「君達は確か、婚約中だったよね?」
ユイと新堂を前に語りかける。談話室での憩いのひとときの事だ。
「ええ」
「そう言えば、ずっとそのままだね」
新堂に続き、ユイが答えてくれる。
二人は顔を見合わせて、今気づいたとばかりに頷き合う。
「ユイも永遠に等しい時間を手にした事だし、そろそろ式を挙げてもいいんじゃないかな」
「永遠に等しい時間とは、言い得て妙ですね」
「先生?もしかして、私が完全に転生しないと認めてくれないとか……」
「その事については、もう気にしてない」
腑に落ちない様子のユイを尻目に、本題に入る。
「実はね、この近くに素敵な教会があるんだ。あそこなら、式に打って付けだと思うんだよ」
これが自分とユイの式であったなら、もっと良かったけれどね。……おっと、これはマズい事を考えてしまったかな。
そっと新堂を窺うと、彼は変わらずユイを優しげな表情で見下ろしていた。
「どうかな。二人とも。もう元の世界には戻るつもりはないという事だから、ここで式を挙げても
いいと思うんだ」
「そうですね……」どこか気乗りしない様子のユイ。
気になっていると、透かさず新堂が私に説明してくれた。
「彼女には、祝福してほしい人達が未来の世界に大勢いるんです。……済まない、俺のせいで」
「ううん!先生のせいじゃないわ。私は今の状況、とても気に入ってるから。それに、こっちに
だってたくさん祝福してくれる人、いるもの」
ユイが潤んだ瞳で私を見てきた。
「もちろんだ。私を含めて、ここの住人達は皆、二人を心から祝福するよ」
私の言葉に、二人は同時にありがとうございますと頭を下げた。何てピッタリのタイミングだ。
付け入る隙もないとはこの事だね。
「ユイの意向を尊重する。ユイはどうしたい?」新堂が気遣わしげにユイの顔を覗き込む。
「……正式に、新堂先生の奥さんになれるって事だもの、もちろん賛成です!」
先程の表情とは打って変わって満面の笑みで、ユイが答えた。
良かった。変な提案をしてしまったんじゃないかと、一瞬不安になったが。
「それじゃ早速今夜にでも皆に発表だ。急遽晩餐会を開くとしよう」
・・・
思わぬ急展開。私としては念願の結婚だけど、どこか複雑なのも事実。一番に報告したいお母さんやキハラが、ここにはいない。
もう二度と会えない事を、今になって思い知らされた。
「ユイ?無理してないか」
晩餐会へと向かう途中の廊下で、先生が気遣ってくれる。
「正直言うと、戸惑ってるかな。……先生、私の気持ち分かってくれてて、凄く嬉しかった」
「当たり前だろ。心が読めなくてもそれくらはい分かる」
「うん」
「伯爵は案外、世話好きのようだ」
「だね」
私達は見つめ合って苦笑した。
食堂が近くなると、こんな嘆きの会話が聞こえてきた。アーサーと太宰さんのようだ。
「ああ~、残念!ユイが結婚しちゃうなんて!」
「全くだねぇ。よし江さんは皆のものだったのに」
「これからは新堂一人のものになる!」
「ちょっと!新堂が来たよ!」
私達の気配を察知して慌てたのはアイザックか。
聞かれる事なんて前提なんでしょ?アーサー!
「それは悪い事をしたな、皆さんには」言葉の割には、悪びれた様子は微塵も見せない先生。
「ねえ新堂。でもさ、結婚しても伯爵には貸し出すんでしょ?ほら、パートナーの真似事させるの
に!だったらオレらにもさ……」
「さすがにそれはもうしないよ、アーサー」伯爵が颯爽と現れ、アーサーの言葉を遮った。
一同が一斉に目を向ける。
「人妻にお願いできる事じゃないだろう?ねえ新堂」
なぜか私はドキドキしながら先生の答えを待った。伯爵のお相手役ができなくなるのは、ちょっぴり寂しい。
でも、別に構いませんよ、なんてあっさり言われても悲しい!先生、何て答える?
