前略 私の愛するお母さん。シチリアの太陽には慣れましたか?
長らく近況報告もせず、親不孝な娘のユイです。そろそろお母さんも痺れを切らす頃かと、筆を執った次第です。
私達はロシアからパリへと居を移し、新たな仲間達とワイワイ楽しく暮らしています。
実は先日、その仲間達に見守られて式を挙げました。招待できずにごめんなさい。描写したイラストを同封しましたので、それでご勘弁ください!
いろいろあって、会いに行く事も、こちらに遊びに来てもらう事もできない状況ですが、新堂先生と二人、楽しく元気に幸せに暮らしているのでご心配なきよう。
お母さんもどうか体に気をつけて。元気に幸せに暮らしている事を願っています。パパにも、よろしくお伝えください。
追伸 もしも、もしも会う事があればでいいので、その時はキハラにもよろしく。
かしこ
「これだけ?」
思わず一人突っ込みを入れてしまった。
実はサンジェルマンさんの計らいで、未来に手紙を持って行ってくれる事になって、気合を入れて便箋の山と向き合っていたんだけれど。話したい事が山のようにあったはずなのに、いざ書いてみたらこの程度なんだもの。
同封するイラストは、レオナルドさんが描いてくれた。とっても上手に。
写真なんかより全然価値がある。むしろ雲泥の差!何しろこれを手掛けた人物は、あのモナ・リザや最後の晩餐を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチなのだから!私ったら何て贅沢なの?
だけどきっと、誰にも気づかれる事はないだろう。
廊下から先生の声がした。
「ユイ、伯爵がいらしてるぞ」
「あ、は~い!今行きます」
私達は今、伯爵のお邸から少し離れた場所に家を建てて、二人で住んでいる。
リビングでは、優雅な佇まいでサンジェルマンさんが私を待っていた。
「手紙は書けたかい?」
「それが……意外と難しくって」
「そうだよね。長い間離れているんだから、話したい事はたくさんあるよね」
「私もそう思ったんですけど」
不思議そうな顔でサンジェルマンさんが私を見つめる。
「きっと長々書かれても、向こうも迷惑だと思いますし」
「そんな事はないだろう?」
「いえ、あり得ますね、この親子なら」何を思い出したのか、先生が妙に納得しながら言った。
「私は君達の内情までは良く知らない。新堂がそう言うなら、そうなんだろうね」
私は短い手紙をサンジェルマンさんに託した。
キハラにも書こうと思ったけれど、やめた。なぜって?それは……必要がないから。
新しい自分の人生を歩み始めたキハラを、もはや人間ではない私のゴタゴタに巻き込んではいけない。
「それじゃ、行って来るよ」
「よろしくお願いします」
出て行く伯爵を二人で見送る。
新堂先生がそっと私の手を握って来た。定位置の斜め上を見上げてみると、先生はまだ伯爵の後ろ姿を見ている様子。
「先生?」
「ユイ。ミサコさんに会いに行かせてやれなくて、ごめんな」
「どうしたの?今さらそんな事!私は平気よ?先生がいるから」
しばしの沈黙の後、先生が私を見下ろして言った。
「……どうして、おまえの心だけ読めないんだろうな。その言葉が、嘘か本当か分からないじゃないか?」
「それが普通なんです!皆そうやって、相手の気持ちが知りたくてヤキモキしてるのよ」
握った手を思い切り握り返す。
「っ!痛いじゃないか。いきなり何をする?」
「こうやって、思いがけない事が起こるからいいんじゃない。全部分かっちゃったら、つまらないでしょ?」
「プラス思考も相変わらずだな」先生は手を擦りながら笑った。
「それにしても嬉しいなぁ!今まで先生に、痛いって言わせた事なかったもの」
「痛めつけてたのは俺だもんな」
「変にハマりそう……。覚悟してね、セ・ン・セっ!」
今度は先生の頬をつねってみる。
「いてっ!何をする?こらユイ、待て!」
「きゃははっ!掴まらないんだから~。ここまでお~いでっと!」
私達は輝く午後の日差しの中に、迷いなく飛び出した。