※この作品はR-18です。

トキヨジセツ~第二部・偉人達と恋の誘惑~   作:氷ユリ

2 / 31
1 招かれざる客

 

 それは、ほんの偶然に過ぎなかったのだ。私があの娘に出会ったのは。

 

 私はサンジェルマン。僭越ながら、伯爵の地位を与えられている。

 これまで様々な事に手を出してきたが、今はタイムトラベルがマイブームだ。旅行が趣味の私にはまさに打って付けだよ。

 なぜそのような事ができるのかは、秘密という事にしておいていただきたい。

 

 

「やれやれ。やはりこの時代がしっくり来るよ。あの人の多さは何だ?未来の人口は一体、どうなって行くんだろうな。いささか心配だ」

 重々しい扉のノブから手を離した時、邸の部屋から男が一人出て来た。

「伯爵、また行ってたの?好きだね~。で?どうだった、いいコいた?あっちの世界に」

 

 彼はアーサー・コナン・ドイル。推理作家のあの人物だ。このコメントから分かる通り、軽い性格で少々女癖が悪い。彼の頭の中には女のコ、しかいないのかもしれない。でもまあ、いざという時は頼りになる男だよ。彼の頭脳はダントツだからね。

 

「人間観察に行っていた訳じゃないからね」

「なぁんだ。でも今度行く時は、オレも連れてってよね!」

 

 軽くあしらってアーサーと別れ、書斎へ向かう。

 

 この邸には、私の呼び寄せた様々な時代の世界各国の天才達が暮らしている。私の興味を引いた人物かつ、ある条件を受け入れた者だけがここにいる。

 彼等は皆、一度人間としての生を終えている。亡くなる直前に私が甦らせ(この段階で若返る)、ここへ連れて来た。

 何人か例外もあるが、人間ではないという事は共通している。

 

 この辺で種明かしをしよう。私はヴァンパイアだ。この身と成り果ててから、かれこれ三世紀は経つだろうか。

 

 お察しの通り、条件というのはヴァンパイアになる事。

 

 それはつまり、不死身の肉体と永遠の生を手にする事になる訳だが、決して良い事ばかりではない。だから条件を受けてくれなかった者もいるし、成功しなかった者も(申し訳ない事に)いる。

 ヴァンパイアになるに当たって最も重要なのは、精神力の強さだ。それが足りない者は転生する前に力尽きるし、上手く転生したとしても長くは続かない。心がね。

 それはなぜか?永遠を生きるという事は、それだけ根気がいるという事だよ。

 

 因みにここは十九世紀パリ。ここが私の一番落ち着く世界だったので、ここに邸を構えている。

 本当は時空のハザマにでも住みたいところだが(時空管理人とかいう職業があるならば!)、そうも行かないのでね。

 なので私の手によって生まれ変わった者達には、有無を言わさずここに住んでもらっている。

 

 その住人達については、追々紹介して行く事としよう。

 

 

 私が二十一世紀のパリに行った日の夜の事だ。何やら廊下が騒がしく、しばらくして執事のセバスチャンが部屋に駆け込んで来た。

 因みにこのセバスチャン、この邸で彼だけは唯一人間だ。我々の正体も全て知っている。知って尚、この邸で働く事を望んでくれたのだ。

 もちろんここの住人の誰一人として、セバスチャンを餌食にしようと考える者はいない。

 

 人間の世界で共存するには、住人がヴァンパイアだけの邸は何かと不都合があるからね。

 彼には本当に感謝しているよ。

 

「伯爵!少々よろしいでしょうか」

「何だい騒がしい。君らしくもない慌てようだね」

「申し訳ございません。あの、例の扉の前で女性が、倒れております……」

「扉の前だって?おいおい!そこから入って来たとでもいうのかい?悪い冗談だね」

 あの扉は私しか使えない。ましてや、向こうから誰かがやって来る事はあり得ないのだが?

