卯月ちゃんとの予定は、急にキャンセルになることもあれば、急に発生することもある。ある日の夕方、一人で街をブラブラしながら夕飯をどうしようか考えていたら、ポケットでスマホが震えた。卯月ちゃんだったのですぐに出ると、スピーカーから少しお疲れの声がした。
『○○さん、今暇ですか? あっ、ごめんなさい。いつも暇ですよね!』
「前川みくとデート中だから、また今度」
『その子、ついさっきまで一緒にダンスレッスンを受けてました。時間があるから少し会いたいです』
もちろん、今日はシンデレラメンバーでレッスンだと知っていたからこその冗談だ。いきなり喧嘩を売られたが、そういうところも可愛い。ちなみに、向こうも俺が暇していることを知っていての冗談だが、そうでなくても生憎俺は大体いつも暇している。
正確には、卯月ちゃんのこういう誘いに対応できるように他の予定を入れないようにしているのだが、それを続けた結果、古い友達は誰もいなくなってしまった。その分アイドルの友達は増えているし、卯月ちゃんもぼっちな俺を憐れんで、他の子たちとの交流を認めてくれている。
「丁度飯にしようと思ってたとこ。とりあえず合流して食べに行く?」
『ちょっと疲れてるので、部屋でのんびりしたいです。節約もしたいし』
この流れで、疲れているなら帰って休んだ方がいい的な気遣いをすると怒られる展開は、何度も経験済みだ。俺から誘ったならともかく、自分から電話をかけてきて、疲れているから帰るなら、最初から帰っている。
「じゃあ、至急戻る。ご飯は各自?」
『コンビニで高いお弁当買いません? お店に入るより、安くリッチな気分が味わえます』
「わかった。コンビニ弁当なら任せて」
そう言って無意味に胸を張ると、スマホの向こうで卯月ちゃんが残念そうに息を吐いた。
場所を聞いたら卯月ちゃんの方がうちに近かったので、大至急戻る。どこかに寄っていたのか、俺の方が早く最寄り駅に戻り、すぐ次の電車で卯月ちゃんもやってきた。今日はダンスレッスンと言っていただけあって、すっぴんに近いメイクにジャージ姿で、運動部の帰りみたいな格好だ。
「まるで高校生だな」
笑いながらそう言うと、卯月ちゃんは困惑気味に首を傾げた。
「高校生です」
「レストランって気分じゃなかったのは理解できた」
「○○さんもジャージなら良かったですけど。運動部カップルみたいですね」
卯月ちゃんがふふっと笑う。可愛い。
音声通話はもちろん、ビデオ通話もそれなりにしているが、リアルで会うのは久しぶりだ。やはり実物は良い。
荷物を持つと、案外重かった。
「別に何も入ってないですけどね。レッスンで着てた服とかが入ってます」
「じゃあ、部屋に戻ったら嗅ぐよ」
明るくそう言ったが、卯月ちゃんは無言だった。新しいタイプの反応だ。
コンビニに入ると、あれやこれや言いながら、俺はリッチなハンバーグ弁当を、卯月ちゃんは有名シェフのコラボパスタを買い、他にサラダとスイーツもカゴに入れた。一人1,200円くらいになったが、それでもレストランに入るよりずっと安い。
「卯月ちゃんは、アイドルやってなかったら、何部に入ってた」
先ほど部活の話をしたので、その流れで聞くと、卯月ちゃんは「難しい質問ですね」と思案げな顔をした。
「そう言えば、アイドルじゃない自分について、あまり考えたことがありません」
「アイドル生活を楽しんでる証拠じゃないかな」
「同じ学校で○○さん的な誰かと出会えてたとしたら、帰宅部でもいいですけど。何かに打ち込むより、誰かと遊んでる方が好きです」
それをアイドル活動に打ち込んでいる卯月ちゃんが言うのかと思ったが、競争の激しいアイドルの世界でも、みんなで仲良くがモットーの卯月ちゃんだ。らしいと言えばらしい。
「今日もいっぱい運動しましたけど、元々熱血とか根性とか、そういう世界の人間ではないです」
「走り幅跳びとかやってる卯月ちゃんは想像できない」
「運動するにしても、チームでやるのがいいです。美波さんがやってるのとか」
それが何なのか、生憎俺は新田美波についてあまり知らないのでピンと来なかったが、ラクロスだと教えてくれた。教えてもらっても、ラクロスという競技をあまり知らず、卯月ちゃんも名前くらいしか知らなかったので、その話はそれでおしまいになった。
