※この作品はR-18です。

漆黒の情動   作:角付きの人

10 / 12
【諸注意】
・FF14漆黒のヴィランズネタバレあり/空想考察成分過多
・エメトセルク☓あの人♀とヒュトロダエウスの幼少期~終末に至るまで+α長編
・本話R-18展開あり
・某ぴくしぶ公開分(Augustwal名義)の再掲


08.有情そして無情

(逃げろ!私のことは構うな!早くっ………!!!)

(いや、ヒュトロ死なないで!ヒュトロぉおーーーーーっ!)

 

「……いやあアァーーーーーーーーーーーーーッッ」

 

自分自身の悲鳴で、彼女は目を覚ました。

 

夢だと気づくのにしばし時間を要し、ほうっとため息をつくと、またずるずると寝台に崩折れる。

目に焼き付いて消えることのない悲劇の光景が、何度も何度も心を蝕み、夢で繰り返され、何年もの間に渡って彼女の精神を削り続け、その悲しみが瘉えることはない。

 

この街のみならず、世界全体を襲った、星の理が解けるほどの災厄…「終末の日」、ヒュトロダエウスが死んだ。

 

実の兄のように慕って、共に過ごしてきた彼があの日、目の前で業火に包まれたのみならず、遅れてやってきた建物の崩落に巻き込まれて姿を見失い、ほかの大多数の犠牲者と同様、遺体すら回収できぬまま死亡と見なされたのだ。

街の外れに設けられた共同墓地の下に、辛うじて遺された私物が代わりに収められ、墓碑にその名を刻むことにより、彼は決して長いとはいえないその人生を閉じた。

 

あれから5年近い歳月が過ぎようとしていた。

 

アーモロートの街並みは、人々の尽力によって真っ先に復興を遂げ、ほとんどの市民たちが表向きは元の水準の生活に戻り始めた。

人々の恐怖があの災厄に拍車をかけた、との説がまことしやかに唱えられると、彼女は行政府主導の社会福祉計画に招聘され、これまで創り出した様々な植物や魔法生物を利用した、人々の精神衛生向上に務めるべく必死に働き続けていた。

そのうち、14人委員会がその強権を駆使して様々な施策を行うようになると、彼女は反対派の重鎮に半ば無理やり名を連ねさせられ、今や慣れない政治の世界でも生きなくてはならない身となっていた。

 

ハーデスはまだ帰ってこない。

彼は街を統治する14人委員会の一人として、あれから増々多忙な日々を送っており、帰宅もままならない状態がずっと続いている。

 

そして、数多の街の人々の命を犠牲として創造された、人造の星の核とも言うべき惑星環境統括制御生命体、もとい、新たな星の理<ゾディアーク>の、今後の扱いを巡って行われたつい先月の審議で、彼を含む委員達と、それに反対する陣営に加わっている彼女が、議会で決定的に対立してしまうと、それ以来ハーデスは議事堂の一画にある職員用の居住棟に寝泊まりするようになり、まったく家に帰らなくなってしまったのだ。

加えて、伴侶がふたつの陣営にそれぞれ別れて争うというのはあまり外聞の良いことでは無い為、彼女は委員会の差し金で議場に入る資格を強引に剥奪され、公の場で発言する機会を無期限に失ったばかりであった。反対派達はその事で更に憤り、議会での対立は増々深まって、混迷を極め続けいる。

 

自分が願った訳でもない、ままならぬ今の状態を憂いながら、彼女は寝台の上で体を丸めた。

この家の建つ区画は奇跡的に大きな被害を免れているうえ、数日エネルギー供給が断たれただけで現在はまったく元の状態に戻っているのだから、悲しむゆとりすらなく避難所での生活を余儀なくされる他の大陸の人々に比べれば、彼女は相当恵まれている方だ。

社会を構成するひとりとして、今は誰もが、出来る限りのことをしなくてはならない時。わずかなりとも、止まってはいられない。

 