「見ていた者はおりません。ですが、状況から考えてそうかと」

 

 

 おもむろに席を立つと、廊下に出て角を曲がり、例の扉に向かう。何とも甘い香りが先から漂ってくる。この香りは確かあの時の……。

 

 セバスの言う通り、そこには女性がうつ伏せに倒れている。顔は見えないが、髪は濃いブラウンでウェーブのかかったロングヘアだ。

 すでにアーサーと、もう一人の住人がしゃがみ込んで観察していた。

 

 このもう一人はナポレオン・ボナパルド。あの誰もが知るナポレオン皇帝だ。ここにいるナポレオンはアーサーと同年代。確か二人は二十代半ばかな。

 彼については、少々他の住人達と違いがあるのだが、追々話そう。

 軍人の彼は困っている者を放って置けない性質なのだ。この邸では最も責任感が強いだろう。

 

「ホントにお前の連れ込んだ女じゃねぇのか?」

「酷いな~ナポ君ったら!オレってばマジで信用ないね。あ~、だけど何ていい香り!堪んないや。どうせもう疑われてるんだし……戴いちゃおっ!」

「この節操なしめ!」

 

 倒れている女性からは、芳醇で、えも言われぬ香りが立ち昇っている。日に二度もこんな魅惑的な香りに出会うとは!……と、感動している場合ではない。

 早急に手を打たねば彼女が餌食になる。

 

「はいはい、そこまでだ。二人とも、ちょっとどいてくれるかい?」

 立ち上がった二人に代わってその女性に近づくと、やはり見覚えがある。耳についた金色のピアスでピンときた。

 

「おや。彼女には今日、タイムトラベル先で会ったな」

「なぁ~んだ!やっぱり伯爵が連れて来たんじゃない。ね!オレじゃないって言ったでしょ?」

「珍しいな、伯爵がお持ち帰りとは!」

「…………いや。持ち帰った覚えはないよ?」

 

 私はしきりに首を傾げた。

 一人でこの扉を通って、この時代に来たというのか?いやいや、あり得ない!

 

「伯爵、いかがいたしましょう」

「困ったね……。この邸に人間の若い女性を入れるのは気が引けるが、この状況では仕方がないだろう」放り出す訳にも行かないからね。

 しかも、こんな香りを振りまかれては……!この私まで我を忘れそうだよ。

 心で嘆いた瞬間にセバスと目が合う。

 

「ゴ、ゴホン!セバスチャン。彼女をゲストルームへ運んで」

 念のため、あまり彼女の香りを嗅がないようにするとしよう。

 それよりも、アーサーの事が気になる。彼の目が獲物を見る目に変わっているようだ。

 

「アーサー。絶対に、手を出すんじゃないよ。いいね?」

 威厳を込めて警告すると、彼は我に返ったように私を見た。

「伯爵の持ち物と分かったら、手なんて出しませんよ~だ!」

 

 別に私の持ち物ではないが、そういう事にしておこうか。

 私は頷いて見せた。

 

 彼女に感じた違和感。それは服装だ。昼に会った時と同じものだが、不自然に汚れている。まるで何日も着替えず、嵐の中を彷徨ったような。

 さては、ここへ来るまでに寄り道をしたようだ。それにしても、一人で良くここに辿り着けたものだ。

 何かある、と、ヴァンパイアの直感が言っている。

 

 

「さて。どうしたものかな……」

 ベッドに寝かせて、セバスとしばし固まる。

 

「取りあえず~。その泥だらけの服、脱がせたら?」

 部屋を覗き込みながら提案するアーサーの顔は、どこまでも興味津々だ。

「お前が言うと、ヤらし~事しか想像できねぇな!」

 結局ナポレオンもついて来た。

 でも彼はアーサーと違って、純粋に彼女を心配しているのだろうね。

 

