相葉夕美は響子ちゃんと同じく、比較的最近アイドルになった子である。個人曲はあるが、ピンチェやMasque:Radeのような、曲を持っているユニットには属していない。
これについては、響子ちゃんが大抜擢されただけで、大抵のアイドルが同じである。卯月ちゃんも恵まれている方ではあるが、下積みの期間は長かった。
夕美ちゃんとはどんな子か、報告がてら卯月ちゃんに聞くと、電話越しに卯月ちゃんが唸った。
『あまり知りません。346はアイドルが多いから、話さない人とは全然話しませんし』
「凛ちゃんとは仲が良さそうだったから、てっきり卯月ちゃんも知ってると思った」
『その辺はあんまりですね。例えば、私は響子ちゃんとよく喋ってますけど、響子ちゃんと未央ちゃんが一緒にいるのは見たことがないですし』
「一理あるな」
346には100人を超えるアイドルが所属している。それでもユニットが固定されていない分、他のプロダクションよりは絡みが多い方なのだろう。
特に夕美ちゃんに興味があるわけではなかったので、凛ちゃんの話をしようとしたら、卯月ちゃんが「そう言えば」と呟いた。
『美波さんをリーダーにした5人組のユニットを作る話があって、そこに夕美さんも入ってた気がします。5人組第3弾ですね』
そう言って卯月ちゃんは楽しそうに笑ったが、生憎何のことかわからなかった。教えてくれるよう頼むと、卯月ちゃんは得意げに説明してくれた。
『元々LiPPSっていう、すごいメンバーを集めたユニットがあって、それが第1弾です。もちろん、シンデレラのメンバーは誰も入っていません』
「聞いたことはある。城ヶ崎美嘉のいるユニットだっけ?」
『そうです。その後、フレッシュな高校生を集めたMasque:Radeが出来ました。加蓮ちゃんとまゆちゃんのダブルセンターですけど、実際は一人だけ飛び抜けて有名な子が引っ張っています』
言うまでもなく、小日向美穂その人だ。シンデレラの二人をはじめ、実力のある若手メンバーを集めたものの、心許ないので美穂ちゃんを加入させたと聞いている。リーダーも打診されたそうだが、加蓮ちゃんとまゆちゃんがやりたがったことに加えて、その頃丁度ピンチェの話もあり、Masque:Radeの方は辞退したらしい。
美穂ちゃんと言えば、城ヶ崎美嘉と並ぶ346のトップアイドルの一人だが、何故か俺のスマホにアドレスが登録されている。卯月ちゃんから身の程をわきまえるよう言われており、俺も不用意に連絡するつもりはなかったが、キャンディアイランドの現場で偶然一緒になってから、時々メッセージが飛んでくるようになった。人知れず付き合っている状況が似ているので、親近感を覚えるのだろう。
もっとも、美穂ちゃんはプロデューサーと付き合っているとは絶対に言わないし、一応俺も卯月ちゃんと付き合っていることは明言していない。その白々しさが良いようだ。
『それより、凛ちゃんですね。バレバレな気もしますけど、一応付き合ってない体で振る舞ってくださいね?』
卯月ちゃんがため息混じりにそう言って、俺はスマホ越しに頷いた。バレること自体は問題視していない。友達プロジェクトの最終的な目標は、バレた上で、俺ならまあいいかと思ってもらえるところにある。凛ちゃんはその先駆けだ。
「登録が増えてきたけど、用事以外で俺から連絡してるのは卯月ちゃんだけだよ」
安心させるようにそう言ったが、特に喜びもなく、当然だという反応をされた。そういうところも可愛い。
何にしろ、凛ちゃんとも夕美ちゃんとも、私生活で絡むことはないだろう。春からの仕事ラッシュもひと段落して、ようやく卯月ちゃんも少し時間が取れるようになった。今日遊べなかった分、すぐにまた遊ぶ予定を立てることにしよう。
そう思っていたのだが、ものの数日後、何故か響子ちゃんと夕美ちゃんと3人でカフェにいた。夕美ちゃんのチョイスで、可愛いながらもどこか大人びた雰囲気のある店だ。客の年齢層が若干高めなのは、ケーキが一つ600円と、少し高めなせいもあるかも知れない。
「オシャレな女子大生が好きなタイプのカフェですね。ちょっと背伸びした感じがするから、来れて良かったです。○○さんの奢りだし」
