絵の女性と生身の女性、どちらがいいか? 〜現代のピカソが三次元に恋をするまで〜 作:チャンドラ=グプタ
土曜日の午前十時。
俺は上野駅の入り口である人物を待っていた。
改札口からはたくさんの人が行き交っている。
上野駅近辺には美術館、博物館、動物園といった観光スポットがたくさん設けられており、家族づれやカップルで賑わっている。
「湊くーん!」
澪が手を振って俺に近づいてきた。湊はいつも見る制服とは違い、青いニットと白いロングスカートという服装であった。
また、白いヒールを履いており、いつもより一段と背が高く見えてしまう。
「おはよう」
俺が挨拶すると澪は蒼い髪を掻き分けながら可愛らしく微笑んだ。
「おはよう、湊くん。待った?」
「いや、俺も今来たばかりだ」
「そっか。良かった、それじゃ早速行こうか」
「そうだな」
俺たちは東京都美術館へと向かった。
陽毬から貰ったクリムト展の入場チケットを澪に渡したところ、澪は「めっちゃ嬉しい! 湊くん、一緒に見に行こう!」とえらく感激し、二人で見に行くことになった。
クリムト展に際し、俺は事前にクリムトについて調べてきた。
グスタフ・クリムト。
19世紀に活躍した画家であり、金箔を施した華やかな装飾性と官能的な雰囲気を醸し出す作品の数々は、見るものを魅了させる。
クリムトの作品はアニメのオマージュにも使われ、その中の一つに『エリフィンリート』というアニメのOPを見たのだが、神秘的かつ幻想的で心を奪われそうになった。
海外から絶賛されているらしい。
アニメの内容はというと……賛否両論がありそうな内容であるが、間違いなく神作と呼べるアニメであると言える。
とはいえ、とても一言では魅力を語り切ることができないアニメであるため視聴することをオススメする。
東京都美術館は茶色を基調としたコンクリート建ての建物であり、中には、レストランやカフェアートといった施設が設けられていた。
エスカレーターで下の階に下り、チケットカウンターへと向かい、陽毬から渡されたチケットを係員に渡した。
「ごゆっくりどうぞ」
いよいよクリムトの作品を生で見る。
展示室に入ると、クリムト展の作品がたくさん並べられていた。
「うわぁ……すごい」
澪がそんな感想を漏らした。俺は自分の前にあるクリムトの作品を見つめた。
『ユディトⅠ』というタイトルの作品。
贅沢に金箔が絵に施されており、悦に浸っているような上半身裸の女性がこちらを見つめている。
絵に描かれている女性はとある男の頭に触れていた。
「なんか不思議な感じの絵だね」
「そうだな」
俺はじっくりとその絵を眺めた。ヌード絵に金色を使うという発想は全くなかったが、この絵を見ていると金色は結構ヌード絵にマッチするのかもしれないと思ってきた。
その後、ゆっくりと時間を掛けてクリムトの作品を見て回った。
女性が水に流されていく様子を描いた『水流』、心理を象徴する裸の女神を描いた『裸の真理』が個人的に印象に残った。
作品を全て見終わった後、美術館内にあるカフェアートで休憩することにした。
「いやー、すごかったね。湊くん」
「ああ。おかげでどんな絵にするか構想が思い浮かんだよ」
「本当? 私、どんな絵を描いたらいいか全然分からないや」
澪は困ったように頭を抱えだした。
「澪は描きたい絵とかないのか?」
「描きたい絵? うーん、そうだね……」
澪はしばらくの間、黙っていたが、やがて口を開いた。
「誰にも言わないでくれる?」
「ああ」
「私さ……実は男の人の筋肉を描くのが好きなんだ」
澪の意外な趣味を聞いて少し驚いたが、特段隠すほどのことでもないと思った。
ヌード絵に比べれば、他の人にバレても全く問題はなさそうである。
「へえ、そうなんだ」
「うん……」
「別に隠すほどのことでもないだろ。俺のに比べれば全然バレても問題ない」
