絵の女性と生身の女性、どちらがいいか? 〜現代のピカソが三次元に恋をするまで〜 作:チャンドラ=グプタ
小さい頃から絵を描くのが好きだった。
自慢じゃないがこの俺、 鹿屋湊(かのやみなと)はとても絵が上手い。
これまで幾度となく絵画コンクールなどで賞を取ってきた。
しかし、コンクールの絵は普通の人に合わせて描いている。
風景だったり、生き物だったりを描くのだが、これらは描いていてもどこか身体中が満足するような感情を得ることができない。
俺が心から描きたいものは――『美しい女性の裸体』である。
「鹿屋湊さん」
「はい」
全校生徒がいる前で校長先生に呼びかけられ、返事と共に立ち上がった。
ゆっくりと講壇へと向かう。校長先生と向かい合い、校長先生の髪の毛が薄くなった頭部を見つめた。
薄いなぁ……俺も将来、こうなるのだろうか。絶対に嫌だ。今のうちにワカメをたくさん食べておこう。
「湊さんは全日本学生美術展において、賞を受賞しました。おめでとうございます」
俺は校長先生から賞状を受け取った。
全日本学生美術展のために俺が描いたのは、ある歩道橋から見た東京の街並みを描いたものだった。
俺が見た景色をただ描いただけだったため、とても楽な作業だった。
前を向くと、たくさんの拍手が巻き起こった。
良くわからない。俺がやったことは本当にすごいことなのか?
繰り返すが俺はとても絵が上手い。
一度、見た景色であればほぼ正確に紙に描くことができる。
しかし、そんなの写真でとれば十分である。自分で描いた絵のすごさというものが自分にも良く分からない。
始業式が終わると、俺は自分の教室である二年A組に戻り、一番後ろの窓側の席に座った。
すると、一人の女子生徒が俺に近づいてきた。
「受賞おめでとう。湊くん」
「ああ、ありがとう」
俺に話しかけてきたのは奄美澪(あまみみお)という生徒であった。俺とは違うクラスで、二年B組の生徒である。
窓から吹き込む風が彼女の青い髪をなびかせる。
澪は俺と同じ、美術部に所属している。
他の男子生徒からトゲトゲしい視線を感じた。澪は容姿端麗でとてもモテる。それに加え、性格も良く男女問わず人気が高い。
そのため、他の生徒たちは絵を描くこと以外は地味で平凡な俺が澪に話しかけられてのを見て、嫉妬に近い感情を抱いているのであろう。
「今日、部活行くよね?」
俺が通う、私立上野東高等学園は全校生徒1000人を超えるマンモス校であり、この高校ではたくさんの部活動が活動している。
美術部はかなりゆるい部類に入る部活であり、行かなくても誰からも咎められることはない。
一応、俺は週三、四くらいで部活に行っている。ちなみに部活に行かない日はバイトに行くことが多い。
「ああ」
俺が部活に行くことを伝えると、澪は嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。それじゃ、また部活で」
そう言い残すと澪は自分のクラスに戻っていった。
それから、すぐに朝のホームルームが始まり、自己紹介が始まった。
といっても、俺のクラスは比較的一年時とメンツは変わらず、顔見知りが多い。担任も昨年と変わらない。
ホームルームが終わると授業が始まったが、今日はどの授業も授業の大まかな流れを説明するものばかりで、本格的に行う授業は何もなかった。
実に退屈な授業を終えると、あっという間に放課後となった。
「さてと、部活に向かうか」
俺は鞄を手に持ち、部活へと向かった。人混みを掻き分け、なんとか美術室にたどり着いた。
美術室の中に入ると、十人前後ほどの部員が作業していた。
俺は空いている席に鞄を置き、画材を取りに向かう。絵の具に筆、画用紙などを手に持ち席に着く。
周りの部員は真面目に取り組んでいるものもいれば、雑談に耽っているものもいる。
他の学校のことはよく分からないが、多分美術はどこもこんな感じなのではないだろうか。
俺はパレットに青色の絵の具を垂らし、筆に色を付け、適当に思い浮かんだ風景を描く。
絵を描いていればそれなりに楽しい。
それが風景であっても、動物であっても、食べ物であっても。
没頭して絵を描いていれば、それなりに充実した時間を得ることができる。
もっとも描くものが女性の裸体ならばもっと良いのだが。
「あれ? もう、こんな時間か」
気がつくと、すでに窓の景色が暗くなっていた。青白く美しい三日月が俺の視界に入る。
すると、コンコンと背後から肩を叩かれた。
「あ。やっと気が付いた」
背後を振り向くと、澪が立っていた。
「澪。いつのまにいたのか」
すると、澪は頬を膨らませ、不満そうな表情を見せた。
「えー? 結構前からいたんだけど気づかなかったの? どんだけ絵に集中してのさ」
確かに夢中で描いていて全く澪の気配に気づくことはなかった。
「い、いやすまん……」
「それより、描いた絵、見てもいい?」
「ああ」
澪は俺と距離を縮め、覗き込むように絵を鑑賞した。ふわっと石鹸のような香りが俺の鼻腔を突く。
「うわ、すっごい」
