※この作品はR-18です。

トキヨジセツ~第二部・偉人達と恋の誘惑~   作:氷ユリ

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2 迷い込んだ世界

 光が顔に当たっていたのか、それが気になって目が覚めた。

 

 最初に高い天井が目に入る。とても凝っていて、西洋風の建物みたい。

「ここは、どこだろう……?」

 体を起こしてみるけれど、何だか頭が重くて辛い。自分がなぜここに寝ているのか分からない。

 その前に、私、何してたんだっけ?

 

 考え込んでいると、ドアが開いて男性が入って来た。

 その身なりはドラマなどで見る執事そのもの。その男性のあまりのイケメンっぷりに、まるで執事カフェにでもいるような錯覚に陥る。

 

「お目覚めですか。おはようございます」

「あの……っ、ここは……?私、どうして」

「ここはサンジェルマン伯爵のお邸です。今伯爵を呼んで参りますので、少しお待ちください」

「サン、何て?外人?!あのっ、ちょっと待って……っ」

 ハクシャク?もしかして明治時代?何かのイベントで、お芝居でもしてる?

 

 疑問符だらけで待つ事一分弱。すぐに別の男性が現れた。やっぱり外国人だ。どこの国の人か分からないけど、どこかで会ったような気が……。

 

「やあ。どうだい、少しは元気になったかな?」

 驚いた事に、この人は日本語を話した。

 

 やっぱりお芝居かも。だとしてもこの俳優は完璧だ。だってこの、柔らかそうな濃いブロンドの髪やゴールドの瞳、滑らかな白い肌なんてマネキンみたい。

 あまりに現実離れした超絶イケメンなんだもの!

 

「あっ、あの!……私、いつこのお邸に?」

「昨夜遅くだよ。扉の前に倒れていたんだ」

「扉?玄関ですか。何だろう?済みません、なんか迷惑かけてしまって……」

「いいや。玄関じゃなくて、扉を抜けて廊下で倒れていたんだよ」

「はい?」待って。それって不法侵入ってヤツじゃ……。

 

 しばし沈黙が続いて、超絶イケメン伯爵は自己紹介を始めた。

「名乗るのが遅れて申し訳ない。君に会うのは二度目だね。私はサンジェルマンだ、よろしく。それと、彼は執事のセバスチャン」

 

 日本人にセバスチャン?と思いつつ、後ろからの朝日を浴びた、まるで後光を放つ神様みたいなサンジェルマンさんに、つい見惚れてぼんやりしてしまう。

 

「君の名前を、聞いてもいいかな?」

「あ!そうだ……ごめんなさい、私は……あれ?私の名前、何だっけ……」

「どうしたのかな」

「スミマセン、…………分かりません」

 何度考えても思い出せない。自分が誰でどこから来て、何をしていたのか。

 

[以下カッコ内仏語]

 

「(伯爵、もしかして記憶喪失では?)」

「(記憶喪失か……)」

 

 私が考え込んでいる間、二人がフランス語で、きっと相当ショックな事があったに違いない、などと話しているのが聞き取れた。

 私はなぜかフランス語も分かるようだ。試しに会話に混じってみよう。

 

「(済みません、そうだとしても、これ以上迷惑はかけられませんし。すぐに失礼しますので……)」

「(君はフランス語もできるんだね。最初に会った時、英語で話したよね。その事は覚えているかな?)」

「(いいえ……。何となく、あなたにお会いしたのは覚えてるんですが……。いつ、どこでなのかまでは……)」

 

「これは困ったね」

「はい。困りました」

 

 シーツから手を出した時、左手の中指に何かが光った。それに注目が集まったのが分かる。

 

「それを贈ってくれた人の事はどうかな。何か覚えていないかい?」

「な、何?この指輪。……どうして私がこんな物を?」

「……ダメか。そうそう、君、昨夜何度も誰かの名前を呼んでいたよ。確か、シンドウ先生、って。その人の事はどうだろう」

 サンジェルマンさんが期待を込めて聞いてくるけれど、全く覚えなし。

「しんどう?……さあ、これといって覚えは……」一体、何がどうなってるの!

