絵の女性と生身の女性、どちらがいいか? 〜現代のピカソが三次元に恋をするまで〜 作:チャンドラ=グプタ
「よし、できた……」
深夜四時、陽毬から依頼されてたヒロインのラフ絵が完成した。
明梨とのヌードデッサンを行なった後、ヒロイン2である伊藤桜のラフ絵を描き始めたのだが、なんとかそれも終わらせることができた。
明梨はすでに自分の部屋に戻り、就寝している。
「さてと、俺も寝るかな……」
今から寝ても少ししか睡眠を取ることができないが、徹夜するよりはマシであろう。
ベッドでうつ伏せとなり、目を閉じるとあっという間に夢の世界に落ちていった。
夢の世界で懐かしい光景が映った。ここは小さい頃、俺が住んでいた家だ。
当時、俺は明梨と母、父の四人で暮らしていた。
リビングで俺を大きな紙を使ってお絵かきをしていた。
「できた!」
HBの鉛筆と色鉛筆を使って完成させた。今の俺が見ても中々良い出来であると思う。
「見て見て! お母さん、すごいでしょ!」
俺は自分が描き上げた理想のヌード絵を母親に見せた。
すると母はゴミを見るような目で俺を見つめ、『パン』と頬を叩いた。
「何? その絵は。どこでそんなもの知ったの」
母親は俺から紙を取り上げると、ビリビリと破り裂き、ゴミ箱に入れた。
「あ……」
俺はとてもショックであった。てっきり俺は褒めてくれるものだと思い込んでいた。
鳥や風景など、基本的に何を描いても母親は褒めてくれた。
描いたものが上手ければ上手いほど、俺を褒めてくれた。
「いい? 2度とこんな『汚らわしい絵』を描くんじゃないよ!」
汚らわしい絵。
俺が描いていたのはそんな絵だったのか。
ある時、女性のヌード絵を見る機会があった。
あの絵を見た時、心が震えたのを覚えている。
あんな絵を描きたいと思った。だから、俺は自分なりにその絵を再現した。
しかし、母親は俺が描いた絵に嫌悪感を抱いた。汚らわしい絵と評した
「はい……」
その三年後、母は急病に掛かり、亡くなった。
父は母がいなくなった寂しさを埋めるように働くようになった。
気づけば、家族で過ごす時間は減り、俺も一人で絵を描く時間が増えた。
俺が高校生になると、父親は海外勤務となり、俺と明梨は日本で二人暮らしをするようになった。
部活で適当な絵を描き、受賞する。そんなことを繰り返した。
しかし、部活にも飽きてきた俺はなんとなくバイトを始めることにした。
別にお金に困っていた訳ではない。たまたま、バイトの募集をしていたお店の店員――美咲さんが優しそうな人だなと思ったからである。
仕事内容もさほど忙しくなく、楽しく続けることができた。
「ただいまー」
バイト終わり、家に帰ると明梨はリビングのソファーでくつろいでいた。
「あ! ただいまお兄ちゃん!」
しかも全裸姿でだ。正直とても驚いた。
「お、お前な……服くらい着ろよ」
「えー? いいじゃん。身内しかいないし」
「まぁな……」
全く恥ずかしがる様子もない明梨を俺はじっと眺めた。
しなやかな脚の筋肉に男の理想を体現したかのような大きさを誇る胸とお尻のライン。
俺が描けば、実物よりも美しく描けるかもしれない。
実の妹のヌード絵を描きたいと思ってしまったことへの背徳感など全く感じず、ただ明梨のヌード絵を描きたいという衝動が湧き上がった。
「なぁ。明梨」
「ん? 何、お兄ちゃん」
「モデルになってくれないか?」
「モデル? なんの?」
「ヌードデッサンのだ」
断れるかもしれないと思いつつも、俺は明梨に頼んだ。
今まで俺は抑えていたのだ。女性のヌードを描きたいという思いを。
風景も動物も服を着た人間も、別にそこまで描きたい訳じゃない。
ただ、美しい女性の裸体(ヌード)を描きたい。
他の人から気持ち悪いと思われてもいい。
これが……これこそが俺の創作意欲である。
「うーん、ちょっと恥ずかしいけど、いいよ!」
これが明梨にヌードデッサンを初めてもらったきっかけである。
その後、美咲さんにも頼み、ヌードデッサンのモデルになってもらった。
ヌードデッサンを始めてから、ヌードデッサン以外の絵についても更に上手くなった。
頭に思い浮かべたイメージを的確に再現できるようになったのである。
「ねぇ」
夢の中で昔の映像を見ていた俺の後ろから何か声がした。後ろを振り向くと、なんと亡くなったはずの母親が立っていた。
「か、母さん……」
「まだそんな絵を描いてるの? やめなさい。汚らわしい……」
ズシンと心が重くなった。
「うるさい……」
「そんな絵を描いていたらいつか後悔するわよ」
「うるさい! うるさいうるさい!」
夢の中で大声で叫ぶと、意識が戻り、目が開いた。
部屋の中は明るくなっている。時計の時刻を確認すると、時刻は六時半であった。
「嫌な夢を見たな……」
今日は俺のご飯当番である。急いで準備しないとな。
トーストをセットし、サラダを皿に盛り付ける。
明梨と一緒に朝食を食べた後、うまく回らない頭を引きずりながら、学校へと向かった。
登校中、俺は陽毬にメッセージを送った。
――おはようございます。ラフ絵、完成したので放課後に見てもらえますでしょうか?
