紙芝居師が吹き飛ばされると同時に、翔たちの体に自由が戻る。
「ダニー、おいダニー!」
翔は腹から血を流してうつ伏せに倒れているダニエルに駆け寄り、崇継も心配そうに傍に寄り添っている。
半次郎は救急車を呼び、菜々は泣き叫ぶ子ども達をあやして回る。
「どうなっとるんや?」
吹き飛ばした紙芝居師の様子を見に行っていた谷本が、戻ってきた。
「あいつは?」
半次郎が谷本に尋ねる。
「死んどったわ、それより、どないしたんや?」
「敵の忍術だよ、僕ら全員操られてたんだ。…君が来てくれなかったら全員あの世行きだったかもしれない。」
そう言ってダニエルの方に向けた半次郎の目は、悲痛の色を隠し切れない。
「やられた…バイ…。」
ダニエルは喋る度に口から赤黒い血の塊を吐き出している。
「喋るな、じっとしてろ、すぐに救急車が来る。」
「すまん…バイ。」
けたたましいサイレンの割にモタモタとやって来た救急車に、レオナルドと崇継が同乗した。
「病院に着いたら連絡します。」
「あぁ、頼む。」
翔たちは、付き添いをレオナルドと崇継に任せ、紙芝居師の死体の処理を谷本に一任すると、警察が来る前に<服部茶房>に戻る。
「くそっ!」
翔は戻るなりイートインコーナーの机を両手で思いっきり叩きつけた。
「落ち着け、翔。」
「落ち着いていられるか! 作戦は明日なんだぞ! ダニエル無しでどうするんだ!」
翔はもう一度机を叩くと、半次郎の方に殺気立った目を向けた。
「おじさん、話がある。」
半次郎は翔の決意を見て取り、慌てて止める。
「お、おい、待て、翔、それはダメだ、危険すぎる。」
「じゃあ、どうするんだ? また谷本に助けて貰うのか?」
「そ、それはそうだが、きっと別の方法が…。」
「方法なんてない! 忍術無しで忍者と渡り合おうなんてのが甘かったんだ! おじさん、俺はもう仲間を誰も失いたくないんだよ!」
半次郎はしばらく黙っていたが、意を決したように頷いた。
「分かった、薬を試してみよう。」
そう言うと、イートインコーナーに向かい、準備を始めた。
「翔くん…。」
菜々は、翔をなだめるように肩に手を置き、悲しげな瞳で見つめている。
「ばっちり処理してきたで。」
そこに死体の処理を終えた谷本が帰ってきた。
「すまん、<閉店>の札にして鍵をかけておいてくれ!」
半次郎は、店の戸締りを谷本にお願いすると、例の緑色の小瓶と青色の小瓶を、机の上に並べる。
「なんや、何が始まるんや?」
戸締りをした谷本がイートインコーナーに入ってくる。
「忍術を取り戻す薬よ。」
「取り戻す
半次郎が訂正する。
「翔、最後にもう一度確認だ、いいか、この薬にはどんな副作用があるか分からない。
しかも、忍術が戻るかどうかは飲んでみなきゃ分からない、戻らないかもしれないんだ、それでもいいんだな?」
翔は無言で頷く。
「よし、飲め。」
半次郎が、緑色の方の小瓶を差し出すと、翔はそれを奪い取る様にして一息に飲み干した。
「どうや、何かこう…力みたいなん感じるか?」
谷本に聞かれ、翔は確かめる様に自分の体を眺めてみるが何も感じない。
「いや、何も変わり…うぐっ、がぁあっ!」
突然叫び出すと頭を抱えて、もんどりうって床を転げまわり始めた。
「翔くん!」
「おい、どないしたんや!」
「まず、頭を激痛が襲うんだ。」
半次郎はそう言うと、青色の小瓶を手に取った。
「僕の時は、この後、頭痛が治まった後に、突然手が熱くなり先端からやけただれた。」
菜々と谷本は生唾を飲む。
「もし、翔がそうなったら、無理やりにでも解毒薬を飲ませるよ、いいね。」
「分かったわ。」
「もし、イヤや言うたらウチが殴ってでも飲ませたる。」