「伯爵、確かにお泊めになるのでしたら、もう少し身綺麗にして差し上げた方がよろしいかと」

「そうだね。じゃあセバス、悪いんだが、温かい湯とタオルを何枚か。それと小さめのガウンか何か、彼女が羽織れる物を用意してくれるかい」

「かしこまりました」

 

 セバスがきびきびと準備をする間、彼女を観察する。引き続き、二人が横から覗き見ている。

 

「だけど、何でこんなに汚れちゃってるの?誰かに乱暴されてたりして!それって、ここの住人の誰かに、とか~?」こんなご馳走を前にお預けなんて殺生だもんね~!と続ける。

 気持ちは分からないでもない。セバスとナポレオン以外にとっては、と断っておく。

「アーサー、滅多な事は言うものじゃないよ?ここの者達は皆、節操のある大人だよ。ねえナポレオン?」

「ああ、そうとも!こいつを除いたらな」

「落ち込むね~、そのコメント!」

 

 しばしの沈黙の後、ナポレオンが彼女の首元に手を伸ばしたので、一瞬ドキリとした。彼女から放たれる芳しいフレッシュな血の香りが、ハーフの彼すらも魅了したのかと。

 ハーフと言ったのは、彼が完全なヴァンパイアではないからだ。これにはかなり複雑な事情があるようだが、実は私にも詳細は分からないんだ。

 

 それにしても、こんなに美味しそうな香りはいつ以来だろう?……ああ、これは失礼。

 

「この傷………人間の付けた傷じゃないぜ」ナポレオンが眉根を寄せて言う。

「どれ?……ああ……そのようだね」

 左右の首筋には似たような傷痕があった。咬み痕ではない。どちらも傷自体は治っているが、我々の目にはその疼きがはっきり見て取れる。

 

 その時、彼女が左上腕を強く掴んで呻いた。

 

「ちょっとごめんね」

 彼女の右手をそっと持ち上げて、シャツのボタンを外して肌蹴させる。その部分を直に確認すると、そこにも似たような引っ掻いた傷があった。

 首筋のよりも深く、酷く熱を持っているのがすぐに分かった。

 

「どういう事だ?伯爵、今日この女に会ったって言ってたよな。その時、連れはいたのか?」

「いや、一人だと言っていた。周囲にヴァンパイアの気配はなかったが……」

「何だか厄介な事になりそうだね!さ、オレは退散しよっと。じゃ~、また明日!」

「珍しいな、お前が女のハダカ見ずに帰るとは」

「ナポレオン、そういう言い方はどうかな」

 ナポレオンは肩を竦めて、本当の事だろ?と目で訴えてきた。その通りだけどね。

 

 少しして、セバスが湯とタオルと着替えを持って戻ってきた。

 

「お嬢さん、できたら起きてもらいたいんだが。もし、聞こえるかい?」

 日本語で声をかけてみたが、反応はなかった。

 仕方なく男三人でああでもないこうでもない、ここは俺がいや私がと言い合いながら、服を脱がせて体を拭き、着替えさせる。

 

「セバス、随分手慣れてる感じだな。案外、女の扱いに聡いのか~。隅に置けないヤツ!」

 彼には濡れタオルで体を拭いてもらっているのだが、確かに淡々と隅々まで拭き上げる姿は手慣れて見える。

「そうなの?セバスチャン」

「伯爵まで!お戯れはおやめください。私はただ、邸内のオブジェや彫像などを拭く手順で磨いているだけです」

「何だっ、掃除かよ!」

 後ろから彼女の体を支えるナポレオンが毒づく。

 

 ナポレオンに体に触れる役目を与えたのは、彼が温かい肌を持っているからだ。ハーフはこういう時に役立つ。私の冷たい手で触れては申し訳ないだろう?

