どうもユイと新堂の様子が変だ。まだケンカしているのか?やれやれだね!
「新堂。彼女、リングをしていないようだったが、まだ渡してないのかい?」
「……ああそうだ。まだ、渡していませんでした」
取って付けたような言い方だね。そんなんで私を騙し通せると思っているのかな?
「……申し訳ありません。お察しの通り、あれ以来会話もなく。彼女に避けられていまして。お恥かしい限りです」
「君のその優しさは、時に
「どこまでも威圧的に振る舞う事もできるんですが……きっとそれでは益々怒らせるでしょう?」
「そういうのが好きな子もいるよ!」
一瞬の間があり、私達はユイの性格を思い返して首を振る。
「ユイはタイプが違うだろうね」
「ええ、むしろ真逆かと」
何しろ、今はもうヴァンパイアの魅力は通用しない。自力で何とかしないとね。とはいえ、ユイは君の事を本当に好きみたいだから、大した問題じゃないよ。
「まあ、そんなに悩む事はない。きっと彼女も言い出しあぐねているだけだと思うよ」
だといいんですが、と肩を竦めて答えた新堂を残して、食堂へ向かった。
「サンジェルマンさんもブランにしますか?」
レオナルドにブランを渡しながら聞いてくる。それの中身が何か、ユイはまだ知らない。
新堂のたっての希望で教えていないんだ。
「私はここにあるルージュでいいよ。ありがとう」
「何だ伯爵、最近ブラン飲んでるところ見ないが。口に合わなくなったのか?」
また……余計な事を言わないでくれ、レオナルド。
「最近って言うが、お前は今まで二十一世紀にいただろう?」
「行く前って事だ、察してくれよ。おお?もしや!極上のブランを味わったせいで、もう他のは受け付けなくなったとかぁ?」
「おい!」まだこの場にユイがいるのに。わざとだな、レオナルドめ!
彼女はポカンとした顔で、私達を交互に見ている。
「何でもないよ。それよりユイ」
「はい?」
笑顔で応じる彼女を見てほっとする。
「新堂が落ち込んでいたよ。もう許してあげたらどうだい。君を思っての発言だった訳だし」
「……分かっています。でも、どう切り出していいのか……。ほら、あの人あの通り、話しかけずらいし!」
俯いてこんな事を語るユイが、とても愛おしく感じた。
レオナルドが豪快に笑う。
「話しかけずらい、かぁ!確かに!なあユイ、俺はどうだ?話しかけずらいか?」
「はい。かなり」
これを聞いて、今度は私が笑い声を上げてしまった。だってねえ。
「何笑ってんだよ、感じ悪いなぁ?」
「いい勝負だと思ってね、お前と新堂は!」
「ふざけるなよ、年が違うだろうが、年が!」
そこへユイが割って入る。「それは単に、あっちはそれを感じさせないくらい老けてるって事でしょ!」
「おお?ユイ、俺に加勢してくれるのか。いいねぇ!」
「違いますけど!」
しばしこんな戯言を楽しんだ後、レオナルドは久しぶりのこの時代の街を偵察にと席を立った。
二人になり、室内が静かになる。
「そうだ、サンジェルマンさんに預かってもらってる先生の指輪……その、返し……」
彼女が言い終える前に口を開く。「ああ。それだったら、もう新堂に渡したよ」
「え?」
「彼がこっちへ来た夜にね。向こうも、渡すタイミングが掴めないんじゃないかな。ユイから切り出してみたらどうだい?」
「でっ、でも……っ!」
「大丈夫。きっと上手く行くから。私を信じて」
「伯爵が、そう言うなら…………」
私はにっこり微笑んで彼女を送り出した。
・・・
ああ……どうしてこう緊張するの!
新堂先生の部屋の前で立ち止まったまま、数分が経過。私がここにいるのを先生が気づかない訳がない。あえて動かないと思われる。
「もうっ……何よ!キスだってエッチだってプロポーズだって、全~部私からじゃないっ!いっつも先生は受け身なんだから!」
私の考えが読めないのは分かっていたから、わざと声に出して言った。もちろん、人間には聞こえないくらいの声だけど!
すると途端にドアが開いた。
「そんなのは、俺だって不本意だったよ」
「先生……?」
彼の表情があまりに辛そうだったから、私の勢いは急速に落ちた。
先生が私を中に入れてくれる。
机の上にはたくさんの書物が積まれ、床には書類が散乱していた。
「散らかってて悪いな」
「ホントに散らかってるね……」思わず笑ってしまった。こんなに散らかす人だった?