「それも含めて、私からきちんとお伝えしたいので、会を始めませんか」
先生がそう言った時、大人の魅力たっぷりの低い声が響いた。
「おっ、間に合ったな。悪い、遅れた」
入り口にレオナルドさん、続いてモーツァルトとゴッホ兄弟の姿があった。
「後は……ジャンヌとナポレオンか。二人は来ないのかな」伯爵が呟く。
ナポレオン、来てくれないのかな……。結婚に戸惑いがあるのは、彼の事もある。ナポレオンが私を好きになってくれていたのは知っているから。
「ねえ新堂先生……」
不安になって横に座る先生を見上げる。
「何を心配してるんだ?あいつがこんな事で逃げ出すような男だと思ってるとか」
「そっ、そんなんじゃないけど!」
いつの間にか、皆の視線が私に集中していた。皆に自分の心が見透かされているような錯覚に陥る。私とナポレオンの事を、皆薄々勘付いていたんだ。
それってつまり、私がナポレオンに未練がある、とか思われてるって事?
……ここは先生に魔力を掛けてもらって邪念を封じるとしよう。先生の魔力だけは健在なの!
「ねえ、せんせ……」
私が魅惑の瞳に目を向けようとした時、ようやくナポレオンがジャンヌと共に現れた。
「ワリぃ、遅刻か?こいつがなかなか離してくれなくてな!」
ナポレオンは今しがたまで使っていたらしく、剣を鞘に収めながら入って来た。
「ナポレオン、まだ勝負がついていない!」
「続きは後だ。大事な会が始まっちまうだろうが」
「……大事な、会」私はナポレオンのその言葉を繰り返した。
「だろ?ユイ!」
ナポレオンは私が心配したような、小さな男じゃなかったみたい。見る目ないなぁ、私も!
「さあジャンヌ、席に着いて。乾杯するよ」
伯爵に促されて仕方なく席に着いたジャンヌを見届け、セバスさんがグラスにシャンパンを注いで回る。
「セバスさん、スミマセン、お手伝いできなくて」
「いいんです、本日の主役に給使なんてさせられませんよ」軽く微笑んでセバスさんは言った。
「それじゃ、いいかな?急な召集に答えてくれてありがとう。おめでたい報告は早い方がいいと思ってね。さあ新堂。後は頼むよ」
先生が立ち上がる。私もおずおずと横に立った。
「もうすでにお聞き及びかと思いますが。この度、伯爵のご好意もあり、こちらの時代でユイと式を挙げる運びとなりました」
「いよっ、晩熟のご両人!待ってました!」アーサーは合いの手を入れるのが上手い。
「眩しいねぇ……」いつもの調子を崩さない太宰さんと。
「二人とも、おめでとう!何だか僕も幸せな気分だなぁ」今にも泣きそうなフィンセント。
「ケンカするほど仲がいいというのは、真実だったらしい」
妙に納得するテオも、今日は毒舌を口にしない。
「いつも二人が想い合ってる事は、誰もが気づいてたけどね」アイザックはどこか羨ましげだ。
「おめでとう。式当日はぜひ俺に演奏をさせて」もちろんです、モーツァルトさん!
「……おめでとう。こんな報告があるなど、全く知らなかった。遅れて済まなかった」
寝耳に水という感じでジャンヌさんが謝ってくれた。
この人に謝ってもらうの、二度目だなぁ。
「知らなかっただぁ?俺、何回も言ったはずだが?全く聞いちゃいねえってか!」
ナポレオンの突っ込みに、改めてポカンとするジャンヌさんが何ともいえず面白い。
どこか天然のジャンヌさん。剣術の稽古に夢中だったのだろう。その姿は容易に目に浮かぶ!
