ここのところ、ユイがどこか疲れた様子でいる事が増えたと、セバスは感じていた。
「ユイ。私の手伝いはもう結構です。お部屋でお休みください」
「そう?なら、そうさせてもらおうかな」
セバスの言葉にも素直に従っている。以前ならば間違いなく拒絶していたはずだ。
彼女が厨房を出た後、セバスはナポレオンの元へ足を運んだ。
「ナポレオンさん。少しよろしいですか?」
「おおセバス。どうかしたか」
「その、ユイの事でちょっと……」
ユイの名を聞いて、無言で自室に招き入れる。「あいつがまた暴走し始めたとか!」
「いいえ。その逆です」
ソファに向かい合って腰を降ろした二人は、しばし黙り込む。
「最近、静かだなとは思ってた。伯爵がいないからか!」
「なぜ伯爵がいないと、ユイが静かなんです?」
「……いや、冗談だ。それで?どこか具合悪そうにしてるとか?」
「いいえ、そうではないですが……。何だかいつも疲れているようで」
「あいつの事だから、隠れて過激トレーニングでもしてるんだろ」
こんな事を言ったものの、ナポレオンにも思い当たる節はあった。正式にヴァンパイアとなった彼にも、ユイの心音は容易に聞こえるのだ。
「サヴリー先生を呼んだ方がよろしいのか……判断がつかずに困っています」
「分かった。俺が様子を見て来る。それから判断しよう」
「ありがとうございます」
二人は同時に部屋を出て、別々の方向に向かう。
ナポレオンはユイの部屋の前で声をかけた。「ユイ。入るぞ」
「どうぞ」
勝手にドアを開けて中を覗く。ユイは立ち上がる事もなくベッドに腰を降ろしている。
「何だ。ちゃんといるじゃないか」
「いるわよ。何か用?」
確かにいつもと違う。どこか顔色が優れない。「元気ないが、体調悪いのか?」
「別にこれと言っては」
ユイの隣りに座って顔を覗き込む。
「……何?どうかした?」
「俺といて、ドキドキするか」
「はい?」
「……んな訳ないか!お前今、動悸感じてないか」
「動悸?」
自分の胸に手を当てる彼女を見守るナポレオン。
彼の耳には、しっかりとユイの激しい鼓動が聞こえていた。普通じゃない拍動が。
ナポレオンはそっとユイの額に触れる。
「……冷たい」ユイが呟く。
「少し熱、あるみたいだな」
「そうかな。……実を言うとさ、じっとしてても心臓がドクドクするんだ。別に苦しいって訳じゃないの。でも最近、酷くなってる気がして……」
ナポレオンは黙って続きを待つ。
「ナポレオンにドキドキしてるなら……良かったのにね」
「気にしてねえよ」
「でも、誰に対しても違うって事だからね?」
「分かってるって。なあ、もう一度医者に診てもらおう、体」
「……いいよ。またどこも悪くないって言われるだけだし。ほら、精神的なものってさ」
「熱だって出てきたんだ。今度は何か分かるかもしれないだろ」
ユイが縋るような目でナポレオンを見た。
「……そんな不安な顔するな。病からは、俺は守ってやれない」
突き放されたような気分になり、ユイはさらに不安そうな顔になる。
「私、どうしたらいい?」
「どうも。ユイのしたいようにすればいい」
彼女はここを出て行こうとしているのだろうか……?ふいにナポレオンにそんな不安が過ぎる。
「待ってろ。サヴリーを呼ぶから」
立ち上がると、ユイの頭にそっと手を置いた。「いいな?ここでちゃんと待ってろよ?」
「うん……ねえ!ナポレオン……」
「ん?」
「一緒に、いてね?その、診てもらってる時も」
「ああ」
答えを聞いたユイは、本当に安心した顔になる。
以前ならこんな場面で軽い突っ込みを入れるところだが、ナポレオンはただ微笑んで部屋を出た。
「子供か!なぁんて、言えなくなっちまったな……」閉じたドアの前で一人呟いた。
ナポレオンには彼女の不安が分かったのだ。自分がどうなるのか分からない、見えない未来への不安が。