響子ちゃんが屈託なく笑う。そんな約束はしていないが、高校生の女の子にケーキを奢ってあげるくらいは問題ない。そもそも相手は可愛いアイドルで、本来なら俺なんかが一緒にいられる相手ではない。響子ちゃんはそういう扱いを望んでいないだろうが、それこそわきまえないといけないところだ。
「じゃあ、俺が響子ちゃんに奢って、俺は夕美ちゃんに奢ってもらおう」
「ええっ!? じゃあ、私は響子ちゃんに奢ってもらうね!」
「夕美さん、高校生にたからないでください」
響子ちゃんが悲しそうな瞳をすると、夕美ちゃんは再び「ええっ!?」と驚いたように声を上げた。なるほど、パッションアイドルの仕草だし、なかなか面白い子だ。
今日の言い出しっぺは響子ちゃんだ。元々仕事の件で夕美ちゃんと二人で会う約束があり、その話をしている最中に俺と会ったという話が出て、じゃあ呼ぼうということになったそうだ。
最後の段が飛躍的に感じるが、二人が納得しているなら別に構わない。1対1じゃなければ、卯月ちゃん的にも対外的にもそれほど問題にはならないだろう。
「この前はほとんど話せなかったし、響子ちゃんから話を聞いたら、思ったより特別な立場の人みたいだから、会ってみたくなったよ」
そう言って夕美ちゃんが明るく笑う。こんな綺麗な女性から、会ってみたくなったなどと言われる日が来るとは思わなかった。もっとも、それもすべて卯月ちゃんの従兄弟という嘘のおかげであって、俺自身の魅力ではない。
ただ、先日凛ちゃんは一言も卯月ちゃんの話をしなかった。凛ちゃんは俺が卯月ちゃんの従兄弟ではないと気付いているからそうしたのだろうが、響子ちゃんはどうなのだろう。信じているなら隠す理由がない。
墓穴を掘ることもないので、何も言わずに話を続けた。
「それは嬉しいけど、みくちゃんとか響子ちゃんとか、お子様の相手しかしてないから、夕美ちゃんみたいな素敵な女性を楽しませられるスキルは、俺には備わってない。つまらない男だったと、次の日可燃ごみに出される未来が見える」
俺が無念だと首を振ると、響子ちゃんが驚いたように顔を上げた。
「私もう高校生ですから! 素敵な大人の女性ですよ?」
「さっき、背伸びした感じがするって」
「うっ……。結構私の言ったこと、ちゃんと覚えてるんですね」
響子ちゃんが捨て台詞のようにそう言って、可愛らしく唇を尖らせた。勝った。
夕美ちゃんが可笑しそうに笑った。
「みくちゃんとは何度か事務所でも会ったことがあるけど、結構しっかりしてない? お仕事はストイックな感じがするけど」
「みくがストイック……」
思わず首を傾げる。確かに仕事は頑張っているが、俺の知っているみくちゃんはもうちょっと軽い感じだ。そう伝えると、響子ちゃんが笑いながら首を振った。
「○○さんには甘えてるんですよ。レッスンとかアイドルの心構えとか、結構厳しいですよ? でも、最近はちょっと丸くなってきた気もします」
確かに、初めて会った日、一緒にいた卯月ちゃんに対してなかなか厳しいことを言っていた。今となっては、一介のファンでしかない俺と遊んでいるので、だいぶ緩くなっている。いや、みくちゃんの中で、俺はファンではなく、アイドル仲間の親戚枠なのだろう。
「それで、今日は元々どんな話をするつもりだったの?」
みくちゃんの話をしていても仕方ないので、本題を切り出すことにした。響子ちゃんが運ばれてきたケーキを一口頬張ってから、「ラジオについて」と短く答えた。
「メールの件名みたいだな」
真顔でそう言うと、丁度ジュースを飲んでいた夕美ちゃんがアイドルらしからぬ噴き方をして、ケホケホと咽せた。
「笑わせないで!」
「いや、別に笑うところじゃなかったぞ?」
改めて話を聞くと、どうやら今度、宵月花乙女のネットラジオが始まるらしい。15分枠だが、立派な冠番組だ。
タイトルは『乙女るラジオ』に決定しているそうだが、内容はパーソナリティーの二人にお任せらしい。346プロではよくあることだ。卯月ちゃんがニュージェネでやっているラジオも、コーナーは自分たちで考えたそうだ。
「どんなのがいいか考えてたら、そもそもどうして私たち二人がユニットを組んでるのか、その意味から考えた方がいいかなって」
