~東京・雑司ヶ谷~
プリップリの海老にスパイスの香り高いチリソースが掛けられ、隣の更には色とりどりの具材がそれぞれに存在を主張する酢豚が湯気を立てている。
黄金色のスープの海を優雅に泳ぐ溶き卵は、まるで伝説の人魚だ。
「早耶香ちゃん、遅いわねぇ。」
手際よくテーブルの上に料理を並べながら、菜々は谷本の事が心配な様子だ。
「アイツなら心配イラナイヨ。」
「そげんバイ、はよ食べよう!」
大皿中華の香りに、男連中は食欲を抑えきれない。
つまみ喰いしようとする半次郎の手を、箸で叩き落とした菜々が説教していると、入り口のドアが開いた。
「ただいま~。」
谷本だ。
「わっ、めっちゃ美味そうやん!」
わき目もふらずにイートインコーナーに突進してくる。
「早耶香ちゃん無事だった?」
「余裕やで、それよりめっちゃ美味しそうやん!」
「疲れたでしょ、いっぱい食べてね。」
「おい、その前に報告しろよ。」
「うっさいのぉ、飯食うてからや!」
かくして、賑やかな夕食会が始まった。
翔たちも豪勢な中華料理に
頃合いを見計らって、半次郎が切り出した。
「で、谷本さん、紗織ちゃんは元気だったの?」
「あぁ、元気やで、監視カメラあったんで会われへんかったけど、九条知佐が面倒みとるそうや。…あ、そっちの
「九条? 知佐には会えたのか?」
「会うたで、あの女もおもろいやっちゃな。そうそう、これ嬢ちゃんの写真や。」
そういうとスマホを取り出して見せた。
「坊ちゃんに見せてやりい言うて、帰り際に何枚かくれたんや。」
スマホの中では、紗織が元気そうに笑っている。
「ナンダか、全部トウサツっぽいナ。」
「実際そうなんやろ、あの監視状況で一緒に記念撮影もでけへんやろし、ちゅうか、あの女、嬢ちゃんの
「で? なぜ紗織を連れ出したのか、何か言ってたか?」
「さぁ、それは言うてへんかったな。」
「そうか…。」
落胆する翔に谷本が声を掛ける。
「せやけど、自分らを裏切ったっちゅう感じでもなかったで。」
「どういう事だ?」
「19日や。」
そう言うとポケットからメモを取り出した。
「これ、お前!」
メモを読んだ翔は、信じられないものを見たかのように目を瞬いている。
「おいおい、僕にも見せろよ。」
半次郎たちも身を乗り出してメモを見るが、一様に驚愕の表情を見せる。
「
谷本が楽しそうに笑いながら続ける。
「な? おもろいやっちゃろ? あ、
谷本は、豪勢な中華料理を食べるだけ食べると、余った分をタッパーに詰めて持ち帰っり、夕食会はお開きとなった。
「それにしても、19日って。」
「あぁ、匂うな。」
「ダガ、ドッチも変更ハできないダロウ。」
「二手に別れよう、俺と崇継は日枝神社、ダニーとレオは紗織ちゃんだ。」
翔が役割分担を告げると、半次郎と菜々が猛然と異議を唱え始めた。
「おいおい、俺達も行くぞ!」
「そうよ、そうよ!」
「おじさん、気持ちは嬉しいけど…。」
「おい何言ってんだ、ここまで来て除け者にするつもりか?」
「そうよ、そうよ!」
「忍術は使えないけど、忍者道具はお手の物だ、お前の知らない武器も一杯あるんだぞ!」
「そうよ、そうよ!」
「分かったよ!なら、おじさんたちは紗織ちゃんの方を頼む。そっちの方が人手が居るはずだ。」
「よーし、分かった!」
半次郎と菜々は目を合わせて高揚感に浸っている。
「タカ、本当は紗織ちゃんの方に行きたいだろうけど、我慢してくれ。」
翔は崇継の心中を推し量ってなだめる。
「大丈夫です、紗織の方は皆さんに任せておけば安心ですし、日枝神社の方は僕じゃないと。」
崇継は気丈に振舞ってみせた。
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2019年(平成31年)4月18日
~東京・雑司ヶ谷~
翔たち六人は朝食の後、鬼子母神に参拝に来ていた。
半次郎が、明日の作戦の成功を神頼みしておこうと言い出したのだ。
朝の十時を過ぎたばかりの境内は、騒々しい喧騒の中にあってそこだけ穏やかな時間が流れている。
近所の老人が散歩に訪れ、子どもは境内を物珍しげに駆け回っている。
見ると、その子どもが集まっている一角があった。
「おいおい、嘘だろ、
半次郎が指さした方には、近頃めっきり見なくなった紙芝居師が麦わら帽子にハッピ姿で紙芝居の準備をしている。
「コレゾ、ジャパニーズカルチャーダナ。」
「僕初めて見ました。」
「俺だって初めてだよ。」
六人は子供たちの後ろに陣取る。
『では、はじまり、はじまり~。』
タイトルには<黄金バット>とある。
「知らんね。」
「レトロだな。」
「何を言ってるんだよ君たち、この時代に流されないのがいいんじゃないか!」
『そこに現れましたるは、村人に化けた怪獣ナゾー。』
「わー!」
「出たー!」
最初は物珍しげに見ていた子供たちも段々と話にのめり込んでいる。
「大した話術だな。」
「俺も続きの気になってきたバイ。」
『黄金バットは、怪獣たちをバッタバッタと切りつけて~』
「やれー!」
「黄金バット!!」
子どもたちの熱狂もピークになっていく。
『黄金バットの大ピンチ!
