田舎のしおいちゃんと深夜の廃校舎でセックスして別れる話 作:大河原大河
僕は僕を抑えつけている。
「外で遊ぼうよ」というしおいちゃんの提案に乗って、僕たちは近くの川にやってきていた。家の裏手から伸びる山道を辿り、しばらく進むと水の流れる音、そして滝が水面を打ちつける音が聞こえる。山の中に好んで立ち入ろうとは思わなかったので、こんな場所があるとは知らなかった。
よく遊びに来るんだよ、としおいちゃんは言った。
「私、水遊びが好きだから」
その言葉に違和感はない。初めて会ったときから運動が好きそうに見えた。小麦色に焼けた肌は、きっと屋外プールや川遊びが理由なのだろう。
だから、違和感があるのは別の要素だった。
しおいちゃんは、学校指定の水着を着用していた。いわゆるスクール水着。人目のない山奥、緑に囲まれた場所で、紺色の水着を着込んでいる少女。風景と人物のずれに、不和を感じるのは仕方のないことだと思う。
水着姿の少女は、さっそくストレッチを始めている。泳ぐ前にはストレッチが大切だよと主張するだけあって、丹念な力の入れようだ。水着の用意がなかった僕は、彼女を眺めている。背筋を伸ばし、腕、肩、膝、腿、全身をほぐす。細身ながらもしっかり筋肉のついた身体。身体を後方に逸らせる。僕は視線を逸らした。
「泳がないの?」
下着の替えは持ってきたから、服さえ脱げば泳ぐことはできる。けれど僕は真面目に泳ぐつもりはなかった。足を浸からせたりすれば十分だ、と伝える。
「そっか。それもまた水遊びだね」
納得したように頷いて、しおいちゃんは柔軟運動を再開する。手首足首を回して、滝つぼ付近の岩場に立った。飛び込むつもりのようだ。危ないのではないかと思ったけれど、声をかける前に彼女は跳躍した。
水飛沫はほとんど上がらなかった。綺麗な飛び込みだ。美しかった。
僕は彼女の軌跡を追って、わずかに波打つ水面を見つめる。十秒経って、二十秒経って、それからさらに時間が経過した。僕は静かすぎる水面を見つめている。
少しだけ心配になって、僕は立ち上がる。透明度の高い水面は、しかし緑の木々が反射して底を見ることなど叶わない。せめて気泡でも浮かんでくれば、少なくともしおいちゃんがいることは分かるのに、何も動きが確かめられない。
よく遊びに来るんだよ、と言っていた。だがそれは絶対の安全を保障しているわけではない。万が一だとしても、可能性がなくなることはない。目の前でその可能性が起きているのだとしたら、ぼうと眺めているのは愚かに過ぎる。
滝つぼに近づく。服を脱いでいる余裕もない、僕はしおいちゃんを呼びながら川に沈んでいく。腰まで浸かったところで、ようやく水中が見えるようになった。しおいちゃんはどこにもいなかった。
僕は冷静さを失って、もしかしたらしおいちゃんがいなかったように見えただけかもしれないと考えて、頭まで水中に入って目を開いた。やはりいない。底に沈んでいるのではと思ったが、水底にも姿は確認できない。
焦る僕。
が、後ろから急に抱擁された。
驚いて振り返る。しおいちゃんが抱きついてきていた。
顔を川から持ち上げると、しおいちゃんもついてきた。
「溺れたと思った?」
僕の心配をよそに、得意げに笑っている彼女。軽く力を込めて、頭を叩いた。
「よく遊んでるって言ったのにぃ」
それは心配しない理由にはならない。僕は背中に引っ付いたままのしおいちゃんを連れて、川から出ようと苔の生えた岩場に手をかける。
滑った。
岩を離れる手のひら、身体はバランスを失い倒れる。しおいちゃんはなんとか体勢を立て直したようだったが、僕は転倒して身体を打つ。慌てた様子で、しおいちゃんが僕を引き上げてくれる。
「大丈夫?」