メッセージを送ると、すぐに返信が来た。
――おはよう。さすがはピカソくん。仕事が早いな。可能ならお昼に見たいんのだが、昼休みに生徒会室に来てもらえるだろうか。
生徒会室か。入ったことはないが、場所は分かるしまぁいいだろう。俺は『了解しました』と返信した。
午前中の授業は教師にバレないよう気を使いながらに仮眠を取った。
午前の授業が全て終わると、俺はスケッチブックが入った鞄を持って生徒会室に向かった。
生徒会室の扉を『コンコン』とノックすると、「入りたまえ」という陽毬の声が聞こえた。
中に入ると、陽毬はゲンドウポーズを取りながら座っていた。
俺は陽毬と向かい合わせになるように座った。
「ラフ絵描いてくれてありがとう。早速だが、見せてもらってもいいかな?」
「はい」
俺はヒロインのラフ絵が書かれたスケッチブックを陽毬に渡した。
白色のスケッチブック――ヌードデッサン以外のスケッチに使っているものである。
「付箋貼っている箇所を見てもらえますか?」
陽毬は付箋を貼っているページを開いた。
昨日描き上げたヒロインの絵を陽毬は真面目そうな表情で見つめる。
制服姿、水着姿、体育着の姿など、色々描いた。参考までに明梨にもそれらを着てもらった。
こう言ってはなんだが、あいつどれも中々似合っていたな。
「ふむ……ラフ絵とは思えないくらい良い絵だな」
「そう言ってもらえて光栄です」
「しかし、君の絵は本当すごいな。君の才能が羨ましいよ」
「羨ましいって……何を言ってるんですか?」
確かに俺は絵の才能はあるかもしれない。だが、逆にそれくらいしか他人に誇れるものがない。
運動神経も高くなく、学力も真ん中よりやや高いくらいだ。
それにひきかえ、陽毬は頭も良く、生徒会長であり、おまけに良いところのお嬢様である。
俺と陽毬、どっちが恵まれていると聞かれたら百人中九十九人は陽毬と答えるだろう。
「君は自覚してないかもしれないが、絵の才能というのは人のよって大きく違うんだ。一生懸命努力しても、あまり上達しないこともある」
「もしかして陽毬さんも絵を描いていたんですか?」
「まぁね……限界に気づいてやめたけど。それからやっぱり自分でも創作活動をしたくて小説やシナリオに興味を持ったんだ」
絵の才能か。確かに美術部員の中にも一年の頃より劇的に上達した部員もいれば、ほとんど変わらないものもいる。
もちろん、単に才能だけでなく本人のやる気も関係あるのだろうが。
「とりあえず、ラフ絵はこれで問題ないということですね」
「いや。問題はある」
「え? どこですか?」
先ほどの陽毬に反応を見るに問題など無いように思えたが。
「君が描いてくれたラフ絵。やはり、ヌード絵ほどの迫力が感じられなかった」
とてもドキッとした。それは俺も感じていたからだ。
いつも描くヌード絵よりも魂が込められていない。だがそれでもそれなりのクオリティはあると自負していた。
要するにいつも通りということなのだが。
「君の絵の真価はやっぱりヌード絵だな。そこでゲームにヒロインのヌード絵を入れようと思う」
「だ、大丈夫なんですか? ギャルゲーって言ってもエロゲーにするわけじゃ無いんですよね?」
「ああ。想定するシチュエーションとしては、お風呂に入ろうとした主人公が脱衣場でバッタリとヒロインである妹と遭遇してしまうシーン。乳首や性器のところは後でモザイクや謎の光線を入れる予定だ。とりあえず、今言ったシチュエーションの絵をカラーのデジタルで描いてもらえるか? 各ヒロイン単独のものとヒロイン全員分のだ」
ヒロイン全員分というのは主人公が妹三人と脱衣所でバッタリと鉢合わせになってしまったというシチュエーションをということか。
まずは各ヒロイン単独のものから描いたみた方が良さそうだな。
「分かりました。やってみます」
「うん、それでは頼む」
やってやる。とてもすごい絵を描き上げ、ゲームのクオリティを上げる――そんなやる気が湧き出てきた。
どうしてこんなにやる気が出るのか自分でも不思議である。
「はい。それじゃ俺、教室に戻りますね」
「あ、ちょっと待ってくれ。ピカソくん」
「なんですか?」
「実は展覧会のチケットがあるんだ。もし良かったら行ってみるといい」
渡された二枚のチケットには『クリムト展』と書かれていた。
クリムトか。聞いたことのない単語である。
「クリムトってなんですか?」
「19世紀にオーストリアで活躍した有名な画家だ。もしかして知らないのかい?」
「す、すみません……知らないです」
画家に関して、ピカソやゴッホなどの超有名な画家しか知らなかった。
「クリムトの絵はアニメのオープニングにオマージュされるほどすごいんだ。ピカソくんも一度見てみるといい。悪いが澪くんにも後で渡しておいてくれるか」
「分かりました」
クリムトか……興味があるな。せっかくだし、一度見てみるとしよう。