「け、けど……なんか恥ずかしいの!」
なんか恥ずかしいか。まぁ、分からないこともない。
自分では大したことないと思っても他人が少しでもおかしいと思えば、過度にバカにされたりすることもあるものだ。
「小学校の頃ね。筋肉ムキムキな男の人の絵を描いてね。同じクラスの子にバカにされたんだ」
確かにそういう経験は後々トラウマになってしまうからな。かくいう俺もそういった経験は何度かある。
「今は描いてないのか? 筋肉の絵を」
「いや、たまに描いてるよ」
「良かったら見せてくれないか?」
部活で澪が描く絵を見たことなら何度もある。
しかし、澪が『本当に描きたい絵』というには見たことはない。
「ごめん、今手元にはないや」
「家にあるのか?」
「うん」
「それじゃ、澪の家に行ってもいいか?」
俺が訊くと、澪は驚いたように目を大きく見開いた。
「そ、そんなに見たいの?」
「ああ」
すると、澪はスマホを取り出し、何かを打ち出した。しばらくスマホを画面を見つめていた澪であったが、やがて顔を上げた。
「わ、分かった。いいよ、それじゃ今から私の家に行こう」
こうして、俺は澪の家に向かうことになった。
上野駅から澪の家の最寄駅に乗り継ぎ、澪の家を目指す。
駅から歩くこと、およそ五分ほどすると澪の家が見えてきた。
住宅街に位置し、なかなかの大きさを誇る澪の家に来るのはこれで2回目となる。
1回目は始業式の日、澪とのヌードデッサンを終えた帰りに訪れた。
あの時は澪の両親が新婚旅行中とかで家には誰もいなかった。
「ただいまー」
澪が扉を開けると、
「おかえりなさい」
長い青髪をした女性が出迎えてきた。
「は、はじめまして!」
反射的に頭を下げ、挨拶をした。まさか、母親がいるとは思っていなかった。
いや、よく考えれば急に来たいと申し出たのは俺の方だし、親がいてもなんら不思議ではない。
「初めまして。あなたが湊くんね。澪から話は聞いてるわ。今日はゆっくりしていってね」
俺は澪の母親を観察した。娘と同じ髪色をしており、見高校生の娘がいるとは思えないほど若々しい見た目をしていた。
「それじゃ、湊くん。部屋に行こうか」
「ああ」
靴を脱ぎ、二階の澪の部屋へと向かった。澪の部屋は綺麗に片付けられており、タンスや机、本棚といった家具と可愛らしいぬいぐるみなどがいくつか置かれている。
澪は机の引き出しから一冊のスケッチブックを取り出した。
「はい。これ」
澪から渡されたスケッチブックをパラパラと開いた。そこには筋肉ムキムキな男が描かれていた。
どれもこれも、プロの漫画家顔負けのクオリティである。
俺は心が込められている澪の絵にいたく感動した。
「すごいな……」
「そ、そうかな……」
「ああ。これをゲーム制作で使わない手はない!」
俺がそう提案するも、澪はあからさまに嫌そうな表情を見せた。
「えー? 嫌だよ、そんなの。それにギャルゲーだってのに、どのシーンで男の筋肉を使うって言うのさ……」
確かにそうだ。ギャルゲーで男の筋肉というのは……いや……待てよ?
「主人公のデザインまだ決めてなかったな……主人公とヒロインのお風呂のシーン、ここで澪が筋肉の絵を描くんだ!」
「え? どういうこと?」
俺は澪にヒロインのヌード絵を描くよう、陽毬から依頼されたことを伝えた。
そして、ヌード絵を描くシチュエーション――それはお風呂しかないと思っていた。
「けど……やっぱり筋肉の絵なんて……」
「何を言ってるんだ。本当にすごい絵だったよ。俺と澪が本当に描きたかったものをゲームで表現する……すごいものが出来上がると思わないか?」
俺が熱弁すると、澪の瞳孔が大きくなった。
「そうだね。分かった! 私やるよ!」
俺と澪は部屋で主人公のデザインについて話し合った。
ゲームの完成までまだまだ道のりは険しいが、それでも今日は大きな収穫を得ることができた。