澪は目を大きく見開き、うっとりとした表情で俺が描いた風景の絵を見つめた。
「これ、どこの景色?」
「仙台市の青葉城公園ってところから見た景色だ。母さんの実家が仙台で青葉城公園に行くことがあるんだ」
「へえ〜」
ふと辺りを見渡すと、すでに俺と澪以外の生徒は誰一人残っていなかった。
「ねぇ、湊くんは家でも絵を描いたりするの?」
「ああ、まぁな」
「どんな絵を描くの?」
「えっと……」
思わず言葉を詰まらせた。
正直に言うと、家では女性の裸体ばかり描いている。しかし、そんなことを澪に言えるわけがない。
「あれだな……萌え絵っていうのを描いてる」
「萌え絵ってあのオタクが好きそうなやつ?」
「あ、ああ……そうだ」
これは嘘ではない。諸事情で俺は萌え絵を描くことがある。
そして、たまにサイトやSNSなどであげたりするのだがこれがそこそこ評判がいい。
萌え絵を描いていることを澪に告げるのは少々気が引けたが、女性の裸体と告げるよりかはいくらかマシだろう。
それに俺がアニメ好きということは部内で知られているので多分大丈夫だろう。
「へぇ〜、見てみたいな。描いたやつ持ってきてないの?」
「ああ、あるぞ」
俺は鞄を開け、萌え絵が書かれているスケッチブックを取り出そうとした。
しかし、ここで俺はあることに気づく。
黒色のスケッチブック――これは女性の裸体専用のスケッチブックである。
しまった、萌え絵専用のスケッチブックを忘れてしまった。
慌ててしまおうとしたその時だった。
「それに萌え絵が描いてるんだね! 貸して!」
澪は目を爛々とさせ、すかさず黒いスケッチブックを取った。
「あ、おい!」
止める間もなく、澪はスケッチブックを開いた。そして、たちまち顔を赤くした。
「ね、ねぇ……これって」
澪は恥ずかしそうに震えながら女性の裸体が描かれている一ページ目を見せてきた。
胸の大きな女性の裸体のスケッチ。
モデルが誰なのかというのは今は置いておくとして、どうしようか。
いや、詰んだ。
「も、萌え絵だ……」
さすがに苦しいか。
「いや、これってさ。萌え絵っていうかエロ絵だよね」
澪はぐうの音もでない正論を述べた。
「エロ絵じゃない萌え絵だ」
「いやそんな、ヅラじゃない桂だみたいに言われても……湊くん、こういう絵描くの好きなの?」
ああ、そうだ。好きである。
俺は美しい裸体の女性を描くのがオナニーするよりも、三次元の女性とセックスするよりも、深夜アニメを視聴するよりも好きである。
女性の裸体を描いていると、背徳感と興奮のあまり心臓がバクバクし、脳汁がダバダバと流れてきてとても気持ちが良い。
が、そんなことさすがに澪には言えない。
「いや、ちょっと魔が差したと言うか……ほんの出来心で描いたんだ。誰だってそんな時があるだろ?」
果たして俺以外にそんな時があるのか分からないが。
「いや……でも、ほんの出来心というにはあまりにも書きすぎじゃない?」
澪はパラパラとページを捲った。このスケッチブックのほとんどのページに裸体の絵が描かれている。
背中からダラダラと冷や汗が出てくる。
もうだめだ……おしまいだぁ……
今の俺の気持ちはどこぞの戦闘民族の王子のようであった。
「いいか? これは俺が描いたわけじゃない」
「どういうこと?」
湊は不思議そうに首を傾げた。
「この絵は俺の中にいるもう一人の自分が描き上げたんだ。それは実質、俺が描いたわけじゃないことと同じだ」
中二病の人が使いそうな理論を述べると、湊は呆れたようにため息を吐いた。
「えっと、その……」
やばい、どうしよう。もう何も言い訳が思いつかない。
「ねぇ、湊くん」
澪の瞳に鋭い眼光が灯った。なんだか嫌な予感がする。
「私は湊くんの重大な秘密を知った。そうだよね?」
「あ、ああ……」
「つまり、湊くんの今後は私の手の中にあるっていうことだよね?」
こ、こいつ……急に悪人オーラを出し始めたぞ。
「な、何が望みだ?」
金か? 金だよな。やっぱり金だな……うわぁ、色々と買いたいものがあったのに……円盤とか。
俺が望みを訊くと、澪は嬉しそうに口角を上げた。
「私をモデルにこういう絵を描いて」
「……………………へ?」
突然の澪のお願いに思わず困惑した。
「湊くんに
「い、嫌って言うか……」
すると、澪は突如、ブレザーの制服と白シャツを脱ぎ、上半身下着姿になった。
二人しかいない美術室で、澪が上半身下着姿になる。
澪は青を基調とした可愛らしい下着を身に着けていた。
もしも他の人が見たらとても驚くシチュエーションであろう。
それにしても、なかなか良い肉つきをしているな。
腰回りがキュッとくびれており、胸の大きさは『あいつ』と比べて大きすぎず、ちょうどいいくらいだ。
ゆっくりと澪は俺に近づいてきた。
「驚いた? けどね、湊くん。あなたの天才的な腕で私のことを描いて欲しいの」
「ああ、分かった」
俺は何かに取り憑かれるようにスイッチが入り、キャンバスを取りに向かった。
これから澪の裸体を描くのである。
ここはスケッチブックではなく、大きなキャンバスで描くとしよう。