・FF14漆黒のヴィランズネタバレあり/空想考察成分過多
・エメトセルク☓あの人♀とヒュトロダエウスの幼少期~終末に至るまで+α長編
・本話R-18展開あり
・某ぴくしぶ公開分(Augustwal名義)の再掲
「ヒュトロダエウスさん、今回持っていく報告書ってここに置いていいんですか?」
「ええ、ありがとうございます。いつもすみません」
この街が現在の形になってから現在に至るまでの膨大な議事録や様々な調書が収められた、司法府の地下に広がる大書庫の片隅で、ヒュトロダエウスは声をかけてくれた同僚に礼を述べた。
「とんでもない。正直、アナイダアカデミアは変人の巣く…い、いえ、一般人にはどうにも敷居が高くてみんな行きたがらないから困っていたんです。過去に、飼育生物の脱走に巻き込まれて怪我をした職員もいましたしね。あなたが担当してくださってからあちらとの関係も良好ですし、本当に助かっているんですよ」
「恐縮です。まあ、本来はそうそう妙なものに出くわすこともありませんから、大した事をしている訳ではありませんよ」
「はは…、僕たちなかなかそこまで割り切れなくて…。だから、あなたには感謝してるんです」
自分と元ラハブレア院長の関係性を探りにきたのではないか。ヒュトロダエウスは穏やかな笑顔の下で、冷徹に同僚を観察した。
「ああ、そういえば」
「?」
「いつも凄いですよね、妹さん。また街で話題になりつつありますよ。今度は子供向けの魔法生物でしたっけ?」
彼の裏事情なぞつゆ知らず、同僚の男は話を続ける。
どうやらヒュトロダエウスが危惧したような意図は無いらしい。彼はそっと胸をなでおろした。
「…たしかあれはまだ試作品だったかな。まだ正式発表は先なので、どうぞご内密に」
「おっとすみません。僕もたまたま学院に行く用事が会った時に偶然、実物とご本人を見かけただけでして。いやあ、壮観でしたよ」
あの感動的な公演会を終えた「妹」は、本来の自分の仕事に戻って一時中断していた創造作業を再開していた。
かつて自分たちが通っていた学院で、魔力制御教育過程の刷新が行われる事になったのだが、その一環として魔法生物の制御方法が候補として上がった為、安全かつ子供たちに好まれる意匠のそれが求められたのである。
悩んだ末、彼女がモデルに選んだのは、幼い時に宝物にしていたぬいぐるみであった。
つぶらな瞳に、背中まで伸びた長い耳、胴と同じくらいの大きさで波打つふさふさの尻尾。柔らかな短毛に覆われた全身は、普通の生物との見分けを付けるために、ふんわりと燐光色に輝いている。
前回創った四足歩行生物の姿も、動物としての自然な振る舞いや、姿かたちに寄せる為にはさぞ参考となったことだろう。
またこの魔法生物には、主人となる術者との契約を交わした際に、術者本人の内在エーテルの色を反映し、どの個体が誰の制御下にあるか一目瞭然となる仕掛けが組み込まれている。
先日行われた試用実験の際には、生徒たちと契約を交わした色とりどりの愛らしい生物が、キュウキュウ鳴きながら足元をうろちょろしていたそうだが、さぞ目にも鮮やかだったことだろう。
「妹」の創るものは、いつも温かく、優しく、人の心に滑り込んでいく。「兄」として、他人から彼女を称賛されるのは悪い気分ではなかった。
「いい歳をして、と言われるかもしれませんが、なんだか欲しくなっちゃいましたよ、あれ。子供たちがじゃれ合っている所を見ると優しい気持ちになれるというか。…僕は小さい頃、あんな風に笑ったかなあ、なんて考えると余計に」
「そういうものですかね」