私達は立ったまま話す。
「ユイとケンカしてから、どうにも集中できなくてね。なんて……言い訳か」
「私こそ、先生にこんな態度、いけないって分かってるのに……ごめんなさい」
深く頭を下げて謝った。やっと言えた……。
彼がそんな私の肩にそっと手を置く。「いいんだ、もう。ユイの気持ちもちゃんと考えた。決してバカにしたつもりはないんだ。勢いで口にする言葉は、ある意味凶器だな」
「先生、昔も良く口が滑ったって言ってたしね」
先生と出会った頃の懐かしい日々を思い出す。いろいろあったなぁ。あの時から私は、この人が大好きなんだ。
「先生?指輪、もう一度私に着けてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
「良かった。……もう、もらえないかと思った」
「なぜだ?」
「だって私、ここの人達ととても仲良くしてるし」真っ先にナポレオンを思い浮かべる。
せっかく仲直りしたのに、ナポレオンの名前を出してまたギクシャクしたくないから、名前は出さないけれど。
「それは、いけない事なのか?」
「え?だって、先生としては面白くないでしょ?」
「ユイの本命は、俺だけだろ」
真っ直ぐにこんな事を言われたら、掛からないはずの魔力にたちまち掛かっちゃうじゃない……。
「もちろんよ」
「なら問題ない。むしろ、俺の愛する人が、時代も国境も超えたここの人達に、こんなにも慕われていて嬉しいんだ」
「新堂先生……」
そういうふうに言ってもらえると思っていなかった。彼はとても独占欲が強かったから。
でも今、心からこの人を好きだと思った。愛してるって!
先生がそっと私の左手中指に、あの指輪を嵌めてくれる。
「ありがとう。うふふ!やっと戻って来たわね」
「改めて、我がフィアンセへ」
そして曰くつきの中指に、甘いキスが落とされた。
私は今、サンジェルマン伯爵のお供で十八世紀パリの街を歩いている。
念願叶って新堂先生も加わり、サンジェルマンさんのお邸で今まで通り住人達と暮らしている。あくまで志願者って話だったけれど、結局全員ついて来てくれた。
ユイさんが人気者の証でしょ?
「ユイ。新堂は何も言わないのかい?私の護衛じゃなく、彼のをするべきだと思うけれど」
「いいえ。彼には必要ないので。ご心配なく」
サンジェルマンさんがこんな事を言ったのは、私が伯爵の外出に度々付いて回っているから。
新堂先生にあそこまで言われたのに良くやるって?別に、お供するのを禁止された訳じゃないし。第一、この人は私達の命の恩人。伯爵を大事に思う気持ちは先生も一緒のはず。
「サンジェルマンさんったら、いつも一人で出かけるんだもの。セバスさんみたいな秘書がいたら良かったのにね」
「どうせ一緒に回るなら、ユイみたいな可愛い女性がいいな」
「それだったら、利害が一致しましたね!」
伯爵という身分の人が、一人で街を歩いてていい訳がない!本来、きちんと護衛が必要でしょ?
まあ、護衛と思われてはいないだろうけど……。
「そのコート、良く似合っているね」
「また見立てていただいちゃって……ありがとうございます」
サンジェルマンさんの見立てた服はいつもステキで、私に似合っているのか正直自信はない。
因みに今着ているのは、カーキ色のトレンチコート。シックで大人っぽい。黒革のグローブに濃いブラウンのロングブーツを合わせて、かなりキマッてる。
「伯爵!止まってください!」
「ん?何だい?」
巨大な鳥が翼を広げて、サンジェルマンさんの頭のすぐ上を通過しようとしているのに気づき、歩みを止めさせる。
瞬時に三メートル程ジャンプして、鳥を確保。こんな動きは、もちろん伯爵以外には見えていない。周囲には道行く人間達が大勢いるけれど?何ていい気分!
「これ、今晩のおかずにどうかしら?」
片手に捕まえた鳥をぶら下げて舞い降りる。
「命知らずな鳥もいたものだね。セバスが喜ぶよ、持って帰ろう」
全くよ。このヴァンパイア達に向かって来るなんて?っていっても、私達には鳥の生き血を吸う趣味はないけれど!
