一日は長い。
浅草にいたのは随分前のことに思えたが、実際にはまだ6時間ほどしか経っておらず、夕方と呼ぶには日の高い時間だった。
すっかり見慣れたギャルっぽい卯月ちゃんを愛でていると、気を良くしたのかもっとアイテムを揃えたいと言い出して、しばらく渋谷でショッピングを楽しんだ。
結局ブレスレットを1つ買っただけだが、色々試着したこともあって、また新しい卯月ちゃんを見ることができた。
それにしても、買い物をしている最中も、一度としてアイドル島村卯月だと気付かれなかった。もちろん、変装しているせいもあるが、卯月ちゃんの知名度自体がまだその程度なのだ。
実際、俺や多くの人間が、マイナーなアイドルグループの1アイドルのことなどまったく知らないように、卯月ちゃんも世間的にはほとんど知られていない。
それが嬉しいかと聞かれたら素直には答えにくいが、みくちゃんの懸念は今のところはそこまで深刻に考えなくてもいいのかもしれない。
買ったばかりのブレスレットを嬉しそうに触っている卯月ちゃんに、今日の最後に何がしたいか尋ねると、卯月ちゃんは間髪入れずに答えた。
「夜景を見に行きましょう。あっ、お台場行きましょう。ベタですけど、いいと思います」
自分の発案に満足げに頷いて、俺の返事も聞かずに歩き出す。
渋谷から浅草に行き、渋谷に戻ってお台場へ。そして恐らくまた、渋谷に戻って解散する。計画性のないデートだが、卯月ちゃんとなら移動時間も気にならない。しいて言えば、交通費が結構かかっているのが気になるくらいだ。
ゆりかもめを降りた時には随分暗くなっていたが、決して遅い時間ではない。それに、土曜日ということもあって、海浜公園にはまだたくさんの人がいた。
卯月ちゃんの提案で先に食事にする。カジュアルなイタリアンでピザをシェアして、夏のライブの話をしていると、またあっと言う間に1時間以上過ぎていた。
店を出ると海からの風が少し寒いくらいで、薄着の卯月ちゃんは一度寒そうに自分の腕をさすった。
「大丈夫?」
もう少し風の当たらない場所に移動しようか聞くと、卯月ちゃんは楽しそうに背中で手を組んで笑った。
「へっちゃらです。若いので」
「へっちゃらって、100年ぶりに聞いた」
「江戸時代ですね」
「今、何年だよ」
くだらない話をしながら、展望デッキにやってくる。適当に空いている場所に並んで立つと、そっと肩を抱き寄せた。
卯月ちゃんは少しだけ俺に体重を預けて、レインボーブリッジを見つめている。帽子を取って顔を寄せると、髪の毛からいい香りがした。
相変わらず周囲にはたくさん人がいるが、大体同じようなカップルなので気にならない。もっとも、そうは言っても、ここで思い切り卯月ちゃんを抱きしめて、むさぼるようにキスができるかと言われたらそんなことはなく、そういう欲望は必死に押し殺して、なるべくロマンチックな時間を提供できるよう努力する。
どれくらいそうしていたのか、やがて繋いだ手の指をもぞもぞ動かしていた卯月ちゃんが、熱っぽく呟いた。
「少し、歩きましょうか」
展望デッキから下へ降り、人の多い女神像から遠ざかるように、海岸を北の方へ歩く。
一言も喋らずに、微かな波の音や自動車の音、人の話し声に耳を傾けながら10分ほど歩くと、やがて卯月ちゃんは人気の少ない海岸沿いの石段に腰かけた。
隣に腰を下ろすと、卯月ちゃんは帽子とバッグを置いて、そっと俺の肩に頭を乗せた。
ここなら我慢しなくてもいいのだろうか。卯月ちゃんもそのつもりで場所を変えたのかはわからないが、今度は両腕でしっかりと抱きしめてキスをした。
卯月ちゃんの唇の柔らかさと、粘性のある舌の感触、唾液の味、息の熱さ。火照る体、背中を這う指先、押し付けられる胸の弾力。
随分長い時間、全身で卯月ちゃんを感じてから体を離すと、卯月ちゃんは上気した顔でほぅっと息を吐き、潤む瞳で俺を見上げた。
「エッチな顔してる」
「お互い様です」
俺の意地悪を軽く流して、卯月ちゃんは一度腰を上げて座り直した。その肩を、優しく抱き寄せる。
「今日はありがとう。朝はどうなるかと思ったけど、卯月ちゃんのおかげで楽しく過ごせたよ」
そっと髪を撫でながら、今日を振り返って礼を言った。
本当に、スカイツリーで絶望したのが嘘のように楽しい一日になった。あの時卯月ちゃんが何も言わずに、二人で映画を観に行っていたら、今頃どうなっていただろう。
卯月ちゃんに委ねて良かった。そう思っていたら、卯月ちゃんは視線を落として、ため息混じりに言った。
「私も楽しかったです。でも……」
一度言葉を切って、微かに首を振る。
「ごめんなさい。せっかく○○さんが考えてくれたプランを、台無しにしちゃいました」
