「どうしてダメなの!」
「必要ないと言っているんだ。どうしておまえはそう、わざわざトラブルに巻き込まれたがる?昔からそうだよな!気が知れない」
「何よっ!そうやって、いつもいつも勝手に何でも決めないでって言ってるでしょ」
例の扉の前で言い争う事小一時間。
何を争っているかって?それは私が二十一世紀に行って、ジェーンに一泡吹かせる件に決まってるでしょ。
サンジェルマンさんが、レオナルドさんを迎えに行くって言うから私も付いて行こうとしたけれど、新堂先生に猛反対されているワケ。
「二人とも、そのくらいにしないか……!」
さすがに伯爵が止めに入るも、先生はピシャリと言い放った。
「口を挟まないでいただけますか。これは我々の問題です」
「心配して言ってくれてるのに、そんな言い方ある?あなたってホント頭が固いわね」
「だからどうした。そもそもユイが、聞き分けのない事を言うからだろ」
「あ~!開き直った!あなたってそういう人だった?私がヴァンパイアになったら、途端に手の平返したって事ですか!」
私達の口ゲンカを耳にして、邸にいた住人達が集まり出した。
「うっせえなぁ。安眠妨害なんだが?」ナポレオンが心底イヤそうな顔で言う。
さらにテオが怖い顔で続ける。「お前ら!兄さんの集中力を削ぐような事はやめてもらおうか!」
「もう……うるさい!俺だって集中できないんだけど?」モーツァルトさんも。
「皆さん、申し訳ない。もう済みましたので」
「ちょっと!どこが済んだっていうの?まだ話は……」ここまで言って先生に手で口を塞がれる。
「伯爵、こちらに構わずどうぞ行ってください」
「そうかい?それじゃ行って来るよ。状況の確認も兼ねてね」
「お願いします」
「ああん!待って……!」
後ろから羽交い絞めにされて成す術なし。
その間に伯爵は扉の向こうに消えて行った。
「ユイ。来い」
「いやっ!もう話したくない、いい加減に離してよ!」
「静かにしろ!いいから来るんだ」
「イヤだったら!」
ナポレオンに助けを求める視線を送ったけれど、さり気なく目を反らされてしまった。
他の皆もブツブツ言いながら一瞬で消えた。そういう意味では、私達の動きだけがスローだ。抵抗し続ける私を、引き摺るように連行する先生。
「転生したら、さらに手に負えなくなったな!」
先生の部屋に連れられ、ドアが閉まると彼が言った。
「何ですって?」
私は彼のベッドにドサリと腰を降ろす。
「力とスピードだけは一人前って意味だよ!」
「だけ、で悪かったわね」
「悪いなんて言ってない。……むしろ、人間のままが良かった」
「それも悪かったわ!」
私が病気にさえならなければ、転生させる必要はなかったんだものね。
先生が急に悲しげな顔をしたので、これ以上悪態をつくのはやめにしたけれど。
力なく首を左右に振ってため息をついてから、先生は私の前に椅子を持って来て座った。
「俺は、こんな言い合いをしたい訳じゃない。ユイとこれからずっと共にいられる事は、心から嬉しく思っているんだから」
「さっき人間のままが良かったって言ったじゃない?どっちが本音よ」
「ユイの事が好きすぎて、どうしても心配なんだ。例え、完全なヴァンパイアになってさえも……それは変わらないだろうな」
「心配って……何がよ」前にもそんな事を言っていたっけ。
「ユイが、俺の元から離れる事がだ」
「離れるったって、ほんの数日よ?」
「あの時だって、ほんの数時間のつもりだった!」彼が声を荒げた。
あの時私を遠ざけた事を後悔しているんだ。
「あれは……仕方なかったでしょ?私だって分かってるよ、先生がいつでも私を守ろうと、最善の選択をしてくれてるって事くらい」
さっきの件だって、状況も分からず私が向こうに戻って、危険な目に遭う事を恐れたから。そんなのは分かってる!
でも、もし危険なら伯爵だってレオナルドさんだって危険なはずじゃない?