部屋に入って腰を下ろすと、とりあえずという感じで卯月ちゃんが横から抱き付いてきた。温かくて柔らかくてとても幸せだ。
付き合って1年以上経ち、こういうのも日常的になってきたが、あの島村卯月が自分から抱き付いてくる状況を当たり前に思ってはいけないし、感謝を忘れてはいけない。ただ、あまり特別視するとそれはそれでむくれる。そういうところも可愛い。
キスをして、服を脱がせて横になる。上に乗っけて中に入れると、しがみ付くように抱き付いていた卯月ちゃんが、思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、このあいだどうでした?」
「えっ? この状態で普通に話し始めるの?」
思わず驚いて声を上げる。どう考えても情事の真っ最中で、ムードも何もない。しかも他の女の話をさせるとは、何か試されているのだろうか。
卯月ちゃんは平然と頷いて、俺のうなじをぺろりと舐めた。
「むしろ1回目を長く楽しむには、他の話をしてるくらいの方がいいんですよ。ご飯も繋がったまま食べましょう」
「食べにくいから」
もう10ストロークもすればイッてしまいそうなほどいきり立っているが、卯月ちゃんはその硬さが好きらしい。これを「セックスのジレンマ」と名付けたら、卯月ちゃんが「早いだけじゃ……」と寂しそうな目をしていた。酷い女だ。
ちなみに、このあいだというのは響子ちゃんと夕美ちゃんと喋った話で、会ったこと自体は誘われた段階で報告したし、その日の夜にも少し話したが、詳細には及んでいなかった。響子ちゃんは親友だし、夕美ちゃんとは面識がない分、逆に気になるようだ。
「今度やるラジオ番組の相談だったけど、その話はしても大丈夫なのか?」
「ラジオ番組をすること自体は知ってます。15分番組ですよね?」
「そうそれ。どんなコーナーがいいかって聞かれた」
特に難しい相談でもなかったのでそう伝えると、卯月ちゃんは何やら唸り声を出した後、再びぐったりと俺の体に体重を預けた。重たいが気持ちいい。
「会いたかっただけなんじゃ」
「まあ、たぶん。夕美ちゃんも気になってたみたいだし。でも、ほとんどラジオの話をしてたぞ?」
卯月ちゃんが思うようなロマンチックなものではなかったし、友達同士というにも随分仕事寄りの内容だった。もっとも、プロデューサー体験みたいで面白かったと言うと、卯月ちゃんが困惑気味に声を上げた。
「○○さん、そんなことで喜ぶんですか?」
「そんなことって。卯月ちゃんは仕事に関してはまったく俺を必要としてないから、まだ歴の浅い二人が少しでも頼ってくれるのを嬉しく思うのは当たり前じゃ……」
むしろこっちが困惑すると訴えると、卯月ちゃんは拗ねたように唇を尖らせた。
「別に必要としてなくはないけど、○○さんはファンの立場でしかアイドルに興味がないと思いました」
「ファンの立場でしかアイドルと接する機会がなかっただけで、俺のアイデアが何か少しでもラジオ番組に使われたら、それは面白いと思う」
「そうですか。でも確かに、Masque:Radeの謎解きイベントの時にも、そんなようなこと言ってましたね」
もう随分前になるが、プロデュース体験の出来る謎解きイベントが開催され、卯月ちゃんと一親等の二人と一緒に参加した。それほどプロデュース感はなかったが、謎解き自体は楽しかった。
真面目な話をしていたら少し萎れてきたので、卯月ちゃんのしっとりした肌を撫でながら腰を動かした。すぐに硬さを取り戻したので、このままイッても良いか聞いたら、あっさりダメだと断られた。
「ずっと入れていたいです。プロデュース的なことが楽しいって話ですけど、ちょっと考えてる企画があるんですけど、一緒にやります?」
唐突に興味深い話を投げてくる。詳細を聞くと、どうやらツイッターのトップに固定するような、短いプロフィール動画を作ろうと考えているらしい。
そういう重要なものはちゃんとプロデューサーと相談して作った方が良いのではないかと言うと、卯月ちゃんは大丈夫だと首を振った。
