さて、動画である。もちろんこれまで、アイドルの紹介動画のようなものはたくさん見てきたし、346の公式サイトにある卯月ちゃんのムービーも何度も見ている。
しかし、いざ自分で作るとなると、何のアイデアも浮かんでこなかった。つくづく自分はパッシブな人間だ。クリエイターとは程遠い場所に存在する。
アイドルとは何か。ベースは歌と踊りにあるが、バラエティー番組やドラマ、リポーター、ファッション雑誌のモデルと、活動の場は多岐に渡る。ニュージェネの3人が所属する別のユニットでも、ポジティブパッションはテレビ番組で見ることが多く、トライアドプリムスはよくライブをやっている印象だ。ピンチェは握手会とかミニライブ&トークショーのような、ファンとの距離が近いイベントが多い気がする。
いずれにせよ、アイドル=衣装というイメージはあるので、衣装は着た方がいいだろうか。しかし、衣装を着て撮影するのは衆目を集める。恐らく街撮りになるだろうし、衣装が借りられるかもわからない。
内容的には卯月ちゃんは喋った方がいいか、それともただ歩いたり笑ったり遊んだりしているシーンを繋げた、イメージ重視にするのがいいか。BGMも346の曲を流したいが、使えるのかわからない。フリーの音楽を使ってもいいが、少なからず歌の世界にいる人間が、全然事務所と関係ない音楽を使うのもどうかという気はする。YouTuberとは違うのだ。
YouTuberと言えば、自己紹介動画もたくさんあって参考になる。女子高生のVLOGをいくつか見てみたが、どれも「可愛い自分を見て!」というオーラが漂ってきて思わず眉をひそめた。もちろん、それをアイドル界隈にいる俺が言うのかという気はするが、アイドルはそれも仕事だ。
結局、興味の問題だろう。みくちゃんの紹介動画も、あの最悪な出会いの後と、仲良くなった今とでは、同じ動画にもかかわらず印象が全然違う。YouTuberの動画も、推している子なら可愛く見れるに違いない。
動画と言えば、TikTokも若者に人気だ。何か速い音楽に乗せてコミカルな動きをしたり、変わったことが起きるようなものがウケている。前者は卯月ちゃんのキャラと合わないが、意外性のある動画もいいかも知れない。具体的には何も思い浮かばないが。
せっかくの機会だし、自分の見たい卯月ちゃんを撮るというのは、基本的な方針にしたい。しかし、あまり素の卯月ちゃんは見せたくないし、本人もそうだろう。私生活をツイートすることはあっても、やはりどこか他人の目を意識したアイドルの卯月ちゃんだ。
丁度このあいだ、響子ちゃんが言っていたみくちゃんに似ているかもしれない。ストイックで厳しいみくちゃんというのはあまりイメージ出来ないが、卯月ちゃん以上に公私を分けているのだろう。
今回の動画はファンサービスなのか、それとも卯月ちゃんを知らない人に向けたものなのか。せめてターゲットくらいは絞ろうと思ったが、卯月ちゃんはどっちでもいいと言った。随分テキトーだ。
モーニングルーチンとかナイトルーチンとか、そういうのも定番のようだが、動画チャンネルの1コンテンツならともかく、ツイッターのトップに固定して載せるようなものではない。100の質問的な動画も、自己紹介にはなるが面白みに欠ける。
うんうん悩んだ末、LOOKBOOKはどうかというところに着地した。LOOKBOOKというのも動画のジャンルの一つで、クローゼット紹介のようなものだ。元々はファッション系のカタログとか写真集的なものだそうだが、今では検索すると動画がたくさんヒットする。
通常は部屋のクローゼットの前で取っ替え引っ替えコーディネートを披露するが、それだと俺はすることがない。あくまで動画は外で撮るのがいいだろう。
とりあえず電話で案を伝えると、卯月ちゃんはしばらく唸ってから「わかりました」と答えた。
