※この作品はR-18です。

トキヨジセツ~第二部・偉人達と恋の誘惑~   作:氷ユリ

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25 不完全な目覚め

 

 どうなってるの!気がつくと私は、未だに空中から自分を見下ろしていた。

 横たわる私の周りには、新堂先生とサンジェルマンさん、それにナポレオンがいて、とても心配そうにしている。

 

(私はここよ!誰か、気づいてよ!ねえ新堂先生ってば!)

 

 どんなに呼びかけても、誰も視線を上に向けようとはしない。

 何度も自分に向かってダイブ(言葉のとおり!)したけれど、気づくとここにいて自分を見下ろしている。戻り方が分からない!

 ずっとこのまま?ウソでしょ……。この場から動く事もできず、ただただ呆然。

 

「おい!お前、寝すぎて脳ミソ、腐っちまうぞ!」

 枕元にしゃがみ込んだナポレオンが、何度も声をかけてくれている。

(起きてます!ねえってば、私はここにいるの!)

 

 眠り込んだ自分は当然微動だにしない。……でもちょっと待って、もしこれで下の自分が目覚めたら私はどうなるの?

 一瞬、恐ろしい事を考えてしまった。取り残されて、地縛霊とかになる?!

 

「……なあ、ユイの手、少し温かいぞ」

「心臓がまだ動いているんだ、体温があってもおかしくない」

 ナポレオンが握っていた私の手を離すと、新堂先生がそこに触れてくる。

 そんな感触も、もちろんない。

「これだと、まるで君みたいだね、ナポレオン」

「あ?ああ、そう…………だな」

「どういう事だ?」

「彼はつい最近まで、人間とヴァンパイアの狭間にいたんだ。ハーフって感じかな」

 

 新堂先生が驚いている。やっぱりハーフなんて滅多にない事なのだ。

 出会った頃、ナポレオンの手は温かかった。ちゃんと体温があったし、心臓の音も聞こえた。一緒に食事したり……楽しかった日々を思い起こす。

 サンジェルマンさんの読みは当たりなの?もう、ハーフでも何でもいいから私を戻して!

 

「君はどうやって目覚めたんだ?」先生がナポレオンに聞いている。

「悪いんだが、その辺の記憶、まるでないんだ。クソッ!俺が何か覚えてれば良かったな」

「いいんだ。君を巻き込んでこちらこそ申し訳ない。気にしないでくれ」

 新堂先生は案外冷静だ。

 先生はいつだってそうだった。取り乱した姿なんて見た事がない。大人で、頼りになる人。時々融通が利かなくて困るけど!

 

 実体のない意識の分際で、体操座りしてみる。できるのよ、これが。浮いているだけなのに疲れちゃった、声を張り上げすぎて。誰にも聞こえていないのに!

 これからどうしたらいいんだろう……。

 

「アーサーにでも、知恵を貸してもらおうかな」サンジェルマンさんが思いついた。

「ムダに推理好きだからな。いいんじゃねえか?」

「それは誰だ?」

「私の邸の住人でね。推理小説を描いているよ。ほら、君も知っているだろう、シャーロック・ホームズは」

「アーサー、コナン・ドイルか?ヴァンパイアになっていたとは……!」

 

 ね!やっぱりそう来るでしょ?先生が私と同じ反応で何だか嬉しい。感覚が同じ事って今まであんまりなかったから。

 

「ここへ……連れて来てもいいかな」伯爵がどこか控え目に許可を求めている。

「ユイと面識はあるんだろ?」

「ああ。彼もきっとユイを心配している一人だよ」

 そして先生は当然オーケーを出した。「構わないよ。是非ともお知恵を拝借したい」

 

 ああ、アーサー!あなただけが頼りよ、私に気づいてね……。

 

 

 しばらくして、心待ちにしていたアーサーが伯爵に連れられて入って来た。

 

「ユイ~!ますます美しくなっちゃって!何なに、目、覚めないって?」

 私を一目見るなりこう言うと、あちこち観察し始めた。

 相変わらず軽いノリだなぁ。こっちは結構、切羽詰ってるんですけど?