「アイドルのお友達が作ってたのに感化されただけで、お仕事とは関係ありません。一応、プロデューサーには作っていいか確認してありますし、公開する前に見せる約束もしています」
「とても個人的なものだと?」
「そうですね。未央ちゃんと凛ちゃんに声をかけようと思ってましたが、○○さんが乗り気なら、二人で作りましょうか」
それはもちろん歓迎だが、千という単位の人が見るものだと思うと、若干萎縮しないでもない。それが股間から伝わったのか、卯月ちゃんが「大丈夫ですよ」と笑った。
「つまらなかったら捨てます」
「俺を……」
「動画です」
定番のコントだ。
何かコンセプトやイメージはあるか聞いたら、卯月ちゃんはそうですねぇと相槌を打ってから口を開いた。
「なくはないですけど、言ったら○○さん、それに合わせちゃいますよね?」
「希望には添いたい意向」
「それじゃあ意味がないから、好きに考えてください。1分半くらいでお願いします」
1分半のアイドルのプロフィール動画。やはり歌ったり踊ったりしている方がいいだろうか。少し想像してみたら、卯月ちゃんが「今考えなくていいです」と、俺の髪の毛に指を絡めた。
「それより、夕美さんはどうでした?」
「いや、それこそこんな状態で話すことじゃないけど」
「じゃあ、状態の方を変えますか?」
そう言っていたずらっぽく笑うので、逃がさないように両腕でしっかりと抱きしめた。
「明るい人だったよ。オフの日はカフェでのんびりするタイプのキラキラ女子?」
「○○さん、高校生にしか興味なさそうですけど、ああいう大人の女性はどうですか?」
表現はともかく、凛ちゃんと同じことを言っている。まずそれは誤解だと訂正してから答えた。
「見た目は綺麗なお姉さんだけど、結構子供っぽい感じだった。本人も凛ちゃんと2つしか違わないって言ってたし」
「つまり、子供が好きな○○さんの守備範囲ってことですね?」
卯月ちゃんが心配だとため息をつく。これも定番のやり取りだ。
教えてもらった美波ちゃんとのユニットの話は出来なかったと言うと、卯月ちゃんは若干興味がなさそうに、そうですかと頷いた。指摘すると、卯月ちゃんは態度に出ていたことを反省しながら言った。
「メンバーとあまり接点がないから。藍子ちゃんは結構喋りますけど、二人でお出かけしたこととかはないですし」
「つまり、夕美ちゃんに興味があるんじゃなくて、夕美ちゃんをどう思ったかっていう、俺の反応に興味があるだけだと」
「だけとは言いません。面白いメンバー構成だからユニットも気になります。橘ありすちゃんっていう小学生の子が入ってて、みりあちゃんとは違うタイプの大物小学生らしいです」
聞いたことのない子だ。もっとも、夕美ちゃんのこともほとんど知らなかったし、CPですらフルネームで言えないメンバーがいる。基本的には、卯月ちゃん以外にはあまり興味がない。
卯月ちゃんがそろそろお腹が空いたと言うので、ようやく出せると腰を動かした。入れたまま食べたいという要求は無視して、ギリギリで引き抜いて咥えさせる。しっかり溜まっていた精液を放出すると、卯月ちゃんは苦しそうに飲み干してから大きく息を吐いた。
「最低の前菜ですね」
「食後の方が良かったって言った?」
「まったく言ってません。早くパスタが食べたいです」
とりあえずその前に卯月ちゃんの粘液でベタベタになった股間を咥えさせると、卯月ちゃんは丁寧に舌を這わせながら涙目で睨んできた。とても可愛い。
弁当を順番に温めて、少し交換しながらディナーにする。卯月ちゃんがもう機嫌が直ったのか、にこにこしながらパスタを頬張った。
「コンビニ弁当って、美味しいですよね」
そもそも最初から、何も怒っていない気もする。基本的に、卯月ちゃんはエッチだ。
ハンバーグを食べながらじっと見つめていると、卯月ちゃんが「どうしました?」と首を傾げた。
「いや、卯月ちゃんは基本的にエッチだって考えてた」
「誤解ですよ! ○○さんに合わせてるだけです」
「そうだろうか」
「そうです。それより今日の話をします」
バッサリと話を切って、卯月ちゃんがくるりと可愛らしくフォークを回した。もちろん、仕事の話もレッスンの話も大歓迎だ。
今日は何時までいられるのかわからないが、久しぶりの二人きりの時間を思い切り楽しむことにしよう。