反対派の学者が手に入れた、彼女の恩師でもある数代前の元ラハブレア院長が遺した論文の断片と、かつて交流を持っていた北の大陸の原住民が語り継ぐ創世神話、そこから導き出されたある仮説が、あの、無尽蔵のエーテル…人の命を糧とする存在<ゾディアーク>に対抗する手段となってくれようとしている。もう少しなのだ。

 

「……ヒュトロ………。……ハーデス…ハーデス………ぅぅっ…」

 

だがそれでも、ふとした時に喪失の悲しみは誰にも等しく訪れる。

一人ぼっちの部屋の中で、彼女の嘆きだけが誰聞くことなく虚しく響いていった。

 

 

 

「お待ちを、エメトセルク様。どうかお待ち下さいませ」

 

至高の『座』のひとつを預かる、歩幅の違う男を追って、ひとりの人物が必死にその距離を縮めた。

 

「お待ち下さい!……お願い、待って、…ハーデス…っ!」

 

ゾディアークの処遇を巡って対立して以来、ひと月以上も顔を合わせることが出来なかった女の姿を、議論紛糾する大議場の片隅に認めたエメトセルクは、驚愕する心を押し殺しながらもどうにか人気の無いところまで彼女を誘導しきった所で、やっと足を止めた。

 

「礼儀に欠けるにも程があるぞ、女史。よくものこのこと、あそこに顔を出せたものだな。もはやそれが許されぬ身であることを忘れたか」

 

誰が聞いているかわからない行政府の一画において、市井の時の名を呼ばれることは大変な侮辱行為だ。

 

加えて言うなら、万一この場を見咎められれば、彼女の立場は更に悪くなり、下手を打てば烙印を押されて街から追放されかねない。

こうやって潜り込めているのは、先だって剥奪された入場証の代わりとなる仮面を、イデア無しで創造魔法を行使するのに長けた能力で、付与された識別魔法まで再現した寸分違わぬ複製を創り上げた為だろうが、おそらくそれだけでは叶わぬ話だ。

潜入の手引をした勢力の存在を察知して、彼は更に昏い気持ちを感じずにはいられなかった。

 

「…申し訳…ありません。ですが今一度、どうかご再考を…!」

「くどい。計画はすでに最終稿が通された。この街のために身を捧げた尊く善なる市民を、どんな形であれ取り戻すべし。それが我々の総意とされたのだ。明日にでも早速、捧げるに相応しい知的生命体と、その繁殖地の選定が行われる。もう止められはせん」

 

互いに仮面で表情を隠したままにべもなく言い放ち、エメトセルクは踵を返すが、息を呑んだ女は間髪いれず男の腕を引いて詰め寄った。

 

「そんな…!いけません、ゾディアークはやはりどこか異常です。このまま星の理とし続け、エーテルを…命を捧げ続ければ、新たな災厄を引き起こしかねない可能性があるのですよ、あれは!?」

 

必死の形相で詰め寄り、彼女はなんとか僅かな可能性に…愛しい伴侶であるはずの男の情に訴えかけようとする。

 

「それに、選定対象となっている種族はみな、我々と姿形こそ違えどやはり『人間』ではなかったのですか!なら、下等とみなして家畜のように扱うなど、到底許される事ではありません!!」

「黙れ!この未曾有の悲劇を前に、小綺麗な倫理感なぞ唱えたところで何の役に立つと言うのだ!」

「何度でも言わなければ、誰も聞いてはくださらないでしょう!そもそも貴方がたが…委員会がそうまでしてゾディアークの保全にこだわるのは何故ですか!せめて構築前に、あの術式をもう一度だけ精査してくだされば、もっと対応のしようがあったかもしれなかったのに!」

 

一番耳の痛い所を突かれて、男はぎりっと臍を噛んだ。

 

しかし、廊下の向こう側に、予想よりも早く大議場から退出し始めた大勢の議員や傍聴者達の気配を感じて、彼はぎょっとした。このままこの場で議論を続ければ、彼女は数百年ぶりに反逆罪を犯した者として裁かれかねない可能性がある。