 

「新堂、こちらがアーサーだ」サンジェルマンさんが紹介する。

「ドクター新堂、ようやくお目にかかれましたね。お噂は兼ね兼ね!」

「どうも……。彼女が世話になったようで礼を言う」

 どこか警戒した様子で挨拶を交わしている。

「お世話されたのはこっち!彼女は天使みたいないい子だね。何度横取りしたいと思った事か!」

 

「アーサー!その辺にしておけ」透かさず伯爵の声が飛ぶ。

「お気遣いなく。彼女がそれだけ魅力的だという証ですから」

 

 大人だわ、新堂先生!心の底では怒り狂っていそうだけど……。彼の独占欲は半端ないから。

 これ、嬉しい悲鳴よ?

 

「それで、どう思う?アーサー」サンジェルマンさんが尋ねる。

「う~ん、そうだねぇ……」

 しばらく私を観察した後、部屋を見渡し始めた。

(そうよ、こっち見て、アーサー!)私はアーサーに懸命に手を振って呼びかける。

 彼に霊感なるものがありますように……。

 

 アーサーの視線が、私の方に向いてピタリと止まった。私は大きく頷いて見せた。

 

「伯爵の言うように、ユイはハーフとして目覚める可能性が高いね。ここまで転生が進んで四日目だろ?心音は安定してるし。だけど、苦痛を感じてなかったってとこが怪しいよねぇ」

「考えられる事は?」新堂先生が先を促す。

「意識だけが肉体から抜け出してるとか?」

「幽体離脱、みたいなものか」サンジェルマンさんが言う。

(さすがアーサー!その通り!ご明察!)

 

 せっかく話が纏まりそうだったのに、新堂先生は納得が行かないらしい。

「バカな!」

(バカじゃないの、ホントなの!)

 全然会話になってないけど、口を挟まずにはいられない。

 

 残念ながら私の姿はアーサーにも見えてはいないようだ。でも、発想が柔軟で助かった。

 さすがはシャーロック・ホームズの生みの親!

 

「この部屋のどこかで、ユイは我々を見ているのか……」伯爵が天井を見上げて言う。

「ユイの事だから、戻り方、分かんな~い!とか、一人で騒いでたりして?」

(アーサーったら大正解!そうそう、どうすればいいか教えて!)

「…………ついて行けん」

(んもう、頭の固い先生は黙ってて!)

「ユイ、聞こえるかい?きっと大丈夫だから、もう少し待っていてくれ」

 

 サンジェルマンさんの見上げていた場所は的外れだったけれど、そんな事は関係ない。

 そう言ってもらえるだけで、私の心は救われました……。

 

 気を取り直したのか、先生がアーサーに言う。「……で、意識を戻す方法は?」

「そっち方面の専門家じゃないから、オレにはさっぱりだね~」

「誰か、その手の事に詳しい者がいなかったかな」

「伯爵の人脈なら一人くらいいそうだな」とナポレオン。

「あまり彼女を、人目に晒したくはないんだが」先生が呟く。

 

(私もそう思ってたとこ、さすが先生だ)ま、伯爵が呼ぶのはヴァンパイアだろうけど?

 

「まあ……この手の現象は、何かのきっかけで戻るって言うよね」アーサーが言う。

「きっかけとは?」とナポレオンが透かさず尋ねている。

(王子様のキス、でしょ!)ああ、だけど今の私、何をされても感じません……。

「ユイが喜ぶ事、もしくは嫌がる事をするとか?」

「なら、注射でも打ってみるか」

(ちょっと先生、何でそうなる訳?!)

 

 真面目な顔で先生が鞄から注射器を取り出す。

 

(待った~っ!!痛くなくてもそれだけはイヤっ!)

 先生はそれを容赦なく定位置へと持って行く。

 ところが針は、私の皮膚を突き刺す事なく折れた。

 

「刺さらないね」後ろから覗き込んで、サンジェルマンさんが呟く。

「そうだ……ヴァンパイアの皮膚に傷を付けられるのは、我々の牙と、一部の限られた鉱物だけだった」

「これでユイは確実に転生してるって分かったね。じゃあさ!手っ取り早く、新堂がユイに咬み付いてみるってのはどう?」

「アーサー。それはどうだろう」

(伯爵!ここはちゃんと止めてください!)

