・FF14漆黒のヴィランズネタバレあり/空想考察成分過多
・エメトセルク☓あの人♀とヒュトロダエウスの幼少期~終末に至るまで+α長編
・本話R-18展開あり
・某ぴくしぶ公開分(Augustwal名義)の再掲
寝台から自力で起き上がれない娘に、流石に連日続けて手を出すほどサディスティックにはなれず、次の夜は抱き合ったまま穏やかな眠りを迎え。
そしてさらに翌日の朝遅く、部屋の主たちがようやく寝室以外での日常活動を開始し始めた頃、鏡台の据えてある部屋から甲高い悲鳴が響いた。
だかだかだかと足音を響かせて恋人となった娘が居間に転がり込んでくるが、想定済みであった青年は澄ましたままカップの中の熱い即席スープを啜る。
この家の防音仕様は物理面、魔法面ともに完璧だ。
「ちょっと!!これはいったい何!?」
「そう叫ぶな。元の色も惜しかったから、片方だけ染めてやっても良かったんだぞ」
前髪をかき上げ、ハーデスの内在エーテルの色…紫紺の色に煌めく瞳を見開いた彼女は、怒りも露わに彼に詰め寄った。
「ふむ、痛みや、視覚への異常はなさそうだな。我ながら上手くいった。褒めてくれ」
「そうじゃ!なくて!こんなんじゃ恥ずかしくてもう外に出られないじゃないの!何てことしてくれたの!!」
「…フードを深く被ればいいだけの話だろう。どうせ誰も他人の瞳の色など気にしたりはせん」
「だからって!本人の意向を無視してすることなのコレは!?そういうの、犯罪って言うんだよね!?!?」
ぎゃんぎゃんと喚き立てる娘の姿にしばし考え込んでいたハーデスはにやりと笑うと、紅潮して真っ赤に染まった頬に、そろりと手を伸ばした。
「ふむ、元気になったようで何より。今夜は一昨日の続きをしてもよさそうだな?その術の事もゆっくり教えてやれる」
「!!!!!」
ただ翻弄され、守られるばかりの立場から脱却しはじめた娘は、その手をべちっと叩き落とすと。
「……トロに……」
きっ、と青年を睨みつけて。
「ヒュトロに言いつけてやるーーーーーッッ!!」
間違いなく彼の弱点である人物の名を絶叫した。
そして残念ながら、半年以上も未開の地で鍛えられた彼女の回復力と脚力に、デスクワーク続きの男は追いつけなかったのである。
「あー…。これはまた…見事に染まったものだね」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、才能の無駄遣いとも呼べるほどの高等術式で瞳の色を変えられて駆け込んできた「妹」を、ヒュトロダエウスはやるせない表情で観察し続けた。
元凶たる術者は、ようやく追いつくも流石に息を切らしており、戸口の辺りでぜいぜいと必死に呼吸を整えている。
「なんとかならない?このままじゃ恥ずかしくて外歩けない。解呪とか、せめて一時的でもいいから上書きとか…先代様にだってまだご挨拶してないのよ?絶対ばれちゃうよこんなの」
「うん…ざっと見たけど、たぶん肉体の構成…エーテル粒子レベルで不可逆的に色味を変えて、そこで術式を完全終了させてるから解呪という形は無理。だから解読も出来ないし…上書きなんてしたら何が起きるか。変に弄らないほうが良さそうだとしか」
「そんなあ…」
「まあたぶん、先代様なら大丈夫だと思うよ。何につけてもおおらかな方なのは分かってるだろ?また面白そうな事してるな、位にしか考えないよ、きっと」
「それが一番困るっていうのに…」
恋人となったばかりの男の暴走っぷりに、さっそく多大な被害を被った娘はがっくりと肩を落とした。
そんな「妹」をなだめすかし、かつての恩人の部屋に向かわせる「兄」は、扉が閉まって沈黙がおりてからしばし。
「さてと…」
振り向きざま。
ゴッッ!と鈍い音を立てて、ヒュトロダエウスの容赦ない全力の鉄拳が、ハーデスの鳩尾にめり込んだ。
「…帰郷したその夜に手を出すに飽き足らず、所有印(マーキング)まで刻むとは。本当に良いご身分だなあ君は」
「ごほ、ごほっ…謝罪は、しない」
「僕もするつもりはない。一体いつあれ程の高等術式編む暇があったのか、格子窓の向こうで聞いてあげようか?ええ?」