 

咄嗟に女の体を片腕で引き寄せ、もう片方の手をすいと顔の位置まであげて、最近になって身に付けた異能の簡易術式を展開すべく、小気味良い音を立てて指を鳴らした。

紫紺の色のエーテルが正しく束ねられて空間を割り開いたのを見届けると同時に、エメトセルクは躊躇いなくその亀裂に彼女を抱えたまま体を踊らせ、そしてたどり着いた先は。

 

「!?、て、転移術?あなた、いつの間にそんな能力を。それにここ、は…」

「…誰にも邪魔をされない場所、と言えばここしか無いからな!」

 

苦悩と、怒りと、やるせなさを爆発させ、ハーデスは誰よりも愛する伴侶を勢いに任せて寝台に押し倒し、模造した仮面を剥ぎ取った。

自分の手で染め上げた、誓いの証たる紫紺の瞳があらわになるが、愛しさよりも、ねじ伏せたいという征服欲が遥かに勝り、それが男をひたすら獰猛に振る舞わせてしまう。

彼女のそれと色も材質も違う己の黒い外套の合わせ目を緩めると、自分も『座』の象徴たる赤い仮面を外して床に放り投げる。

危惧していたとおり、反対派は彼女を使ってこちらを揺さぶろうとし、それはある意味成功した。もう、我慢の限界だった。

 

「決定事項にいつまでもキャンキャン噛み付く躾のなってない動物に…口で言っても分からないなら、体に言い聞かせるしかないだろう!?」

 

理性を無くした男の怒声に、女はひくっと息を呑む。共感能力が、目の前の男が、牙をむく獣に等しい凶暴性を持ちつつある事を伝えてくる。

いつも二人で穏やかな日々を育んできた部屋ですら、今に限っては牢獄にも等しい危険を孕むことを、彼女は初めて知るのであった。

 

「い…や!嫌っっ!」

 

逃れようともがく女の姿に一欠片の憐憫も示さず、男がその纏う衣服を力任せに引き裂いた。下着までをも強引に剥ぎ取って望んだ場所の肌を露わにしてゆく。

片方の手首を指の跡が残るほどの握力をもって寝台に押し付けられ、細い喉元や肩口に噛み付かれては白い肌にいくつも歯型を残された彼女は、苦痛と恐怖で悲鳴を上げた。

 

「止めてッ!いくらあなたでも、こっ、こんなやり方、無い…ッ!!」

 

道徳観念だけは、模範的なアーモロート市民として育ってしまった彼女は、『座』に上り詰めるまで情動を呼び覚まし、そして異能を高めた男の劣情に抵抗する力を最早持っていなかった。

膝が割り開かれ、下衣を最低限だけほどいた男の体がどこまでも強引にねじ込まれる。

 

「うっ、きゃあああっ!!」

「くッ…!」

 

確かめもせずに胎内に突き立てられた剛直が、彼女の初めて知る男の一面を強制的に認知させた。

 

「この…逃げるなッ…!お前はッ、私の元で黙って、大人しくしてれば…、いいんだ……ッ!はっ…うぐ…っ!!」

「ひぐっ!いっ…ああっ!止めてっ…、おね、お願…い…っ…あうっ!嫌あっ!!」

 

叱られた子供のように許しを求めるしかできない女を、ハーデスはおかまいなしに蹂躙する。

優しさなど微塵もない、一方的な暴力行為だというのに、彼の雄は久しぶりの快楽に歓喜し、もっともっとと求めて止まない。

 

「何故だ…なぜ、分からない…ッ!?何故逆らう…ッ…!?」

 

外では仮面をかぶり続け、一個人として振る舞うことを決して許されない重圧から逃れるように、温かな生き物をただ貪った。

 

「…………愛してる…、愛してるんだ、お前だけを…!俺には、もうお前しか…いないんだ…ッ!!」

「…!」

 

