田舎のしおいちゃんと深夜の廃校舎でセックスして別れる話 作:大河原大河
仲良くなれるとしおいちゃんは言った。
けれど僕は仲良くなれる自信がなかった。
だから理由を残しておきたかった。僕の家に来る理由、僕の家にやってくるための口実。スイカを食べにきてほしいと、そう誘うつもりだった。
結論から言ってしまうと、それは不必要な心配だった。しおいちゃんと出会ってから一週間、彼女は連日我が家を訪れていた。長時間居座っては夕飯を食して帰っていく。大したものは作っていないはずだが、ずいぶんと気に入ってくれていたらしい。とはいえ、食費が倍以上に膨れ上がっている点については見逃すわけにはいかないので、そろそろ請求したいと考えている。しおいちゃんは男の僕よりもずっとたくさん食べるのだ。
今日も今日とて、食事の用意。
包丁のリズムは乱れず、一定間隔で胡瓜を刻む。生野菜を食べることによる生活レベル向上効果は計り知れない。できるだけ毎日提供するようにしている。
「まだー?」と居間から声。少々間延びして気だるい様子、完全に自宅の様相。
そろそろできるよと返事をして、油を切り終えた揚げ物を皿に乗せる。かなり多めに作ってしまったけれど、しおいちゃんならすっかり食べてしまうと思う。
「わぁ、美味しそう!」
匂いに釣られたのか、居間でだれているはずの彼女が台所にやってきた。せっかく来たのだから、と僕は料理の運搬を依頼する。二人分の食事なのに、いつも用意と片付けは僕の役割なのだった。改めて考えてみれば理不尽なことこの上ない。
「私、お客さんなのに」
文句を言いながらも、しおいちゃんは食器や調味料を運んでいく。言えば手を貸してくれるのならば、ここ一週間の僕はずいぶんと無駄に頑張ってしまっていたことになる。明日からは調理も手伝ってもらおう。
何度か台所と居間を行き来し、テーブルの上に夕食を並べる。手を合わせて、いただきますと唱えてから箸を伸ばす。
しおいちゃんはご飯と揚げ物を交互にかっこんでいく。急がなくてもなくなるものではないと思うのだが、彼女は食事をすごいスピードで取るのだ。もしかしたら家庭で奪い合いでもしていたのだろうかと、兄弟姉妹がいるのかと尋ねてみたら、妙な濁され方をした。いないとは言わなかったので、いるのか、もしくは、いたのかもしれなかった。
「大満足!」
言葉通りの表情で倒れる。
案の定、揚げ物はすべてなくなり、空っぽの皿だけが残っていた。
僕も今日は少々食べすぎてしまった。一緒に横になりたいところだが、片付けを放棄するわけにもいかない。気合を入れ直し、重い腰を持ち上げる、
前に。
「ちょっとさ」
しおいちゃんが僕の手首を掴んでいた。振り払うことはせず、促されるまま、僕はその場に座りなおす。
「食後の休憩とか、した方がいいと思うよ?」
それは珍しい提案だった。食後は牛にでもなってしまいそうなくらいごろごろしっぱなしの彼女、一週間のうちに僕を引き止めることは一度もなかったから、何か話でもあるのかと気構えてしまう。そんな僕の緊張を察したようで、「別になんでもないんだけど、そういう気分だっただけ!」と付け加えた。
そういう気分だと言うのなら、誘いを蹴るのも悪いだろう。片付けは後に回して、しおいちゃんの隣に寝転がる。すると、彼女から、座ってと頼まれる。
指定された姿勢になる。いわゆる正座だった。
「よぉし」
しおいちゃんは僕の太ももに頭を置いて、横たわった。
俗に言うところの膝枕、というやつだ。
どうやら、なんでもないわけではなかったようだ。膝枕をしてもらうという、しおいちゃんなりの用事があって、片付けに行く前の僕を呼び止めたのだ。
「ふふふ」
