絵の女性と生身の女性、どちらがいいか? 〜現代のピカソが三次元に恋をするまで〜 作:チャンドラ=グプタ
描いては破り捨てる、描いては破り捨てる。ひたすらそれを繰り返す。
この数日間、俺はひたすら絵を描き続けていた。自分の理想とする絵を描く為に、しかしそれでもまだ自分の中で納得のいくものは仕上がらない。
「ダメだ……」
ポツリと自分の部屋で呟いた。床には破った紙片の数々が散らかっている。
途方に暮れた俺は床に寝そべった。自分の右手をじっと見つめた。右手には絵の具が付着しており、薬指にはペンだこが出来ている。
「眠い、腹減った、眠い……」
そのまま深い眠りに落ちようとしたその時だった。
「入るよ、お兄ちゃん」
明梨の声が聞こえてきた。俺が黙っていると明梨が部屋の中へと入ってきた。
「うわ! すごい散らかってるじゃん!」
部屋の惨状を見た明梨が驚きの声を上げる。明梨はピンクの短めのスカートを履いており、寝そべっている為スカートの中が見えた。白である。
「昨日からずっと描いてたの?」
「まぁ……そうだな」
俺は重い身体を上げた。すると、『ぐー』というお腹の虫が鳴り出した。明梨はそんなお腹が鳴る音を聞き、呆れたように微笑む。
「とりあえず、ご飯出来たから食べよ?」
「ああ」
夕食を食べるべく、リビングへと向かった。テーブルの上には和食料理が並べられていた。
椅子に座ると、箸を手に取り朝食を食べ始める。
「どう? 美味しい?」
「ああ」
明梨が作った卵焼き、味付けがしっかりしていてかなり美味しかった。かつて料理が苦手だった明梨も大分成長したなと実感した。
卵焼きを食べ終えると、味噌汁、ご飯を口に入れていく。
「ゲームの絵、行き詰まってるの?」
「まぁな」
端的に返答した。陽毬がゲーム作りを止めると宣言した今、再開してもらうには今の俺の絵を認めてもらうしかない。
その為、ひたすらに絵を描いていたがどれもこれもありきたりな絵ばかりである。これでは陽毬に認めてもらうことはできないだろう。
「ねぇ、良かったら久々にヌードデッサンしてみない? 気分転換にさ」
明梨がヌードデッサンの提案を持ちかける。もう以前ほどヌード絵を描くことへの執着心はないが、確かに気晴らしにはいいかもしれない。
「き、気持ちは嬉しいけどさ……」
ついこの間明梨にしばらくヌードデッサンは止めると言った手前、さすがにそれは意志が弱すぎる。
「案外、ヌードデッサンすることで何かキッカケが掴めるかもよ?」
キッカケか。確かに今は藁にもすがる思いで絵の上達の秘訣を知りたい。こうなればなりふり構っていられない。
「分かった。それじゃ、頼む」
「うん。お風呂終わったらお兄ちゃんの部屋に行くから」
こうして、明梨とヌードデッサンを行う約束を取り付けた。ご飯を食べ終えた後、俺はネットの資料を元に絵を描いて時間を潰した。
夢中になって作業していると、『コンコン』と扉の方からノック音が聞こえてくる。
「入ってくれ」
「お、お邪魔します……」
「うぉ……」
俺は明梨の姿を見て、取り乱しそうになった。というのも、何も服を着ていないのである。いつもなら服を着た状態で部屋にやってくる。
いきなり全裸というのはかなり珍しい。歩くたびに巨大な褐色の胸と金髪のツインテールが揺れる。
相変わらず明梨の胸はいつ見ても大きいと思う。
「そ、それじゃお兄ちゃん。描いていいよ」
「お、おお……」
明梨は棒立ちのまま、ヌード絵を描くように促してくる。
かなりドキドキするが、以前まで感じていた身体が沸騰するほどの興奮はない。
俺は鉛筆を持ち、早速ヌードデッサンに取り掛かろうとした。
「ちょっとポーズ取ってもらっていいか?」
