※この作品はR-18です。

不忍探偵社 Rating-18   作:J・P・シュライン

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第29話 決着の刻

 獣達のうち、或る者は高く跳躍し、或る者は身を翻して後方に駆け出した。

 梅の花びらは、その全てを何の躊躇(ためら)いもなく、情け容赦(ようしゃ)もなく刈り取っていく。

 

「~乱(・)舞(・)~」

 

 翔の言葉と共に解き放たれた、数万の花びらは、命を刈り取る凶刃(きょうじん)だ。

 樹齢数百年の鎮守の森の木々や、国宝の宇佐神宮の本殿でさえもズタズタに切り裂かれ、陰惨な姿をさらしている。

 

 <舞(・)>と呼ぶには情緒に欠ける凶暴なまでの嵐が過ぎ去った後には、十匹の獣が、ことごとく地面に臥せっていた。

 ダニエルがその一匹に近寄ると、すうっと姿を消す。

 周囲を見回すと、他の八匹も同様に姿を消し、一体だけが残っている。

 毛むくじゃらの獣の様だった身体は、元の人間の姿に戻っていた。

 翔たちは、その一匹の元に近寄ると、辛うじて息をしている。

 

「奪われたのは、ワシの方だったか。」

 犬山は、翔の姿を認めると、震える唇で語り掛けた。

 

「まだ、奪っちゃいない。」

「九(・)人(・)のワシは、も(・)う(・)奪(・)わ(・)れ(・)て(・)お(・)る(・)。」

 翔は青白い顔に疑問の色を浮かべた。

 

「まぁ、分かるまい。」

 犬山の<獣(・)拾(・)分(・)身(・)>は、犬山の他の人格九人それぞれに体を与える術だ。

 だが、翔にはそれを知る由はない。

「それに、(降天菊花)も奪う事はできなんだ…。」

 

「お前たちも在りかは知らないんだな。」

「知っていたら、とうに奪っておる。」

 

「何のために奪う。」

「我が主様のためだ。」

 

「その主とやらは、それで何をしようと企んでるんだ?」

 質問を続ける翔の額には脂汗が浮かんでいた。

 

「ワシらの知るところではない、ワシらは命じられたものを奪うのみ。」

「そんな…。」

 崇継は憎しみに満ちた目を犬山に向けて呟いた。

 父親を殺した張本人だ、憎かろう。

 だが、一生懸命に衝動をこらえている。

 

「お前たちはまだ(降天菊花)を奪うつもりか?」

「答えるまでもなかろう、それが我が主のご意志だ。」

 犬山の体からは血が流れ続けている。

 

「そん主っちゃ誰ね!」

 たまらずダニエルが質問する。

 

 犬山は、崇継の方に目をやると、一瞬憐憫(れんびん)の色を浮かべた。

「知ってどうする?」

 

「止める。」

「お前らには無理だ。」

「だが、もう甲賀の忍びは居ないんだろう?」

翔は、苦しそうな呼吸をして質問を続ける。

 

「何故そう思う?」

「なに?」

 

「伊賀のお前が居て、甲賀のワシらがおった、なら他の忍者の家系が生きておっても不思議はなかろう。」

 犬山の体から流れ続ける血は、足元に大きな血だまりを作って尚、流れ続ける。

 

「他にもいるのか!何人だ!特徴を言え!」

「七人、ふふふ、風魔一族は凶暴だぞ…。」

 犬山の目は、段々と力を失い始めている。

 

「そいつらの名前は?おい!」

「それに…甲賀にもまだ残って…お…る。」

 犬山は一瞬憎しみの光を目に宿らせたが、すぐに全身が弛緩したように力を失った。

 

「死んだとね?」

「あぁ…、そのようだ。」

 翔は力なく答える。

 

「それにしても、えらい戦いやったバイ。」

 ダニエルと崇継は、立ち上って周囲を見回した。

 

 <梅花の舞~乱(・)舞(・)~>の爪痕が、周囲には残酷なまでに残っている。

 月明かりを遮っていた木々の枝は刈り取られ、新月が惨状を照らし出していた。

 本殿の檜皮葺(ひわだぶ)き屋根は跡形残らず刈り取られ、拝殿の立派な楼門(ろうもん)は、もはやその原型を留めていない。

 ダニエルは、<梅花の舞>は人間の水分を使う技だと聞いていた。

 だから、アマンディーでの戦闘の後、レオナルドはペットボトルを渡したのだ。

 そこでダニエルは気づいた。

 

(数(・)百(・)枚(・)の<飛梅>であれだ、数(・)万(・)枚(・)の<乱舞>を使うとどうなる?)

 

 ハッとして振り向くと同時に、翔が音を立てて地面に倒れ込んだ。

「翔さん!」

 崇継もそれに気づき、翔の体を起こす。

 

 小刻みに震える身体は異常な高熱をまき散らしていた。

 問いかけにも虚ろな目を返すだけだ。

 

「こりゃあ、まずかバイ。」

「どうなってるんですか?どうしましょう?」

 

「脱水症状たい。」

「脱水症状?」

 

「ほっといたら死んでしまうバイ、とにかく水のあるとこまで運ぼう。トイレのあったやろ。」

 ダニエルは翔を担ぎ上げて、来た道を戻ろうとする。

 その眼が、神宮に近づいてくる十数台の赤色灯がを捕らえた。

 パトカーだ。

 さっきの騒ぎで通報が行ったのだろう。

 更によく見ると、懐中電灯だろうか、無数の小さな灯りが、列をなして参道をこちらに向かっている。

 当たり前だがトイレは参道沿いにしかない。

 

「まずかバイ。」

 焦るダニエルの隣で崇継はしきりに考え込んでいたが、潜入前に見たマップを思い出して、弾けるように答えた。

 

「そうだ、霊(・)水(・)ですよ!」

「レイスイ?」

 崇継は、ダニエルの問いかけを無視して走り出した。

 

「確か、こっちだったはずです。」

 潜入する前に見たマップに、確かにそれはあったはずだ、藁にも縋る思いで、上宮本宮の裏手の道なき道を駆け出す崇継を、ダニエルも必死で追いかける。

 

 すると、神の導きか、<御(・)霊(・)水(・)>の立札が掛かった場所に出た。

 小さな鳥居のすぐ裏にはたくさんの柄杓が並び、その奥には三つの井戸と灯篭が交互に並んでいる。

 

「急いでください!」

 ダニエルは三つの井戸の中心に翔を寝かせる。

 既に翔の意識はなく、呼吸も浅い。

 ダニエルは、渡された柄杓で、とにかく水をぶっかけた。

 崇継は、翔の口を開け、口の中に水を注ぎこむ。

 

「頼むバイ、神さまの水やろ!」

「翔さん、死なないで下さい!」

 願いを込めて、十分以上ひたすら水を飲ませ、浴びせ掛けるが、一向に意識が回復しない。

 

「くそぉ!」

 崇継が珍しく汚い言葉で怒りを露わにした時、翔の体が内部から僅かな光を発して輝きだした。

 

「こら、何ね?」

 ダニエルと崇継が茫然と見ていると、やがて、その光は消え、その代わりに、

 

「ガハッッ。」

 翔は、口から水を噴き出した。

 

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