「分かってくれていたのなら……なぜあそこまで抵抗した?」
「私は、誰にも危険な目に遭ってほしくないの」
「そっくりそのまま返すよ」
どうして分かってくれないの?私が女だから、私には皆を守る力がないと?
「いいかユイ。おまえは何か勘違いしているようだから言っておく。例えユイが完全に転生しても、俺や伯爵、レオナルドに勝る力など持ち得ない」
「なん……っ!」
「聞け。ここの誰一人、おまえに守ってもらう必要などない。人間の頃とは違う。キハラさんと一緒に悪人を倒していた頃とはな」
「っ!何よそれ。……酷いよ、そんな言い方!バカにしてるんでしょ、私達の事!私はともかくキハラを悪く言わないで。先生なんて大っ嫌い!」
私は涙を溢れさせながら、先生の部屋を飛び出した。
・・・
ユイが出て行った新堂の部屋のドアが、半開きになっている。
そこから中を覗く人影があった。
「ナポレオンか。また安眠妨害、だな。悪かった。まあ……寝てはいないだろうが」
「はは!言ってみただけだ、安眠妨害なんて。あいつ、泣いてたみたいだが大丈夫か」
ナポレオンを部屋に招き入れると、新堂は力なく笑って言った。
「こんなはずでは……なかったんだが。上手く行かないものだな」
「お前ら、今までもあんなふうに、良く言い合いしてたのか?」
「いいや。ユイが俺に怒りをぶつける事は何度かあったが、逆は記憶にない」
またも皮肉っぽく笑みを浮かべる新堂。とても人間らしく見えるとナポレオンは思う。
「少し言いすぎたかもしれない。ついカッとなって本音がね。ここまで本気で面と向かって怒ったのは、初めてかもしれない」
「あんた、俺と違って大人だもんな!」ナポレオンが自虐的に言う。
「大人なものか!あいつが人間だった頃から、口が滑って必要以上に話してしまう事が何度もあったんだ」
「それは、気を許してる証拠だろ」
「ユイの心が読めないのは、大いに痛手だよ」
「……おい、何だって?あいつの心、読めないのか!何で?」
「さあ……それも人間の頃からだ。ただ一人読めない」転生すれば読めるかと期待したのだが、と新堂は続ける。
「はは!傑作!」心から愉快そうに笑うナポレオン。
対する新堂は表情を崩す事なく口を開く。「ナポレオン。ユイを頼んでいいか」
「俺が?」
「ああ。俺は当分、口も利いてもらえないだろうからな」
まあ、いいけど、と答えつつも、頼られたナポレオンはどこか嬉しそうだった。
ナポレオンはその足でユイの部屋に向かう。
「ユイ。入っていいか?」
「っ…………誰?」
「俺の声、忘れたなんて言わせねえぞ?」
少ししてドアが開く。
俯いたユイが顔を上げた。至近距離で見つめ合う二人。
「……お前の目」
「何よ……泣いてて悪い?」
「いや。そうじゃない。その瞳、すごく綺麗だよ。変わったんだな、ユイも」
それはヴァンパイア特有の煌く瞳の事だ。ユイのそれはやや赤みがかった褐色だ。
「ヤダ!こんな時に…………っ」
目を反らして背を向けるユイだが、ナポレオンが部屋に入った事を確認すると、すぐにドアを閉めた。
「入れてもらえて良かったよ」
「ナポレオンならいいよ。だって先輩だもん」
「センパイかぁ~。それよか、やっぱ兄貴の方がいいな、俺は!」
「……そうなの?じゃ、考えとく」
振り返って微笑んだユイはとても美しかった。
ナポレオンが言いたかったのは瞳の美しさだけではなく、ユイそのものの美しさだったのだが。今は口説いている場合ではない。重要な任務を仰せ付かったのだから。
「私はハーフだから、ヴァンパイアになっても泣けるんだね」
「俺は泣いた事なかったからなぁ……。知らねえな」
「ふうん、泣いた事なかったの」
「俺は男だぞ?泣くかよ!」
「……私だって、好きで女やってるんじゃないもん」
「何だよ、別に悪いって言ってねえだろ?」
「ダメなの!女だから、ダメなの……」ユイはまた涙声で訴えた。
この言葉の意味を、ナポレオンはすぐに察する。
何せ、新堂と彼女が部屋で交わしていた会話は、邸中のヴァンパイアが聞き耳を立てていたのだから!