エーテル感知能力と、その解読力の高さを買われて司法府に勤める事となった青年は、アーモロートの都市では使われなくなって久しい伝説の部屋が実在することを仄めかしながら、怒りも露わに再度同じ位置へと拳を沈めるのであった。
奇妙な軽歌劇がどうにかこうにか終幕し、ヒロインと道化役が帰途についてからしばらくして。
ヒュトロダエウスは、先だって「妹」と面会していた人物の部屋を訪問していた。
「来たか、ヒュトロダエウス」
「はい。先代様もお元気そうで」
「なに、遠征から無事に帰った末弟子が、伴侶の報告をも持ってきたのだ。こんな嬉しいことがあるか?元気にもなろうさ」
正確に言うならば数代前となる、かつて『座』を預かるひとりであった元ラハブレア院長は、辛うじて紡がれた己の血脈につながる青年を、蓄えた口ひげを震わせながら歓迎した。
当代もそれなりの歳ではあるのだが、未だ同等に尊ばれるこの老人の年齢を正確に把握しているものは、この世におそらく存在しない。
「あの子の行く末を見届けるまで、まだまだ入滅なぞしてられんよ。早い内に、懐妊の知らせも聞けると良いのう」
「…ッ。先代様、戯れが過ぎますよ。それに、いくらなんでも気が早すぎます…」
「どうかのう?さっそく随分と愛でられておるようじゃし。…ハーデスと申したか、此度は逃げられたようじゃが、あれとも久々に面通しをしたいものじゃて」
ああ、これはやっぱり全部ばれているな、とヒュトロダエウスは理解した。同情はしなかったが。
「…のう、我が血族よ。執着は解けたか?」
笑いを収めた老人はやがて、ゆっくりと威厳ある口調をもって、血族の青年を見やった。
「はい。…今後も、問題なく制してゆくつもりです」
心がすっと冷え込むのを抑え込み、彼は模範的であろう回答を返す。
「ならば良し。なに、無理に消し去る必要はない。その情動は、本来であれば尊び、育みつづけて然るべきものじゃ。いつしか失っても省みずことすらせず、ぬるま湯に浸かることを良しとするこの街の住人の姿勢を、お前までやたらと見習う必要はない」
「…それは、その」
「兄」という立ち位置を確保してまで、彼女の傍らに在ろうとする心根を見透かされて、青年は困惑した。
アーモロートに生きる市民として、相手の人格を踏みにじりかねない程の度を超えた執着を持つことは野蛮の極みとされ、ともすれば犯罪者と同様に扱われてもおかしくはないのだが、老人の物言いは苦言ではなくむしろ肯定の意思を含んでいるように聞こえてしまったからだ。
「ヒュトロダエウス、不思議に思わんか?何故お前も、あやつも、己が異質であることを素直に受け入れている?」
「は…?」
「平穏、静謐を旨とする我らが種族は、物事…特に別個人へと向ける感情が薄い傾向にある。男女であれば辛うじて伴侶の誓いが絆となるが、そうでなければ御しきれぬ我が子を手放すのすらためらわぬ程に薄情な事を平気で行い…そして誰もそれを咎めん。執着を断つことは美徳だとして」
「ええ…」
この星の管理者たる高潔な一種族としては、それこそが正しい在り方とされるのだ。
「…お前は、伴侶になれぬと知ると、それでもと望んであの子の「兄」と成った。そして選ばれた者は、あれ程までに所有権を主張して憚らぬ。はてさて、今のお前たちは一市民として正しい行いをしていると言い切れるものやら」
「……………」
青年は、言葉が出せなくなる。老人は軽く息を吐くと、少しだけ声音を和らげた。
「いや…異質と言うなら儂も同じか。そも、委員にまで上り詰める者は皆、何かしら突出した部分を持ち、それをもって霊格が高位化するほどに己の魂を遥か高みへと押し上げ…やがて、『座』を得る程の異能を備えゆくものなのじゃよ」
「そういう、ものなのですか」
「しかし、な。それほどの異能を得るための原動力たる「何か」を持つ者は、自然発生数としては稀となるが常よ。大抵はその芽生えすら得ること無く、平穏の内に静かな生を重ね続けて…やがて生への執着すら失のうて入滅する。儂の若き時などは、異能を持たぬまま便宜的に『座』を押し付けられた者がどれほどおったことか。…現在に至るまで、な」
(…そういえば)