「いや、それは全然いいけど」
まさか謝られるとは思わず、俺はたじろいだ。本当に卯月ちゃんには感謝していて、謝る必要など微塵もない。
しかし、卯月ちゃんは今日のすべてを出しゃばりだったと思っているようで、もう一度深くため息をついた。
「私、○○さんが思うようにいかなくて困ってたことを、もちろんわかってたんです。でも、私もどうしていいのかわからなくて、何もできなかった」
「色々連れ回してくれたじゃん。楽しかったよ?」
「全部決めてもらうか、全部決めるかしかできなかったんです」
正直なところ、卯月ちゃんが何を謝っているのかよくわからなかった。
ただ、元々卯月ちゃんは、デートのプランは俺に甘えたいと言っていた。きっと、本当は俺のプランに乗りたかったのだ。
けれど、卯月ちゃんは一切悪くない。上手くいかなかったのは、単に俺の計画が甘かっただけだ。
「俺のプランはあんまり楽しくなかったから、本当に卯月ちゃんのおかげだよ」
「私は楽しかったんですけどね」
釈然としないように呟いて、俺の肩にもたれかかる。それからそっと俺の手を握って、指を絡めた。
「私は浅草を歩いてた時から、ずっと楽しかったんです。でも、○○さんが全然楽しそうじゃなかったから、よくわかんなくなっちゃって」
「楽しかったの?」
「はい。私はなんでもよかったんです。でも、今日は初めてのデートだから、特別な日にしたいっていう○○さんの気持ちもわかったし、私も出来たらそうしたかったし。次からはもっと適当でいいです。なかなか時間が取れないから、一緒にいられるだけで嬉しいんです」
そう言って微笑んだ卯月ちゃんがあまりにも可愛くて、愛おしくて、もう一度抱きしめてキスをした。
ちらりと周囲を窺うと、だいぶ離れたところで、同じようにカップルがイチャイチャしている他に人がいなかったので、昂りを抑えられず、キスをしながらそっと胸を撫でてみた。
久しぶりに触れたが、相変わらず大きくて柔らかい。薄着のせいで、ブラジャーやそれに支えられた内側の感触が、手の平に直に伝わってくる。
左腕でしっかりと背中を引き寄せて、しばらく胸を撫で回してから太ももに手を乗せた。今日一日でかいた汗のせいか、雨上がりの湿度のせいか、肌がしっとりと濡れている。
卯月ちゃんは唇を離すと、唾液で汚れた口元を一度指で拭った。それから、ぎゅっと俺に抱き付いて肩に顔を埋める。
向こうから歩いてきた人が通り過ぎるのを待ってから、剥き出しの太ももをそっと撫でると、卯月ちゃんは小さく身をよじった。表情はわからないが、嫌がってはいないようだ。
それにしても、このショートパンツというものは良い文明だ。太ももの内側に指を這わせながら、裾から手を入れる。そのまま下着に触れて、指先でふにふに押してみると、ツルツルした素材に、じっとりとした湿り気を感じた。
「○○さん……」
シャツに顔を埋めたまま、卯月ちゃんが恥ずかしいのか怒っているのかよくわからない声を漏らした。
下着と肌の隙間から指を忍び込ませると、指先にねっとりと熱い液体が絡み付いた。少し動かすと、ピチャピチャと水っぽい音がして、卯月ちゃんが恥ずかしそうに首を振る。
随分と濡れるものだ。どこか冷静にそんなことを思いながら、中指を液体に満ちた穴の中に入れてみた。そのまま内側を掻くように押すと、卯月ちゃんは声を押し殺すように俺の肩を強く掴んだ。
「んっ……あっ……」
ただひたすらこの中に入れたい欲求を抑え、中指を埋めたまま、前に卯月ちゃんが気持ち良いと言っていたところを、人差し指で刺激した。
卯月ちゃんが体を震わせる。荒くて熱い息が首にかかった。
「はぁ……っ! ん……はぁっ、はぁ……」
断続的な吐息を浴びながら、そっと顎を上げさせると、卯月ちゃんが潤んだ瞳で俺を見た。
もう一度唇を重ねて、優しく優しく刺激する。
目を開けると、卯月ちゃんはキスをしたまま苦しそうに顔をしかめていた。それが途方もなく可愛かったから、イクまで続けようと決意した。
しかし、もう少しのところで、展望広場の方から大声で騒ぐ若者集団が近付いて来て、仕方なく手を離した。変な酔っ払いに絡まれては面倒だ。
ベタベタになった指を舐めて、石段から腰を上げた。
振り返ると、卯月ちゃんはまだ座ったまま、泣きそうな目で俺を見上げていた。半開きの唇が艶めかしく光っている。
「あいつらが来る前に行こう」
帽子をかぶせて手を引っ張ると、卯月ちゃんはよろめきながら立ち上がって、バッグを肩にかけた。
擦れ違わないようにその場を離れ、駅の方へ歩き始める。卯月ちゃんはなんとも言えないやる気のない顔で、俺に引っ張られるままついてくる。怒っているようにも見えるが、たぶんそうではないだろう。