 

「全くお前ら!嫌がる事ばかり考えやがって。喜ぶ事でもいいんだろ?」

(ナイス!さすがナポレオン。皆、私を痛めつける事しか考えてないんだから……)

「あ~分かった!じゃ、セックスしたら?新堂!」

「アーサー!いい加減にしないか!」ついに伯爵の雷が落ちた。

 

 あら、いいじゃない?それ、賛成!アーサーと気が合ったのは初めてだ。

 そして先生の反応は微妙。「……少し、二人にしてくれないか」彼はポツリと呟いた。

 

 それって先生、エッチする気になったの?

 

 

 新堂先生は人払いをして、眠ったままの私と二人きりになった。

 

「さて。ユイが望む事くらいは、ちゃんと分かってる。だが。今それをするのは賢明じゃない」

(賢明じゃない?どういう意味?)

 彼が自分の腕を見つめて、しばらくして手首に咬み付いた。

 

(ちょっと!何してるの?先生…………?)

「考えたら分かる。何日も食事を摂ってないんだ。力だって出ないよ。さあ、遠慮なく飲め」

(えっ?先生の、血を?)

 

 彼は私の唇をこじ開け、手首から滴る銀色の雫を流し込む。

 そのおかしな味が舌に広がった。甘いけど苦い、でもとてもいい香り。この間と違って、熱くない……って、私、感覚がある?

 それを味わっているうちに、ぼんやりして何も考えられなくなって行った。

 

 

 とても長い時間が経った気がする。私はようやく長い長い眠りから(悪夢から!)目覚めた。

 部屋には先生の他に、サンジェルマンさんとナポレオンもいる。

 

「ねえ……?みんなに私の声、聞こえてる?」

「聞こえるよ。目覚めてくれて良かった。待っていたよ、ユイ」先生が代表して答えた。

 私を静かに見下ろす面々を順に見て行く。

「おまえの体を傷つける行為は、二度としないと誓ったんだが……乗り越えてくれて本当に良かったよ」

 

 苦しげな表情でこう呟いた先生は、私を強く抱きしめた。ひんやりした体が、私の意識を徐々にはっきりさせて行く。

 

「体は何ともないね?」体を離した先生が私に聞いてくる。

「ええ……。どこも痛くない。私、ヴァンパイアになったの?」全然そんな気がしない。相変わらず先生の体は冷たく感じるし。

「それがな…………」

「え、何よ……?」

 答えてくれない先生から、サンジェルマンさんに視線を持って行く。

「どうかしたの?もしかして、ダメだったとか!」

「そうではないんだ。なあ新堂?」サンジェルマンさんはこれだけしか言わない。

 

 何なの?この空気は。私、何かやらかした?

 

「お前は、昔の俺と同じって事。やっぱ似た者同士なのかもな!」

「ナポレオンと同じ?」

「ああ、彼がヴァンパイアのハーフだったって事は知っていたかな」サンジェルマンさんに穏やかに問いかけられる。

「はい。前に聞いてましたし、今までの話、全部聞こえてましたから」

 

 私の答えに一同が目を丸くする。とっても不自然だ。ちっとも人間らしく見えないよって、教えてあげた方がいいかも?

 

「先生ったら、私の事咬むんじゃなくて、自分を咬むんだもの。ビックリして起きちゃったじゃない?」

「ユイは優しいね。自分が傷つくよりも、愛する者が傷ついた事を気にするんだから!」

 

 サンジェルマンさんがこんなにステキな事を言ってくれたのに、私はそれに反応する間もなく質問する。「ところで、ヴァンパイアの血って毒でしょ?」

「人間にはね。それを飲めたって事は、君が人間じゃない証拠だ」と伯爵。

「だが完全なヴァンパイアでもない。ユイの心臓はまだ動いているし、体温もある」先生が続けた。

「本当に、ナポレオンと同じ状態なのね……」

 私は改めてナポレオンを見た。何の感情も読めない彼の顔を。何を考えているの?

