちゃんなのは、メンバーで一番背が高いからだろうか。それとも実力か。他の4人を誰も知らないので何とも言えない。
最前列から手を振ると悠貴ちゃんと目が合った。にっこり笑って、小さく手を振り返してくれる。いわゆるレスポンスというやつだ。ニヤニヤしていると背後から卯月ちゃんに気配を悟られそうなので、キリッとした表情で声援を送った。
ライブはまあまあ面白かった。やはり推しや友達がいるかいないかの差は大きい。もし悠貴ちゃんがいなければ退屈しただろう。
スマホでの撮影がOKだったので、記念に何枚か撮っておいた。基本的にアイドルの現場は撮影NGだが、デビューしたばかりの頃や、こういう公共の場ではOKなことが多い。拡散してもらえた方がメリットが大きいし、事前に禁止事項を並べるのはいかにも堅苦しくて印象が悪い。
ライブの後、一応観に来た証に、写真を添えて美穂ちゃんにメッセージを投げておいた。返事は期待していないが、もしかしたらもう美穂ちゃんの友達枠に入っているかも知れない。
「デビューしたての頃のニュージェネを思い出したよ」
卯月ちゃんと合流して感想を述べると、卯月ちゃんは微笑みながら頷いた。
「ですね。でも、私たちよりずっと上手でした。悠貴ちゃん、動きがキレッキレでしたね」
「タッパがあるから目立つね。可愛いし、人気出そう」
「タッパって日常で使う言葉ですか?」
卯月ちゃんが呆れたように笑った。
外に出ると、日差しが暑かった。青空の濃さも夏のそれだ。
「春が終わった」
両手を組んで伸ばすと、卯月ちゃんも隣で眩しそうに目を細めた。
「これでしばらく、他の子にデレデレしてる○○さんを見なくて済みます。心穏やかな日常が帰ってきますね」
「デレデレしてないから。李衣菜ちゃんから、こないだのライブの感想会がやりたいって。一緒に見なかったから、それくらい付き合ってあげないとなぁ」
無念そうに首を振ると、卯月ちゃんが「もうっ」と可愛く頬を膨らませて俺の腕を取った。
「そろそろ別れますよ?」
「別れないで! 友達プロジェクトのために仕方なく……」
「絶対楽しんでますよね?」
「心を無にして時をやり過ごしてる」
「はぁ。手を繋いだだけで緊張してた○○さん、可愛かったなぁ。それが、こんな女たらしに」
卯月ちゃんが遠い目をしてため息をついた。女たらしとはまた古風な言葉だ。
この後卯月ちゃんは事務所で仕事の打ち合わせがあるので、駅まで移動した。人目を避けながら一瞬だけキスをすると、卯月ちゃんが唇に触れながら憂鬱そうに呟いた。
「物足りない」
「もっと濃厚なキスを……」
「エッチがしたいです」
俺の冗談を遮って、卯月ちゃんがそう言ってはにかんだ。
思わず言葉を失うと、卯月ちゃんが白けた眼差しをした。
「冗談です。喜ばないでください」
「はぁ。手を繋いだだけで緊張してた卯月ちゃんは死んだ」
「また夜に電話しますね。他の子と電話してて出られなかったら別れますから」
「別れないで!」
秒で反応すると、卯月ちゃんは満足そうに微笑んでから、改札の向こうに歩いて行った。
どこまで本気かわからないが、俺としてもそろそろデートがしたいし、もちろんエッチもしたい。
とりあえず、CPの一連のライブイベントは終わった。また新しい毎日を始めよう。
マジで金欠だけれど。