 

「(お医者様に診てもらった方がよろしいかと)」

「(そうだね。麓のサヴリー先生に来てもらおう)」

「待って!そこまでしていただかなくても大丈夫ですから!」

 医者だけは勘弁して……。それが大嫌いなのだけは覚えてる!

 

「ん?大丈夫かどうか、なぜ君が分かるの」不思議そうにするサンジェルマンさん。

「それは……。どこも痛くないですし……」

 さすがにこのタイミングで、医者が嫌いだから、なんて言えない。

「昨夜、左腕をとても痛がっていたが、そこは大丈夫かな?それと、心拍が少し早いようだ」

「!!!っ……そんな、医者みたいな事言わないで!」

 

 今、何か思い出しかけた。誰かの姿とサンジェルマンさんが重なる。……誰?

 

「……何か気に障ったかな?どうしたんだい?」

 とても気遣わしげな視線を浴びて申し訳なくなる。こんなに親切にしてくれているのに、私ったら何て態度を?「……ごめんなさいっ」

 

 頭の中の誰かが、ユイ、と私に話しかけている。ユイ。それ私の事?あなたは誰?

 

「ゆ、い。そう、私、ユイって呼ばれてました。たぶん……そんな気が……」

「ユイか。思い出したんだね。良かった、ユイだね。よろしく」

「お名前をお呼びできないのは、いささか不都合がありましたので。良かったです、ユイさん」

「あの、私!すぐに失礼させていただきますので」

「急がなくてもいいよ。体調が良くなってからでも」

「もう大丈夫ですから……」

 

 ベッドから起き上がろうとするも、めまいを感じて体が傾く。

 

 二人が同時に手を差し伸べてきた。

「ほら。無理しないで。君は大事なお客さんなんだから。この邸の主の、私の指示に従ってもらいたいな」

「お客だなんて!勝手に迷い込んだだけですから」

「でも少なからず、私とユイにはご縁があったという事じゃないかな?」

 

 ああ……、何て神々しい笑顔なの?眩しすぎて直視できない。それなのに、こんな笑顔に懐かしさを覚えるのはなぜ?

 

「(こちらに朝食をお持ちしましょう)」

「(そうだね……今誰か、食堂にいるんだね?)」

「(はい。三名程、食事をしておられます)」

 執事さんの回答を聞くと、サンジェルマンさんは頷いて言った。

「(ここへ持ってきてあげて。あまり彼等の目に晒したくはない。……まあ最も、すでに君の存在は、知れ渡っているだろうがね!)」

 

「あの……彼等って?ここに住んでる方、たくさんいらっしゃるんですか?」

「ああ。滅多に全員集まる事はないが。住んでいるよ、今は何人だったかな」

「私達を除いて、あと八名ほどです」

「そうか。部屋はまだまだ余っているから大丈夫だね」

「サンジェルマンさんは、ご自分のお邸を宿として提供されてるんですね」

「私が呼んだ者達なんだ。ここで暮らしたければ暮らせばいい。嫌なら出て行けばいい。全ては自由だよ。ユイ、君もね。ただし元気になるまでは出て行くのは禁止だ。ああ、だが……」

 

 ふいに口を噤んだサンジェルマンさんに、なぜだか嫌な予感がした。

 

 何かありそうな素振りは気になるけれど、ここは素直に受けよう。

「それではお言葉に甘えて、落ち着くまでいさせてもらいます。もし本当に、ご迷惑でなければですが」念押しのためにもう一度確認する。

「私としては大歓迎なんだよ。しかし、困った事があってね……」

「……はい」

 

 顔を見合わせる二人。一体何があるの?「何ですか?」

 

「今はやめておこう。これ以上混乱させるのは良くない。ナポレオンにでも護衛させるとしよう」

「仰せのままに」

 執事さんは深く頭を下げて出て行った。

 

「ご、え、い?」

「おや、この日本語、間違っていたかな。ガードだよ。守ってもらうんだ」

「そんな!いいですよ。あとさっき、ナポレオンって言いました?ナポレオンって……」

 まさかあの、フランス皇帝のナポレオンじゃないよね。ニックネームかな。

「ご想像通りの人物だよ?」

 何かおかしいかな?とサンジェルマンさんが美しい笑みで続ける。

 

「はい?」それはおかしいでしょ!