「だってそうじゃないですか?これまであんまり気にしたことはありませんでしたが、淡々と子供時代を過ごして、気がついたら一市民として毎日働いて、時には他愛もない議論をしては家に帰って眠る…これ、僕だけじゃなく、みんなそんなものだと思いますけど」
翻って自身はどうであっただろうか。ヒュトロダエウスは思い返した。
「それが正しい生き方だとは思います。でも何だかこう、こないだの合唱団の公演の時のように気持ちが震えた事って、今までどれくれいあったかなあと思い返すと…」
「………………」
昔、友と一緒に初めて彼女と引き合わされた際の記憶が、じわじわと蘇る。あまりに幼すぎた彼女はたしか、大事な宝物を奪われて、泣いて泣いて泣き叫んで倒れた数日後、という状況であったか。
水色のようで、橙のようで、緑のようで…まるで虹を内包した蛋白石(オパール)のような、彼が今まで見た中で一番不可思議だと感じた色もて煌めく、美しい魂。あの巡り合いの刻から、穏やかな霞の中で生きてきた彼の世界は色づき始めた。
「ところで…妹さんって、確かもう伴侶がいらっしゃるんでしたよね?」
しばし想い出の光景に浸っていた彼の思考は、急に現実に引き戻された。
「!、え、ええ、少々困った義弟ですが」
「そうかあ、あんな素敵な方なら当然ですよね。はあ…、僕もはやく伴侶となってくれる方と巡り会いたいなあー」
予想外の質問に珍しく動揺したヒュトロダエウスであったが、ありがたい事に同僚は彼のそんな様子に気づくこと無く、ぼやきながらその場を去ってくれた。
(相変わらず人たらしだな)
同僚は「妹」となにか会話を交わしでもしたのだろうか、ふと苦笑が漏れた。が、それはすぐ治まって。
(あの子の力は、やはり人を負の方向へ無闇に揺さぶるものでは無い…か。そうでなくてはならない、これからも)
元ラハブレア院長から受けている密命に縛られ続けていたヒュトロダエウスは、自分の認識の正しさを噛み締めながら、やがて訪れるであろう反撃の時に向けて、決意を新たにするのであった。
数週間後、その決意をより堅牢にする事件が起きることも知らずに。
「やあ、待たせてすまない。しかし君個人からのお呼び出しとは珍しいね…何かあったのかい?」
街に夜の帳が降りる頃、ヒュトロダエウスは久々にハーデスの私邸を訪れていた。
友人も、「妹」も、それぞれが仕事に追われており、一緒に過ごせる時間が徐々に減っているのは知っている。そして、今日は珍しく彼女が居ないタイミングを見計らうように呼ばれたらしい。
数日前に兄妹二人の団欒を楽しんでいた際に、彼女から伴侶との仲を相談されるような事は無かった為、呼び出される理由に思い当たる節のない「兄」は他意無くハーデスにそう問うた。
友人は、そんなヒュトロダエウスをちらりと見ると、視線を逸らしてうつむいた。ひどく顔色が悪い。
「仕事で何か深刻なトラブルでも?確か、主要建築物の経年劣化を防ぐ術式の見直しが捗らないと、耳にしてますが」
「いや…。そちらはどうにか順調だ。ここ最近は家に帰れるようになってきたしな」
そうなるとますます思い当たる事がない。ヒュトロダエウスは困ったように眉根をよせる。
しばらくの沈黙が過ぎた後、彼がもう一度声をかけようとする寸前に、ハーデスはようやく口を開いた。
「…あいつの身体の内在エーテル、その性質に、奇妙としか言えない点が見つかった」
「身体?!、何か未知の病原体でも?そんな報告はどこからも…」
「そうじゃない。むしろある意味、常人より健康体だとも言えるのかもしれん。だが………」
言葉を継ごうと一度口を開きかけては止め、息を吐き出し、また軽く吸い込んで、視線を下に向けたままハーデスは努めて淡々と語り始める。