現在の14人委員会にも、当人の意思を曲げて已む無く『座』を継承させられた者がいるという噂を、ヒュトロダエウスは記憶の片隅から掘り起こす。それは真実だったのか。
「さて、話をもどすぞ。お前たち、世間では大層な評価を得ているらしいな?いずれ委員会入りも夢ではないと言われるほどに」
「はい…恐れ多いことながら」
「なぜそう噂されるほどに、己らがそれぞれ持ち得る能力を磨くことに余念がないか、疑問に思ったことは一度もなかったか?」
「…申し訳有りません。おっしゃる意味が、わかりかねます」
「数世代にひとりと言われる『座』候補が、ほぼ同時に、そして近しい場所に、二人も存在することを、ただの偶然で片付けられるか、という事じゃ。……偶然ではないとするなら、その二人に共通するモノは、何であろうかの?」
「……?」
咄嗟に浮かぶのは、己が人生で唯一と定めた、あの綺麗な…。
「更に言うなら、先だっての調査隊。あれに参加していた者達の中から、程度の差こそあれ、異能のめばえが確認された者が何人も出たとの報告が上がっておるのじゃ。ここまで来たら、もはや喜劇じゃ」
「せ、先代様、それは、いえ、そんな事が…!?」
「最初はただの親切心、あるいは好意の発露…時には、嫉妬や嫌悪、恐怖といった負の部分もあろうがの。初期でこそ、その程度で済まされるじゃろうが、やがて人が本来持つ情動呼び覚まし、凝り固まった精神と魂を震わすほどの感情を覚えさせる、稀有な力。幼い頃こそ微弱であったろうが、それでもそばにいる時間が長いほど、当然その影響は受けて然るべきじゃろうな?」
「ば、馬鹿な!」
ヒュトロダエウスはたまりかねて叫んだ。
「僕…、い、いえ、私のこの感情が、あの子に造られたものとでも!?あり得ません!いくら貴方でも、そんな侮辱は……!!」
「落ち着け。本来持つものを呼び覚ます、と言うたであろ」
老人は、感情一つ動かさず、静かに青年を制した。
「唯一無二なる色もて輝くあの美しい魂が、たとえ無意識下であっても、他者の心を己の好き勝手に捻じ曲げるような性質のそれだと思うのか?あり得ぬわ、お前こそ愛する者を自身で貶めるのか。…思い出せ、あの子が己の能力に気づいたきっかけを。儂らが当初は単なる共感能力だと見誤ったその始まりを」
<<だ、だって…>>
<<みんなが…みんなが思ってるんだもの。わたしは、ヒュトロや、ハーデスの側にはふさわしくない、って……>>
<<そんな風に思ってる心が、急に分かるようになっちゃったんだよ…?>>
あっ、と思い至ったヒュトロダエウスは、苦悩の滲んだ顔を片手で覆った。
「まさか…学院の者達まで、あの頃からすでに…?」
歳を経て、情緒面が落ち着き始めた彼女は、取り立てて仲の悪いクラスメイトはいなかったはずだった。
だが、秘密裏にラハブレア院の庇護を受け続けた事、あるいは、早くに両親から手放された事や、幼い時分の奇矯な振る舞い等が、いつしか噂となって巡ったのだろう。
そこへもって呼び覚まされた心が負の感情を煽り、僻みやそねみにまで発展した可能性に、彼はようやく気づいたのである。
せめて彼女の様子がおかしいと気づいた時に、すぐにでもしっかり話を聞いてやれていれば、ああも傷つくことは無かっただろうに。一歩足らなかったが為に、「妹」も、友も、無用の苦しみに苛まれた。
「ふむ、久しぶりに確認したが、やはり顕著じゃの。お前ほどの者でも、あの子の事ではこうも自制を無くす。近い内に調査結果が纏まり次第、使いをやるゆえ、すぐにここへ参れ。早急にあの力の解明を進めねばならん…無論、本人には知らせずに、な。手始めに…」
一呼吸、二呼吸おいてから、老人は言葉を接いだ。
「安穏たる微睡みから感情…心を呼び覚まし、果ては己が限界を越えさせようとする、あの力。儂は仮初めにこう呼ぶことにした。…『超える力』、と」
「『超える力』。………人の心を、を呼び覚まし…自己を超えさせる……力…?」
青年の苦渋に満ちたつぶやきの後、長い長い沈黙が落ちた。
「停滞した思考で統治する世界は、いずれ破綻をきたすゆえ…儂はあの子がそれを止める鍵となってくれるかと期待しておるのじゃよ。…ひょっとしたら、もう間に合わんかもしれんがの」