 ……ああ、でも待って。私がおかしくなったのかもしれない。記憶もないし。

「あの……、やっぱり私、出て行った方が……」

「いいや。逆に、ここにいた方が安全かもしれない。外の世界は案外、物騒だからね」

 

 サンジェルマンさんの視線が私の左腕に移る。……ここに何か?

 

 でもすぐに私の顔に戻され、例の笑みが向けられた。

「腕の痛みは治まったみたいだね。良かった」

「腕?ケガをした覚えはありませんけど」

 私のこの答えに、彼はなぜか驚いたような顔をした。

 

「あの、ここはどこなんですか?」

「パリだよ」

 

 ああ。そういえば私、旅行中だった?

 シーツを捲ってベッドから立ち上がる。私はなぜかガウンを着ている。

 

「そうそう、君の服だけど、とても汚れていたからクリーニングしているんだ。勝手な事をして申し訳なかったね」

「あ、いいえ。済みません!そんな事までしていただいて」

 意識のない間に服を脱がされたというのに、クリーニングしてもらっている事に申し訳なさを感じている私。

 それくらい、目の前の人は誠実に見えた。

 

 窓辺に近づいてカーテンをそっと寄せてみるけど、綺麗に手入れされている庭以外、何も見えなかった。

 

「まあ、ゆっくりしてくれればいい。何かあったら言ってね。それでは」

「あ!ありがとうございます」

 出て行くサンジェルマンさんの後ろ姿に向かって、慌ててお礼を言った。

 

 入れ替わりに、執事さんが朝食を乗せたトレイを運んで来た。

 お腹はペコペコだったので、早速いただいた。

 

 

「とても美味しかったです。ご馳走様でした」

「ユイさんのお口に合って良かったです」

「あの、何かお手伝いします。私の服はまだ……」

「夕方にならないと業者が来ないので。気にせず今日は、お部屋でゆっくりされてください」

 

 有無を言わさずといった感じで、執事さんは食器のトレイを持って行ってしまった。

 

「ふう……。これからどうしよう」

 自分の格好を見下ろす。さすがに、この姿で邸をうろつく訳には行かない。

「誰かいないかな……。女の人がいたら、服を貸してもらえるかも」

 廊下をこっそり覗いていると、奥のドアが開いて誰かが出て来た。

 

 急いでドアを閉める。見られたかな……。

 ドアにもたれかかってドキドキしていると、そのドアがノックされた。

 

「(おい、入ってもいいか)」

「えっ!えっと、どうしよう……。誰、ですかっ?」

「(ナポレオンだが)」

「ナポレオン?!皇帝……」

 

 私が開ける前に、ドアは無理やり開かれた。その勢いで体が前に押される。

 

「きゃ…………っ!」

「(おっと。大丈夫か?)」

 倒れ込みそうなところを、入って来た男性に腕を掴まれて踏み止まる。

「スミマセン……」

「(起きて大丈夫なのか)」

「え……、はい、まあ……っていうか、勝手に入らないで!」

 

 自分の格好を思い出して、肌蹴かけていた前合わせを両手で掴む。

 

 男性は全く気に留める様子もない。

「(伯爵から聞いてないのか?一応、挨拶に来たんだが)」

 

 ナポレオンに護衛をさせるってヤツか。本気だったの?それでこの人は本当にナポレオン皇帝?目の前の男性はとても若く、イメージするナポレオンとは程遠い雰囲気。

 艶のある黒系の髪に、瞳は私の指輪に付いている宝石の色に良く似ていて、とてもキレイ……。そして何よりも、この人も相当のイケメン!