「お前の気持ちは分かるよ」
「何で男のナポレオンに分かるのよ!適当な事言わないでよ」
「分かるさ。誰かを守りたいって思う気持ちは、男も女も関係ねえだろ」
涙をいっぱいに溜めた瞳でナポレオンを見るユイ。
「俺は軍人であり国の指導者だった。国を、国民を守るために自分を犠牲にして生きてきた。自慢じゃないがその守りたいって思いは、誰にも負けないと思ってる。だがな、強すぎる思いは、周りを見えなくしてしまうんだ」
ユイはただ黙ってナポレオンの言葉を聞いている。
「突っ走ってた俺を止められる奴などいなかった。無我夢中でどこまでも突き進んだ。どこまで行っても満足できない。気づいたら大事な物は全て失い、残ったのは血塗れの己自身」
一拍置いてナポレオンが続ける。
「だから言うなれば、俺の暴走を止めたのはウェリントンって事になる」
ナポレオンがなぜウェリントンを恨んでいないのか、ユイはようやく理解した。
「それにだ。もし仮に伯爵達に危険が迫っているとしたら、俺を差し置いてお前に行かせる訳ないだろ?忘れるな、お前は護衛対象で、守る立場にあるのはこの俺だ」
「なっ、何よ!守ってもらわなくていいって何度も言ってるでしょ!」
ナポレオンが首を横に振る。
「女を守るのは、どの時代も男の役目なんだ。カッコくらいつけさせろ」
「フンだ」
「その場の勢いで突っ込むと、痛い目に遭うぞ?」
「一番に突っ込んで行く、あなたに言われてもねぇ~」
「やっぱ似てるな、俺達!……じゃなくて。だから冷静になろうって話だ、お互いに」
今度はユイがフフッと笑った。
「分かってくれたって事でいいよな?」
ユイはゆっくり頷いてから答えた。「ありがと、ナポレオン」
「新堂の事、許してやれよ」
「それも、考えとく」
「よし!じゃあな。あんまり泣くな。もう俺は一緒に泣いてやれない」
「もうって、一緒に泣いてくれた事なんてないくせに!」
こんな反論を口にしたユイだが、その表情は明るくなっている。ナポレオンは見事に新堂の任務を果たしたようだ。
ナポレオンだからこそ、できた事なのだ。
・・・
半分ヴァンパイアになってからも、私はこのお邸でセバスさんのお手伝いを続けている。
「おいユイ、シロップが足りないんだが」
食堂の自分の席で、ふんぞり返って言い放つテオを振り返る。
強面な見かけによらず、大の甘党テオドルス。
「え?ちゃんと置いたよ、一本」
「一本じゃ足りないって言ってんだよ」
「はぁ?これ以上はダメです!前から思ってたけど、テオって味覚、どうかしてんじゃない?」
「……何だと?」
「まあまあ!二人ともケンカしないで……。テオ、ユイの言うとおり、甘いもの取り過ぎは僕も良くないと思うよ?」
隣りに座るフィンセントが仲介役となり、テオは何とか主張を取り下げた。
「ユイ、そっちが終わったらアーサーさんの部屋にルージュを持って行ってくれますか」
「了解しました!フィンセント、ありがとね」
セバスさんに答えた後、フィンセントにお礼を言うと満面の笑みが返ってきた。
そんな天使の笑顔から目を離して、室内を見回す。
「他に何か、必要な物はないかな?」
ここで、隅の席でルージュを飲みながら新聞を読んでいる新堂先生に目が行く。
実はあの派手な衝突以来、一度も口を利いていない。もうかれこれ一週間だ。
私の視線に気づいたのか、先生が顔を上げてこっちを見た。
「っ!さてと!ここはもういいかな。アーサーんとこ行って来よっと……」
気まずくて、急いで目を反らしてしまった。ちょっとわざとらしかったかなぁ。
これじゃ、食事中だった住人達にバレバレだ。ああ、やりずらい!
