二人でそのまま、晩餐会会場の食堂へ向かう。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「いいや平気さ。出入り自由、堅苦しく考える事はない」
ドアを開けると、そこはとても広々した空間だった。お城の大広間って感じ。長テーブルには燭台が定間隔に置かれ、食器が並んでいる。
着席している人は少数で空席が目立つ。これじゃ確かに主催者は悲しいかも。
さっきのレオナルドさんがいた。他の二人は初対面。どちらも若そう。そしてまたも美形揃い!
「おや?君、もう元気になったの。良かったね!」
「あの……誰、ですか?」
「最初に君を見つけたのオレらなんだ。ね、ナポ君?あん時は驚いたよね~」
何だか軽そうな人……。服装はとてもお洒落だ。この人懐こい笑顔が素なのか演技なのか分からないけれど、さぞや女子にモテる事だろう。
私はナポレオンをちらりと見た。
「アーサー、頼むから余計な事は言ってくれるな?」
「何だよ、余計な事って?例えば、この子の血があまりに魅力的な事とかは?」
「おい!」
「確認しただけじゃナ~イ?何が余計な事か分からなくてね~」
血?魅力的?魅力的なのはあなた達の方でしょ!こんなイケメン揃いじゃ身が持たない……。
別の意味で困惑する私を、なぜかナポレオンはとても慎重に扱ってくれる。
「いい加減にしろよ。でなきゃ、永遠にしゃべれないようにしてやろうか?」
「暴力反対!そんな事されたら、カワイイ子口説けなくなるじゃん?」
「けど、君の仕事だったら続けられるよね」
もう一人が会話に混じってきた。
こっちの人がおしゃべりだからか、物静かな雰囲気。その人のローズ色の瞳が珍しくて、つい覗き込んでしまう。
でもすぐに目を反らされてしまった。ジロジロ見すぎたかなぁ……。
気を取り直して、話の続きを促す。「あの、お仕事って?」
「おっと。自己紹介まだだったね。オレはアーサー・コナン・ドイル。小説家だ」
「一応俺も自己紹介。アイザック・ニュートン。物理学者」
「!!!」
また出たよ、どエライ偉人が二人も!言葉にならず固まる私。
そんな私を横目で見て、ナポレオンが二人に言う。
「コイツの事はしばらく放っておけ。で、他の連中は?」
この問いに答えたのは、さっき会ったレオナルド・ダ・ヴィンチだ。
「モーツァルトは、舞踏会用の楽曲を作成中とかで部屋に缶詰。ゴッホ兄弟はどっかの絵画展に出かけてる。ジャンヌは……知らん。あと誰だっけ?」
「お~い。このコ、ホントに平気なの?」
いつまでも固まっている私に、コナン・ドイルが興味津々だ。
これだけ追い討ちをかけられたら、さすがに麻痺してきた。いい加減慣れよう。ただのニックネームなんだから。きっとこういうの、十九世紀に流行ったのよ。
「あの!私はユイです。日本人ですけど、英語も仏語も伊語も大丈夫です!皆さん、どうぞよろしくお願いします!」
立ち上がり、一気に捲くし立てて頭を下げた。
そっと顔を上げてみると、ニュートンさん以外が私を凝視している。
勢い、良すぎたかなぁ。「あのぉ……」
「よろしく、ユイ!名前、思い出したんだね。オレの事はアーサーでいいよ」
真っ先に反応してくれたのは、やはりコナン・ドイルだった。
それにしても、この人がシャーロック・ホームズの生みの親だとしたら、相当のギャップだ。
だってこんな軽い人が、あんな緻密なトリックを書き上げるなんて?ホームズは大好きで全巻読破済みだけど、この人は好きになれそうもない。
それにゴッホ兄弟だって!あと誰って言った?モーツァルトとか?ジャンヌって、あのジャンヌ・ダルクの事?女の人がいるみたい。国も時代もバラバラ!
サンジェルマンさんが、連れて来た人に偉人のニックネームを付けてるのかも。もしかしてあの伯爵って、見かけに寄らずかなり面白い人だったりして。
きっとそんなところだ。
大体、タイムスリップしたのよ?私!何でもありでしょ。もう驚かないんだから。ユイさんはもう、誰が登場しても何があっても驚きませんから!