「結論から、言う。…あいつは子を成すことができない。下世話な言い方をすれば、あいつの身体にとって、俺達…この種族の肉体構成エーテルは薄すぎ、精子が破壊される…もしくは正しく用を成さない………らしい」
「な…ん…?」
衝撃的な告白に、「兄」は、ぐらりと頭が傾ぐのを感じてよろめいた。
「そんな事が…あり得るのですか?受精率なんて元々低いものでは。……人工授精は?君なら申請すればきっと試せ…」
途端、ハーデスが両の拳をテーブルにがつんと叩きつけた。ヒュトロダエウスは彼の絶望を更に抉ったことを瞬時に悟る。
「医局の人間が最初なんて言ったと思う!?改竄した検体を持ち込まれたら困ります、だぞ!出来るわけないだろッ!!」
「まさか…いや。ですが……」
二人が子供を欲しがっていたのはもちろん知っていた。
だがこの街を構成する種族は時に人口増加を奨励するほどに元来の出生率が低いうえ、元ラハブレア院長の思惑の件もあった為、妊娠の兆候がずっと無いことをヒュトロダエウスは安堵し続けていたのに。
目眩がしそうなほどの衝撃を耐えきったその時、彼の心の奥底に、希望と呼ぶにはあまりに昏い光が灯った。
可哀想な可哀想な、愛する「妹」。
愛深きゆえに知らずとも良いことを知ってしまい、打ちひしがれる友。
そしてあの傲慢な老人に、秘めた愛を無様に踏みにじら続けるれる自分。
三人の未来を今こそ別の道に繋げるべきではないのかと思い至って。
「ハーデス…先代様の所に行こう。酷だとは承知しているが、知っておいたほうが…いや、君が知っておくべき事がもうひとつある」
「…そうか、二人共よく報告してくれた。なんという…なんという酷いことじゃ。こんな悲劇が、かくも起こりうるものなのか」
数代前の元ラハブレア院長は、そう言って手元の資料を握りしめ、深く深く苦悩のため息を漏らした。が、その様子を、老人の血族たる青年が底冷えする光を湛えて見つめて居ることにまでは気づかない。
絞り出された言葉はまったき本心ではあろうが、そこには悼む心だけではなく、己の計画が破綻した悲憤も含まれていることをヒュトロダエウスは見抜いている。そんな身勝手を、彼は決して許すつもりはなかった。
「のう…二人共。儂はずっと調べ続けていた…そして考えていたのじゃ」
密かに監視し続けていた女の能力は、想定していたほどの効果を及ぼさない事が、調査結果から既に判明していた。
そして、次の布石として望んでいた存在すら得られぬ事を知らされた老人は、最早隠す必要もなくなった考察を、疲れ果てた声で口にし始める。
「儂が仮初めに『超える力』と銘打った力が、あの子にだけ与えられた理由と、その存在意義について、ずっと、な…」
「……『超える力』?先代様、恐れながら一体何の話を…」
予想だにせぬその内容に、ハーデスは困惑の色を隠せず口を挟むが、隣に控えていたヒュトロダエウスが肩に手を起き、首を軽く振ってくるので已む無く沈黙する。
「…魂の輝きすら鈍るほどに思考の停滞した種族。それによる世界の制御が、星に歪みをもたらし続け、いつしか星がそれを否と認めたら…その意思もて、変革をもたらそうとするのではないかとの仮説を立てた。そして促すには、水面に一石を投じ、波紋のごとく広げなくてはならぬ。然るに、対象となる種族の群れの中で排除されぬよう、密やかに作り変えた『石』を生み出す必要があった、と考えるのが自然なのではないかとな…」
「………?」
一人はすでに心の準備を済ませてはいたが、荒唐無稽な話をいきなり振られたもう一人は疑問も挟めず我が耳を疑った。