同じ事を考えたかはさて置き、サンジェルマンさんと顔を見合わせて微笑んだ。
「たまには馬車じゃなく徒歩もいいものだね」
「はい、思わぬ収穫!」
鳥を掴んだ私を見て人々がギョッとした顔で通り過ぎる中、私は伯爵の前に出て片膝をついて頭を下げる。
「サンジェルマン伯爵はこの朝霧ユイが、あらゆる事からお守りいたします」
しばし沈黙が流れて、断られるかなぁ……と心配した時、拍子抜けの事を言われる。
「ユイのファミリーネームは、アサギリというんだね。素敵な名だ」
そう言いながら、笑顔で私に手を差し伸べてくる。
返事、もらってないけど……ま、いっか。断られた訳じゃないしね。私はサンジェルマンさんの手を掴んで立ち上がった。
「伯爵のお名前も、二十一世紀でも人気なんですよ?」
「おや、そうなのかい?」
「いろんな所でその名前が使われてるんだから」
「例えば?」
「確かフランスに、そんな名前の通りがあったわ。あとパン屋さん!」
伯爵が目を瞬いて、横の私を見下ろす。
「へえ……。是非一度食べてみたいね。美味しいのかい?そこのパンは」
「ええ、とっても!私は大好きです」
こんな楽しいひとときは、すぐに終わりを迎えた。
お邸の門付近で新堂先生に出くわし、片手に巨大な鳥をぶら下げた私は大いに慌てた訳!
「ユイ。何を持っているんだ?」
間違いなく叱られるでしょ、こんな姿!「あ、あら~っ?先生、お仕事で出てたんじゃ!?」
「その必要がなくなったので戻って来た。それでそれは一体……」
不審がる先生に、無謀ながらも話題を反らす。
「必要がなくなったって、死んだの?」
「ああ。って……おい、もう少し言葉を選べないのか」
「まあまあ。それよりね、ユイが今晩のおかずを入手したんだ。ただでは帰らないね、君のフィアンセは!きっといい奥さんになるよ」
「はあ…………」
伯爵の目の付け所は吹っ飛んでいて(!)、先生は怒る気も失せたって感じ?一瞬話題を戻されてどうしようかと思ったけれど、うまく収められて良かった。
「これ、セバスさんの所に持って行きますね!」
「ああ。頼んだよ」
先生に怒る気力を取り戻させる前に、さっさと退散しよ~っと。
・・・
私が答えたのと同時にユイの姿は消えた。相変わらず、ハーフにしては動きが機敏だね!
「全く……。あのお転婆は一生……いや、永遠に変わらないんだろうな」
「いいじゃないか。元気が何よりだよ」
「あなたはユイに甘すぎませんか!」
だから彼女は私と外出したがるのかもね。
私だって彼女の行動に始めは驚いていたさ。けれどね、これはこれでなかなか楽しめるんだ!
こんな私の思考を読んだ新堂が、盛大なため息を漏らした。
「これは伯爵に新堂先生。今帰りか?」
「レオナルド。随分と早かったじゃないか」
「あっちの時代に慣れすぎて、どうもここは退屈でねぇ」
「その節は、何と申し上げて良いやら……」新堂が申し訳なさそうに言う。
「いやいや!嬉しい悲鳴だよ。俺としては得した気分でね、悪くないんだ」
「だったらレオナルド、いっその事向こうで暮らすか?」悪くない案だろ?
「いいねえ。考えてみよう。何せあっちは、あらゆる点で便利だしな。刺激があっていい」
その刺激だって、慣れたら消えてしまうけれどね。
「便利な分、しがらみも多々ありますがね……」
新堂の言うしがらみとは、ヴォルトゥーリの事だろう。
この時代の彼等はまだ組織としては小規模だ。大人しいものだよ。数年に一度は挨拶と近況報告に行くがね。
セバスが人間だって事を知られたら、新堂のように私が狙われるって?
あり得ない話じゃない。だが可能性は低い。彼等の力はまだそこまで絶大ではないんだ。
「ああそうだ、新堂。今度また、ユイを借りてもいいかな」
「構いませんが、今度はどちらへ?」
「最近お近づきになった公爵のパーティに呼ばれていてね。彼女を連れて行きたいんだ」
あえて口にはせず、護衛じゃなくパートナーとしてと心で訴える。
なぜなら間違いなく、花嫁候補(うんざりだ!)の申し込みが殺到するからだ。私にお相手がいると知れば諦めるだろう?