ようやく、女の体がゆるゆると抵抗を止めた。それでも、男から与えられる激しい行為の衝撃を受けて、がくがくと体を揺さぶられ続ける。

反射的にそれを肯定と受け取った男は、余計に劣情を震わせ、何度も何度も彼女の最奥へ己を突き立て、やがていつものように体の奥底に滾ったそれを、容赦なく解放していった。

 

ふたつの、乱れた呼吸が絡み合って、ゆっくりとゆっくりと治まっていって。

ハーデスは彼女の中から萎えた己を引き抜いた。冷えた頭に、後悔だけが広がっていく。

 

「ハーデス」

「……何だ」

「わたしも、愛してるわ」

「…ああ」

 

てっきり怨嗟の言葉をぶつけられるかと覚悟していた男は、泣き出しそうな顔で愛しい女の頬にそっと触れた。

ひと月ぶりの逢瀬が、こんな醜い時間になってしまった事に、胸を掻きむしられる。

 

「………………こんなつもりでは……許せ…」

 

ハーデスは疲れていた。

 

災厄の日、親愛なる唯一の友であった男を喪ってしまった事から始まり。

 

一部の反対勢力を押し切り、膨大なエーテル…もとい大多数の市民の命を捧げて星の理を創り上げた事。

そして、尊い犠牲となった彼等を救うべく、明らかに倫理を無視した方法を採択せねばならなかった事。

 

心削られる毎日にずっと追われ続け、「兄」を喪った「妹」を慰める時間も禄に取れず、それどころかゾディアークの件で対立してしまった事。

…どれだけ交わっても、新しい希望を得ることが叶わぬ事実を、たったひとりで胸に秘め続けなければならなかった事。

 

それから、それから…それから………

 

(お前を……)

 

ひたすらにエメトセルクとしての責務を果たすべく、がむしゃらに働き続けねばならない状況は、彼をどん底まで消耗させていた。

 

(ただ、守りたいだけ。それだけ、なのに……)

 

許しを求めてずるずると下がる頭が、白く柔らかな胸元に留まって、焦がれていた温もりにしばし浸る。

それから顔を上げると、薄い金色の瞳を苦しげに歪めながら、無抵抗であることを許しと捉え、何度触れても飽き足りない唇に口づけた。

 

「…いま、すごく、怖かったのよ。無理矢理…別人みたいで…でも」

 

彼女は瞳に涙を滲ませたまま、どうにか唇を歪め、ハーデスに向けて必死に笑顔を作ってくれた。

 

「愛してるって言ってくれて、うれしかった」

 

手を伸ばし、頬に触れてさえくれる。そのまま少し下がり、同時にもう片方の手も伸びてくると、彼の首に両腕がゆるりと回される形となり、やがて上半身を起こしながらしがみついてきた。久しぶりに感じた互いの体温が、ひどく素肌に心地よい。

 

「ね…だから」

「?」

「今度は…優しくして?」

 

その声は震えている。

 

「わかった…」

 

用を成さなくなった彼女の服を脱ぐのを手伝うと、ハーデスも何かから逃れるように性急に服を脱ぎ捨てた。

屈み込んで彼女の体を抱き締めると、彼はそのままぐいと持ち上げ、膝の上に座らせるような姿勢を取らせる。

 

「これで、いいか?」

 

潤んだ紫紺の瞳が、はにかむように微笑んで小さく頷く。そのまま肩口に顔を埋めて、彼の鎖骨の上に唇を滑らせながら、甘く囁いた。

 

「来て…。私もあなたの事が、もっと欲しい」

「ああ、俺もだ。……ずっと、帰りたかった。本当は……」

「そう。うれしい……」

 

互いに立場に縛られ、ずっと会えなかった寂しさを吐露しあう。女はきゅっと縋り付き、男はいささか力任せにその体を引き寄せる。

彼女の方を少し慣らしてから、再び張り詰めた己の分身をあてがい、久方ぶりに温かな胎内へと押し上げていった。

いつかの時を思い出しながら揺らしてやると、求めていた感覚に、ふたりのどちらもが酔い始めた。抱き合う腕から、力を抜けない。

繋がる部分が熱く潤うのが分かって、ハーデスは何度も何度も腰を突き上げる。求めていた彼女の奥底へ。

 