「他者の心の壁を超えて情動の発露を促し、既成概念を超えて心震わす創造を行い…そして、いつしか霊格の檻を超えて魂の高位化を導く…。『超える力』とは、この世の命を新しい段階へ変換(シフト)させるべく生み出された、真なる星の意思そのものなのではないかと」
老人が自身の推論に酔う声には、すでに狂気が含まれているようにすら感じられる。
「だが…儂らは間に合わなんだ。精神こそお主らのように同調し、発達する者も多数生まれたが……この検査結果を見るに、あの子の肉体を構築するエーテルは儂らと相似しつつも、実はまったくもって非なるものなのやもしれん。ゆえに、衰えた種との間に血を紡ぐことができん。そも、許されておらんのかもしれぬがな……」
「……………………」
妄言としか思えぬ、思いたくない言葉の数々に、ハーデスは言葉も無いまま激しい怒りを心に燃え立たせる。
彼が飛びかからぬよう肩をしっかと掴むヒュトロダエウスは、永久氷壁のごとく凍えさせ続けた憤る心を、更に深めてゆき。
「ああしかし…これにて儂の考察はようやく論結する。星の意思によって生み出された、最初の一石ににして最後の唯一なる孤独な種…言うなれば『星の使徒』。それが、彼の者である、と……」
身勝手に為政者然として振る舞い続けた立場を今更放棄し、ただの一研究者に戻った清々しい表情で、老人はそう締めくくる。
最早アーモロートの未来も、己を刺殺さんばかりに睨む二人の青年の視線も、その心を動かす事はなく、埃を払うかのように彼らを退室させると、すぐさま論文を書き上げるべく、筆を取るのであった。
発狂したくなるほどの憤怒を堪えながら、ハーデスとヒュトロダエウスは魔窟を後にし、人目のない深夜の裏路地でようやく足を止めた。
「『星の使徒』だと…?あの老害め、愚にもつかぬ事をぬけぬけと。寝言は彼岸で語ってればいいものを……!」
「落ち着いてください、ハーデス」
本来呼ぶべき、継承された『座』の銘ではなく、言い慣れた市井の名でヒュトロダエウスは友を呼んだ。
途端、彼は血走った眼でぎりりと唇を噛み締めつつ声の主の方を向くと、恐ろしい膂力でもって両手で襟首を掴み、こちらの体を壁に叩きつけてくる。
「お前は…ッ、ずっと前から知っていたのだよなヒュトロダエウス!?その才能を『座』に連ねて市民の義務を果たすこともせず、やっていたことがあの老いぼれの手先とは!いつからそんな真似を…見損なったぞ!!」
「怒鳴って気が済むならいくらでも。だが、彼をそう簡単に止められるとでも?この街を…自分の存在意義を守るためなら、赤子すら容赦なく奪う。そしてそれが許される立場に在るというのに」
秘密裏に非人道的な思惑が進んでいたことを、ヒュトロダエウスは表情を崩すこと無く告白した。
友が心の奥底で、自分よりもなお激しい怒りを抱えている事に気づいたハーデスは、視線を伏せて手を外し、あまりの理不尽に拳を握る。
「……くそっ、死にぞこないが」
「耐えてください…もう少しだけ。君がエメトセルクとして責務を果たし続けてくれてさえいれば、あれの眼も誤魔化せるでしょうから」
「…俺は認めないぞ。何が星の意思だ、そんな戯言に惑ってこの街を…俺達の明日を破滅させてなるものか」
「ええ…もちろんです。ですからいましばらく、どうか自重してください。…我が友よ」
数ヶ月前にこの街を包んだ、北の地の原住民たちの合唱の響き、それによって人々の顔にもたらされた感動と歓喜の表情を、ヒュトロダエウスは思い返していた。
「妹」の発想が生み出すものは、いつも人々の心を善き方向にと震わせる。そんな彼女の本質が、能力にも正しく反映しているのなら、決して社会を思い通りに揺さぶる類の物ではない筈なのだ。それに気づかなかったのが、老人の致命的な誤算だったと言えよう。
