『シミュレーター、稼働終了。……通常シークエンスへ移行します……』
見慣れたカルデアへ戻る頃には、立香ちゃんが地団駄を踏んでいました。
「もぉーーー!! 納得いかなーーーい!!!」
猛牛のようにいきり立つ赤毛の少女の姿がありました。
そんな立香ちゃんの肩を叩く先輩。
「……ドンマイ。もう一人の俺」
「うるさーーーい! もう一人の私! 何とかしてマスター権限を渡しなさいよ!」
先輩の腕を振り払って、立香ちゃんは憤慨していました。
しかし、この結果は予想通りのものではありました。
サーヴァントとの契約は、当然先輩のものです。
いくら遺伝子レベルで同一に近い存在とはいえ、過去や経歴まで混同されません。
依然マスターは先輩であり、立香ちゃんはあくまで一般人。
彼女が何を望もうと、この世界ではそれは覆らない事実なのです。
「マスター権限の委譲か……。技術的には不可能なことじゃないけど、あんまりオススメはできないかな」
「どうしてよ? ダヴィンチちゃん」
シミュレータールームへ入ってきたダヴィンチちゃんは少し肩を竦ませると溜息をひとつ。
「良いかい? 立香ちゃん、君はこの世界の外側からやってきた。それは分かるね」
「うん……」
「現状、その理由も分かってない。これは極めて不安定な事象だと私は考える。つまり、今後もこの不安定な状況が継続するとも限らないんだ。そんな状態でサーヴァント契約を委譲すればよりこの世界との繋がりを強めてしまうことになる。それはこれから先、君が元の世界へ戻るにあたっては楔になってしまう恐れがある」
そうか。と私は今更ながらに思うのでした。
いつか何事もなかったかのように、もう一人の先輩は消えてしまうのかもしれない。
そうなったとき、この世界と深く繋がれば繋がるほど、先輩の帰還を阻害することになってしまう。
サーヴァント契約なんてその最たるものだ。
少なくとも、一時の感情に流されて、容易く行うような行為では、決してない。
「じゃあ私は、何をしたらいいの……?」
そんなふうに項垂れるもう一人の先輩。
果たして私は、なんと声を掛けたら良いのでしょう……?
おずおずと見守ることしかできない私の肩を、ぽすっ。
先輩は優しく叩いて、もう一人の先輩の元へ。
ああ、そうでした。先輩はいつだって優しくて立派です。
こんなとき、誰よりも真っ先に掛けるべき言葉を掛けるべき相手へと伝えられる。
そんな先輩だからこそ私は、彼を『先輩』と呼び続けているのです。
そして、先輩は言いました。
「だったら俺が、今日から君のサーヴァントだ」
………………
………………………………
………………………………………………
「……あんたバカじゃないの?」
その時ばかりはさすがに私も、立香ちゃんの言い分が正しいと思いました。
――
「アチョー!」
ギシ、カタカタ……!
「ホアー! テヤー!」
ズズズ、ゴゴゴゴゴ……
「フシュー……、セイヤッ!!」
ドドドド! ブオオオオオオ!!!
「ねぇ、ちっとも効いてなくない?! むしろ怒ってるんじゃないの?!」
「いや、そんなはずは……! ヒィ!」
シミュレーターのスケルトン相手に素手で格闘戦を挑む無謀な先輩がいました。
そんな自称サーヴァントへ指示を出すのは立香ちゃんです。
見ているこっちが冷や冷やするような攻防。
先輩は持ち前の強運で敵の攻撃を紙一重で回避しています。
「ねぇ、あんた! もっとまともな攻撃手段は持ってないわけ?」
「自分の胸に訊いてみてくれ!」
「あっそ! 少しでも期待した私がバカだったわ!」
最終的には二人ともスケルトンに追い回され、悲鳴を上げる先輩たち。
シミュレータールームに二人の先輩の声が響き渡りました。
情けない、泣き出すようなか弱い悲鳴。
それなのに、何処か楽しそうに聞こえてしまうのは気の所為でしょうか。
ギャーギャーと文句を言い合いながら、揉みくちゃにされてゆく二人。
それはなんだか、とても尊い、神聖なもののような気がするのでした。
――
「先輩たち、お疲れ様です」
私がテーブルに水を置くと、二人とも引っ掴むように受け取るとゴクゴクと飲み下し、一瞬でコップを空にしてしまいました。
どうやら、相当に疲れていたようです。
「疲れたよ、マシュ~! 今夜は膝枕でいっぱい甘えさせて欲しいな♪」
「ああっ! ずるいぞもう一人の俺! マシュの膝は俺のものなのに!」
「なんでよ! 私のものよ! ねぇマシュ?」
こういうとき、先輩はものすごく甘えんぼさんになるのですが、先輩が二人いるとちょっと大変かもしれません。
「だ、だいじょうぶですよ、先輩! 私の膝は二つありますから、お二人ともお貸しできます!」
「「やったー!!(ハイタッチ)」」
……どうにもお二人の気が合いすぎているような気がします。
まぁ、実質同一人物のようなので、ある意味はしょうがないのかもしれませんが……。
はてさてどうにも、前途多難かもしれません。
そうして、しばらくは食堂にて団欒の一時となるのでした。
そこへふと現れたサーヴァントが一人。
「あら、マスター。二人になったと聞いたのだけれど、あまり似てはいないのね」
アビゲイルさんでした。
「あ、黒い方のアビーだ」
「あらあら、黒い方だなんて。マスターったらいけない人だわ」
アビゲイルさんは再臨状態(あるいは魔力の充填状態)で口調や恰好が変わるのですが、今日はいつもより調子が良いのかもしれません。
「自分がもう一人いるだなんて、とても素敵なことだわ。ベッドでご本を読んでもらいながら、お買い物だってできてしまうわ。良いわ、とても楽しそう」
アビゲイルさんは少し艶っぽい声で相好を崩します。
「でも、マスター。ひとつだけ覚えておいて。ドッペルゲンガーのお話は知っているかしら。今回のケースとは全く一緒ではないけれど、それでもきっと。……楽しいだけのお話にはならないと思うの。それじゃあ、マスター。忘れないでね」
ふとしたときに忘れそうになってしまうけれど、それでもきっと、いつかまたこのときを思い出すことになる。
何故かそんな予感めいたことを覚えたのでした。
男主人公と女主人公を両方使いたいなと思ったので、まずはそれを成立させる舞台設定を出そう。
というコンセプトで書きました。
最後にアビゲイルが言っていた幸せな終わりにはならない、というところまで書き続けるかは不明ですが、思いつく限りは続きます。
……というか勢いで(好きなので)書いたアビゲイルでしたが、時系列的にまだ出てこないんじゃね? とも思ったのですが、まぁあまり深く考えずに続けていこうかと思います。