そこに表れたるは正義の忍者
えぇ~い、お前たちこれでも食らえ!
そう言うと呪文を唱えた!
「へぇ、黄金バットって忍者も出てくる話だったんだ。」
半次郎が呑気な感想を漏らす。
『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』
「随分念入りに印を結ぶ忍者だな。」
翔は苦笑いで批評する。
『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』
「おい、ちょっとおかしくないか?」
翔は違和感に気づいて警戒心を露わにする。
『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』
「おい、みんな離れろ!」
『
ダニエルはジグ・ザウエルを発砲するが、弾は明後日の方向に飛んでいく。
『この物語は俺の紙芝居を聞いたお前らが登場人物だ、
「
翔が疑問を投げかける。
『その通りだ。』
「ははっ、なんねその忍術、負けもせんけど勝てもせんとか、意味なかろうもん。」
ダニエルが嘲笑の言葉を投げつけた。
『その時ッ』
紙芝居師は大声を上げる。
『博多弁の大男は、ピストルを自分に向けると、自らの指で引き金を引いた。』
翔たちが唖然としている中、ダニエルの様子がおかしい。
「ま、まさか!?」
駆け寄ろうとする翔を制するように声が飛ぶ。
『周りの人間は唖然として動けないっ!』
「くっ。」
脚が地面に根を張ったように動かない。
その眼前では、ダニエルが銃口を自分の腹に押し当てている。
「やめろぉっ!」
翔の叫びもむなしく、サイレンサーのくぐもった音が鈍く響き、ダニエルの巨体が音を立てて崩れ落ちた。
「貴様っ!」
抜刀して躍りかかろうとする翔に、狂言回しの声が響いた。
『男は刀を抜くと、金髪の青年を睨みつけるっ!』
紙芝居師の声が響くと、翔の体が磁石に引っ張られる様にレオナルドの方を向く。
「逃げろ、レオナルド!」
翔は力の限り抵抗するが、意志とは関係なく足はレオナルドの方に向かう。
『金髪の青年は蛇に睨まれたカエルの様に動けない!』
「ウ、ウゴケナイ。」
「くそっ、やめろ、やめてくれ!」
『男は刀を大きく振り上げると…。』
「やめろ、お願いだ、やめてくれ!」
「ショウ、ヤメロ。」
レオナルドは恐怖に目を見開いている。
『そのまま脳天目掛けて振り降ろしたっ!』
「やめろーーっ!」
翔の刀が動けないレオナルド目掛けて振り降ろされた瞬間だった。
物凄い風圧が翔の前を通り過ぎると、目標を失った刀が地面に突き刺さった。
風圧の通り過ぎた方向に目をやると、そこにはレオナルドを抱えた谷本が立っている。
「危ないのぉ、自分何しとんのや?」
「早耶香ちゃん!」
「せっかく茶ぁ飲みに来たっちゅーのに、こないなとこで何しとん?」
紙芝居師は慌てて印を結び始める。
「谷本、そいつだ!」
「アイアイサー!」
一気に跳躍すると、鋭い爪で狂言回しの腹をえぐり、本堂の裏まで吹き飛ばした。