※この作品はR-18です。

不忍探偵社 Rating-18   作:J・P・シュライン

76 / 78
第76話 降天菊花

「それが(降天菊花)か。」

 

 横たわる三人など居ないものかの様に、南光院典明は祭壇に向かって歩を進めると、崇継を蹴り飛ばして(降天菊花)の包みを奪い、大儀そうに手に取った。

 うやうやしく螺鈿(らでん)の施された包みは、内側から薄く光を放っている。

 

「死んだ…はずだ!」

 呻く様に言葉を発した翔を横目に見て、興味無さそうに答える。

 

「風魔流・黄(・)泉(・)戻(・)し(・)…と言うらしい。」

「生き返ったのか?」

 

「そもそも<死(・)>とはなんだ? 伊賀者よ。」

 典明は、質問には答えず、逆に翔に質問をした。

 

「<死(・)>とは…だと?」

「<死(・)>とは、肉体と精神が生きるのを止める事だ。」

 

「お前と哲学を交わす気はない!」

「哲学ではない、真実だ。」

 

 典明は、翔を一瞥すると、構わずに続ける。

「儂はここで二度死ぬ前に一度死んでおる。その時、蘇った儂の体はただの容れ物となったのだ。」

「容れ物?」

「容れ物、故に壊れたら直せば良い。甲賀の猫娘に出来る事が儂に出来ぬ道理はなかろう?」

 

 典明の話は翔の理解を超えていたが、現実に翔が見ただけでも南光院は二度生き返っている。

 

「つまり、儂の精神が生きるのを止めぬ限り永遠に生きるのだ。」

「させるかっ!」

 翔は梅花を出そうと手のひらを上に向けたが、弱々しく浮かんだ一枚の花弁はすぐに崩れ去る。

 

「お前の体はカ(・)ラ(・)カ(・)ラ(・)だ、ガ(・)ス(・)欠(・)なのだろう?」

 典明は薄い笑いを浮かべた。

「いくら特殊な術を持っていようと、永(・)遠(・)に戦い続けられる者などおらぬ、この儂を除いてはな。」

 

「この化(・)け(・)物(・)っ!」

 知佐が怨嗟の叫びをあげる。

 

「化け物?」

 典明は愉し気とさえ思える様な声で答えた。

「人は自分の理解の及ばぬものに出会うと、それを<化(・)け(・)物(・)>だの<鬼(・)>だの<神(・)>だのと呼んできた。

 人の言う<人(・)外(・)>は、全てが人間を超越した存在、すなわち<神(・)>だ。

 つまり、今、お前は儂を<神(・)>と認めたのだ。」

 

「詭弁よっ!」

「見ておれ、今から儂は本物の<神(・)>となる、この(降天菊花)を使ってな。」

 

 典明が(降天菊花)を覆っている包みを荒々しく剥ぎ取ると、中から夜目にも鮮やかな深緑(しんりょく)の半円形の翡翠(ひすい)が現れた。

 大事そうに両手で抱えると、薄く光を放つその翡翠の中に一輪の菊の花が浮かび上がる。

 

「おぉ、これが!」

 典明の瞳が怪しく紫紺の光を帯び始める。

 

(降天菊花)は輝きを増し、眩いばかりの黄金色の光を放ち始めた。

 

「今こそ、南朝宿願の時だ!!」

 しかし、典明の呪怨の様な絶叫を合図にしたように、(降天菊花)は輝きを失い、菊の花も揺れる様に姿を消した。

 典明は、口を開けたまま呆然と輝きを失った(降天菊花)を見つめていたが、その眼には次第に怒りの色が広がってくる。

 

「何故だ、これも偽物というか!」

 典明は憎悪の感情を爆発させて(降天菊花)を投げ捨てた。

 

 祭壇に当たって跳ね返った(降天菊花)が、血だらけの崇継の元に転がり、崇継が無意識にそれを掴むと、(降天菊花)はまたも輝きを増し、眩いばかりの黄金色の光を放ち始める。

 

「ふんっ、皇族の血を使ったこけおどし、子供だましのおもちゃだ。」

 忌々しげに吐き捨てる典明の前で、今度はその輝きはみるみる増していく。

 

「なんだと!?」 

 驚愕の表情に激しい憎しみの炎を浮かべる典明を余所に、(降天菊花)は閃光のような輝きを放つと、その光は崇継の両眼に吸い込まれる様に消えて行った。

 

「今のはなんだっ!」

 憤怒の形相で崇継を睨んだ典明の目に映ったのは、眩いばかりの黄金色の光を放つ崇継の目であった。

 

「南光院典明。」

 静かに語り掛ける崇継の声には、先ほどまで無かった威厳が感じられる。

 

「あなたは化け物に成り下がって、皇(・)位(・)継(・)承(・)の(・)大(・)原(・)則(・)まで忘れてしまったのですか?」

「大原則だと?」

 

 典明は憎悪に燃える目で崇継を睨んだが、ハッとした様子で呻く様に漏らした。

「まさか、男(・)系(・)継(・)承(・)とでも言うか?」

「そうです、男系継承は血の掟。(降天菊花)は南(・)朝(・)の(・)男(・)系(・)の(・)血(・)にのみ反応するのです。」

 

「はっはっは、あーっはっは。」

 典明が常軌を逸したように笑い始めた。

 

「そうか、(降天菊花)まで儂を否定するか、この覇王の資格を持つ儂を。」

 典明の紫紺の瞳が憎悪に縁どられ、どす黒い炎が灯った様に怒りに揺れる。

 

「もうよいっ!儂が討つべきは北朝ではなく、下らぬこの国そのもの!」

 ジグ・ザウエルの銃口を崇(・)継(・)に向けた。

 

「北朝の前にまずはお前だ、南(・)朝(・)の(・)正(・)統(・)後(・)継(・)者(・)っ!!」

「待て!」

 翔がフラフラと立ち上がろうとするが、足がもつれて立ち上がれない。

 

「お前はもう干(・)か(・)ら(・)び(・)て(・)お(・)る(・)と言ったろう、伊賀もの。」

 典明は、翔と知佐の方に向き直って銃を構えた。

 

(くそっ、ここまでか)

 

 諦めかけた翔の目の前で、知佐は顔面蒼白にして浅い呼吸をしながら翔に微笑みかけている。

 

「翔くん、私の命はここまでみたい。」

 知佐は、長くカールした睫毛を伏せて、唇を強く噛みしめる。

 

「くそっ、諦めるな!」

 

「だから…吸(・)っ(・)て(・)!」

 そう言うと、知佐は翔に唇を重ねて来た。

 

「はっ、気でも違ったか、下賤の者! もうよい!お前たちはここで儂が作る帝国の礎と成り果てるがいい!」

 

 低く乾いた音と共に放たれた銃弾は、知佐の手前で甲高い破裂音と共に地上に堕ちる。

 翔の周りには薄紅色の梅の花弁が数十枚、軽やかに揺れていた。

 

 翔と唇を重ねていた知佐の頭が力なく前に倒れた時、愕然とする典明の目に映ったのは、鮮血に口を濡らした翔の姿であった。

 

「血で補(・)給(・)しただと!?」

 

「梅花の舞・血化粧(ちげしょう)。」

 

 翔の声は悲しみに濡れていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。