「お前は大丈夫だ。伯爵がきっと何とかしてくれる。何があっても、俺は味方だからな」
伯爵が邸を不在にしてから一週間が過ぎた。ユイの容態は日に日に悪化している。
「ユイ、食事を持ってきましたよ。食べてください」
「……いらない」
「ダメです。サヴリー先生から、食後に飲むお薬を出していただいてるでしょう?」
「薬もいらない!どうせ効いてない!」話す事も体力がいる。今のユイには重労働だ。
「そんな事言わないで下さい。お願いします。一口だけでも……」
半開きのドアからナポレオンが入って来る。
「何だ。またストライキか?」
「ナポレオンさん。私ではもはや手に負えません」
「代わるよ。時間取らせて悪かったな、他の仕事してくれ」
「恐縮です。ではお言葉に甘えます」
トレイに載せた料理を受け取り、ナポレオンがユイの側に寄る。
「少し前まで、あんなに腹減ったって騒いでたのにな。本当は腹ペコなんだろ?」
「……なんで分かったの」
「食うのが、億劫なんだろ」
シーツから顔を出したユイが、口をへの字に結んで頷く。
「しゃべるのも……辛い。力が根こそぎ奪われてる感じ?……ここに!」
ユイは心臓を指差して言う。相変わらず心音だけは元気のようだ。
「食わないなら、点滴だな。いいのか?」
「イヤだ!」
「なら食えよ。ほら」
ユイの顔は増々歪む。
「食わねえから力、出ないんじゃないのか?」
「ナポレオンだって食べてないじゃない。もう私と食事するのやめたんでしょ。それって、私の事がイヤに……」
「阿呆!イヤになったからじゃねえよ。それだけは、絶対に違うからな?……もう勝手にしろ。ここ置いとく。食いたくなったら食え。食ったら薬、ちゃんと飲めよ?じゃあな」
立て続けに素っ気なく言い放ち、ナポレオンが立ち上がる。
「あっ!ねえ……どこ行くの?」
「調子に乗るからだ。頭冷やせ。甘ったれめ」
彼は愛想を尽かした様子で、部屋を出て行ってしまった。
「ナポレオン……ごめんなさい、皆……」ユイは一人、ベッドで泣き始めた。
一頻り泣くと、涙を拭ってトレイを引き寄せる。
「いただきます、セバスさん」フォークに野菜を突き刺し、口に運び始めた。
この様子を、廊下でナポレオンが見守っていた。
「やりゃできんじゃねぇか。ったく」小さく笑みを浮かべると、そのまま姿を消した。
そしてユイは、時間はかかったがその後半分程を平らげて、薬もきちんと飲んだ。
「ああ……つらい……」力尽きて、ベッドにドサリと身を横たえるのだった。
こんな日々が続き、ついにサヴリー医師からこんな提案をされる。
「ユイさんに、入院していただいた方がよろしいと思うのですが」
「入院か……」ユイは絶対に嫌がる。ナポレオンには嫌がる顔が容易に目に浮かぶ。
「今、伯爵が不在なんだ。戻ってから決めたい」
「分かりました。絶対にという訳ではありません。緊急の際、早急に処置ができると思いますので」
「ちょっと待て。緊急とはどういう意味だ」サヴリー医師に詰め寄るナポレオン。
客間でのやり取りだ。室内にはセバスチャンもいる。
「で、ですから!急に容態が悪化して……」
「心臓が止まるとでも言うのか?あいつが、死ぬとでも言うのか!」
掴み掛からんばかりのナポレオンを、セバスが止めに入る。
「ナポレオンさん!一旦落ち着きましょう。先生は万一の事をおっしゃっているだけですよ?」
「……悪い。頭に血が上った。今日も飲み過ぎたな」
この言葉にセバスはあえて何も言わなかった。
「お酒は程ほどにされた方が……」
「酒じゃない!俺がヤケ酒を煽ってるとでも言うのか?」
「いっ、いいえ!滅相もないです、はい!」
「ナポレオンさん!落ち着いてください」
気性の荒いナポレオンの事を、サヴリーは改めて苦手だと思った。こんな時になぜ伯爵は不在なのかと!