私達が席に着いた時、サンジェルマンさんが颯爽と現れた。
「おやおや、今夜は酷いものだね……出席者はこれだけかい?」
会場を見渡してため息をついている。
思わず同情。私がナポレオンを遅くまで連れ回さなくて良かった。
料理をワゴンに載せて運んで来たセバスさんが、サンジェルマンさんに告げる。
「シェイクスピアさんが、急に来られなくなったそうです」
「ウィルも来ないのか、残念だ。今日は新しいお客さんが来ているのにね!」
サンジェルマンさんが私の方に目を向けた。目が合うと、にっこりと微笑んでくれる。
……ん?今、シェイクスピアって言わなかった?驚かない驚かない!
「まあいいだろう。では始めようか」伯爵が定位置と思われる席に進み、グラスを手にした。
いつの間にか皆もグラスを掲げている。私も慌てて目の前のグラスを掴んで、控え目に目の高さまで持ち上げる。
「ユイ、君を歓迎するよ。そして皆の充実した未来に。乾杯」
グラスの中の黄金色のシャンパンが揺れる。こんな光景があまりに美しくて、呆然としてしまう。
ほんやりする私を気にして、サンジェルマンさんが声をかけてくれる。
「遠慮なく食べてくれ、ユイ。口に合うといいんだが」
「……あ!はい、いただきます!どれも美味しそう……」
「セバスの料理は美味いぞ。一押しはこの唐揚だな!」
ナポレオンがフォークで突き刺した、丸く茶色の物は確かに唐揚っぽい。唐揚?パリなのに?
「変わったの好きだよね~、ナポ君て。相当変わり者って言われてたでしょ」
シャンパンを飲み干して、別のグラスを取ったアーサーが言う。
「これの良さが分からないとは、悲劇だな!」
手始めに私もそれを食べてみた。「あ、ホント、美味しい!」
「あらら~、ユイまでそっちの人なワケ?!」
サンジェルマンさんの横にはレオナルドさんがいて、二人は顔を寄せて何やら会話している様子。その表情が穏やかで安心した。だって、私なんかがこんな晩餐会に出てしまって迷惑じゃないのか、そりゃもう気が気じゃないから。
ここにいる人達はどう見ても一般庶民じゃない。大体、伯爵って地位は結構なものじゃなかった?
初めはそんな事を考えて緊張しまくりだった。けれど、いつの間にかそんな不安など忘れて、お腹いっぱいになるまで食べてしまった。案外私は、図太い神経の持ち主らしい。
でもナポレオンを除いた他の人達はほとんど食べている様子がなく、飲み物ばかり手にしていた。お酒好きはあまり食べないっていうから、別に変じゃないか。
「ご馳走さん。今日も美味かったぜ、セバス」
「身に余るお言葉、お粗末さまでした」セバスさんがレオナルドさんに深々と頭を下げている。
「さてと。これから俺は至福の一服タイムだ」
「オレも。ちょっと出てくる。外でデザートを戴く予定でね」
懐から太い葉巻を取り出すレオナルドさんと、ウインクを飛ばしながら答えるアーサーに順に目を向ける。
「俺も。やる事あるから、部屋に戻る」
相変わらずアイザックさんは私と目を合わせようとしない。人見知りなのか嫌われてるのか……。
まあ、気にしない事にしよう。そんな事より、私のやるべき事は、っと……。
「あの、セバスさん。お片づけ、手伝います!」
「ご心配なく。あなたもお部屋でお休みください」
この食器を一人で片付けるのは大変だろうに。あっさり断られてしまった。
「ユイ、何をポケーっとしてんだ。行くぞ」
「でも……」
「私は慣れていますので。こんなのはすぐに終わります。お気遣い、ありがとうございます」
セバスさんがここまで言ってくれたなら、引き下がるしかないだろう。
「ほら、行くぞ」
「行くってどこへ?」
「自分の部屋に決まってんだろ。今日はもう休め。もう出歩くんじゃないぞ?いいな?」
お前が出歩くと俺の仕事が増える!と面倒そうに付け加える。
「ええ、ええ!それはスイマセン!出歩きませんよ~だ!」全く。一々癪に障るオトコ!
