当初話したが、私には世界各国に友人知人がいる。もちろんヴァンパイアの、だが。
二十一世紀にやって来て、初日にまずこのパリ市内を偵察して回り、友人等に話を聞いた。
ユイ達は恐らく観光でここを訪れたに過ぎないのだろう。聞き込み含め、痕跡は何もなかった。
二日後にはフランス全土、及び近隣諸国を視野に捜索。やはり何も手がかりは見つからず。ユイ、シンドウという名から推察して、二人の拠点は日本かもしれない。
三日が過ぎた頃、イタリアである情報を入手した。これにシンドウが絡んでいるかは不明だが、ヴァンパイア関連の事ならば確認すべきだろう。
「ヴォルトゥーリと言えば、あの泣く子も黙る集団だよね」
イタリアの友人達が口にしたのは意外な名前だった。
「ああ。ひと月半くらい前か?ヤツ等がおかしな動きを見せ始めたのは……なあ?」
「もっと前じゃないか?年が明けたくらいから、連中に動きがあったと聞くぞ」
「確かジェーンが、どこぞのヴァンパイアに熱を上げてるとかで?職務をそっち退けらしいよ!」
いつもの事だろ、と周囲からヤジが飛ぶ。
ヴォルトゥーリは、古くから我々ヴァンパイアを統括している(ような気になっている)組織だ。時代を経るごとに人員が増えているらしい。優秀な人材をスカウトしているとか。
彼等の職務は全てのヴァンパイアに掟を遵守させる事。背いた者には制裁を加える。その力は絶大で、逆らえば抵抗する間もなく滅ぼされる。
掟というのは、簡単に言えば我々の正体を人間達に知られないようにする事だよ。
皆、目をつけられないよう上手く暮らしている。まあ、私クラスの地位があれば、ある程度の発言力はあるが……おや、自慢みたいになってしまったかな?これは失礼。
「それでおかしな動きとは、具体的には?」
「パリで、ヴァンパイアが一人拘束されたらしい」
「そうだったか?俺はパリで、ジェーンが血眼になって一人の人間を探してるって聞いたが?」
「パリで、人間を……?それが、ひと月半前だと?」
友人達の話は相変わらず噛み合っていなかったが、この時の私の顔はいつも以上に青ざめていた事だろう。
因みにこのジェーンというのは、ヴォルトゥーリの古くからのメンバーの一人で、唯一の女ヴァンパイア。会った事はないから、どんな感じの女性かは知らない。
恐らく彼女が追っているのはユイだ。ユイがターゲットになった理由は容易に想像がつく。ジェーンが熱を上げている相手が、シンドウなのだ。
つまりシンドウの恋人であるユイは邪魔者。さらに我々の正体を知った人間は、生かしては置けない。シンドウが制裁の対象になるかは、ジェーンが惚れ込んでいる限りはノーだ。
「とんでもない事になったね……」
私は友人達に礼を述べて、急ぎパリへと戻った。
拘束されたという情報が真実で、それがシンドウならば、彼との接触は困難だ。ユイをここへ帰すという選択肢は完全に消えた。これに関しては不謹慎ながら嬉しく思う。
「さて……どうしたものか。思っていた以上に厄介な事になっているね、君達は!」
・・・
ユイがナポレオンの部屋を訪れた。
「ナポレオン、いる?入っていい?」
「ああ。どうぞ」
「ごめんね、急に……」
「どうした?何か用ならこっちから行ったのに」
「いいの!今日は何だか調子もいいし。これ、一緒に食べようと思って」
ついさっきテオドルスから貰ったチョコの箱を見せてユイが微笑む。
「お前にくれたんだろ。お前が食えよ」
「一緒に食べたいの!……ダメ?」
「別にダメじゃねえけど。ならもらう」何の躊躇いもなく、一粒手にして口に入れた。
「……どう?」
「美味いよ。ユイも食えば。ほら……」
ナポレオンはもう一粒摘まむと、今度はユイの口にそっと入れた。
「ん……、美味し~!やっぱ高級チョコは違うわ」
「甘いもの、久しぶりに食ったな」
「最近、食事すら摂ってないもんね」
「……そんな事ない。食事の時間が合わないだけだ」
「私がセバスさんと食事するようにしたからね」
「セバスと食べる方が効率的だ」
「その通り。だって他に手の込んだ食事が必要な人はいないんだから?」
ナポレオンが無表情で沈黙する。
「どうかした?」
「……いや。それで?チョコ食わせに来ただけ?」
「そうそう、違うの!」
「どっちだよ」
ユイは居住まいを正して向き直る。
「頭、冷やしました。……ごめんなさい」
「ユイ?何の事だ」
「私、我がまま過ぎたなって、反省したの。ちゃんとお薬も飲んだ。お陰で熱が下がって、こんなに楽になったからさ」
ナポレオンが小さくため息をついた。そしてユイの頭をそっと撫でる。
「俺も。ちょっと言い過ぎた。お前も辛いよな。ちゃんと前向きに戦ってて偉いよ。俺も見習わないといけないな」