三人が見守る前で翔は激しい頭痛にのたうち回っていたが、二~三分すると治まってきたようだ。
頭を振りながらゆっくりと体を起こす。
「おい、翔、体が熱くはなってないか?」
「…いや…特には…。」
「成功…なんか?」
「翔、何か忍術を出してみろ。」
翔は
「梅花の舞」
一同の期待を込めた視線は、ほどなく失望へと変わった。
「失敗か…。」
半次郎の何気ない呟きが、翔の心を深くえぐる。
「ちょっと一人にさせて下さい。」
翔はフラフラと立ち上がり地下室へと降りて行った。
「翔くん、かわいそうに…。」
「ほんまに失敗やったんか?」
「分からない、でも忍術は戻ってないのは確かだ。」
「でも、副作用は無かったんだし、良くはならなかったけど、悪くもなってないわよ!」
菜々は精いっぱい前向きな言葉を絞り出す。
「そんな慰めが通用する状態じゃないよ。」
三人は地下室への階段に視線を向け、途方に暮れたようにため息を吐いた。
~一時間後~
(くそっ!力が戻らないばかりかこのザマだ)
先ほどから翔は間欠的に激しい頭痛に襲われていた。
コンクリートの壁を力任せに蹴りつけると、力なく簡易ベッドに腰かける。
自分が忍術を無くしたせいでダニエルの命を危険に晒した…。
それなのに、数時間前の自分は、忍術なしでもどうにかなるかもなんて甘い考えで浮かれていた。
(とんでもない大バカ野郎だ。)
だが、一体これからどうすればいいんだ?
最後の頼みの綱の薬は効かないどころか、激しい片頭痛という厄介な土産も残してくれた。
自分に対する激しい怒りと虚脱感がごちゃ混ぜになり、整理できない感情の波が翔を襲い、目からは自然と大粒の涙が溢れ出す。
地下室の錆ついたドアが障りな音を立て、人影が階段を降りて来た。
谷本だ。
翔は涙を見られたくなくて、背中を向けた。
谷本は無言のまま、背中合わせにベッドに腰かける。
誰とも話したくないけど、一人では居たくない、そういう気分を察してくれたのだろうか、暖かい背中の温もりが心地よかった。
「自分…守りたかったんやな。」
谷本がポツリと呟く。
優しさが心に染みて、翔は嗚咽を漏らした。
そんな翔を後ろから優しく抱きかかえて、泣き止むのを待ってくれている。
しばらくして泣き止んだ翔に、谷本が唇を合わせて来た。
背中に触れる柔らかい胸と、ふわっとした唇の感触が翔の心を溶かしていく。
「ウチの事、好きにしてええんやで。」
耳たぶを甘噛みしながら囁く。
翔が貪るように唇を吸うと、谷本は前に廻って、着ていた黒のワンピースを脱ぎ捨てる。
黄色いレースのブラからはみ出さんばかりの巨乳を翔の胸板に押し当て、膝の上に跨ると下半身を擦り付けてくる。
抱き寄せると、今度は谷本の方から唇を貪ってきた。
「なんであん時ウチに情けかけてくれたん?」
激しいキスの合間に谷本が問いかける。
(なんで?)
あの時は激しい戦いの後、半裸で横たわって衆目に晒される谷本が哀れに思えて…。
哀れ?
それは今の自分だ。
忍術も使えない哀れな自分…。
「やめろ!」
翔は湧き出てくる負の感情に耐えられなくなり、谷本を押しのけた。
プライドを傷つけられたのか、谷本はこちらを睨みつけている。
「ごめん!ごめん谷本、でも、俺…。」
「なんや、こういうんは嫌いか?」
「いや、俺、こんな風にお前を抱けない。」
「はんっ、まぁええわ、自分もったいない事したのぉ、後で頼み込んで来ても、もうさせたらへんで。」
谷本は憎まれ口を叩きながらワンピースを着直す。
そのまま階段を登ると、途中で振り返った。
「自分、今のが優しさや思うとるなら大間違いやで。
自分の忍術、梅花言うとったけど、アレは自分自身や、見た目綺麗やけど、結局は周りを傷つけてしまいよる。」
谷本の言葉は、翔の心に深く刺さった。