「みくと李衣菜ちゃんは、余った二人を一緒にしたらたまたま上手くいったって言ってた」
「もうちょっと何かないですか? 私と夕美さんの共通点」
「可愛い。癒し系。穏やかだけど、心はパッション」
適当に並べると、響子ちゃんが「心はパッションって……」と困惑気味に呟いた。意味のある台詞ではないので、聞き流してもらえたらと思う。
「やっぱりお花のコーナーとか、料理のコーナーとか、何かそういうのがいいのかなって」
夕美ちゃんがそう言って、ストローをくわえた。
「つまり、花を食べる」
厳かな口調でそう提案すると、夕美ちゃんが再び咽せてから、涙目で俺を睨んだ。
「もうっ! ○○さん、嫌いっ!」
「夕美ちゃんの笑いのツボが浅いだけだろ。毎週、響子ちゃんが花を揚げて二人で食べると、話題性はあるな」
「そういうのじゃなくて、何かないですか?」
響子ちゃんが不安そうな目で訴えた。一応俺を紹介した手前、あまりくだらないことばかり言っていたら、夕美ちゃんに悪いというところだろう。
「ファンとしては、自分の好きなアイドルの話なら、なんだって聞きたいよ。むしろ、花と料理以外には何があるんだろうってことの方が関心があるかも」
詳しくは知らないが、例えば中野有香も空手の話ばかりしているわけではないだろうし、椎名法子もドーナツの話ばかりしているわけではないだろう。もちろん、どのアイドルでもいいような内容ばかりでは面白くないが、無理矢理アイデンティティーに合わせてコーナーを作る必要もない。
「ニュージェネだと、短い台本とか台詞を募集して、メンバーで言い合ったりしてるな」
「他の子のラジオ番組は参考になるね。二番煎じじゃつまらないけど」
「今は視聴者参加型がいいだろうね。もちろん、しばらくはお便りが来るかっていう不安はあるけど」
メールどころか、チャットツールで秒でメッセージが届く時代だ。ラジオ番組も対話型が基本になっているが、素人の配信とは違うので、あまり内輪になりすぎてもいけないし、ファンサが過ぎるのも良くない。
「お便りか。私たち、まだデビューして日が浅いし、来るかなぁ」
夕美ちゃんが瞳を曇らせる。響子ちゃんが励ますように頷いた。
「最初は○○さんが五重人格くらい演じて、お便りをいっぱいくれます!」
「いや、しないから」
「他の人からも来るようになったら、ゆっくりフェードアウトしましょう」
響子ちゃんが爽やかにそう言って、夕美ちゃんも深く頷いた。怖い女たちだ。
「俺は今、『乙女るラジオ』には近付かないと決めた」
「むしろ裏方に回って、一緒に番組を作ってください。アイドルのプロデュース体験だと思って」
響子ちゃんが可愛らしく指を合わせた。それは面白そうだが、夕美ちゃんはそんなことは望んでいないだろうし、どうせやるなら卯月ちゃんがいい。もっとも、その点に関して、卯月ちゃんは俺を必要としていない。今日みたいに、響子ちゃんが少しでも俺を頼りにしてくれるなら、それに応えたいとは思う。
その後も、番組の話を中心に3時間くらい女子トークに付き合ってお開きになった。夕美ちゃんに「退屈じゃなかった?」と聞かれたので、楽しかったと伝えた。
「貴重な体験だった。夕美ちゃんこそ、響子ちゃんと二人の方が良かったんじゃない?」
「私が呼んだんだよ? たくさん話したし、私とも繋がろっ」
そう言って、先日の凛ちゃんのように連絡先を交換した。響子ちゃんに心配そうに「浮気はダメですよ?」と言われたが、これはいつかのみくちゃん同様、卯月ちゃんのことではないだろう。
「大丈夫。俺は小日向美穂の単推しだ!」
意味もなく拳を握ってニッと笑うと、響子ちゃんが残念そうにため息をついた。「美穂ちゃん、可愛いよね」と、夕美ちゃんが笑う。そう言えば、美波ちゃんとのユニットの話ができなかったが、もしかしたら響子ちゃんは知らないかも知れないし、そもそもまだ誰にも秘密の話かも知れない。卯月ちゃんも、あの時点では俺が再び夕美ちゃんと会うとは考えていなかったはずだ。
5人組ユニットと言うと、まずはMasque:Radeの現場に行ってみないといけない。幸いにも、来月のライブのチケットが2枚取れた。
想定している相手と行けるといいのだが。