「ああ……っ!」

「!、く、俺も…ッ」

 

彼女の腕が一際強く彼にしがみついてきて、形の良い爪が自分の背に食い込むのがわかる。追い立てられて、ハーデスも一度達した。

 

「こっちのほうが…満たされる感じがする、って…言ってたわね」

 

息を整えた彼女が、泣き出しそうな顔で見つめてきてぽつりと呟くので、頬に触れてくる白い手に、自分のそれを重ねてやる。

温もりを感じたのか、彼女は心の底から幸せそうに微笑んでくれた。

 

「……お前はいつも、俺の顔が見えない、と文句ばかりだったがな」

「だって…見ていたいんだもの。いつだって…」

 

色香を含んで潤む瞳に見つめられ、男の心に再び火がついた。止まらない、止めてやれない。

シーツの上に押し倒し、膝裏から手を回しては片足を持ち上げ、猛然と己を突き沈めた。甘く切ない悲鳴が漏れる。

 

「ああ、愛してる、愛してるわ…ハーデス。わたし、わたしにももう、あなたしか…いないの……っ!!」

 

珠のような汗が散って、白い肌の上に転がった。

 

「う…」

 

頂点を迎えたハーデスが、彼女の中を己の激情で満たした。繋がった部分から、混じり合った二人の体液がとろりとこぼれる。少し血が混じっていた。初めて彼女を抱いたときのことを、ハーデスに思い出させる。

自身を引き抜くと、彼女の隣に体を横たえた。顔が近づく。薄い金の瞳と、彼の染めた紫紺の瞳が見つめ合う。

 

「…体、辛くないか?」

「あなたこそ…」

 

彼は腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。肌越しに、とくとくと波打つ二人の鼓動が互いに伝わる。

 

「お前に心配される程やわではないよ…」

「ふふ…」

「……なあ。俺にももう、お前しかいないんだ」

「…ハーデス」

 

『座』持つ者の矜持すら捨てて、男は一人の人間に戻りながら、愛しい女を強く抱き締める。

 

「例えエゴだと罵られようとも、お前だけは喪いたくないんだ。お前まで居なくなったら俺は……。分かってくれ……頼む」

 

弱々しく懇願する恋人の言葉に、彼女は答えることができない。彼女とて、もう目の前の愛する男しか、大切な者がいないというのに。

 

「愛して…いるんだ………」

 

彼女の逡巡を知る由もなく、ハーデスはゆっくりと、久しぶりに訪れた優しい眠りの時間に引きずり込まれていった。これが最後の抱擁になるとも露知らず。

 

(でもねハーデス……)

 

泣きたいくらいの愛情を、素肌に伝わる体温から感じつつ、彼女はひっそりと胸の内で呟いた。

 

(わたしも、あなただけは喪いたくない…。だから、少しでもこの星が健やかに生き永らえる為の未来を…その可能性を、残したい…)

 

彼によって何よりも大事な宝物と化した、己の紫紺色の瞳をそっと閉じ、決意を込めて開く。

最後の抱擁からゆっくりと抜け出した女は、密やかに身支度を整えると、起こさないようにそっと彼の額に口づけた。

 

「ごめんね……。でも、いつだって、どこにいたって、あなただけを愛してるわ」

 

涙を堪えながら外に出て数歩踏み出すと、あの地獄のような日が嘘だったのではないかと思うほどに静かな星空が広がっていた。

少し進んでは止まり、また進んでは止まり、何度も何度も、愛の記憶で満ちた我が家を振り返りながら、距離を離していく。

 

(ヒュトロ……わたしにどうか力を貸して。彼を…この街とみんなを守れる強さを持てるように……)

 