一瞬で厨房に戻って準備し、アーサーの部屋へ向かう。ノックする前にドアが開いた。
「ユイ!おっはよ~、わざわざありがとね。さあ入って!」
「ちょっとっ、これ渡しに来ただけだから……」
「まあまあ、硬いコト言わない!ね?」
そのまま部屋に引きずり込まれた。全く強引なんだから!
「で?何か用?私、忙しいんだけど」
「ねえ。まだ新堂と仲直りしてないの?」
「あなたに関係ないでしょ」
「なくはないよ。ね、ならさ、このままオレに乗り替えなよ!」
アーサーが私に迫る。吐息の甘さは人間だった頃に感じたのより断然弱くて、瞳の魔力にだってもうやられる事はない。
「ダーメ!私、そんなに軽い女じゃないので」
「なぁ~んだ、残念。でも、その気になったらいつでも言ってよね?」
ヒラヒラと手を振って部屋を出る。
こんなやり取りも邸内の全員に聞こえているんだろう。それはもちろん新堂先生にも。だって私にも食堂の皆の会話が聞こえているんだから。
〝新堂。見たところ、ユイとの距離を感じるが。どうかしたのか?〟
〝ジャンヌ、知らないの?この間二人で、あんなに派手に言い争ってたのに!〟
ジャンヌさんとモーツァルトさんが先生と話しているみたい。
〝別に何でもないんだ。心配してくれてどうも〟
やっぱり皆、心配してくれているのね……。これって私が謝るべきよね。
……でもなぁ。何かきっかけないかしら。
そうこうするうちに、伯爵とレオナルドさんが戻って来た。
「お帰りなさい!レオナルドさん、無事で良かった……何もされなかった?」
新堂先生と私が真っ先に二人を出迎える。
先生にはあんな事を言われたけれど、関係ない。心配するのは自由でしょ?何と言われようと、この二人に何かあったら私が真っ先に反撃に出ますので!
「よお。小娘……雰囲気変わったな」
「分かります?前とどっちがいいですか」これ見よがしに聞いてみる。
「はっきり言っていいのか?」
「もちろん」
「俺は前が良かったかな。弱々しくてイジメ甲斐があっただろ?でもま、これで壊れ物に触るみたいな扱いは不要って事だから、楽チンだ!」
「何よぉ~!結局どっちが良かったワケ?」
上手くはぐらかされた。前が良かったって聞いた時はドキッとした。先生と同意見?なんてね。言っときますけど、私がこうなったのは生き続けるためなんだから。
「新堂。ヴォルトゥーリはまだ君を探している。もう戻らない方がいいかもね」
「ええ。戻るつもりはありません」
「それとユイ」
ふいに名を呼ばれてかしこまる。「はい!」
「ジェーンの事だが……あの女は、わざわざ君が会うまでもないよ」
「それは、どういう意味?」
私の問いに答えたのはレオナルドさんだった。
「男狂いって事。要は誰でもいいんだ。すぐに飽きるしなぁ。新堂を選んだのだって、顔が好みだからって言ってたぜ?中身なんて見ちゃいない!災難だったな、新堂!」
「でも、私が邪魔で殺そうとしたくらいなのよ?」本気だって取るじゃない。
「こう言っちゃ何だが、ヴォルトゥーリって奴等はもともと人間の命、いや、俺達ヴァンパイアの命すら何とも思ってない。殺す事なんざ日常なのさ」
「レオナルド。もういい、それ以上は……」伯爵が話を止めさせようとする。
「何だよ、事実だろ?幸い俺は飽きられて解放されたが、意向を無視して帰るなんて言ったら、俺も葬られてたかもな!」
「何て女?やっぱ私が痛めつけて……!」
「ユイ。レオナルドも伯爵も無事なんだ。もういいだろう。そんな女は放っておけ」
やっぱり来たか。新堂先生の大人発言!
ならこの怒り、どうやって収めろっていうの?そう目で訴えたけれど、伝わったかは不明。
「お食事、召し上がりますよね?すぐにご用意しますね」
先生を無視してサンジェルマンさんとレオナルドさんに声をかける。
「ああ、頼む」
「ありがとう」
私は先生の方を見もせずに厨房へと向かった。