『いくつか服を用意すればいいですね?』
「うん。でも何か気になることがあったら言って」
『荷物とか着替えが大変そうだなって思ったけど、それは○○さんがなんとかしてくれますよね? プロデューサーですから』
からかいではなく、本当にそこは任せたという口振りだが、生憎何も考えていない。どこで撮るのかと聞かれたが、それも考えていなかった。卯月ちゃんは「本当に概要だけですね」と呆れたように言ってから、こう提案した。
『じゃあ、シチュエーションを3つ考えてください。それに合わせたコーデを考えます』
シチュエーションとは、例えば都会のカフェのテラス席とか、久しぶりに会う友達との女子会とか、水族館デートとかそういうものだ。
一旦通話を終了して、具体的な撮影シーンを考えることにした。人が多いところは避けたいが、自然に寄り過ぎると、それはそれでオシャレが浮いてしまう。オシャレな山ガールファッションもあるだろうが、卯月ちゃんはそういうキャラじゃないし、持ってもいないだろう。
木を隠すなら森の中というから、いっそ浅草寺とか東京タワーとか、超有名どころを歩くのもいいかもしれない。ただ、映り込みの処理が面倒そうだし、高度な編集技術もない。手間は厭わないが、出来ないものは出来ない。
東京の映えスポットを検索したら、カフェや美術館、公園や神社、アート作品やデザイン性のある壁など、たくさんのスポットがヒットした。こうして具体的に見てみると、ここにいる卯月ちゃんを思い浮かべることが出来るし、卯月ちゃんも服を選びやすいだろう。
とりあえずスポットを3つ。一つは無難に港のプロムナードがいいだろう。ファーストデートで行った場所でもいいが、あまり自分たちの思い出に寄せるのも微妙な感じがする。
他には、やはり公園だろうか。これも、思い出の公園ではなく、昭和記念公園のような、郊外の大きな公園が良さそうだ。
そうなると、残りの1つはバランス的に街だろうか。ドイツ村のような海外のテーマパークがいいかもしれない。
ひとまずその3つを引っさげて提案すると、卯月ちゃんは良さそうですねと肯定した上でこう言った。
『場所があまり遠いと、1日で回るのが難しいですね』
「それは確かに。大事なのは場所じゃないから、ちょっと考える」
『海の青、公園の緑、壁の白みたいに、色をコンセプトにするのもいいかもしれません。敢えて同じ系統の色でまとめるか、いっそ反対色にするとか』
「それなら、もっと色に特化した場所を考えてみる。港とか、ぶっちゃけ青くないし」
『じゃあ、引き続き場所とか動画の内容とかお願いします。私は服を考えますね。LOOKBOOKですから』
卯月ちゃんがそう言って声を弾ませた。まずまずの反応だ。
場所はしばらく考えた末、横浜に決めた。海はもちろん、公園から遊園地、レンガ倉庫、中華街、西洋館と、多様なスポットが徒歩圏内に密集している。卯月ちゃんからも前向きな返事が返ってきた。
問題は動画の内容だ。編集は頑張ればなんとかなるとして、ある程度ストーリーは考えた方がいいだろう。2人だけの遊びならしょぼくても作る過程に意味を見出せるが、SNSに固定する動画である。チグハグな素人の出来では卯月ちゃんの顔に泥を塗る。
作るのは横浜の紹介動画ではないから、あまり背景は重視しない方がいいだろう。しかし、せっかくいい場所なのに、どこでも撮れるようなものでいいのだろうか。「場所より私!」みたいな痛いムーブになるのは避けたいが、アイドルというのはそれくらいでもいい気もする。卯月ちゃんですら、そういうところはある。
そんなふうに、当日近くまでうんうん唸っていたら、卯月ちゃんから呆れたように言われた。
『別にそんな大層なものは求めてませんから、もっと気楽に楽しんでください』