「あなたも大変ですね……。早く本当のお相手を探してはどうです?」
「ユイを使ってしまって悪いね。私の相手が見つかるまで頼むよ」
「彼女は私の所有物ではありませんので。ご自由にどうぞ」
この言葉には、いやいや、十分所有物だろう?と突っ込みたかったね。彼女にそれを言った時はブチ切れられたけれど!
「だからそう言ったんですよ」新堂が小声で私に打ち明けてきた。
さては君も、彼女に雷を落とされたという訳か!
「それで、ユイの体はその後どうだい?」
「これと言って変化はありません」
「まあ、気長に待つのがいいかもね」
「私としては、このままでも全然構いませんがね」
「おや。君は確か、ハーフは不安定な状態だから、早々に脱却させたいと言っていなかったかな?」
「ええ。初めはそう思いました。ですが今は、むしろ今のままでいてほしいです」
少しでも人間らしさが残っている方がって事かな?君はなぜそこまで人間にこだわるんだ。
「彼女のような純粋な人間を、こんな忌まわしい存在に……したくはなかった」
「忌まわしい、か。君は我々のどの辺りが忌まわしいと思う?」
「人間の生き血を糧としているんですよ?そもそも不死身の存在なんて、この世界にあっていいはずがない!」
「それは、医者としての見解かな」
命は限りがあるから美しい、短い人生を悔いなく生きよ!か。
「……ごめん、気を悪くしたなら謝るよ」
「別に何も思っていません」
自分が忌まわしい存在だなんて、考えたのはいつ以来だろう。忘れるくらい遠い昔だ。
「なあ新堂。私はここ数世紀、人間を殺してはいないよ。ああ……多少はあったか。いや、とにかく!私の邸に住む彼等は、少なくともないはずだ。永遠に等しい時間を手にしてはいるが、それも各々のやり残した事をただひたすらやっているだけ」
新堂は何も言わない。私は続ける。
「誰にも迷惑はかけていない。ここにはルージュとブランがあるのだから。生物達の命を奪う必要はない。これでも忌まわしい存在だと言うのか?」
「……私は望んでこの身に成り変わった訳ではない。私の周りには、そういう者はいなかった。ここの方々のようなヴァンパイアがいるとは、思いませんでしたので」
世の中には、様々な者達が存在している。出会っていないだけでね。
そして、その気になれば変われる場合だってある。
「あなた方のように、ですか?」
「そうだよ。でももう君は変わってる。だって、ユイと共にすでに私の家族だからね」
「家族……か。こっちの家族になら、なれるかもな」
「ん?どういう意味だい」
「以前、彼女との結婚を考えた時に、ユイの親族とちょっとありましてね」
「人間と家族になるのは無理だよ!」
「ユイとなら、なれるのではと思ってしまったんです。ユイとなら……」
「そうか」ユイの家族か。彼女にも家族がいるんだよね。
「そうです。離れ離れにさせる権利は誰にもない」
「……そうだね」
ヴァンパイアになれば時間の流れ方が違ってくる。当然、家族と過ごす事はできない。
「でも、ユイは君を選んだんだろう?」
「そう、なんですかね。分かりませんよ、今となっては。病さえなければ……!」
「おい新堂!君はそのマイナス思考を何とかしろ」
いけない、つい声を荒げてしまった。本当にそう思ったんだ、気を悪くしないでくれ。
そう心で訴えて新堂の目を見つめていると、彼の表情が緩んだ。
「同じ事を、以前ユイにも言われました」
「彼女は君にとってかけ替えのない相手だね」
「そのようです」
もう自分を、忌まわしい存在だなんて思わないでほしい。少なくとも私の周りには、そんな者はいない。
「サンジェルマン伯爵。あなたに会えて、ユイも私も、本当に救われました。身も、心も……」
「私は何もしていないよ」
「昔の自分も含め、心から感謝しています」
新堂という男は本当に律儀な男だ。
セバスといい(太宰は置いておくとして)、日本人には好感を持てるね。
「半分はロシア人ですけどね」そう言って微笑む新堂。
どうやら吹っ切れたようだね。もう大丈夫だ。君達にはこの先、輝かしい未来が待っているのだから。それを見守って行ければと切に願うよ。
「これからも、どうぞよろしく。新堂先生」
「こちらこそお世話になります、サンジェルマン伯爵」
私達は見つめ合って微笑んだ。