先日の血液検査でも異常は見つからなかった。打つ手無しの状況に、誰もが焦っていた。
サヴリーが帰った後、客間に残った二人は会話を続ける。
「伯爵は一体いつ戻るんだ?ユイがこんな状態になってる事、伝えなくていいのか!」
「残念ながら、連絡手段はありません。伯爵の方からこちらに戻って来られるのを待つしか……」
「クソっ……!」
「それでナポレオンさん、今朝、どのくらい飲まれたんですか?」
「あ?お前が持って来たのじゃ足りなかったから、追加でもう一本もらったが」
「……やっぱり!だから、それは飲み過ぎです」
「何だ、やっぱりそうか。どうりでこの辺りがムカムカする訳だ」
胸元に手をやって言うナポレオンを見て、セバスが落胆する。始めにきちんと指摘しておいたはず。自分のアドバイスは聞いていただけないのでしょうか?と。
・・・
部屋に籠もる毎日が続く。
ベッドで暇を持て余していると、フィンセントがやって来た。
「ユイ。具合、どう?」
「フィンセント!忙しいのに来てくれたの?ありがと。今日はね、調子がいいみたい」
ナポレオンと言い合いしてから一週間、頑張って食事と薬を流し込んだ甲斐もあってか、熱が下がって楽になった。どうせ効かないと、意地を張り続けなくて良かった。
「あの、これ。お見舞いの品って何がいいか分からなくて。ユイ、寂しいんじゃないかなと思ったから……受け取ってくれる?」
彼が差し出して来たのは、茶色のクマのぬいぐるみだった。童顔のこの人が持つとしっくり来る!私も似たようなものだけど……。でもこれって、子供扱いされてるのかなぁ。
けれど目の前の彼はどこまでも優しさに溢れていて、断る事なんてできなかった。
「カワイイ……ありがとう、フィンセント。最近、ナポレオンが来てくれなくて寂しかったの」
胸元に抱き寄せて見せた。寂しかったのは本当だ。
「喜んでもらえて良かった。ナポレオンとケンカでもしたの?」
「……彼を、怒らせちゃって。私、我がままばかり言ってたから」
こんな事を口にして後悔した。だってフィンセントったら私よりも悲しそうな顔するんだもの。
だから慌てて付け加えた。「でもね!頭冷やせって言われたから、今はその反省の時間なのよ、きっと」
「きっと仲直りできるよ」フィンセントに笑顔が戻った。
ああ、良かった……。「ありがとう。ねえフィンセント、今はどんな絵描いてるの?」
「うん、ちょっと昔を思い出してアルルの風景をね」
アルルって、確かゴッホがたくさん有名な作品を描いた南仏の……。そこまでこだわってるの?
「ねえ?良かったら、フィンセントの作品見てみたいな」
「いいよ!ここに持って来ようか」
「ううん、私が行く。少しは動かないとね」
しばらく悩んでいたみたいだったけれど、フィンセントは私の手を取って、アトリエに案内してくれた。またしても彼の手は凍るように冷たい。
「ここだよ。散らかってるけど、入って」
「ありがとう。お邪魔します」
室内には絵の具の臭いが立ち込めている。床に無造作に置かれた一枚に目が留まる。
「これって……」見た事がある。もの凄く有名なヤツじゃない?
「それもアルルで描いたんだ。昔にね。もしかしてユイ、見た事ある?」
「昔に描いた?あなたが?」どういう事?クエスチョンマークで頭がいっぱいになる。
「……懐かしいなぁ。けど、あんまりテオには見せたくないから仕舞っておこう」
「どうして?」絵を前にしながら尋ねる。
いやいや。私はそんな事を聞きたいんじゃない!
だってこの絵、本物なんじゃない?絵画鑑賞の趣味がある訳じゃないから、確かな事は言えないけれど。これが本物だとしたら、目の前のこの人は本物のゴッホ?!