ふとナポレオンと目が合った。彼にはまだ、おめでとうを言ってもらっていない。
じっとナポレオンのエメラルドブルーの瞳を見る。
「ナポレオン?どうかしたかい?」無言のままのナポレオンに伯爵が尋ねる。
「ユイ。俺はお前の兄貴だろ?」
「えっ?そうだっけ」
「って、忘れたのかよっ!そういう事になったろうが」
「いつ……?」
「とにかくっ!兄貴の言う事を良く聞け。いいか?もう俺に頼るなよ?夫婦喧嘩は犬も食わないって言うからな!」
「なっ、何よ!別に頼ったりしないし」
「……幸せに、なれよ?」小さな小さな声でナポレオンは言った。
そして今度は打って変わって声を張り上げる。「おい新堂!ユイの事泣かせたら、俺がシバきに行くからな、覚えとけ」
「キハラもどきが、ここにもいたか……」
「あ?何だって?」
「いや。こっちの話だ。もちろんだ。俺も頼りにしてるよ、ナポレオン。結婚しても、ユイをよろしくな」
どこか照れた様子で腕を組み直すと、ナポレオンは先生から目を反らした。
「皆さん、本当に温かいお言葉、ありがとうございました。私と結婚しても、どうか皆さん、ユイとは今までどおり気兼ねなく接してください」
「それって~、伯爵のお供も、俺とのデートもナポ君とのイチャイチャもオッケーって事?」
「アーサーっ!何よ、最後のイチャイチャって」
会場が一瞬どよめく。
それを振り切って、先生はきっぱり答えた。
「私は、彼女を信じています。彼女の思うままに、望むままに暮らして行く事が、私の望みです」
「っ!先生……」
それは彼が、私が先生一筋だって信じてくれている事を意味していた。最高の答えだ。
「サンジェルマン伯爵を始め、ここの皆さんの元へユイを導いてくれた未知の力に感謝を込めて。乾杯の音頭とさせていただきます」
盛大な拍手が巻き起こる。そして乾杯!の声の後、レオナルドさんが口を開いた。
「おめでとさん。ユイ、新堂。まるで昔から一緒にいたような気さえするよ」
「本当だね。不思議なものだ」伯爵までも同意する。
そんなふうに思ってもらえて、こちらこそとても光栄です……!
「で?ユイは誰とヴァージンロード歩くんだ?」
ふいに問いかけられたこの質問を巡って、伯爵とレオナルドさんが火花を散らしたように見えた。
「それはもちろん私とだよね?ユイ」
私はこの邸の主、つまり皆の父親のようなものだから、と伯爵が勝ち誇ったように微笑む。
対してレオナルドさんはというと……。「ユイを一番にキャッチしたのは俺だぜ?」
これには誰もが、ん?という顔で振り返った。
「なあユイ?」
「え、えっとぉ~……」そんな事に同意を求めないでください、レオナルドさん!
「おい、何の事だ?ユイ」先生までもが私を責め立てる。
「私も聞きたいね、ユイ」
「そういや、前にもそんな事言ってたよな。何なんだ?ユイ」
伯爵とナポレオンまで加わり、私は回答を放棄した。「ああ~ん!忘れた、忘れました!!」
一瞬の沈黙の後、食堂は爆笑の渦に見舞われた。
「え?な、何?」
ここへ来た最初の頃に、二階から飛び降りた私をキャッチしたのは、確かにレオナルドさんだったワケだけど……。この事実はすでに邸中の皆が知っていたらしい。
その頭の中を読める先生は、当然知っている。
「ごめんごめん、君の困惑する顔が見たくて、ついね」真っ先に伯爵が謝ってくれる。
「悪かったな。それは置いといて、俺の懐、父親に最適だと思わないか?」
「皆さん、もしかして、もう酔ってます?」
おや。どうなんだろうね、と顔を見合わせる二人。
ヴァンパイアってお酒に酔うんだっけ?もしかして、惚れ薬ならぬ、おかしな媚薬が盛られていたりして!
「ああ……シアワセだなぁ」
頬をほんのりピンクに染めた伯爵が呟いた。
「おいおい、ホントに酔っ払っちまったみたいだぜ、こちらさんは!」レオナルドさんが大袈裟に退け反って言う。
「ヴァンパイアが酔うなど、有り得ない」
相変わらず冷静な新堂先生に、伯爵は意味ありげな微笑を浮かべた。
「おや。ならば試してみるかい?君も」
伯爵に勧められて、先生はグラスを飲み干した。次第に眉間にシワが寄る。
「先生?大丈夫?」
「……これは、何だ?」
「ただのシャンパン、ではないよ。だって、今夜はとてもおめでたい夜だからね。奮発したんだ」
「ですから、一体……!」
先生の顔も、段々赤みが差してくる。って事は……今触っても、冷たくない!