「ナポレオンはいつも前向きじゃない。私を見習う必要なんて……」
「いいや。それがそうでもないんだよ。俺もここ最近でいろいろあってな。ユイに迷惑かけた。済まなかった。でもこっちは、もう吹っ切れたから。俺は大丈夫だ」
「ナポレオンも、悩み事があったのね」
苦笑いするナポレオンを見て、ユイは微笑んだ。
「私、ナポレオンに避けられてる気がして、嫌われたんだとばっかり思って……優しくしてくれてるのに突っぱねて、ゴメン」
「……実際、避けてたようなモンだ。俺こそごめんな」
同じ頃、セバスチャンがユイの部屋を訪れる。
ベッドは空で姿がない。「ユイ?またどこかへ……。困った人ですね」
これが元気になった証拠と若干喜びつつも、セバスはため息をつく。
「おや~?セバス。盛大なため息が聞こえたけど」
「アーサーさん。ユイを見ませんでしたか?」
「ユイ?見てないよ」
アーサーも部屋を覗いてユイがいない事を見て取る。「なるほどね。ちょっと失礼?」
アーサーが室内に足を踏み入れた。ベッドに触れて温度を探っている様子。
「ほのかに温かい。起き出して二十分ってとこか」
「どちらに行かれたか、推理できますか」
「う~ん……そうだね~」
アーサーはベッド周辺をぐるりと見回す。枕元のクマのぬいぐるみ、ベッドサイドには中身の入っていない菓子屋の紙袋と、物理学系の分厚い研究記録集。
棚に飾られたフルートは置いた位置が若干ずれている。
「何だかんだ言って、皆ユイの事心配なんだね~!」
「はい?」
「ま、健康体の彼女ならともかく、今だと二十分じゃそんなに遠くへは行けない。……大方ナポ君のとこで、チョコでも食べてるんじゃない?」
「チョコ、ですか?」
なぜそういう結論に達したのか、セバスには分からない。
「ですがナポレオンさんはもう、人間の食物は……」
「だからさ。恐らくユイは確認しに行ったんだよ」
「……何を、です?」
「セバスったら、分かってるクセに!俺達の正体、彼女、勘付いたんだよ。何しろ、考えなしの連中が次から次へとここへやって来て?誰もが上手く立ち振る舞えるとは思えないでしょ!」
セバスは頭を抱える。
「君の責任じゃないよ。面白そうだから見学に行こっかな、オレ!」
「アーサーさん!私も、行きます」
アーサーは顎で廊下を示し、さっさと行こうとセバスを促した。
「ああ~だけど、二十分も経ってたら、もう佳境は迎えちゃったかもね」
「ああ!何てことでしょう!」
ナポレオンの部屋の前で耳を澄ます。セバスには何も聞こえない。
「何か聞こえますか?!」
「しー……。何だか、いい雰囲気みたいだよ」人差し指を口元に当ててアーサーが言う。
言葉とは裏腹にアーサーが勢い良くドアを開けた。
「おっ邪魔~!オレにも食わせてよ、テオ君の高級チョコ!」
「アーサー?!何でその事……」
「おい。人の部屋に勝手に入るな。ノックくらいできないのか?」
もちろん驚いているのはユイだけだ。二人が部屋に向かう足音が、ナポレオンには聞こえていたのだから。
「名乗ったら入れてくれないでしょ」
「分かってるじゃねえか!」
アーサーはナポレオンを無視してチョコに目を落とす。
「ねえ、どう?美味しかった?」
「アーサーも食べて。それでどんな味か教えて」
「あれ?ユイ、食べてないの?」
「食べたよ。美味しかった。人それぞれ味覚の違いってあるでしょ?そういう意味よ」
ふう~ん、とアーサーはしばしユイを見つめた後、差し出された箱から一粒摘まんで口に放る。
その様子をマジマジとユイに観察されて、アーサーは照れ笑いする。
「食べてるとこそんなに見られると、興奮するんだけど!」
アーサーの手がユイの顎に触れる。
ビクリとするユイを、ナポレオンが庇うように引き寄せた。
「そうやって一々手を出すな!」
「だ~って、ユイがオレのこと誘ってるみたいなんだもん。不可抗力でしょ!」
「そういう勘違いをするのはお前だけだよ。なあセバス?」
「そう思います」
ふいに彼女がアーサーの手を掴んだ。冷たく、異常なまでに滑らかなその肌に。
「ほら~!これも違うワケ?ユイったら、今日はやけに積極的だね!」
「ユイ。何してる?ホントに誘ってるなら外でやれよ」
今度はもう片方の手でナポレオンを掴む。
こちらも同じくらい冷たく、同じくらい滑らかだ。
「え?え?これってどういう意味?もしかして、ユイ大胆!二人いっぺんにする?」
「……ちょっと黙って」
この時のユイの言葉は、ヴァンパイア並みの凍えるような声だった。
「単なる冷え性って以外で、言い訳してみて」
ナポレオンは沈黙を保っている。