「え…?」
「話はもうひとつある。……そこの資料を」
老人は、顎をしゃくって机の上の紙束を示した。
手にとって読み進めていく内に、ヒュトロダエウスはどんどん体温が下がるような心地に襲われる。
「これは、この内容は…」
「北の小大陸の真下で、大規模なエーテルの…地脈エネルギーの枯渇が起きていることが確認された」
「あの知的生命体とやらは本来地下の深部に暮らす者達であったようだが、エーテルの枯渇の影響を真っ先に受け、食料を確保できなくなった為に地上に出てきたのだと確認が取れた。だがいずれ地上でも同様の事がおきるじゃろう。…遅かれ早かれ、滅亡するとの結論だ」
「そんな…それでは、あの調査隊は…あの子は一体何のために」
「むろん、生態と、言語体系の調査は必要じゃった、表向きの理由としてもな。本来の目的は、彼の地に起きていた異常の二次調査じゃ。…あの子の『超える力』の影響を確認する計画も、儂が出立寸前で捩じ込んだがの」
「!?、お待ち下さい!実験動物のように扱わぬとお約束してくださった事を、今になって反故になさるのですか!」
「時間がないのじゃ!」
かつてひとつの院の頂上に立っていた先達の纏う雰囲気が、瞬間、往時の苛烈さを取り戻した。
半ば物量をも伴う覇気に気圧されて、青年はたまらず膝をつく。統治者であった老人の異能は、衰えること無く健在であった。
「かの地の異常は原因こそ不明だが、いずれこの大陸にも影響が出るとの予測が立ったのじゃ。にも関わらず、行政府のぬるま湯共は、未だ調査が足らぬ状態での公表はできんと抜かしよる。手をこまねいていれば、取り返しのつかんことになるというのに…!」
膝をついたまま、ヒュトロダエウスは、床がぐらぐらと揺れるような錯覚に陥った。
ついさっきまで、あんなにも鮮やかな日常の一コマを繰り広げていたというのに、それを引き裂く破滅の影がすでに忍び寄っていた事を知って。
「…最も近きであったがゆえに、生涯でただひとつ見つける執着の対象が、他人と重なってしまったことは、お前にとって不幸であったかもしれぬ」
いたわりとも取れる言葉を、ひとかけらの感情もない冷酷な口調で老人は言ってのける。
「が、あの子の存在はこの世界にとって僥倖となるかも知れぬのじゃ。想定通りの力を持っているのなら、行政府の在り方に疑問すら持たず、盲目的に従う民衆の脆い精神を徐々に解放してゆく筈じゃ。そして我らは来たるべき時に備えて、目覚めた人々を導かねばならぬ。上が使えぬのなら、そうやって下から揺さぶるまでよ」
「!?、貴方はという人は何という危険思想を…!それは傲慢というものです!!」
「今の言葉は聞かなかったことにしておく。あの娘については、精神面を良好に保つためにも下手に伴侶をすげ替えるより、当面はこのままの方が良かろうな。お前は「兄」として側で守り続け、もしも身籠るような事があればすぐに報告せよ。これは、退いたとは言えかつて14人委員会…『座』を預った者の責務に基づく厳命じゃ。よいな?」
「く……」
「異論は聞かぬ。手を引くならそれも良かろう。ただその場合あの娘がどうなるか、賢明なお前なら言わずとも知れような?」
もしも断れば、あの二人はすぐさま引き裂かれる。そしてその時は、自分の手中からも、永遠に奪われるのだ。
穏やかで理解ある好々爺としての姿、かつてこの街を統治し続けた一人として時に非情な決断を迷わず下せる慈悲無き姿、どちらもが老人の真の姿であると青年は知っていた筈だったが、まさか後者が自分たちを苛む事になろうとは。
「………ご慧眼、感服いたしました。謹んで…お受けいたします」
辛うじてヒュトロダエウスは身を起こし、一市民としての義務を果たすべく、元ラハブレア老に最敬礼を行った。
退室し、誰の目にも止まらぬ所までよろよろと歩を進めると、彼は壁に背を預けてずるずると床に座り込む。
かつての時のように今回もまた、ぎりぎりの線で守れはした。だがその先は?もしも、将来本当に、あの二人の間に……。
(ああ、僕らはいつまで)
(この日常を愛すことが、許されるのだろう…?)
