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よくあることだが、卯月ちゃんとの約束が急にキャンセルになり、暇になってしまった。もちろん、アイドルの仕事が入ったからで、卯月ちゃんは仕事内容によっては天秤にかけたいと言っているが、俺の方で仕事を優先してもらっている。
アイドルクラスタの中では卯月ちゃんの知名度は上がって来ているが、一般にはほとんど浸透していない。まだまだ駆け出しの卯月ちゃんが事務所の用意した仕事を断るなどおこがましいし、断る理由を話すこともできない。
卯月ちゃんは「私と会いたくないんですね」とため息をついていたが、空気を軽くするためのいつもの冗談である。「何か、日頃私のせいで出来ないことをしてください」と言われたが、驚くほど何もない。俺のすべては卯月ちゃんにカスタマイズされている。
天気の良い穏やかな昼下がり。何となく、一人で思い出の公園をぶらぶらすることにした。あの日、卯月ちゃんと写真を撮った公園だが、春の緑と無数の花壇に植えられた様々な花が綺麗だ。元々この辺りは凛ちゃんの縄張りで、卯月ちゃんも凛ちゃんに教えてもらったと言っていた。
だから、ここで凛ちゃんと出くわすのは不思議ではないのだが、前回に引き続きというのは何かの縁だろうか。少し先のベンチで、凛ちゃんがもう一人見慣れない女性と座っていて、引き返すより先に目が合ってしまった。
じっと目を合わせながら近付くと、もう一人の女性は、明るい髪の毛にしっかりとメイクもした大人の女性だった。
声をかけてもおかしくない距離まで近付いたが、凛ちゃんは口を開かなかった。あまりアイドルの子に親しげに話しかけるのは良くないと考え、そのまま視線を逸らせて通り過ぎようとしたら、凛ちゃんが驚いたように声を上げた。
「えっ? 10秒くらい目が合ったのにスルー?」
仕方なく足を止めて振り返る。凛ちゃんは少しだけ目を丸くしているが、動揺した様子はない。綺麗な女性は、俺と凛ちゃんを興味深そうに眺めている。
「あまりプライベートで声をかけるのはルール違反かと思って」
「散々みくや李衣菜とLINEしてる○○さんが、今更そんなこと気にする?」
「あの子たちは友達だから。だが渋谷凛、キミは違う」
「はいはい。こっちは○○さん。ニュージェネのライブにデビューの時からずっと来てくれてて、今はまあなんかただのファンとはちょっと違う立場の人」
凛ちゃんが呆れたように俺を紹介すると、女性は「わかったよ」と子供のように頷いた。今の説明で一体何がわかったのだろう。首を傾げる俺を、女性がいたずらっぽく見上げた。
「私のことはわかる? 一応同じ事務所のアイドルだけど」
「衣装を着たらわかるかもしれないけど、ちょっとわからない。申し訳ない」
「○○さん、高校生以下にしか興味がないもんね。ロリコ……」
「いや、違う。大人の女性と知り合う機会がないだけだ」
とんでもないことを言い出した凛ちゃんを制すると、女性がくすくすと笑った。明るい人だ。
「相葉夕美だよ。聞いたことある?」
女性が名乗る。聞いたことはあるが、少なくとも卯月ちゃんの一親等ではない。ここでいう一親等とは、シンデレラプロジェクト及びピンチェのメンバーのことで、卯月ちゃんの友達プロジェクトの直接的な対象にあたる。
そのメンバーとユニットを組んでいたり、仲の良いアイドルが二親等だが、そこまで来るとユニットの多い346では、誰がどう繋がっているのかさっぱりわからない。
少しシンキングタイムをもらって記憶を辿ったら、不意に思い出した。
「ああ、花の子だ。響子ちゃんと何とかかんとかってユニット組んでて、プロデューサーがキュートのエキスパートなのにパッションのアイドルって珍しい的な話をした」