私は先生の手を握って、からくりを解き明かした。
「これ、もしかしてブランのシャンパンですか!」
「ご名答」ニヤリと笑ってレオナルドさんが答えた。
「何ですって!?」
「先生ったら驚き過ぎ。ブランはお嫌い?」
「そうそう、お嫌い?」私と一緒になって、どこか面白そうにレオナルドさんが続けた。
「ユイ、おまえ、分かって言ってるか?」
「何を?」
「…………いや、何でもない。ああ、やられた!」
「まあまあ。どうだ?案外イケるだろ。そんなに避けるなよ。この成分はたかだか……」
「レオナルド、そこまでだ。それより!ユイとバージンロードを共に歩けるなんて光栄だね」
唐突に話を戻して伯爵が言う。
ん?ブランの主成分って確か、白い花の蜜、だよね?それが何か?
「どさくさに紛れるの、相変わらず上手いよなぁ!伯爵サマは?」
「ユイ、新堂とケンカしたら、いつでも戻っておいで。君の部屋はそのままにしておこう」
「ふふっ。ありがとうございます、伯爵」
「恐らくそういう場合は、俺が追い出されると思うが?伯爵、私の部屋もそのままでお願いできますか」
「ちょっとぉ~?先生!私、そんな事しないもんっ」
私は先生の胸板を叩きまくった。全然ビクともしないんだけど!
遠巻きに私達を見ていた面々が呟く声が聞こえる。
「あ~らら。早速始まったみたいだよ」
「先が思いやられるねぇ」
「何なら今からでも、俺に乗り替えるか!ユイ」
便乗して、軽口を叩いたであろうナポレオンの言葉だけが、なぜか異様に響き渡った。
「んなっ……なんだよ?」
沈黙を破ったのは太宰さんの一言。「そうなると、近親相姦だねぇ」
次の瞬間またも、どっと笑いが巻き起こった。
「はぁ~??」
「ナポレオン、残念ながら、お前はユイの兄貴決定だな。反応が瓜二つなんだから!」
レオナルドさんが締めくくった。
「ホ~ント!ウケる!」いつまでも腹を抱えて笑い転げるアーサー。
珍しい事に、ジャンヌさんまでもが笑っている。
皆、このシャンパンに酔っているんだろうか。それとも、私達の事を心から祝ってくれているから?だったら嬉しいな。
・・・
式当日は晴天だった。
抜けるような青空の下、ユイの純白のウェディングドレスが映えている。
「改めて、結婚おめでとう、ユイ。君達の門出を心から祝福するよ」
「ありがとうございます。サンジェルマンさんの後押しがなければ、実現していませんでした」
「ユイのドレス姿は、いつまでも見ていたいくらいに綺麗だね」
毎回、彼女の服は私が見立てて来たが、今回は新堂のチョイス。
なかなかいいじゃないか?
「私が父親役でごめんね」
「……え?どうしてそんな事!むしろ光栄ですよ!」
本当のご両親がこの場に立ち会えない事を、悔やむばかりだ。
何とかしてやりたかったが、こればっかりはね。
「ありがとう、ユイ」
私の言葉に再びユイが首を傾げた時、教会のドアが開かれた。
「さあ、それじゃ行くよ」
「……はい!」
私が、君のご両親に代わって責任を持って見守って行く。未来永劫、この身が果てるまで。
ヴァージンロードをゆっくりと進み、新堂の元へと連れて行く。
彼女と組んだ腕を離し、新郎へと受け渡す。
「ユイ、とても綺麗だ。愛してるよ」
「ありがと!先生もとっても素敵!大好きっ」
すぐさま新堂の胸に飛び込むユイ。そして二人は、いい雰囲気ですぐさま口づけし合った。
おいおい、段取りがメチャクチャだよ?
「……二人とも、誓いの言葉の後に、キスの段取りだったんだけれどね?」
「ま、いいんじゃねえか?モーツァルト、曲を変更だ!踊るぞ、皆!」
レオナルドの言葉を合図に、厳かな結婚行進曲からワルツに切り替わった。
「まあ、彼等らしい式と言えるね」
席から立ち上がった参列客は、思い思いに踊り始めた。とても楽しそうに。
二人はきっとこれからも、私達にこうして楽しい時間を提供してくれる事だろう。実に愉快だ。
末永く、よろしく頼むよ。
ユイと新堂に幸あれ!