「やっぱりこれ、作り直そうかな。もうちょっとフードを大きく…うん。明日、イデアをもらい直して…わっ」
市民の外出着と定められている衣装は防塵作用のある特殊な繊維と魔力付与が成されているため、流石の彼女であっても設計図たるイデアなしでの制作は大層骨が折れるのだ。ソファに腰掛けて、もそもそと外出用のローブをいじくっていた娘はそう言ってため息を漏らす。
だが、ふらりと近づいてきた恋人にその身体を押し倒された。弾みで布地はぱさりと音を立て、床の上にその場所を移す。
「…もう少し体が『成長』するまで待て。それからでも遅くはないだろう」
「やだ、離して!まだ怒ってるのよ、わたし!」
じたばたと暴れるが、昨日よりも更に的確に体を抑え込まれて、何度も何度も唇を塞がれる。
「…いい加減機嫌を直せ。それに、これは誓いの一環だと何度も言ったろう?紙切れを提出するだけの行為など、俺には我慢できない」
不満げに言いつつも、ハーデスは恋人の頬に手を伸ばし、己の色で染めた瞳を確認しつつ、親指で涙帯をするりと満足そうに撫であげた。
伴侶の誓いと行っても、実の所は住民登録局に出向いて財産の共有、および、互いを生殖活動を行う唯一の相手とする旨の届を提出するだけのことであり、特別な場所で誓いの言葉を宣誓するような事でない。
人を招いて祝うわけでも、記念に何かを交換するわけでもない、淡々とした事務的処理で済ませるだけでは満足できず、考え抜いた末の暴挙であった。
「も、もう…そんな言い方、ずるい」
「狡くない。お前は俺のものだ。…誰にも渡さない」
たとえヒュトロダエウスにも。ハーデスはひっそりと胸の内でそう呟く。
部屋着の裾から手をたくしいれ、下着をずらして『成長』させたい膨らみを上も下も存分に揉みしだきながら首筋を吸ってやるが、彼女は羞恥でただ混乱し、隙あらば逃れようとする姿勢を崩さない。
「痛い痛い、足っ、変に抑えないで!あと重いしこの体勢つら…っ!もう!ここじゃ、いやだってば!」
「…なら何処でしてほしいんだ?」
「あ。…うう、せめて…ベッド、とか…。姿勢が辛いから……。ね…?」
「わがままめ。確か、何かの空想物語だったか?こうやって…」
「わっ!」
「囚われの「オ姫サマ」とやらが、その愛の従僕たる「王子サマ」に助けられ、優しく抱き上げられて接吻される、とかいう内容だったのは」
「ちょ…、いつ私の本漁ったの!?そもそもそんなのいつ読むヒマが……!」
若者の間で静かに流行っている古典小説に記された「オ姫サマ抱っこ」という形で、やすやすと全身を持ち上げられた娘は狼狽した。隠していたはずのその本の中身まできっちり知られていることに赤面する。
「伴侶の趣味を調べて何が悪い。お前もいつでも俺の書庫に来てくれていいんだぞ?」
「あなたの専門書なんて読めるわけ無いでしょ!ばかっ!おーろーしーてー!!」
「ここじゃ嫌だのおろせだの…お前の満足を得るのは本当に楽じゃないな?こら暴れるな、落ちたいのか」
接吻を一旦諦めた男は、すたすたと寝台のある部屋に向かっていく。
近づくにつれ、確実に続きとやらをされる事を予感した娘は、頭を抱えつつだんだんと体を固くしていった。やがてベッドの真ん中に横たえられた為、慌てて体勢を立て直す。
が、今度は意に反して、押さえつけてくるような事はなく、その代わりハーデスが至近距離に腰を降ろした。向かい合うふたり。
「さあ、願いは叶えた。今度は俺の願いを聞いてくれるな?まずは…」
嗚呼、やっぱり。にこやかに迫る彼の色気にあてられ、彼女は口の端をひくつかせて少々絶望した。
「服を脱がせてくれ」