(見抜けなかったのは結局貴方でしたね、醜い狂科学者風情が。…あの子まで踏みにじろうとした事を、私は決して許さない)
おそらくこの街の誰よりも昏い感情を抱いた男は、心の奥でひっそりと牙を研ぎ続けていた。
「あ、おかえりな、さ……?」
彼よりも先に帰宅していた愛しい伴侶をすぐに視界に認めたハーデスは、ずかずかと歩み寄ってその身体をかき抱いた。
「お仕事で何か?なんだか顔色がひどいわ。…あちこちで地脈の異常が拡大していると言う噂は本当なの?」
彼の胸元からどうにか顔を上げ、その表情を伺う彼女は、手を伸ばして優しく頬をなぜてくる。
「疲れた……少しだけ」
「そう…。お風呂はいる?それとも、何か少し食べてから休んで…」
心配そうに恋人をおもんばかり、どうにかその労いになろうとする優しさが、虚しさに打ちのめされた心には、ただ切ない。
「…いや」
「?」
ぎゅうっと、柔らかな身体を抱く腕に力が込められて。
「お前がほしい。今は、それしか…」
彼がひたすらに自分を求めてこちらを包み込む、漆黒の泥濘にも似た息が詰まるほどの心の波動を、彼女の異能が感じ取った。
まるで迷子の子供のように震えている彼の姿は、いつものように余裕を持って彼女を慈しむつもりがない事ををひしひしと伝えてくる。
「…ええ、わかったわ」
湧き上がる疑問を抑え込みながら、彼女は優しく微笑んで背を伸ばし、壊れ物を扱うよりもそうっと男の唇に口づけた。
自分が、少しでも彼の慰めになれることを願いながら。
ふたりの顔が一度離れると、ハーデスは恋人の体をぐいと引き寄せ。今度は自分から唇を塞いだ。彼女はすぐにそれを受け入れ、彼の首に手を回し、きゅっと縋り付いてくる。
「大丈夫…?なんだか体がとても冷えてるわ」
口づけの合間に身を案じる言葉を囁かれるのが、彼には切ない。今の立場になることで得た特権を振りかざして、知らずとも良い事を自ら暴いてしまった苦しみが、心からだらだらと血を流させる。
「『あと』じゃ…意味がない。俺はいまお前が欲しい」
「…?、やっぱりあなた今日変よ?なんだ…んぅ」
少し息の上がった声で、ハーデスは素直に胸の内を吐露した。みたび唇を重ねて、彼女の言葉を塞ぐ。
彼女の唇の隙間から容赦なく舌を差し入れ、彼女の口腔を満たして、声まで飲み込まんとする。ためらいがちに震える彼女の舌先をもからめ取って、その温もりを味わった。
その間に、上衣を脱ぎ捨て、彼女の部屋着も脱がしていく。ふるっとこぼれた胸の膨らみ、揉みしだいてはその先端に吸い付いて、すっかり女性らしくなった柔らかさに溺れる。
「ふっ…あぅ…あぁ……も、はぐらかさな…っあん!」
軽く歯をを立てられ、彼女がびくっと身を反らせた。奏者が楽器を奏でるように、どこに触れれば、彼女がどんな声をたてるのか、もう、ハーデスは知り尽くしている。それでも、彼の心が満ちる事はなかった。
白く小柄な体に触れる度、彼女の心が自分の物であることを、確かめずにはいられない。
もっと聞きたい、もっともっと欲しい。自分にはもう、彼女しかいない、掴めない。
細い首へ、滑らかな肩口へ、何度も何度も唇を落としては赤い印をつける。翌日には消えてしまうその証を、まるで当然の義務であるかのように散らしていく。互いに上気して、吐息に艷やかな熱が籠もるようになると、二人は目配せして寝台まで移動した。
「こっちへ、来てくれ」
「ん…」