ポンと手を打つと、相葉夕美はやはり楽しそうに笑った。
「宵月花乙女だね。響子ちゃんとも友達なの?」
「向こうはそう思ってないかもしれない。相葉さんは凛ちゃんと仲いいの?」
「私も名前呼びがいいな。凛ちゃんと学年2つしか違わないし」
そう言って、屈託なく笑う。2つということは、まだ18歳か19歳ということになる。ずっと上のお姉さんに見えるが、大人びて見えるというのは、女性にとって褒め言葉になるか微妙なので、ファーストインプレッションは口に出さずに頷いた。
「じゃあ、夕美ちゃん? 夕美さん?」
「ちゃんがいいな」
「動揺してる○○さん、面白い。子供の相手しかしたことがないから」
凛ちゃんが真顔でからかってくる。「あるから」と反論したが、ないかもしれない。元々卯月ちゃんと仲良くなる前は、女性とろくに喋ったこともなかった。夕美ちゃんが仮にアイドルではなかったとしても、こんな綺麗なお姉さんと喋るのは緊張するに決まっている。
「凛ちゃんはお花屋さんだから、よくお花の話をしてるよ」
夕美ちゃんが最初の質問に答える。俺は首を傾げて二人を見た。
「でも凛ちゃんって、たまたま花屋に生まれただけで、別に花が好きってわけじゃないよね?」
「いや、普通に好きだけど」
凛ちゃんがクールに否定する。今まで長くニュージェネの現場に行っているし、ラジオも欠かさず聴いているが、凛ちゃんが花の話をしているのをほとんど聞いたことがない。ゼロとは言わないが、興味はなさそうだと突っ込むと、凛ちゃんはやはり冷静に言った。
「卯月と未央が興味がなさそうだから。トライアドプリムスの方だと時々喋ってるけど、○○さん、そっちには全然興味がなさそう」
トライアドプリムスは、凛ちゃん、奈緒ちゃん、加蓮ちゃんの3人ユニットで、ニュージェネ同様、自分たちの曲も持っている。ただ、凛ちゃんの言う通り、そっちはまったく追っていない。凛ちゃんには申し訳ないが、俺は卯月ちゃんの単推しなのだ。
「加蓮ちゃんっていうと、このあいだいきなり李衣菜ちゃんが引き合わせて来て、むっちゃ警戒されて心がへし折れた。トライアドプリムスの現場には一生近付かない」
先日のキャンディアイランドのライブでの一件を簡単に伝えると、凛ちゃんは苦笑いを浮かべた。
「○○さん、加蓮とは合わなそう。奈緒は大丈夫だと思う」
「智絵里ちゃんもそうだったけど、警戒から入られるとコミュ障の俺には対応できない。李衣菜ちゃんは、友達の輪を広げようとしてくれるのは嬉しいけど、人は選んで欲しい」
そっとため息をつく。アイドル相手に贅沢な話だが、別に俺は卯月ちゃんと二人で静かに過ごせればそれでいいのだ。友達プロジェクトはそのための手段でしかないが、文字通りアイドルの友達が増えてきて、卯月ちゃんも「目的に対して手段が間違ってる気がしてきた」と頭を抱えていた。
あまり二人の時間を邪魔しては悪いので、速やかに退散しようとしたら、先に凛ちゃんに「今日は?」と聞かれた。せっかく空気を読もうとしたのに、残念な女だ。
「散歩。二人は井戸端会議?」
「そんなとこ。この公園、元々大名家の庭園で、丁度広場の水道の辺りに井戸があったんだって」
「へー」
「嘘だけど」
感心して呟くや否や否定されて、思わずうっと言葉に詰まった。夕美ちゃんがあははと明るく笑う。
「凛ちゃんもそういうこと言うんだね。ビックリしたよ」
「この人、なんかからかいたくなる。夕美にはしないから」
「凛ちゃん、年上にも問答無用で呼び捨てなの?」
今度はこちらのターンだと、素早くツッコミを入れる。凛ちゃんは平然と頷いた。
「問答はした」