こんな様子を見ていたセバスさんが言う。
「お二人、もうそんなに仲良くなられたのですね。伯爵がお喜びになります」
このコメントに、私達は同時に叫んだ。
「仲良くなってねえ!」
「仲良くなってません!」
ナポレオンに部屋の前まで送られて、ようやく一人になる。
「ふぁあ~……」お腹いっぱいだし、また眠くなってきた……。
ベッドの上には、真新しいナイトガウンが置かれていた。セバスさんが用意してくれたようだ。
それに着替えてベッドに入ると、あっという間に眠りについた。
喉が渇いて目が覚めた。
「動き回るなったって、水をもらいに行くくらいいいよね?」
私はガウンのまま廊下に出る。薄暗い廊下をぼんやりしたまま歩いて厨房の方に向かうと、まだ明かりが点いていた。
「おや、ユイさん。どうかされましたか」
「喉が渇いてしまって。お水もらっていいですか?」
「もちろんです。どうぞ」
事務机から立ち上がって、グラスに水を注いで差し出してくれる。
お礼を言って受け取り、一気に飲み干す。
「ふう……。もう一杯もらおうかな」
「今晩の食事、味が強過ぎましたか?塩分には気を使っているのですが……」
「いいえ!そうじゃないと思います。空気が、乾燥!してるんじゃないかな」
慌てて否定。だって本当にお料理はちょうど良かったもの。
元の場所に座ったセバスさんの向かいに、コップを持って腰を降ろした。
「少し、お話してもいいですか?」
「ええ。構いませんよ」
「ここには大勢住んでるんですよね。セバスさんお一人で人数分の食事とか、こんな大きなお屋敷のお掃除とか……本当に大変じゃないんですか?」
どうしても私には信じられない。母と二人分でさえ、炊事、掃除、洗濯は大変だった事を思い出したから。
「清掃は定期的に業者に頼んでいます。料理も大変という程ではないですね。作る量は多くはないので」
「多くはない?だって私が入っちゃったから、さらに増えたでしょ?」
「ええ。三人分に増えましたね」
「はい?」
ここでセバスさんは口を噤んだ。
「……皆さん、外で済まされる事が多いので。お邸で召し上がるのはナポレオンさんくらいなんです。それと自分の。ですから、あなたを含めて三人になったという意味です」
「でも、今日みたいな晩餐会の日は?」
「……そうですね。多少量は多めに作りますが、皆さんあまり召し上がらないので」
「それって、やっぱりお酒好きな人達だからでしょ!そんな気がしてたの」
私が納得した事に、どこかほっとした様子でセバスさんが微笑んだ。
「さあ。遅いので、もうお休みください」
「あなたもね?働きすぎは良くないですよ」
「お気遣い、恐縮です」
二杯目を飲み干してコップをシンクに置くと、私は厨房を後にした。
角を曲がると、バタンと音がしてどこかのドアが閉まった。誰か起きてるのかな?
振り返ると、ぼんやり人影が確認できたけれど、目を凝らしても誰か分からない。きっとまだ会った事がない人だろう。
「もう遅いし、自分もこんな格好だし……挨拶は次の機会にしよう」
そう決めて前を向いたその時、さっきの人影は、瞬間移動でもしたように私の目の前に立っているじゃない!思わず短い悲鳴を上げる。
しかもその人は鎧を付けた彫像のように、まるで生気が感じられない。
私は見下ろされている。そのアメジストのような、紫色に光る目は明らかに殺気を帯びている。
「……な、何、ですか?」
相手は無言で私に迫る。
いざとなったら投げ飛ばす!そう思って身構えるけれど、体が硬直して思うように動けない。
「なぜ人間の女が、この邸にいる」
「人間の、って……どういう意味?私、昨日……じゃないか、もう十二時回ったから。えっと、一昨日からここでお世話に……」
途中まで言ったところで遮られた。「……血を、くれ」
「え……?今、何て……」
低い声で呻るように発せられた仏語は、私の耳には聞き取れなかった。
その男がついに私の左肩を掴んだ。徐々に力が入れられる。
「い、痛い……!離してください!」
振り払おうとするけれど、どうしても動けない。まるで金縛り状態だ。
「お前の血を!何だこの香りは?……ああ!堪らない……」
「血?」今度は聞き取れた。相手は間違いなく血、と言った。血がどうしたの?