先にヘッドボードにもたれるようにして腰掛けたハーデスは、怒張していく器官から目を背けて真っ赤になっている彼女を呼び寄せると、足を広げさせて自分を跨がせた。そのまま、肩を押さえてゆっくりと腰を落とさせる。
「ああ………」
すでに痛いくらい張り詰めていた先端が、徐々に彼女の体内に飲み込まれていく。狭い中を、彼の欲望の塊が無遠慮に突き進んだ。ぎしっと皮膚がこすれて、双方に痛みが走る。
「っ……!」
だが、ハーデスは彼女を自分の上に座らせてしまうと、腰に片腕を回し、さらに強く抱き寄せた。
「ああっ!」「……くっ!」
痛みで、彼女が悲鳴を上げた。ひくひくと小刻みに痙攣し、その震えがハーデスにもひどく圧迫感を覚えさせる。いつもと違いすぎると思ったのは気のせいだろうか。お互いの肌の距離が近いからか、劣情だけでなく、切なさまで溢れてきて。
体を揺らしてやると、蹂躙される苦痛から逃れるように、彼女がハーデスにしがみついた。しかし、それを受けて更に深く沈みこんだ先端が、何かに触れる。
「ふっ…ああ、おく、あ、当たって…んんぅ……」
「ああ…判る。お前の、事…痛いくらい…」
空気を求める魚のように口をぱくぱくさせながら、とぎれがちに彼女が呟いた。紫紺色の瞳から涙がぽろぽろ溢れて、男の肩口を濡らす。
ハーデスは彼女を抱く腕に力を込めた。痛みと熱が、一層彼女を感じさせる。彼女の中の自分を、認識する。
「もっと、感じさせてくれ。……動くぞ」
狂おしい声で訴え、ハーデスは腰を突き上げた。強い刺激に、彼女の躰が跳ね上がる。だが、互いに腕を絡めてしっかりと抱き合っているから、離れられない。何度も何度も、抉るように腰を浮かせては、彼女の奥へと自分を押し上げる。
「はうっ、…あ、あっ…こんな、こんなの…っ!あんっ、ああ……っ!」
繋がっている部分から、更にとろとろと溢れるものがある。それに助けられて、二人の動きが勢いを増す。
哀しいくらいに、ハーデスは彼女を求め続けた。自分には、目の前の愛おしい者しか、確かなモノがないのをずっと判っているから。
「くれ、俺にだけお前を…全部くれ……ッ、ぐ……うっ……くぅ……ッ…」
他になにもいらないと、行動でそれを伝えようとする。
先に限界を迎えたのは、ハーデスの方だった。一際強く腰を押し上げて留まると、彼女は悲鳴も出せずに硬直し、やがてふっと体から力を抜いていく。
そうして、ふたりは深く息を吐きながら互いの肩に顔を埋めた。忍び寄る波のような疲労感がハーデスの躰を包み始めた。それはひどくひどく心地よい。そのままゆっくり倒れ込んで、抱き締めあったまま共にゆっくりと意識がぼやけていく。
「ね…本当に、大丈夫?」
「…どうした?」
「危ないこととか…してない?忙しいだけ、だよね…?」
「ああ…。お前が心配するような事ではない…」
「……言えない事なら、もう聞かないわ。でも…」
ふわふわとした意識のまま、互いに囁き合う響きが、耳に快い。
「愛してるわ…ハーデス。だから、わたしを置いていかないで…。わたしに出来ることがあったら、ちゃんと言って…?」
彼女は頬を寄せて、縋り付いてきた。だが、何かを察して慮っている事は切ないほど伝わってくる。
「ああ、分かった。俺も、愛してる…。お前とこれからも、一緒に…ここで、ずっと……」
夢でも幻でもない、確かな温もりを感じながら、二人はやがて別々の夢の中へと沈んでいく。
(俺が…護らなくては。せめて、お前と生きているこの場所だけは。何があったとしても、必ず…)
眠りに落ちる寸前の彼の決意をあざ笑うかのように、急速に世界を覆い尽くさんとする破滅の兆しは、すぐそこに迫っていた。
そして、誰も悲劇から逃れることは叶わなかった。