煙のドームを前に、知佐たちは立ち往生していた。
「コレハ一体…。」
「敵の何かの術みたい。」
「入られんとかね?」
「中の状況が分からないし、危険だわ。」
中では激しい戦闘音が響いている。
わずかに、何かが倒れ込む音が聞こえて来ると、戦闘音が止み、煙がゆっくりと晴れて行く。
「お兄ちゃん!」
紗織が駆け出し、他の三人も後を追う。
座り込んでいる崇継の前に、傷だらけの翔が仁王立ちに立っている。
そして、その前に、こちらも傷だらけの半裸の女性が虎の毛皮のような物を
その女性の目を見て、四人はギョッとした。
人間の倍はある瞳孔は、まるで猫の目だ。
その半裸の女性・谷本早耶香が、最後の力を振り絞って上半身を起こし、自分が壊したN-BOXに背中を預けた。
驚いたことに、その傷は既に塞がっているが、足の腱までは再生できないようだ。
なにより失った血までは再生できないのだろう、健康的だった浅黒い顔は、今やどす黒いと形容するに
谷本の傷を治した背中の毛皮は、術が切れたのか再び半透明になり、やがて消えていった。
谷本の目は既に元に戻っていたが、眼光に力は戻らない。
「…自分、…アメちゃん貰い損ねたのぉ。」
虫の息でなお、憎まれ口を叩いている。
翔は、先に倒した二人を谷本の横に乱暴に並べると、片方の男からスーツの上着を剥ぎ取り、
「…、ジェントルメンの…つもりか、…きしょいわ…。」
「気にするな、
「…ふん…。」
「さて、素直に吐いてくれるとも思えんが。」
「…当たり前や‥せやけど…伊賀の手品…見せてくれた礼に…一つ…教えたるわ。
甲賀の首領…犬山は…、さっきの
「そいつの忍術は?
いや、そもそも、お前らの組織は何なんだ。」
質問を畳みかける翔を、冷ややかな生気のない目で見つめ返す谷本の異変に、知佐が気付いた。
「翔くん、危ない!」
谷本の手に、いつの間にか玉が握られ、背中には薄っすらと半透明の毛皮が復活している。
「さいならや。」
手にした玉が炸裂すると、周囲が
(目潰しか。)
視界を真っ白に塗りつぶされた翔たちが、やっと元の景色を取り戻す頃には、三人の姿は跡形もなく消えていた。
「ニゲられタカ。」
レオナルドが、スポーツドリンクの2ℓボトルを、投げてよこす。
「逃げる、というよりは、証拠隠滅だろうな。」
ボトルをキャッチすると、キャップを空けて貪るように飲んだ。
傍らでは、紗織が仔猫の
知佐もその後を追い、涙を浮かべる。
翔は、2ℓのスポーツドリンクを飲み干すと、泣きじゃくる紗織の元に歩み寄った。
「埋めてあげよう。」
そう言うと、紗織は無言でコクリと頷く。
こういう感情は、その場である程度処理しないと後に残る。
ダニエルが、車からシャベルを持ってきて深い穴を掘ると、紗織が仔猫の
丁寧に土を掛けて埋葬すると、全員で手を合わせて黙とうする。
泣き止んだ紗織は、悲しみよりも、仔猫まで犠牲にして自分たちを付け狙う組織に対する怒りの方が大きいようだ。
「サテ、ドウスル?」
皆の視線が、一斉に翔に集まる。
「追手が居るかもしれないし、すぐにでもここを離れて宇佐神宮に向かった方がいいだろう。」
皆に異論はないようだ。
だが、心配なのは車だ。
翔の脳裏には、N-BOXの惨状が残っていた。
いくら何でも谷本のようなめちゃくちゃな奴が、そう何人もいるとは思えないが、ザ・ビートル・カブリオレの幌では、いざという時に心もとない。
「そういえば、ダニエルは車何乗ってるんだっけ?」
「アレばい。」
指さした方を見て固まった。
(メルセデス・ベンツ・ウニモグ)
通称<
汎用性があり、どんな悪路でも走り抜ける走行能力から、様々な軍用車両に流用されている。
グリーンベレー崩れのダニエルには、似合いと言えば似合いだが、日本では明らかに異質だ。
少し面喰ったが、キャンピングカーの様にカスタムされた荷台部分を見ると、少なくとも居住性と安全性の面では、ザ・ビートルは分が悪いだろう。
「じゃあ、九条たちはダニエルの方に、レニーは俺のに乗ってくれ。」
知佐たちと別の車に乗ることには後ろ髪を引かれたが、仕方ない。
(知佐も同じように思ってくれてるといいが…)
淡い期待で知佐の方を見ると、知佐もこちらを見ていた。
「翔君、気を付けて。」
そう言って出された右手を優しく握ると、笑顔を返した。
「知佐もな。」