絶望から立ち直る時間がさほどもないまま、耳を疑う言葉が流れて。
「えっ?何でっ!?」
「して欲しいからだ。俺もさっきお前の言うとおりにしただろう?」
「意味がっ!もとい、必然性がわかりませんっ!」
「俺がお前ばかり見るのは不公平とは思わないか?だから今日はお前に、俺を見てほしい」
彼の顔があまりにも真剣すぎ、とっさに彼女は能力を発動させてその本音を探るが、そこにからかいや巫山戯たものを感じ取れず、どうしたものかと余計に狼狽する。
「どうだ?俺はお前をからかっている訳ではないだろう?」
もちろん、ハーデスからしたらそうするであろう事は計算済みだ。
「!、わかった…、脱がせばいいんだよね…脱が、せば……」
嘘をついていないかこっそり調べたつもりが、きっちり予想されていた事に頭を抱えた娘は、小さくため息を付いた。
意を決すると、なるべく見ないように見ないようにしながら、彼の部屋着の裾を手繰ってたくし上げ、頭を通し、腕を抜こうとする。
「…あれ?ここ、どうしたの?…まさか、一昨日わたし蹴っちゃった!?大丈夫!?」
男の鳩尾の辺りにまだ治りきらない青痣を見つけ、雰囲気もへったくれもなく娘は驚愕の声を上げた。
「全然違う。ちょっと、な。だから気にするな」
「うそ、こんなの、ちょっとで済む感じじゃ」
「本当に違う。俺も色々あるんだ、それなりに、な…」
「……わたし、自分で考えているよりも、あなたの事をぜんぜん知らないんだね」
そして、「兄」が殴ったせいだとは露ほども知らず、細い指を伸ばして治りきっていなかった跡にそろりと触れる。
「治癒の力があったら良かったのに。こんな訳のわからない力じゃなくて…そしたらもっと…」
叶わずとも、治ってくれればと願いつつ、何度もそこをやわらかく撫ぜ続けて。
「…そんなもの今更いらん。今のままで十分気持ちいいぞ?」
「っ!!」
はたと我に返った彼女は、顔を真っ赤にしてぴゃっと手を引っ込める。
「ごめん!勝手にべたべた触って……!そんなつもりじゃ」
「構わん。続けてくれ」
「つづけて…って。……してほしいの?」
「ああ」
胸元に引き戻され、固く組み合わされた両手を、ハーデスは己の手で解いて、それぞれ握りしめる。
「俺もお前のことを全部知ってるわけじゃない。だから、もっと知りたい。触れたいと思うし…触れられたい。分かってくれるか?」
「うん…」
「徐々にでいい。お前にもいつか同じ思いを持ってもらえたら…俺は嬉しい」
拘束を解かれた娘の手がもう一度おそるおそる伸び、労るように鳩尾の痣のあとを滑ると、ややあって視線が上がり、それと共にハーデスの頬にそっと触れてきた。
もう片方も伸びてきて、額にかかる彼の前髪を梳くようにして何度も撫で付けてくるのが、何やらくすぐったくも温かくて、心地よい。
照れを隠すために茶化すのが逆効果だと、彼はようやく気づきつつあった。慣れぬ事をするには、まだ難しかったが。
「気が済んだら今度は下を脱がしてくれ。…その前に自分も脱ぐか?」
絆されかけて、ぽーっと頬を染めていた娘の表情が、あっという間に台無しになった。
それでも、出来るだけ視線をそらしながらもどうにかこうにか要求に答えようとする姿が、彼にはとても愛おしい。
確かに、あまりにも恥じらいなく行われたなら、困るのは返って自分の方だろう。
「……次は?」
もうすっかり自棄を起こした声で、彼女はぼそりと問いかけた。
乞われたとは言え、自分の手で剥いた恋人の姿に戸惑いを隠しきれず、顔を真っ赤にしてちらちらと視線だけ送ってくる。
反対にハーデスは余裕の笑顔を無理やり貼り付け、膝を立てて座ったまま恋人に手を差し伸べた。一糸まとわぬ姿は流石に気恥ずかしいが。