 ドキドキしちゃうじゃない?私ったらこんな格好だっていうのに。

 

「(おい。聞いてるのか?って、言葉、通じてないのか……)」

 

 自分がさっきから日本語を話しているのに気づく。焦りすぎた。居ずまいを正して向き直る。

「(言葉は分かります!それであなたは、本物のナポレオン皇帝なんですか?)」

「(あ?ケンカ売ってんのか?)」

「(ご、ごめんなさいっ!だって……その)」

 

 しばし沈黙が続き、ナポレオンと名乗る男性が豪快に笑った。

「(お前の時代の俺がどんなふうに伝わってるのか知らねえが、目の前の俺がそうなんだ。それでいいだろ)」

 並べられた言葉の一部分だけに疑問が生まれる。「(お前の、時代?どういう意味ですか?)」

「(何だ、聞いてないのか?今は一八八〇年だ)」

 

 笑いながら言うから、なおの事信用できない。格好は完全に中世の軍人って感じだけど。

 そんな黒系の軍服を前に緊張するものの、このナポレオンさんは陽気な人のようだ。

 

「(冗談ですよね?記憶がなくても、そのくらいは分かります。ふざけないでください!)」

「(ふざけてない。信じないならそれで構わない。別に俺は困らないしな。とにかく、頼まれた仕事はきっちりやる。それを言いに来ただけだ。じゃあな)」

 どこかムッとした様子で背を向ける彼に、慌てて声をかけた。

「(あの!ごめんなさい、からかわれてるのかと思ってしまって。)イマイチ信用できないけど!(ごめんなさい……)」途中、本音を日本語に切り替えて口にする。

 

 すると、立ち止まったナポレオンが勢い良く振り返った。

 いつの間にか距離を縮められていて慌てる。動いたところ、全然見えなかったけど?どうなってるの!

 ああ……っそれより!顔、半端なく近いんですけど!

 甘くて熱の籠もった吐息が、私の顔にかかる。

 

「(からかわれてるのは、こっちかも。お前は何者だ?そのうち、そのリングの贈り主が、お前を取り返しに乗り込んで来るんだろ。少しは腕の立つヤツだとありがたいな!たまには、本気でやり合いたいからな)」

「(何を、言っているの?)」

「(ああ……悪い。記憶、ないんだったな。忘れてくれ。それと、恥らうなんて今さらだぜ?もうすでに、お前のハダカは見ちまったからな)」

「なんっ!なんですってっ?!」

 

 笑い声を上げながら、ナポレオンは出て行った。

 

 どういう事?裸を見たって!まさか着替えさせてくれたのって、あの人なの?ウソでしょ!どうせならあのサンジェルマンって人か、執事の人が良かったと、なぜか思う。

 みんな男なのに?

 

 

・・・

 

[以降の会話は全て仏語]

 

 

「セバスチャン。念のため、サヴリー先生に連絡して来てもらって」

「ですが伯爵、本人は必要ないとおっしゃっていましたが」

 

 書斎にて、窓辺からどんよりと曇る空を見上げなら、指示を出す。

 

「だから、念のためね」

「彼女の心拍が早いと、なぜお分かりに?」

「とても良く聞こえるんだよ。君の心音だって聞こえるよ?君のは常に安定しているね」

「恐れ入ります。ドクターとしてもやって行けそうですね。何でもお出来になられて、益々尊敬いたします」

「よしてくれ!ドクターだけは性に合わないよ。私の研究対象は、生き物以外なんでね」

「それは失礼致しました」

 

「別に構わないよ。彼女の事は、私の知人の娘とでも言ってくれ。余計な事は口外せぬように」

 これだけ言えば、セバスなら分かってくれるだろう。

 

 恭しく頭を下げて出て行く後ろ姿を見送る。

 

 昨夜、彼女は若干発熱していた感があった。今朝はそれも落ち着いているようだ。なのに心拍は早いまま。緊張していたのだろうか?

 記憶喪失の事も気になる。大事な未来からの預かりものに何かあると困る。

 私は昔から心配性でね。どうやら、その性分が出てしまったようだ。

 

 

 

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