「じゃあ、俺も呼び捨てで」
「わかった。○○は今日は散歩なんだ」
一瞬で新しい呼び方に馴染まれて、再び言葉に詰まった。今のは凛ちゃんを困らせようとして言ったことに気が付いたのだろう。夕美ちゃんがくすっと笑った。
「○○さん、やられっぱなしだね」
「凛ちゃんは男を知り尽くしてる」
「○○とは長い付き合いだから」
「えっと、とりあえずさん付けに戻してくれ。ムズムズする」
懇願するように手を合わせると、凛ちゃんはやれやれと首を振った。俺は別に呼び捨てでもいいのだが、それを聞いた時の卯月ちゃんの反応が怖いので、下手な動きはしない方が無難だろう。
「じゃあ、邪魔しちゃ悪いから、俺は行くよ。そしてもう二度とここには来ない」
軽く手を振って一歩踏み出すと、凛ちゃんが今日初めて慌てた声を出した。
「いや、話の繋がりが見えないんだけど。別に来ればいいじゃん」
「2回連続で遭遇して、なんか凛ちゃんとエンカウントするために来てるみたいで悪い気がする」
「私は2回連続じゃないし、○○さんが私とエンカウントするために来たわけじゃないことはわかってるから平気だって」
凛ちゃんがやや前のめりになって、早口で言った。狙ったわけではなかったが、ようやく凛ちゃんを焦らせることに成功した。
「何故止める」
「いや、せっかく散歩に選ぶくらい気に入ってるのに、私のせいで来なくなるとか、寝覚めが悪いし」
なるほど、それは一理ある。「ではまた来る」と言って、改めて帰ろうとしたら、夕美ちゃんが好意的な瞳で聞いてきた。
「○○さんはどうしてここが好きなの? 私はお花がいっぱい咲いてるからだけど」
「さすがフラワーアイドル。俺は、思い出を忘れないように、胸に刻むためかな」
空気が白けるかギリギリを攻めたら、夕美ちゃんは面白そうに笑った。
「なんかカッコイイね。どんな思い出?」
「語るほどのことじゃないよ」
キザっぽく言うと、夕美ちゃんは感心したような、どこかからかうような瞳で頷いた。その隣で、凛ちゃんが世界中の白けを集めたような眼差しで俺を見ていた。1年前のことはともかく、卯月ちゃんの絡みであることはバレているだろう。
「まあいいけど」
凛ちゃんがふぅと小さく息を吐いて、ポケットからスマホを取り出した。少しいじって画面にQRコードを表示させて俺に差し出す。
「これ。登録して」
さらっと何気なく、当たり前のように行われたその行為に、俺は背筋が冷たくなった。凛ちゃんが俺と友達登録をしたがる理由は何か。もしかしたら、個人的に卯月ちゃんとの関係を糾弾されるかもしれない。
凛ちゃんは卯月ちゃんの一親等ど真ん中で、好かれるに越したことはないが、最も距離を置くべき相手でもある。何故なら、響子ちゃんやみくちゃんと違って、凛ちゃんは卯月ちゃんと付き合う前から知っている仲だからだ。
しかし、向こうから登録したいと言ってきたのを断るのは難しい。一応重くならないように理由を聞くと、凛ちゃんは何でもないように言った。
「友達になってトライアドプリムスも推してよ」
「どういう繋がりが?」
「だって、アスタリスクの現場に行くの、二人と仲良くなったからなんでしょ?」
キョトンとする瞳に嘘の色は感じられない。凛ちゃんっぽくはないが、高校生らしい真っ直ぐな、悪く言えば短絡的な発想だ。
しかし、本当に理由がそれだけなら構わない。真相はまた後から卯月ちゃんにも聞いてみることにして、とりあえず連絡先を交換した。
今度こそ、手を振って二人と別れる。夕美ちゃんに「またね」と言われたが、それは現場に来て欲しいという意味か、単なる社交辞令か。
俺は相葉夕美についてまったく知らないので、こちらもまた後から調べてみることにしよう。