「そうだな…望みを叶えた「オージサマ」に、感謝の接吻をいただけないか?」
いま叶えたのはわたしの方じゃなかったんですか。と言えるほど心に余裕がなかった娘は、容赦ない第二弾に悶絶する。
「……していいの?するよ?ほんとに?」
「ああ。『この愛の従僕を、哀れに思し召すのなら、是非にも至高の情けを賜りたく…』だったか?」
共感能力で確認するまでもなく、彼は遊んでいる、なのに、本気で求めてきてもいるのが理解できてしまい、こんな面白オカシイ、いや、暴走するような人だったのかとひたすら混乱する。
ともあれ、今分かるのは、もうこうなったら最後までやらないと彼は次回に持ち越すだけだ、という予感だけ。
「じゃ、じゃあ……じっと、しててね…」
わずかに震えた声で、娘はハーデスにつと近づいた。その途中で、自分とはまるで違う肉付きの脛を、太腿を、そして口にするのも憚る器官を視界に流すことになり、心の中で悲鳴を上げ続ける。
見られたことに気づいた彼も、ふと苦笑するが、そのまま黙って彼女の唇が自分のそれに触れるのを受け入れた。
叶うなら、幼い頃に唇から柘榴の実を口移しで奪い取ってくれた事も併せて思い出して欲しかったが、それは贅沢に過ぎるのか。
「唇にしてくれとは言わなかったが」
「!?」
「冗談だ。意図が通じて嬉しかったぞ?」
今度こそ彼女が堪忍袋の緒をブチ切ろうとする寸前にその体をぐいと抱き寄せると、柔らかな唇を飛び出そうとした言葉ごと塞いだ。
むー、むー、と抗議する声が収まり、ようやっと諦めて力を抜くまで何度でも口づけ、その内に今度はこちらから服を脱がしにかかる。
流石に、連日「兄」の所に駆け込まれては敵わない。
「…しかし思うにお前はいつも遠慮が先に立つな。自分からしていいという認識がまだないのか?」
初心なのは重々分かっていたつもりだが、親愛の抱擁以上をなかなか求めてくれない恋人に、ハーデスは素直な疑問を呈した。
「あるわけな…!……ううん、その、あることはあるけど…いいのかな、とは。ひゃっ!」
「…ふむ、何故ダメだと思うのかをゆっくり聞きたいところだが…」
露わになる肌に丁寧に触れてゆき、胸元を存分に愛撫し、時には舌でなぞってやると、くすぐったそうに身動ぎして困った顔をするが、その表情すら彼の腰に響くようになってきた。そろそろペースを上げたい所だ。
「口と指、どっちがいい」
「え?」
「慣れさせないとならないからな、ここを。決めてくれ」
「……ドッチモ駄目ッテイウ選択肢ハナイヨネソーダヨネ」
開かされた脚の間、閉じることを許さぬよう男の体がすでにがっつり収まっている。
棒読みの提案を、彼は不敵に微笑んで流してしまった。
「指が…いい?たぶん……?」
「そうだな。頭を抑えられながらするのは、割りと大変だったしな」
「……………………」
最早応える気力も失ったまま、娘は己の選択を受け入れるしか無かった。
「…ひっ……ぁ……ああ……、あ…っ…んあ……ぁ!」
最初の時よりは幾分覚悟しながら、秘所にやや骨ばった手が触れるのを感じ、そして自分の中に他人が入ってくるのを羞恥を堪えつつ耐える。
ゆっくりと、しかし確認するように徐々に速さをつけて出し入れされる度、未だ知らぬ形容しがたい感覚に打ち震えた。
「…!?まっ…増やさな…!ああっ……!」
「すまん、後を辛くさせたくないんだ…力を抜いてろ」
二度目の悪戯に馴染もうとし始めた女の部分が、しっとりと潤いを持って彼の指を包み始める。
「ふぁ……う、ぅぅ……ん、だめ、なんか、だめ……、や、こわい、よ…ハーデ、す…ッ!…ああっ!!」