「テオは、僕をアルルに行かせた事、後悔してるんだ。あんな事になったから……」
「あんな、事……」
私の頭は必死に美術史の教科書を捲る。ゴッホ、ゴッホ……。彼の生い立ちは?確かピストル自殺したんじゃなかったか。でもそんなのはこの人には関係ないよね。
結局真相は分からないまま、私はフィンセントと別れた。
次に現れたのは弟のテオドルス。何てタイミング?
「よう。入るぞ」
「今さっき、お兄さんが来てましたよ。絵を見せてもらったところです」
「ん?何だ、そうだったのか……」
何か考え込んでいる様子のテオドルスに声をかける。
「あの、テオドルスさん。ここに何をしに……?忙しいんでしょ、お仕事。出てる事多いですものね、お二人って」
そのため、邸の中で最も接点のない住人だ。
そしてこの弟の方には、どうも近づけない雰囲気がある。
そんな人がわざわざ訪ねて来てくれるなんてちょっと嬉しい。私の事、怒ってないって事よね?
「テオでいい。いいか、一度しか言わない。堅苦しいのは嫌いだ、敬語を使うな」
「は、はいっ、スミマセンっ!」まるで軍隊の上官からの命令みたいで、思わず敬礼しそうになってしまった。これじゃ思いっきり堅苦しいよね……。また怒らせちゃうじゃない!
慌てる私を差し置いて、テオは(早速そう呼ばせてもらう)気にした素振りもなく言葉を続ける。
「お前がこんなだと、邸の中が静か過ぎて拍子抜けだ。早く良くなれ」
「あ、あの……それって、分かりずらいけど励ましに来てくれた、って事?」
叱られやしないかと、恐る恐る聞いてみる。
「ああ、そうだよ。分かりずらくて悪かったな!他にどう見えると?」
「はいっ、ゴメンなさい!いえ、ありがとうございます……じゃなかった、ありがとう!」
どうにも普通に喋れない。疲れる……。
こんな必死の私を見下ろしていたテオが、大きくため息をついた。
「そんなにリキ入れて答えんでもいい。これでも食って、もっと体力つけろ。そしたらもっと構ってやるよ。特別にくれてやる。俺のイチ押しのスイーツだ」
テオが持っていた紙袋から箱を出して、私の前に突き出す。
「お菓子?テオ、甘いもの好きなんだ」
「ああ。……何だよ、俺が甘党だったら悪いのか?」
だって意外すぎるじゃない!「悪くないです!ちょっと意外だなって思っただけ。これ、チョコレート?何だか高級そうね」話題を反らす。
「お前にとったら高級かもな。まあ、気にするな!」
……どういう意味?ちょっぴりバカにした?
「辛気クサい顔されてると、こっちまで気が滅入る。それ食ってとっとと元気になれ。頼んだぞ?」
「容姿に違わず手厳し~……。ふふっ、了解しました」
束の間、私達は笑みを交わした。
笑ったテオドルスの顔を初めて見た。この人もかなりのイケメンで否応なくときめいてしまう。
結局、ゴッホの謎は聞けず仕舞い。あなたのお兄さんは本物ですか、なんて聞ける?間違いなく機嫌を損ねるでしょ!せっかく笑顔を見せてくれたのに?
次に現れたのはアイザックだった。今日はやけに来客が多い。
「入ってもいい?」
「どうぞ」
おずおずと部屋に足を踏み入れて、上目遣いにチラリと私を見る。
「思ったより調子、良さそうじゃない」
「うん。皆のお陰かも」
「皆って?」
そこで部屋にあったぬいぐるみと高級チョコの箱が目に入ったらしく、アイザックが納得した。
「ゴッホ兄弟だな?くそっ、先を越された……」
「何か言った?」
「ううん!別に!ところでユイ、読書とかする?」
「ええ。時間がある時は」
「なら良かった。……これ、お勧めだよ、読んでみて。凄く面白いから!」
アイザックが取り出したのは、何やら長々しいタイトルの、どこかの学者が何かの研究をした過程を綴ったもののよう。パッと見ただけじゃこれしか説明できない。肝心のテーマは何なの?