 ヴァンパイアには温かい血は通っていないからね。

 

 だから私は、なるべく触れないように彼女の衣服を脱がせて行く。

「それじゃ、この調子で下も済ませようか」

 

 私もナポレオンも、女性の裸体に慌てふためく時期はとうに過ぎている。人間のセバスチャンと違い、私は特にすでに複数回分の人生をやり遂げているのだから。

 

「お嬢さん、ごめんね。すぐに済むからね」

「おい伯爵!今、目ぇ覚まされちゃ困るぞ、黙ってやれよ!」

「そうは行かないよ。本来ならば本人の許可が必要な行為だ。訴訟問題は困るよ?」

「言い合いは後でお願いします、お二方」

 どこまでも仕事堅気のセバスが一番冷静だったようだ。

 

 こんな作業をしながら全身を確認した。

 どうやら乱暴された形跡などは見当たらず、一先ず安心する。目立ったものは例の古傷のみだ。

 

「足にも傷がある。過去にヴァンパイアに襲われたって事は間違いないな。それに……」

「ああ。このリング。君も見た事があるんだね」

 私の問いにナポレオンは頷いた。

 

 それは彼女の左手中指に光っている。小振りだが、青緑色の透き通った石が何とも優しい光を放っている。

 妙だな……、この石はもっと怪しげな輝きをしているはず。こんな光り方は初めて見た。

 何より、このリングの材質は…………。

 

「これをしてるって事は、こいつは人間じゃないって事になるはずだろ?」

「ああ。だが、どう見ても人間だね」

 その宝石はヴァンパイアの象徴で、通常は永遠の愛の証としてパートナーに贈るもの。

 永遠の証。限りある命の人間には身に着ける資格すらない。

「何にせよ。きっとこの子は、酷い目に遭ってきたんだよ。可哀想に……」

 何か事情があるようだ。

 

 腕を掴んだまま呻き続ける彼女が不憫で、今度はセバスに氷水を持ってくるよう指示する。

 

「アーサーの言う事は一理あるかもな。関わらない方が良さそうだ。俺もイチ抜けた!じゃあな伯爵。お休み!」

「ああ、お休み。手伝ってくれてありがとう」

 しっかり裸だけは見て行ったね、君は!

 

 それにしても、どうしたものか……。

 

「伯爵。いずれにしろ、本人から事情を聞くのが一番かと。もうお休みください、あとは私が」

「いや。君には早朝から仕事があるだろう。邸の事をしてもらわないと困るからね。君こそ休みなさい」

「しかし、このような事を伯爵自らが!」

「いいんだよ。私は眠る必要もないしね。それに、うら若いお嬢さんをここで一人にはしておけないよ」

 

 我々ヴァンパイアが本気で襲いかかれば、人間のセバスには対応しきれない。あえて口には出さないが。賢い彼ならば分かってくれるだろう。

 

「仰せの通りに。それではお先に休ませていただきます」

「ああ。ご苦労様」

 さすが私が目をつけただけの事はあるだろう?セバスチャンはとても有能な執事なんだ。

 

 そうそう、ここだけの話、彼は実は日本人。セバスチャンは私の付けたニックネームなんだ。

 

「うう……ん。ああ……熱い。いっ、痛い……!助けて、っ……先生……」

「大丈夫かい?痛むんだね。冷やしてあげよう」

 傷の部分に冷やしたタオルを当ててやる。するとその私の手を彼女が掴んだ。傷口を押さえていたせいか、燃えるように熱い。

 痛みに耐えているからだろうが、心拍が酷く乱れている気がする。

 

 我々ヴァンパイアは、集中するだけで良く見えるし、良く聞こえるんだ。

 

「あれ先生……来て、くれたのね!……嬉し、い」

「……先生?残念だが、私は君の先生ではないよ」

 彼女が呼んでいるのは、リングを贈ったお相手のヴァンパイアなのだろうか?先生、というと、確か日本語では幾つかの職業が当てはまるが。

 

「新堂、先生…………」

 彼女が私の冷えた手を掴んで、安心したように名前を呟いた。

 

 その名に、聞き覚えはなかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。