 

「なら、ナポレオンは私のお兄ちゃんだね」

 無表情のナポレオンに何か言わせたくて言ってみた言葉だった。

 

「あぁ?」

 読み通り乗ってきたみたいね。しめしめ。「あ、やっぱ先輩にしよっかなぁ。ナポセンパ~イ!」

「おい!やめろって……何が先輩だよ。思ってもないくせに!」

「兄役は私のだって思い出したんだもん」

「だから、それは却下だって言ったろうが!」

 

 私達の言い合いを、不思議そうに先生達が聞いている。

 あの晩餐会の時に私達がこんな話で盛り上がった事を、伯爵は離れた場所でレオナルドさんと喋っていたから、知らなくて当然だ。

 仕舞いに私はベッドから起き上がって、言い合いが始まる。

 

「彼女、元気になって良かったね、新堂」

「……ある意味、手始めはハーフで良かったかもしれない」

「先生?何か言った?」

 凄い。私の耳、かなり良くなってる!どんな些細な呟きでも聞き取れそうだ。

「何でもない。おまえはまだ半分は人間だ、くれぐれも無茶はするなよ?」

「なら、どの辺りからが無茶なのか、教えてくれる?」

 

 先生が頭を抱えた。これは人間っぽいわ。

 一転してサンジェルマンさんは、穏やかに笑っている。この態度の差が、生きてきた歳月から来るものか、性格によるものなのかは、まだ判断がつかないけれど。

 

「冗談よ。それより喉が渇いて仕方がないの」

「ルージュかブランを持って来よう。ユイ、どっちがいい?……それとも普通の食事にするかい」

「ルージュで頼む」

 なぜか先生が答えた。私は何でもいいけど。

「ブランはお嫌いかな?」どこか面白そうに尋ねるサンジェルマンさん。

 その真意は私には分からない。

 

「ずっと気になってたの。何で二種類あるの?それってどっちも血液でしょ?」

「ブランは代替品なんだよ」

「それ以上の説明は不要だ。ユイにはルージュで」話を遮って、先生が断言した。

「何でもいいから、早くお願いします!」

 ナポレオンがセバスさんの所に行く役を買って出てくれた。

 

 私が自分で行っても良かったのに、と思った矢先に伯爵が言う。

「ああそうだ、ユイ、ここは十九世紀じゃないからね。この邸はそっくり同じだけど、ここには誰もいないんだ」

「え?そうなの!それじゃ……新堂先生がいるって事は二十一世紀?」

「いいや。十八世紀だ。訳あって今、二十一世紀には行かない方がいいんでね」

 

 その後、新堂先生が状況を話してくれた。

 先生を狙っていた女ヴァンパイアの事で、レオナルドさんまでが力を貸してくれているらしい。

 

「レオナルドさんは……大丈夫なの?」

「ああ。あいつなら心配ないよ」

 サンジェルマンさんは事も無げにそう言うけれど、私は不安になって先生を見る。

「本当に、何から何まで申し訳ない」

 新堂先生は伯爵に向かって深く頭を下げて言う。それを見て私も慌てて頭を下げる。

 

「おいおい、やめてくれないか、二人とも!別に大した事は何もしていないよ?」

「それは逆に嫌味に聞こえるぜ?伯爵!」

 

 いつの間に戻ったのか、こんなナポレオンの突っ込みが聞こえた。

 

「随分と早かったね。…………」

 部屋に姿を見せたナポレオンに、サンジェルマンさんが声をかけた後、何か腑に落ちない様子で眉根を寄せている。

 

「さあユイ、飲め!」

 ナポレオンが勢い良くルージュのビンを差し出して来た。

 恐る恐るビンを受け取るけれど、あからさまな血の匂いに思わず顔を背ける。

「血を前にしてその様子じゃ、やっぱりまだ完全なヴァンパイアではないな」

 こんなナポレオンの言葉が、逆に私に火を点ける。何よ、自分だって少し前までそうだったじゃない!飲んでやろうじゃない?

 

「お味はどうだい?」

「美味しいとは、言えないかな……」さすがにここで嘘はつけなかった。

 新堂先生に急かされて、顔を歪めながらも一気に飲み干した。

 まさかこれを自分が飲むとは思っていなかった。中身は大体検討ついてたけど。

 

 ナポレオンが私のこんな様子を見て笑っている。でもこの笑顔を見るに、バカにされてる訳ではなさそう。

 私の今の気持ちを一番理解できるのは、ナポレオンなのだ。

 

「やっぱり普通の食事にすれば良かったかな」サンジェルマンさんが心配そうだ。

「いいや。ここは無理にでも摂取してもらう。早くハーフなどという不安定な状態から、脱却させなければ……」対する先生は容赦ない。

 

「不安定、ね!」

 ナポレオンが不服そうに呟いた。

 

 ごめんね、ナポレオン。先生もあなたを否定したつもりは、きっとないと思うから……どうか許してあげてね。

 

 

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