「何者だ?」
オレンジ色の瞳を光らせて翔が尋ねる。
「蜂谷
攻は翔と目を合わせない。
「蜂谷…、甲賀の生き残りか。」
言いながら翔は体の動きを確認する。
さっきよりは動けそうだ。
「姉貴から聞いたのか?」
「姉貴?」
「はっ、知らねぇのか?お笑い草だな!」
攻は呆れたように肩をすくめた。
「何をだ?」
「
「俺と
「そうだよ!そのまさかだ! お前がたらし込んだ女は
攻は後ろに飛び、身構える。
「嘘だ!」
翔はジグ・ザウエルを続けざまに発砲したが、その全てを軽やかなステップを踏むように攻は躱した。
「<
攻は、友達にでも話すような風で言葉を続ける。
「俺の目は見えすぎるんだよ、引き金を引く指の力の入り具合、微妙な予備動作が分かっちまう、おっと、女!じっとしてろ、余計なマネすんじゃねえぞ。」
目の端に巫女の僅かな動きを捉えたのだろう、攻は釘を刺して更に続ける。
「だから、俺はお前の首から下を見るだけで、お前がどう動くか手に取るように分かる。
その
挑発の言葉にも翔は心ここにあらずといった風だ。
「お前は何故ここに来た? 薫も一緒なのか?」
「はっ、俺の話は無視かよ。」
「答えろ!」
「姉貴なら
「紗織ちゃんか?」
攻は答えない。
「で、お前は
「はぁっはははっ!」
攻は声を出して笑いだした。
「そう思うだろ? それが姉貴何つったと思う?『
翔は混乱する頭で必死に考える。
(なぜだ? なぜ俺を助けて紗織ちゃんを殺そうとする?)
「アイツは腑抜けちまった、アイツは忍術を無くしたお前となら
(狙いは知佐!?)
「これは裏切りだよなぁ、甲賀…いや俺に対する裏切りだ、そうだろ!」
攻の笑顔は徐々に狂気を帯びてくる。
攻は溢れる怒りを抑えきれず、
倒れた燭台の炎は衝立に燃え移り、じりじりとその輪を広げていく。
「裏切りは許さねぇ、お前は俺が殺す!」
攻が銃口を翔に向けて狙いを定めた。
翔は両の掌を上に向ける。
「だが、それだけじゃ気が済まねぇ、だからお前に教えたんだよ!
言うやいなや、攻が続けざまにジグ・ザウエルを乱射した。
「
その銃撃を梅花の盾が防いで砕け散る。
「やるっ!」
銃を投げ捨てた攻は、サバイバルナイフを取り出して逆手に構えた。
攻撃に転じようとする翔の手の僅かな動きを見て先に飛び込む。
翔は咄嗟に梅花を盾にして攻撃を防ぎ、攻は後ろに飛びずさって距離を取る。
「スケコマシにしては、いい反応じゃねぇか。」
翔たちを囲む炎は、ますます勢いを増して襲い掛かる時を待っている。
「お前が攻撃に入るタイミングは筒抜けだ、防戦だけでいつまで持つかな?」
ナイフを構えた攻が、すり足で距離を詰めてきた。
それに対し、翔は梅花の構えを止め、背にしていた刀を鞘ごと左手に持ち替え、右手を柄に添えると、腰を落とし低く構えた。
「はっははは、ここで<
攻の技は、いわば<
相手の無意識の体の動きから攻撃を予測し、相手が仕掛ける前に一瞬早く打ち込んで勝負を決める。
あくまで相手に先に動かせた上での変形のカウンターと言える。
それに対し、翔は<居合い>で構えた。
<居合い>の信条は<
つまり、双方ともに相手を先に動かせる事に勝機を見出す形となった。
焦れて先に動いた方が負ける我慢比べを、燃え盛る炎が
「お前を切る。」
翔が静かに宣言する。
「まさに炎の勝負だな、燃えてきたぜ、あんた名前まだ聞いてなかったな。」
「知ってるんだろ?」
「あんたの口から聞きたいんだよ。」
「服部翔。」
「蜂谷攻。」
「いざ!」
勝負は一瞬で決した。
どちらが先に仕掛けたのか分からない。
どちらの刃が先に相手に届いたのかも分からない。
ただ、後には逆袈裟に切り上げられた攻の死体が、咲山の死体と共に激しく燃え盛る炎に包まれていた。
**********
「タカ、歩けるか。」
「なんとか。」
まだ足取りのおぼつかない崇継を支えて、翔は赤坂見附駅前のコインパーキングまで辿り着いた。
攻のサバイバルナイフがもう少し大振りのものだったら、炎に包まれていたのは自分だったかもしれない。
だが、今の翔にはそんな事はどうでもよかった。
崇継を助手席に乗せ、運転席に座ると、携帯が鳴った。
半次郎からだ。
スピーカーにして電話に出る。
「大丈夫か?今どこに居る?知佐は?」
「俺たちは大丈夫だ、まぁ傷だらけだがそれはどうでもいい。」
「紗織ちゃんは?知佐は?」
「紗織ちゃんは無事だが…、とにかく急いで病院に来い、江東臨海病院だ。」
翔は都心の渋滞をあらん限りの速度で飛ばして江東臨海病院に駆け込む。
八階にあるICUの前の廊下に半次郎たちが居た。
「紗織!」
「お兄ちゃん!」
兄妹が再会を喜ぶ傍らで半次郎が病室の窓を指さす。
窓の向こうには包帯でグルグル巻きにされた知佐が、人工呼吸器を付けていた。
「とりあえず、峠は越えたそうよ。」
奈々が病状を伝える。
「そうか。」
安どのため息を漏らした翔を見て、半次郎が何か言いたげにしている。
「どうかしたのか? 谷本?谷本は?」
「早耶香ちゃんは、無事…ではないけど、命に別状はないわ、今別の病室で治療中よ。」
「翔、いいか、落ち着いて聞いてくれ。」
半次郎が切り出した。
「九条さんの外傷は峠を超えた、大量に失血したが輸血もしている、ただ…。」
「ただ?」
「大量の毒物に侵されてるそうだ?」
「毒?」
「
「お医者さんの話では、外傷が治っても長くは持たないかもって…。」
呆然と立ちすくむ翔を心配して奈々が声をかける。
「翔くん、あなた血だらけよ、顔洗ってきたら?」
「…はい。」
翔は夢遊病者のような足取りで洗面所に向かい洗面台の蛇口を開け放して頭ごと突っ込む。
繰り返し見た夢の中の知佐の笑顔と、昨日の薫の笑顔が繰り返し脳裏に浮かんでくる。
苦しくなった翔は洗面台に胃液を吐き出した。
(薫…。)
翔は半次郎たちの元に戻ると、感情の無い目で告げた。
「俺、行かなきゃ。」