……無理だ。私の語彙力じゃ読める訳がない!
押し返そうと思ったけれど、アイザックの楽しそうにキラキラ輝くローズ色の瞳に負けた。
「ありがとう。ちょうど暇してたの。読んでみるね。分からないとこがあったら……教えてもらってもいい?」まずはタイトルから!
「もちろんだよ!いつでも呼んで。すぐ来るから」
「良かった……ありがと」
物理学の元祖、アイザック・ニュートンに教えてもらえるなんて光栄の極み?こんなあだ名が付くからには、きっと彼はとても頭がいいのだろう。
そんな彼だけど、どっちかっていうと弟キャラだ。最初は目も合わせてくれなくてどうしようかと思ったけれど、今はこうして普通に接してくれるようになった。
嬉しいな、皆がこんなに私を気にしてくれて。「早く元気になろう!」
私は再び生きる意欲を取り戻したのだった。
早速アイザックの貸してくれた本を開いてみるけれど……チンプンカンプン。もはやこれが仏語かさえも不明。
「この本が日本語だとしても、理解するのは無理です!」
アイザックには申し訳ないけれど、呆気なく断念して背伸びをする。
棚に飾ってあるフルートに目が行く。あれから吹いてないなぁ……。
すでにインテリアになりつつある。だって、サンジェルマンさんのくれたフルートは、黄金に輝いててそれはそれは見応えがあるんだから。
ベッドから降りてフルートを手にする。不思議な事に、今日はこんな事をする気力もある。
窓辺に座って、まずドレミから鳴らしてみる。……うん、行けそう。楽譜を見なくても、あの晩餐会で演奏した曲なら吹ける。
私は心を無にして演奏し始めた。
「なかなかイケるじゃない、私!」
自分で自分に言ってみた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「あ!はい、どうぞ……迷惑でした?ごめんなさ……」
私の言葉を途中で遮ったのはモーツァルトさんだった。「何度言ったら分かるの?最後の二章節は穏やかにって」
「モーツァルトさん!聞いてたの……?!そうでした」
肩を竦めて舌を出してみると、モーツァルトはため息をついた。
「我慢できなくて、つい来ちゃったじゃないか」
「あなたの部屋まで聞こえてた?」
「ああ。丸聞こえ。恐らく邸中の皆にね。セバス以外だけど」
セバスさん以外?それは……彼が人間だから?
確信になりつつあるあの事実に、今はまだ封をしておく。
「そっかぁ……まあいいや。結構良かったでしょ?」
「まあ……練習もなしで、久しぶりに演奏した割にはね」
「先生の教え方が良かったから、体が覚えてるんですわ!」おどけて言ってみる。
この人が素直に褒める訳ないもの?
「楽器に目が行くくらい、回復したって事でいいんだよね?」
モーツァルトの顔は笑っていない。いつもだけど。でもそれが逆に今は、本気で私を気にしてくれているって思える。
だから私は笑顔で頷いて見せた。
「その小難しそうな本より、よっぽど音楽の方が体にいいよ。うん、間違いないね」
一人納得するように、アイザックの置いていった本を見て言う姿が、どこか張り合っているみたいでおかしかった。
「何?何か変?」
「いいえ!正直、私もそう思うな~って」
「でしょ?」
モーツァルトがようやく笑った。この人の笑顔も貴重だ。笑っても冷たい感じが消えないけど!
「変な演奏したら、すぐに飛んで来るからね。……逆に、教えて欲しかったら、吹いて」
ポツリとこんな事を言った彼。
天邪鬼だなぁ。なんて分かりにくい愛情表現?……でも嬉しい。
「うん!ありがとう。なるべく作曲の邪魔はしないようにするね」
「頼んだよ」
最後に軽く笑い合って別れた。
「人間以外、私とセバスさん以外。他の皆は人じゃない。ナポレオンは?」
そろそろ、この疑問の答えを出さなければ。
動けなくなってからでは遅い。気力の残っている今のうちに。