「そう言われても、責任重大だし」
『花を食べるくらいテキトーで』
「それ、響子ちゃんが?」
『響子ちゃんのラジオは私も楽しみにしてますから。このあいだ、夕美さんにも会いましたよ!』
そう言ってから、卯月ちゃんは二人の話を始めた。大幅な脱線だが、まあ本人がそう言うのならもう少し気楽に考えさせてもらおう。楽しむことが第一という意見に異存はない。
そうして迎えた当日は、幸いにもいい天気だった。いいと言ってもやや曇り気味だが、もうじき梅雨だと考えれば恵まれた方である。それに、日差しは強すぎない方が柔らかい仕上がりになる。
撮影も楽しみだが、卯月ちゃんと横浜に行くこと自体が初めてなので、デート的にも楽しみである。ウキウキしながら待ち合わせの駅で待っていると、荷物を抱えた卯月ちゃんが現れた。
「今日はよろしくお願いします」
他人行儀に頭を下げて荷物を渡してくる。最初の格好は膝上の白のスカートにデザイン性のあるオレンジのシャツという、至ってシンプルで元気な女子高生スタイルだ。メイクはいつも二人で会う時より濃いめで、目元が若干強い。
早速移動のために電車に乗ると、卯月ちゃんがお腹の前でバレーボールでも持つような仕草をして言った。
「もちろん、二人で初めての横浜ですから、デート的な楽しみもありますけど、今日は完璧に島村卯月ですから、撮影が終わるまではお仕事モードにしましょう」
「確かに。ただでさえ動画撮ってたら目立つし」
「そこまで知られてるとは思いませんが、一応テレビとかも出てますし、私も少しくらいは人目を気にします」
何故か偉そうに胸を張る。頻繁に外でハグしたりキスしたりしていることは、きっと忘れてしまったのだろう。寂しいことだ。
まあ、今のところはファン以外は見てもわからない程度の知名度だし、いつもは変装しているので問題ないが、今日は完璧に島村卯月だ。
直通ではないので横浜で乗り換える。まだ朝と言ってもいい時間だが、ホームは人でごった返している。
「○○さんは横浜は初めてですか?」
いつもより30センチくらい遠い位置から、卯月ちゃんがそう聞いてきた。もちろん来たことはあるが、いわゆるみなとみらいは歩いたことがない。中華街はあるが山下公園はないみたいな話をすると、卯月ちゃんは呆れたように首を傾けた。
「目と鼻の先なのに。男の子ですね」
「今のどの辺が男の子だった?」
「ご飯にしか興味がないみたいなところ? ○○さん、私と付き合う前と後で違いすぎて、私生活がよくわかりません」
卯月ちゃんが悩ましげに眉根を寄せた。
卯月ちゃんと付き合う前はツイッターをやっていて、食べたものとか行った場所とかを時々ツイートしていた。まだ付き合う前だったし、アイドルのことは一切書いていなかったにもかかわらず、卯月ちゃんはアカウントを特定して眺めていたというから、考えてみたら怖い子だ。
ちなみに、今はもうまったくツイートしていない。卯月ちゃんや346のアイドルたちのツイートを見るためにログインはしているが、最後にツイートしたのはもう半年以上前だ。卯月ちゃんにはたまには何か書けと言われるが、人間関係も大きく変わってしまったし、今さらあのアカウントでツイートすることは何もない。それに、俺の日常は書けないことばかりだ。
桜木町で降りると、とりあえず赤レンガ倉庫に向かうことにした。途中、汽車道の遊歩道を歩きながら、試しにスマホで歩く卯月ちゃんを撮ってみたが、完全に盗撮の様相だった。
動画を見た卯月ちゃんが、あははと笑って涙を拭った。
「変態ですね!」
「これは意図したものと違う」
「これはこれでありな気がしてきました。もし意図した通りに撮れなかったら、尾行系の動画にしましょう」
聞いたことのないジャンルだ。どうかそうならないことを祈りながら、いよいよ1本目の動画を撮ってみることにした。