私――マシュ・キリエライトが先輩と身体を重ねるようになって、どれくらいの夜を過ごしてきたのでしょう。
始まりは、魔力の経路(パス)をより明確に繋げるため、そういう方法を聞いた……からだったように思います。
けれど、それはニワトリが先だったのか。タマゴが先だったのか。
その行為にそれ以外の意味が含まれていたことは、明らかなことでした。
だからこそ、私と先輩は魔力の経路が安定化した今も、こうして夜を共にしている。
そして、今日も先輩と共に朝を迎えます。
が、それは今までと大きく異なる朝の訪れでした。
――
朝。
私は暖かな感触と共に意識の覚醒を迎えました。
身体を抱きすくめる先輩の腕。
それは性別の差からか、どうしても逞しいという印象を抱いてしまいます。
もちろん、ヘラクレスさんやスパルタクスさんなどを筆頭に筋骨逞しい英霊と比べてしまえば、それは細腕と形容されてしまうのでしょうけれども。
それでも、私にとっては逞しい腕。
今まで何度も私を支え、導き、立ち上がらせてくれた腕です。
その腕が私の肢体を掻き抱き、親鳥のように守り続けてくれています。
時折、もにゅもにゅとお腹をさすったり、乳房に触れたりしていますが、概ね穏やかに眠りに就いているようです。
そう、そこまでは普通。
私にとってはいつも通りの朝でした。
想定外なのはそれ以外にも、柔らかな感触があること。
一瞬考えたのはフォウさんかな、という推測でした。
しかし、そうであればおかしいのです。
フォウさんの(こう言っては何ですが)短い前肢ではお尻を抱きすくめることなどできないはずなのです。
そして、先輩も違います。
先輩は後ろから私のお腹へと両腕を回しています。
両腕がここにある以上、先輩が腕四本の怪物へと変異しない限りは有り得ないことなのです。
そして、そんな先輩はさすがに私でもちょっと受け入れられません。
よって、その回答は拒否です。断固拒否です。
それならば、私のお尻を抱きすくめるこの腕は誰なのでしょう?
他の英霊の方々。
これくらいしか候補がありません。
カルデアの研究員が先輩の部屋に出入りすることはまずありませんし、考えられるとしたらそれくらいしかありません。
ですが、現実は小説より奇なり。
答えは想定以上の異常なものでした。
赤い髪に白い肌。
長い睫毛に小柄な身体。
服装は、先輩と同じようなカルデアの礼装……の女性用のもの。
ですが、それは有り得ないことです。
何故ならば、凍結処理されている他のマスター候補たちも皆、今ではスリープ状態のまま。
それは凍結処理から解放すれば、即座に生命活動を止めてしまうから。
つまり、瀕死状態だからです。
だから、他のマスター候補の方々ではありません。
何より、彼らとは外見的特徴も一致しません。
目の前の女性は、今まで見たこともない方のようです。
ですが、魔術礼装を着ているということはマスターでしか有り得ません。
考えれば考えるほど矛盾点を抱えた存在。
そんな存在が何故目の前で寝ているのか。
あまつさえ、私のお尻を掻き抱くようにしているのか。
あと、時折揉みしだくように手を動かしているのか。
私には皆目、見当も付きません。
ですが、英霊でもなくマスター候補でもないのなら、この魔術師は一体誰で、どこから来たでしょうか。
私は意を決して話しかけます。
「あの……もしもし。……そこの方」
「むにゅ……んぅ。……ふぁ……マシュぅ……」
少女は眠たげに目を擦ると、当たり前のように私の名を呼びました。
驚いたことに、彼女は私を知っているようです。
どういうことか、一方的に私を知っていて、このベッドに潜り込んだ。そういうことのようです。
ですが、何故彼女は私を知っているのでしょう。
それと、何故私は彼女になんとなく既視感を抱いているのでしょう。
見たこともないはずなのに。知らないはずなのに。
でも何処か、知っていて当然のような、そんな感覚を抱いてしまいます。
そんなことは、ないはずなのに……。
やがて段々と覚醒した少女がもぞもぞと身体を動かします。
私のお尻を掴んでいた手を腰へ、お腹へ、そして胸へ。
伸ばしてそれはぶつかりました。
先輩の手に触れて、少女は固まります。
「誰……? ドクター? いや、そんなはずはない……! サーヴァント? いや、私はともかくマシュに手を出す鯖なんていないはず……」
少女はぶつぶつと呟いたあと、決意を固めたように布団を握り締めます。
そして、バサァ!!