掴まれた肩が、血の気が失せているのか異様に冷えて行く。
男の顔が私の首筋に近づく。
何をするつもり……?「い、いやぁっ!」
声を上げるとまた別の声が降って来た。「そこで何やってる?……ユイか?」
「ナポレオン!何なの、この人?助けて……っ!」
私を確認したナポレオンは、すぐさま襲いかかる男を引き剥がす。
「……ジャンヌ!おい、しっかりしろ!何でそんなになるまで放っておくんだよ。いくら気が進まないとはいえ、度が過ぎるぞ」
何が何だかさっぱり分からない。ジャンヌと呼ばれた男は、まだ私を燃えるような目で見ている。
ふいに左腕が熱くなる。その熱は次第に強くなり、痛みを伴ってくる。立っていられないほどになって、そこを右手で掴んで蹲る。
「ユイ、部屋に戻るんだ。……おい、どうした?」
「……痛い、痛いの、ここがっ!ああ!うっ……っ」
「ああ!っんだよ、全くどいつもこいつも。セバス!いないか?来てくれ!」
厨房の近くだった事もあり、セバスさんはナポレオンの声にすぐに反応した。
「どうかされましたか?ユイさん、大丈夫ですか!」
「咬まれた訳じゃねえと思うが。それより、こいつにルージュを、大至急飲ませてやってくれ」
「かしこまりました」
セバスさんがジャンヌを連れて厨房へ入って行くのが見えた。
私はどうする事もできず、蹲って痛みに耐えるばかり。
ナポレオンがしゃがんで私を覗き込む。「おい、大丈夫か。また腕が痛いのか?」
「またって……こんなの初めてだけど!ああ!何とか、し、て……」
「おい!しっかりしろ。ユイ!」
ナポレオンのこんな声が、遠くの方で聞こえた。
・・・
「何があったんだい?」
セバスに呼ばれ、共にユイの部屋に向かっている。
「私も詳しくは……。ナポレオンさんがご存知です」
部屋に入ると、顔を苦痛に歪めてベッドに横たわるユイが目に入った。その傍らにナポレオンがいる。
「伯爵!またユイが腕を痛がってる。どうしたらいい?この前はどうやって鎮めた!」
「まあそう慌てるな。ちょっといいかい」
場所を交代して、ユイの枕元に身を寄せる。
「内側から熱が湧き上がっているんだ。冷やしてやるといい」
「では、氷水とタオルをお持ちします」
「いや。必要ない。私の肌で十分だ」
むしろその方が効き目があった。前回も。私の手の冷たさに、ユイは安心して眠りについたのだから。
私はそっと彼女の患部に手を当てる。熱がジンジン伝わって来る。
「ナポレオン。何があったか話してくれ」
こうなるのはどういう時なのか。それが分かれば防ぐ事もできるはずだ。
「ああ。飲まず食わずだったジャンヌと、こいつが廊下でばったり出くわして、餌食になりかけた」
「それはいけない。それで、二人とも、大事はなかったんだね?」
「寸でのところで俺が気づいて、止めに入ったからな」
肩を竦めてこう答えるナポレオンを、振り返ってチラリと見る。
やはり彼に護衛を頼んで正解だった。
「つまり彼女は、恐怖を覚えたという事だ。その感情が関係しているのだろうか」
「そんでもって、本人はこの痛み、覚えてなかったぜ。こんな痛みは初めてだとさ!」
「そうか……」
「ううん……」
ユイが苦しそうに寝返りを打った。
「ナポレオン、来てくれ。私に代わって彼女の手を」
「ん?俺が?」
「ああ、君が。頼むよ」
もしヴァンパイアの温度に安心感を覚えているなら、彼が握ってもユイは反応しないはず。以前にも話したが、ナポレオンには体温がある。
ハーフの彼は、正規のヴァンパイアとの違いが他にもある。血液でなく人間の食事からでも栄養が取れる事。内臓が機能しているのだ。もちろん心臓も動いている。
肌の質感や瞳の透明度、動きの素早さ、そして不死身という点では共通しているがね。
そしてもう一つ。彼は睡眠を取る。それもかなりのロングスリーパーだ。人生における最盛期に、思ったように睡眠が取れなかった反動とでもいうのだろうか。歴史上の彼はショートスリーパーで有名だろう?
「っだよ、何で俺が!」
「いいからいいから。さ、手、握ってあげて」
「ここを冷やすんじゃなくて?」ナポレオンが傷跡を指差す。
「ああ。手を握ってあげなさい」
患部は十分冷えた。見て分からないのか?
訝しがりながらも、ナポレオンがユイの手を取った。
そんな彼等の様子を後ろから見守る。
「ううん……、うう……!」
握られた彼の手は、ユイの呻り声と共に呆気なく振り払われた。
「んな、何だよ……!おい伯爵。こいつ、俺じゃイヤだってさ!阿呆が、ふざけんなよ?」
「おやおや……。済まないね、ナポレオン。ユイにも悪気はないと思うよ?意識もない訳だし」
私の言葉も耳に入らない様子で、ブツクサ言いながらナポレオンは部屋を出て行ってしまった。
これは悪い事をしたかな?
予想はしていたが、やはりそうか。これで彼女のお相手はヴァンパイアであると確信した。
「し、新堂、先生……」
私が握ってやると、彼女は穏やかな表情になって握り返してくる。そしてまたもこの名を口にし、すやすやと眠りに入った。
「ユイ。私はシンドウ先生ではないんだよ?」
私はシンドウという男に、とても興味が湧いた。