「うん。どんなポーズ取ればいい?」
「そうだな。お尻を突き出して顔を少しこっち側に向ける感じで頼む」
「えっと、こうかな?」
明梨はお尻を俺に突き出した。尻を強調する絵を描いてみたいとさっき考えていた為、今のようなポーズを明梨にお願いした。
軽く鉛筆で当たりを取り、流れ作業のように明梨の身体を描いていく。
「なんだかすごい久々な感じだね」
「そうだな」
「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの絵は本当にすごいと思うよ。ヌード絵じゃなくても……私はお兄ちゃんの絵が世界で一番すごいと思う」
明梨の言葉を聞き、全身から鳥肌が立つような嬉しさが込み上げてきた。
「もしお世辞でも……そういう風に言われるのは嬉しいもんだな」
今まで俺は自分の絵に価値などないと思っていた。
一般向けの絵を描いて表彰されても、それは俺が本当に描きたかったものじゃなかった。
本当に描きたかったものはかつて自分の母親が汚らわしい絵と酷評された。
描きたいものがヌード絵じゃなくなったら陽毬に今の自分を否定された。
だが、明梨は……妹だけは俺の絵を世界一だと思ってくれている。
恥ずかしいことに目からは自然と涙が溢れていた。
「ちょ、ちょっと……お兄ちゃん! なんで泣いてるの?」
「ちょっとゴミに目が入ってな」
「それを言うなら目にゴミが入ったでしょ」
知っている。わざと言ったんだ。俺は気を撮り直して、ヌードデッサンを再現した。
今の俺にかつての情熱を持って、描くことは出来ないがかつての自分を思い出して、明梨の絵を描いていく。
身体全体が完成すると、今度は絵の具で色を着けていく。今まで家で描くときは色鉛筆を使うことが多かったのだが、最近は家でも絵の具を使うようにしている。
絵の具は片付けがめんどくさくなるのだが、色鉛筆よりも完成度が遥かに変わるのである。
明梨の肌の色を着け、立体感を表現する為、微妙に色合いを変えて慎重に塗りたくっている。結構、辛い体勢であるはずだが明梨は文句ひとつ言わずにモデルに付き合ってくれた。
「よし、出来た!」
「はー、疲れたぁ」
明梨はかなり疲弊したのか床に寝そべり出した。
「ありがとうな、明梨」
「ううん。気晴らしになった?」
「ああ、おかげさまでな」
「そっか、良かった。それじゃ出来た絵、見せて!」
明梨は身体を起こすと両手を伸ばしてきた。俺は完成させたヌード絵を明梨に手渡す。
「ふん……やっぱり上手いね。お兄ちゃん」
「そうか、ありがとう」
「お兄ちゃん。私、全然絵のこととか詳しくないけど、ひとつだけアドバイスするよ」
「な、なんだ?」
明梨からのアドバイス。一体どんな内容なのかとても気になる。
「かつてのお兄ちゃんと今のお兄ちゃん。二つの力が交わることでより大きな力になると思うよ……そう、まるでゴ○ータのようにね!」
最後の表現が少々あれだったが言わんとしていることは何となく分かった。かつての俺と今の俺か……
「分かった。参考にする」
「うん! お兄ちゃんが納得する絵が描けたら私にも見せてね!」
明梨は部屋から出て行った。俺がやるべきことは何となく分かった。
床に置いてあるスマホを手に取り、ある人物にLINEを送る。
――お疲れ様。明日、ちょっと話したいことがあるんだが会えるか?
すると、すぐに返信が来た。
――分かりました。それじゃ、湊さんの学校の近くのファミレス集合でいいですか?
俺が通っている高校の近くに『ゲスト』というファミレスがあり、うちの生徒の溜まり場になっていたりする。
――大丈夫だ。それじゃ、明日よろしく頼む。
――ちなみに話したいことというのはゲーム作りのことでしょうか?