少し右腕が痛むくらいで、傷はなさそうだった。大丈夫だと彼女に微笑もうとして、手のひらにぬるりと嫌な感触。指先が切れていた。血が流れる。川に滴った血が、模様のように広がっていく。
「大丈夫じゃないね」
しおいちゃんは僕の手を引いて、乾いた岩場まで移動する。痛みはない。痛みがないから気付かなかった。それに、血は出ているものの、しばらく押さえつけていれば止まるくらいの傷に見えた。
それでもしおいちゃんは過剰に僕を心配した。異常とも言っていいほどに、僕の手を握りしめて。私のせいでごめん、ごめんと謝罪を続ける。早く治らないのかな、早く止まらないのかなと繰り返す。
だから場を和ませる冗談のつもりだった。気が動転した彼女を見ていられなくなって、僕は言った。傷を舐めると早く治るって聞くよね。でも────
瞬間。
指が熱に触れた。
しおいちゃんが僕の指を、血が流れている指先をくわえたのだと理解したのは数秒後だった。必死に、必死な表情で、僕の指を舐めている。
指の上を、しおいちゃんの舌が這い回る。
けれど優しさに満ちた触れ方だ。痛くないように、痛くなくなるように、丁寧に、舌を傷に触れさせる。温かく、湿り気のある口内を肌で感じる。
僕の傷を癒すために。
僕の傷を治すために。
僕は僕を抑えつけている。
しおいちゃんの口が離れる。
「血、止まったかな?」
唾液にまみれた僕の指をじっと見る。血は止まったようだった。彼女が舐めたおかげとは思わない。放っておけば自然と治る程度の傷だった。
「……一応、濡れてても使える絆創膏取ってくるね!」
しおいちゃんは上着も羽織らず、水着姿のまま山を下っていった。僕の怪我よりもずっとひどい傷を負うのではないかと思ったけれど、きっと飛び込んだときのように、平気で戻ってくるのだろうと思い直した。
しおいちゃんの背中が見えなくなってから、僕は自分の身体を見た。熱を帯びている。硬くなっている。興奮している。しおいちゃんの舌使いに。
僕は思い出している。思い出している、彼女が抱きついてきたときのことを。水着でつぶれた彼女の胸の感触を。息が荒くなっている、傷のせいではない、傷なんて最初から痛まない、僕はここにはいない彼女の胸のことを思い出して興奮が抑えられない。
水着の下には彼女の裸体がある。彼女の身体に張り付いた水着と、その下にある肌の感触と弾力と熱を僕は思い出す。
熱くてたまらなくなって抑えつけようとした僕が抑えきれなくなって、僕は服を脱ぐことにした。
右腕はやっぱり少し痛い。
僕はしおいちゃんの口を想像する。僕を癒すための舌で、僕の熱を冷ましてくれようとしているしおいちゃんを妄想する。ぎこちない動きが僕を刺激する。熱い。身体が熱い。僕はだらしなく口を開けたまま、犬みたいに舌を垂らして息を吐く。
僕は太陽を見た。
ずいぶんと眩しくて、目の前が真っ白く染まった。
「遅くなっちゃった。ごめんね」
しおいちゃんが戻ってきた。僕はしおいちゃんがこの場を離れる前と何も変わらない格好で、彼女を待っていた。持ってきた絆創膏を怪我したであろう場所に貼ってもらう。流血は完全に止まっていた。
「ごめんね。私が川遊びに誘ったから」
いまだ落胆した様子の彼女に、謝りたいのは僕の方だと伝える。
「……なんで?」
僕が手を滑らせたりしなければ、楽しく一日を終えることができたはずだから。謝るべきは僕の方だった。
「気を使ってくれてるの?」
本心だ。
「…………。……じゃあ、さ。笑って帰ろっか。楽しかったってことにしてさ」
しおいちゃんはそう言った。僕はいいよと返した。
「……うん、それじゃ。楽しかったね!」
楽しかったと彼女は笑う。
僕は笑う。彼女に合わせて笑っている。
改めて自覚した。
僕の性根は腐りきっている。
僕は最低だ。
最低な人間だ。
確信した。
だってあれほど気持ち良かったのは、初めてだったから。