それを快楽と感じるにはまだ彼女は幼すぎるのだが、それでも時間をかけて徐々に理性を崩されていた心はとうとう限界を迎え、しなやかな体をきゅうっと硬直させた。
はぁ、はぁと浅い息をついて、身を震わせる娘に、ようやくハーデスは覆いかぶさることを許された。彼も呼吸が荒い。全く別の理由ではあったが。
「…もう、いいな?」
「うん…。その前にお願い、1回だけ、ぎゅっ、て、して…?」
体を重ねることに大変な抵抗があるのは明らかだった。
男は顔を近づけ、一度唇を重ねては離し、頬を寄せて、彼女の望み通り強く強く抱き締める。
相手も応えるように縋り付いてくるのが愛おしく、そして、もう限界まで彼を煽る事にもなってしまった。体勢を整え、彼女の熱を求めて止まない分身をそろりと蜜口にあてがうと、ゆっくりと挿入させていく。
「うっ、く…、ふうっ……!んん…っ」
「痛みは、ないか…?」
「…あんまりない、けど……く、くるし…よ…まだ…」
「我慢…できるか?」
「ん、がんば、る……。ぅぅ………っ。ああ……」
恋人の体に苦痛とならぬよう、男は慎重に慎重に動き出した。胎内に入るのはまだ二回目だと言うのに、初回の拒絶ぶりが無いというだけでも、余計に強い快楽を彼に感じさせてくる。
ともすれば思い切り体を打ち付けたくなる衝動を、ハーデスは必死に堪えなくてはならなかった。哀れにもそこだけは、前回よりもさらなる理性の動員を彼に強いてくる。
「なんで…こんなに…。くそ、頭がどうにかなりそう…だ…っ。お前の中が、くっ…、気持ち良くて…ッ…おかしくなる…!」
心と、体の奥底と、どちらもに込み上げるモノを感じ、ハーデスは愉悦に震えて徐々に動きを早めていった。
「ハ…デス…?わたしが……?ほんと、に……、んっ!」
「ああ…、すごく…いいよ、あったかくて…嘘みたいに…っ。すまん、止められな……、ふっ…くぅ……ッ!」
「!!」
瞬間、彼が紫紺色に染めた瞳が、信じられない物を見るように見開かれて。
「ッ!?待て、急に絞め…っ!ぅぐ…ッッ!」
収めたままの昂りを容赦なく締め上げられ、ハーデスはもう堪えきれずに限界を迎えた。放たれた本能が形を変え、驚くほどの勢いを持って胎内に注がれていくのが分かってしまうが、それすら、間違いなく自分が彼女を抱いているのだ、という征服欲をそそって止まない。
荒く吐き出される息をようやく整えると、彼女が泣き出しそうな表情で、彼の方を凝視していた。
「う……すまん、またどこか、痛む…のか?」
「ちが、そ、そうじゃなくて…その…声がすごく胸に響いて、それにあなたのそんな顔見るの、初めてで……」
その両の目から、止める間もなく涙がぼろっと溢れ出す。
「びっくりして…でも、うれしいって思ってるんだって分かったら、凄くしあわせな気持ちになって…お腹がきゅって勝手に……」
「そ、そうか…辛くないのなら、それでいい。なら良かった…」
取り繕うことを止めて、ハーデスは素直に安堵した。
初夜が沽券に関わるほどにあんまりな終わり方だったのは、正直堪えていたのだ。
「ハーデス、いま凄くしあわせ…。わたし、あなたが好きよ、大好き……」
「俺もだ。お前は本当にいつも温かくて…離れたくなくなる。ずっとこうしていたい、ふたりだけで……」
穏やかな夜の下、二人だけの空間の中で、か細く歌うように、心を吐露し合うふたり。
何もかも重ね、共に行きていくという事の意味を、彼らはここからゆっくりと時間をかけて、少しずつ学んでいくのだった。
情歌…都々逸の別名。
「三千世界の 鴉を殺し ぬしと添い寝が してみたい(どどいつどいどい)」
一番有名なのは「立てば芍薬 坐れば牡丹 歩く姿は 百合の花」ってやつですかね