確かに話したい内容というのはゲーム作りと関わってくるものであるが、本題は別にある。
――そうだ。詳しいことは直接会って話したい。
――分かりました。
次の日。俺は約束通り、待ち合わせ場所のフェミレスに向かった。店の外ですでに待ち合わせの相手が俺の到着を待っていた。
「すまないな。待ったか?」
「いえ。私も今来たばかりです」
「そっか。それじゃ、とりあえず中に入ろうか」
店の中へと入り、店員から案内された席に座る。メニュー表を開き、俺と明梨はアイスコーヒーを注文した。
「湊さん、早速話してもらいたいことについて話してくれますか?」
「ああ。その前に、由衣夏はどうして陽毬さんがゲーム作りを止めるって言い出したか知ってるか?」
「いえ、どんなに聞いても『興味がなくなったから』とか『他のことに専念したいから』としか答えてくれなくて」
予想通り陽毬は由衣夏にもゲーム作りを止める原因を説明していないようである。
「実は俺のせいなんだ」
「え? どういうことですか?」
「俺な……陽毬さんにシナリオを書き直すようにお願いしたんだ」
「はぁ……それで機嫌を悪くして止めるだなんて言い出したんですか? さすがにそれは大人気ないな……」
「いや、問題はそこじゃない。新しくメインヒロインを追加して欲しいってお願いしたんだ。妹じゃないメインヒロインをな。それで陽毬さんに見破られたんだ」
「何を見破られたんですか?」
「俺が……生身の女性を好きになったことをだ」
心臓が張り裂けそうなくらい鼓動している。その好きになってしまった本人に告げるのは本当に緊張するし、こんな形での告白になるのが情けないとも思った。
由衣夏はキョトンとした表情で俺を見つめていた。
「えっと……よく分かりませんけど、それがゲーム作りを止めることに繋がるんですか?」
俺が「ああ」と呟いた直後に、店員がやってきてアイスコーヒーをテーブルの上に置いた。
ストローでアイスコーヒーを吸い上げ、緊張で焼けるように乾いた喉を潤す。
「俺が生身の人間を好きになった。そのことが俺の絵に変化をもたらした。新しい絵を陽毬さんに見せてみたんだが、お気に召さなかった……それどころか拒絶されたんだ。陽毬さんは俺の情熱に満ちたヌード絵を最大限に生かしたゲームを作りたかったんだよ」
今、思い出しても胃が痛くなる出来事である。あの時の俺は何の疑いもなく自分の中の変化を受け入れてもらえるものだと思っていた。
「そ、そうなんですか。それで湊さんが好きになった人って誰なんですか? 澪さんですか? それとも桃子ちゃん?」
「そ、それは……由衣夏。君だよ」
多分、俺の顔は今とても赤くなっている。自分にも分かる。それほどまでに緊張していた。
そして、告白された由衣夏の方は目を大きく見開き、驚いているのが分かった。
「わ、私ですか? どうして私なんかを……」
「そんなの……俺にもよく分からない。けど、好きになった。俺は君が好きなんだ」
俺は面と向かって由衣夏に告げた。拒否されてもいい。それでも、これだけはハッキリと伝えておかなければならない。そうしなければ俺は次にはいけないのだ。
「気持ちは嬉しいです。けど、今すぐに答えは……」
「いや、今すぐ答えは言わなくてもいい。それでお願いなんだが」
「はい。協力できることならなんでも」
「由衣夏をモデルにして絵を描かせて欲しい。もちろんヌードデッサンではないやつだ」
陽毬を納得してもらうには、陽毬の期待を超える絵を描くしかない。その為のモデルは俺が好きになった人じゃなければダメなのである。
「いいですけど……それで、本当に陽毬さんを説得できるんですね? ヌードデッサンじゃなくても」
「ああ」
「分かりました。では、協力しましょう」
由衣夏は綺麗な花が咲き誇るような可憐な笑顔を綻ばせた。
必ず陽毬に納得してもらえるような絵を描いてみせる。