「アーサーは?軽口はなしよ。私は本気なの」
「困ったね」
沈黙を貫くナポレオンが、無言のままアーサーの目を見つめている。
ユイはそれに気づく。前にもこんな光景を見た事があると感じる。いつ、どこでなのか必死に思い出そうとする。
「うっ、痛い……頭が急に……!」ふいにユイが頭を抱えて蹲った。
「ユイ!大丈夫ですか?もう部屋へ戻りましょう。一緒に行ってあげますから、さあ」
「イヤよ!まだ答えを聞いてない。今日こそは、説明してもらうんだから!」
「いけません。これ以上無理はさせられません」
彼女を立たせて退室を促すセバス。
名残惜しそうに振り返るユイに、ナポレオンが言った。
「今夜、お前の部屋に行く。約束する。だから今はセバスの言う事を聞くんだ」
「本当?……約束って言ったからね、眠ってても起こしてよね?絶対ね!」
「ああ」
それに納得したのか、ユイは大人しくセバスに支えられて出て行った。
「どうすんの?ナポ君。ユイに話すの。さっきオレから言っちゃっても良かったのに」
無言でただ見つめ合っていた訳ではない。人には聞こえない会話をしていたのだ。
そこでナポレオンは、打ち明けようとしていたアーサーを止めた。
「こうなったのは俺の責任だ。俺の変化のせいで、あいつが疑い出した。自分で落とし前をつける」
「あっそ!好きにしてよ。んじゃ。悪かったね、イイとこ邪魔して」
「分かってて入って来るなんざ、気が知れねぇや!」
「あいつが急に頭痛を感じたのはなぜだ?記憶が戻りつつあるって事か……」
ナポレオンが食堂で自問自答していた時、数人が入って来た。
「セバスチャン、俺、今日はブランがいい」モーツァルトが注文を出す。
「かしこまりました。ああ、アイザックさんは?」
「俺はここのルージュでいい」テーブルに並んだ赤い液の入った瓶を手に、アイザックが答えた。
「セバス、兄さんには俺が部屋に運ぶから置いておいてくれ」
廊下で声が聞こえ、テオドルスが入って来た。
「どうしたナポレオン?お前まで辛気臭い顔しやがって。ユイのが移ったのか!」
「……お前らのせいだろ」
「何か言った?」
やや不機嫌そうに聞き返したのはモーツァルトだ。
「見舞いに行くのは勝手だが、お前らボロ出しすぎだ。お陰でもう隠し切れない」
それぞれどこかに心当たりがあるのか、一同が静まり返る。
「俺は何もしてないぜ?触れられてもいない」と答えつつも、テオは何かを気にしている様子。
兄のフィンセントがユイに絵を見せたと言っていた事が気にかかっていた。
「俺だって!……目は、合わせちゃったけど」
「アイザック、お前はバカか?話をするのに目を合わせなきゃ不自然だろうが」テオが突っ込む。
「でも!俺達の瞳には、人間には麻薬みたいな効果があるんでしょ。見ないに越した事ないよ」
「それは逆に怪しいね。第一、彼女はそんなものにはとっくに慣れてるよ」
勝手に話が広がって行くのを、ナポレオンが制した。
「それが悪いって言ってんだよ、お前らのその決め付けが!いいか、俺達は存在自体が人間にとっては異質で、一目見た時からそう感じるんだ。俺には良く分かる」
黙り込む面々を押し切ってアーサーが口を開く。
「もう手遅れなんだし!皆を責めても仕方ないでしょ。餌以外の人間の扱いに慣れてるヤツなんていないんだから?」
「お前……っ!もう一度言ってみろよ」
餌という言葉に反応したのか、ナポレオンがアーサーに掴み掛かる。
「おっ~と、暴力反対!ナポ君たら……ストップ!」
「何してるんです?おやめください、ナポレオンさん!」
ブランを運んで戻って来たセバスが止めに入る。
その他の者達は、ただただ傍観するばかり。
「おやおや、賑やかだな!相変わらず威勢がいいな、ナポレオン」
「レオナルドさん、感心してないで止めてください!」
「いいから放っとけ。さあさあ、食事だ食事!ところで、ユイの様子はどうなんだ?」
「そのユイの事で、こうなってるんです!」
それを聞いたレオナルドが無言で二人を見つめる。
二人はすぐに動きを止めた。さすがは年長者、逆らえない威圧感があるようだ。
「そのくらいにしとけ。伯爵サマが見たら泣くぞ?」彼は争い事が嫌いなのだ。
「一応、留守は俺が預かってるからな。問題を起こすなよ、お前ら!頼むぜ?」
「レオナルド、状況、すでに知ってんだろ。どうすればいいと思う?」
ナポレオンに意見を聞かれ、大きく息を吸い込んだ後に口を開いた。
「いいんじゃないか?俺が突然話すより、他でもないお前が話す方がユイも受け入れやすいだろう。ナポレオンに一任するよ」
「分かった」
ナポレオンは頷くと、意を決して立ち上がった。