そうして彼女は、道違え、憎まれることになったとしても、正しい道へと至る可能性を探り、創り出すために、ハーデスの腕の中から飛び立つことを、とうとう選んでしまうのであった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ごめんなさい!でももう、わたし達はこうするしかなかった!あれは、止めなくてはならないモノなのだから!!」

 

『真なる星の使徒』などと自称する一派に加わり、その重鎮のひとりとして真っ向から委員会に敵対した女を追い詰め、ようやく拘束できると油断したその時。

彼女の異能…『超える力』とやらが更に強力なものとなったのだろうか、エメトセルクが魔法で紡いだ数多の拘束鎖はすべて、あり得ない体捌きで回避をされて尽く用を成さず、それどころかあらかじめこの場に展開していた防御装置によってすべて消滅した。

 

逆に、彼女がその得意とする創造魔法で造った、見た目だけは愛らしい何体もの魔法生物たちに飛びかかられ、彼は無様にも大きく体勢を崩す事となり。いつの頃からか自分と拮抗するほどの魔力を備えた彼女が紡ぐ攻撃魔法を受け、隙を突かれた彼は相当の距離を吹き飛ばされる事となった。

 

いま、その気になればもっと破壊力の高い魔法を選べた筈なのに何故、と瞬時生じた疑問の答えを、彼はすぐに理解する。

 

「…まさか!やめろッ、まだ間に合う!戻れ、戻るんだッッ!!」

 

必死の呼びかけも虚しく、すでに展開・構築を完了した術式によりその存在は、<ハイデリン>は生み出されてしまった。

狙い過たず、太陽が溶け出したのかと錯覚するほどの強烈で巨大な光線が放たれ、それは瞬く間に遥か頭上から迫り。

 

「だめだ!戻ってくれえええええええええ……!!」

 

彼女が力ずくでもゾディアークを止める道を選んだと知った時、エメトセルクは当初でこそ怒り狂ったが、それでも自分ともう一度向き合ってくれたなら、きっと最後は必ず折れてくれるだろうと、心のどこかで自惚れていた。

だから、大人しく軍門に下りさえすれば、己の地位や名誉…築き上げた全てを引き換えとし、共に罪に問われてでもその身をを守る手立てをすでに打っていたのだ。それなのに。

 

「…どうか、ゆるして…でも、でも………!」

 

アイ シテ  ル…………

 

幾度口づけたかわからない唇がそう動いたかと思うと、彼の目の前で、誰よりも心重ね合い、理解し合えていたはずの愛しい姿が、エメトセルクを威嚇していた魔法生物たちと共に圧倒的質量を持つ光の柱の中に消えていった。

彼女に吹き飛ばされる直前まで、自分がが立っていた場所を、無情にも通り過ぎて。

 

そうして、委員会が生み出した星の理<ゾディアーク>が、世界が、何もかもが分断され、ありえない形に変質していって。

幼い頃からずっと魅せられ、彼がその腕の中で守り続けた綺麗な綺麗な色の魂までもが砕けゆき、きら、きら、と輝きながら、伸ばされた手に掴まれること無く、分かたれた世界へと散って堕ちていく。

 

エメトセルク…いや、ハーデスの喉から、絶叫が迸った。

それは、彼がこれから歩まねばならない遥かな旅路へと追いやる号砲のように、どことも知れぬ空間を彷徨いゆき、やがて消えていくのである。

 

うずくまり、血を吐くほどに叫び続けた男は、やがて幽鬼のようにゆうらりと立ち上がった。

 

「認め…ない……こんな事は。……受け入れてたまるか、このままで済ませてなるものか………!」

 

ぶわりと、その顔をの前面に、継承した『座』を示す朱光の印が浮かび上がって。

 

「この、アシエン・エメトセルクの名に賭けて、私は……必ず、全てを、取り戻す!!!!」

 

いつからゾディアークの思念に精神を侵されていたかを知る由もなく、天使いの紅き仮面を被り直した男は、この時から市井の名を胸に封印した。

 

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