満足げである。女性の太ももよりは筋肉質だろうから、心地よさはあまりないはずだが、それでもずいぶん嬉しそうだ。膝枕をしてもらっているという状況が最優先で、感触は二の次ということらしい。
「このまま眠れちゃいそう……」
しおいちゃんは目を閉じようとする。
夕食の後片付けをしないと、と僕は言ったけれど、彼女は聞く耳を持たなかった。ご機嫌な様子で笑うと、しおいちゃんは目を閉じてしまった。膝を貸している僕に対して、遠慮も躊躇もない。僕への信頼を感じることができる、そんな表情で目を閉じている。
しばらくすると、寝息まで立て始めた。本当に眠ってしまったようだ。
本当に眠ってしまったのか。
僕はしおいちゃんの顔をじっと見つめる。健康的に焼けた肌。荒れることなく、張りのある柔らかそうな肌。穏やかな表情。
「…………」
しおいちゃんは眠っている。
僕はしおいちゃんの喉を見る。吐く、吸う、呼吸で動く喉を見る。僕が締めたことのある喉とは違うはずなのに、どうしてか同じように見えてしまう喉。
僕はしおいちゃんの胸元を見る。胸元の大きく開いたTシャツだ、ほんの少し間違ってしまえば下着が見えるかもしれない。ちょっとした手違い。僕は僕が強姦しかけたあの女の下着を思い出した。とてもさらさらしていて、触り心地が良かった。しおいちゃんが着ていても、きっととてもよく似合うと思った。
僕はしおいちゃんの腰と、その下を見た。しおいちゃんがあの女のような下着を着ていたとして、そんな下着姿を想像する。ショートパンツの下に着けている下着を妄想して、妄想しているうちに知らずごくりとつばを飲んでいた。
確かめたい。
しおいちゃんは眠っている。
僕はシャツに手を伸ばす。少し間違えるだけでいい。手元が狂うだけでいい。少しだけでいい。
ごくり。
また喉が鳴った。
鼓動が早い。
ひどく興奮している。
息が荒い。
僕は彼女の服をめくろうとして────
「ん……ぅう……」
不意に発せられた彼女の声に動揺して。
僕は、思いきり間違えてしまった。
勢いよく手を離れさせた結果、僕は体勢を崩した。倒れそうになった自分の身体を支えようと、床に両手を置いた、つもりだった。片手は想定通り、床に向かった。けれどもう片方は、そうならなかった。
しおいちゃんの喉を押さえつけるように、手が落ちた。
「ぇ、っ……かっ!」
慌てて喉から手を離す。いきなり喉を押さえつけられたしおいちゃんは、僕から逃れるように転がっていって、何度かむせた。
大丈夫か、本当にごめんなさい、どちらを優先すべきか迷っている間に、眠りから覚めたしおいちゃんが僕を見つめてくる。苦しさの発露、目には涙が浮かんできていた。何が起きたのか理解できていない、といったふうだ。
謝ってから、状況を説明する。シャツをめくろうとした、という部分は隠しているが。
「……もう、いきなり何かと思った。今度から気をつけてよね」
彼女は意外とあっさり許してくれた。苦しい思いをしたはずなのに、そんな一言だけ。怒ることもなく、すぐにいつも通りの態度に戻った。
帰る頃には、本当に何もなかったかのように、いつもと変わらない笑顔。しおいちゃんは「また明日ね!」と手を振っていた。
彼女を見送って、彼女の姿が見えなくなって。
それから僕は手を握る。
押しつぶしそうになった、喉の感触を思い出す。
駄目だ。
本当にいけないことだ。
自分の腕を握る。
血が止まるほど、強く。
こんな手など腐り落ちてしまえと願いながら。
ごめん。
ごめんなさい。
僕はあの日のことを思い出してしまった。
ほんの一瞬だけ、あの女のように、君を犯したいと思ってしまった。
僕は君と仲良くなりたいだけなのに。
それだけのはずなのに。