布団を大きく捲り、三人の姿が露わになります。
即ち、魔術礼装の少女と、一糸纏わぬ姿の先輩と私。
少女はわなわなと震えると、大声で絶叫しました。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 私のマシュが寝取られてるぅぅぅううううううううううううううううう!!!!!!」
私のマシュとは一体……?
ともあれ、それは騒々しい一日の幕開けとなったのでした。
――
それから小一時間後。
カルデアの管制室には少々不機嫌な面持ちの少女がいました。
「で? そろそろ私の疑いは晴れたの? ドクター? ダヴィンチちゃん?」
対するDr.ロマンとダヴィンチちゃんは難しい顔で腕を組んだり首を捻ったりしていました。
「う~ん、遺伝子的には藤丸立香くんのそれと酷似しているというか……」
「性別以外は一緒と言ってもいいかもね。だけどそれ以外にも面白い、もとい興味深いデータが出ているよ」
ダヴィンチちゃんはホログラムで何かのグラフを表示しましたが、専門的な知識のない私たちには理解できないものでした。
「良いかい? もう一人の藤丸立香――立香ちゃんからは次元の歪みが計測されている。つまり、君はこの世界の住人ではないんじゃないかな?」
「ないかな? って言われても、私にとってはいつものカルデアだし、そっちの男が異世界から来たんじゃないの?」
女性……もう一人の先輩はそんなふうに、まだ少し懐疑的な様子でした。
「残念ながらそれは有り得ないよ、立香ちゃん。ここにいる職員、サーヴァント、マシュも含めて全てが男の子の立香くんをマスターだと認識している。こう言っちゃあなんだけど、この世界にとっての異物は君のほうなんだよ、立香ちゃん」
「……嘘」
先輩……立香ちゃんのほうは、少し泣きそうな表情になりました。
もし、彼女が私と先輩と同じようにカルデアを救うために戦っていた過去を持っていたのなら、この現実は確かに受け入れがたいかもしれない。
この人が先輩だったら。この人も先輩だったら。……私は……。
「あ、あの!」
思わず予想外に大きな声が出てしまったので、周りの目が私に集まってしまいました。
少し、恐縮しながらもそれでも私は進言しないわけにはいきません。
「あの……、こちらのもう一人の先輩が無事に元の世界に帰れるまでは、せめて穏やかに過ごさせてはあげられませんか?」
周囲の目は少し、呆気に取られたようでしたが、先輩が大きく頷いているのが見えました。
やっぱり、先輩も同じ考えだったようです。
「ドクター、ダヴィンチちゃん。俺からもお願いするよ。この子が無事に帰れるまで、便宜を図ってくれないかな」
先輩が頭を下げると、ドクターもダヴィンチちゃんも肩を竦めて溜息を吐きます。
「まぁ、君ならそういうだろうと思ったけどね」
「良いかい、立香くん。僕はそれをオススメはしない。だけど、言って聞く君でもないだろう? だから、こちらのほうで監視と調査はさせてもらう。それでもいいなら……ってことになるけど。……どうかな? えっと、……立香ちゃん? ……それにしても慣れないなコレ」
「ロマンはこう言っているけど、彼は自分から憎まれ役を買っているだけだよ。ともかく、私は君を歓迎しよう! ようこそ、もうひとつのカルデアへ! 立香ちゃん!」
もう一人の先輩は、少し目尻に涙を浮かべながらそこでようやく笑ってくれました。
その時の笑顔は、確かに先輩とそっくりで、まるで双子なんじゃないかと思ってしまうくらい、馴染みのある顔でした。
ああ、そうか……。
私はこの人に会って、何処か他人な気がしないと思っていたのは、なんてことはありませんでした。
だって、この人はあまりにも先輩と同じ匂いがするので。
だから、私は初めからこの人を信用していたのです。
もう一人の先輩、立香ちゃんを。