「今日は楽しかったな。次はいつ会えそう?」
何事もなかったように尋ねると、卯月ちゃんは露骨に拗ねたように俺を見上げて、唇を尖らせた。
「さあ、いつでしょうね。知りません」
「夏のライブに向けて、忙しくなるよな。終わるまでは難しそう?」
ライブはまだひと月以上先である。たとえそれまで会えなくても、今日の思い出だけで我慢できる。
相手はあの島村卯月なのだ。贅沢を言ってはいけない。本来はこうして手を繋いで歩けるだけで、身に余る幸せなのだ。
そう思ったら、卯月ちゃんが相変わらず拗ねた顔のまま、つまらなそうに言った。
「そんなに会えなかったら、私が我慢できません」
ちらりと横目で窺うと、卯月ちゃんはぷいっとそっぽを向いた。まったく言動が一致していない。
「また時々、急でもいいし、夜だけでもいいから、会えそうならメールして。いつでも飛んでいくから」
「それはいいですけど、たまには○○さんからも誘ってください」
「俺が誘う日に卯月ちゃんが空いてる可能性があまりにも低いから、たぶん断ってばかりでお互いに悲しくなるよ?」
「それはそうかもしれないけど……。たまには会いたいって言われたいんです」
録音して永遠に再生したくなるような一言に、俺は思わずときめいた。
「いつだって会いたいよ、卯月」
真顔で見つめると、卯月ちゃんはむすっとした顔で視線を落とした。
「そうですか。それはどうも」
「ちょっ! なんでそんなにそっけないの!」
「別に……」
時間が時間だったので、特に確認することもなくゆりかもめに乗った。
不機嫌芸に飽きたのか、卯月ちゃんはいつの間にか笑顔に戻って、明日の仕事の話をしている。もしも今日、手違いとやらがなかったら、土日両日仕事だったことになる。そして月曜日からは学校だ。
たったの30分でも、立ち話をするだけでもいいから、遠慮なく呼んでほしいと言ってあるおかげで、それなりに会ってはいる。しかし、こうして丸一日デートができるのは、次はいつになるだろう。
次こそは、しっかりと卯月ちゃんを楽しませたい。いつも卯月ちゃんには元気をもらっているから、少しでもお返しがしたい。
例のごとく、女子高生を連れ回していい時間ではなくなっていたから、駅で一度ハグをして別れた。
土曜日のせいか、時間の割に混んでいる電車の中で、今日一日を振り返る。主に海岸でのことを思い出しながら、なんとなく指を鼻に近付けると、微かに卯月ちゃんの匂いがした。
変態っぽいので指を離すと、スマホが震えた。卯月ちゃんはいつも別れてすぐにメールをくれる。
わくわくして開くと、今日はエッチ寄りの内容だった。
『誰かさんのせいで、パンツがベタベタして実に不快です』
俺が喜ぶと思って無理して書いているのか、それともそういう話がしたいのか、どっちなのかはよくわからない。エッチな卯月ちゃんももちろん大好きだが、恥じらいだけは持ち続けて欲しい。
もっとも、人のいる屋外でパンツに手を突っ込んだ俺が言えたことではないが。
『パンツを脱いだらどうか』
『しません。○○さんが一緒ならともかく』
俺と一緒ならしてもいいのか。意外に思ったが、趣向の話ではなく、安全性の問題だとすぐに気が付いた。
『じゃあ今度、スカートにノーパンでお願いします』
『ノーパンでスカートって、私完全に変態ですね』
『なんか、同じような会話を100年くらい前にした気がする』
『室町時代ですね』
会話のテンポが心地良い。可愛くて優しくて、明るくてよく笑って、年相応に怒ったりむくれたりして、一緒にいて居心地が良くて、やっぱり何から何まで大好きだ。
記念すべき初デートは、上々だったのではなかろうか。思ったのとは違ったけれど、存分に楽しんだ。
『今日は本当に楽しかった。ありがとう』
初デートを締め括るように、一旦そんなメッセージを送ると、卯月ちゃんからジト目のスタンプが飛んできた。
『それは良かったですね。私は中途半端に弄ばれて、非常に欲求不満です』
恐らくそうだろうとは思っていたが、やはりあの不機嫌芸はそういうことだったのか。
それを言ったら、俺も大概欲求不満だが、卑猥なので書かずにおいた。
『今度泊まりにおいで』
代わりに送ったメッセージも十分スケベな行為を示唆しているとすぐに気が付いたが、後の祭りである。
まあ、今の卯月ちゃんなら上手に返してくれるだろう。諦めの境地で返事を待つと、シンプルにこう返ってきた。
『わかりました』
この夏最大の楽しみである、シンデレラガールズの単独ライブまでひと月ちょっと。
鬱陶しい雨の季節ももうすぐ終わる。
二人で最高の夏にしたい。毎日が特別な日になるような。
─ 完 ─