田舎のしおいちゃんと深夜の廃校舎でセックスして別れる話 作:大河原大河
「私の家?」
僕の提案に、しおいちゃんは腕を組んで唸った。
食事代を請求するようになって数日、品数の増えた食事を元気にかっ込む少女。美味しそうに食べるものだから、自分の料理の腕が上がったのではないかと錯覚してしまう。もちろん錯覚なので、口へ運ぶといつも通りの味が広がる。
料理をすること自体は嫌いじゃない。美味しく食べてくれる人がいるのも良いことだ。けれど正直なことを言えば、少し飽きている。あまり代わり映えのしない味。使いまわしのレパートリー。変化を挟んでみたいと思うのは、当然の意見に違いない。
僕は真正面を見つめる。出会ってからここまで、基本的に食事担当のみを全うしている少女がいる。
僕は当然の権利を発動することに決めた。
しおいちゃんの手料理が食べてみたい。お弁当とか出先で食べるものではなくて、僕が毎日やっているように、今日の夕食を作ってもらって落ち着いた場所で食べる。具体的にはしおいちゃんの家で。
「私の家かぁ……」
不都合があるのか尋ねる。ないわけがない、きっと都合の悪いことなんてたくさんあるだろう。でも、僕の家に散々遊びに来ているのだから、逆に僕が遊びに行くことが許されないわけがない。
しおいちゃんは「多分大丈夫だと思うけど……」と俯き、考え込む。どうやら家の状況を思い出しているようだった。
「うん。いけるでしょ」
熟考、のち了承。
「でも片付けはさせてよね」
もちろんと頷く。
しおいちゃんは昼食を終えて早々に、「ちゃんと人を招けるようにしておくよ」と言い残して帰っていった。今は人を招けるような状況ではないのか、と一抹の不安を抱くが、彼女が大丈夫と判断したのならきっと大丈夫なのだろう。あるいはこれから大丈夫にするのかもしれなかった。
しおいちゃんには夕方、改めて家まで迎えに来てもらうことになった。昼間はずっと彼女がいたから、明るいうちに一人になると少し寂しさを感じてしまう。
特に音。人が減った事実を強く感じ取れるのは聴覚だ。
呼吸をする、身体を動かす、どんな行動であれ人は音を伴う。自分も同じだけの音を立てているはずなのに、他者の音ばかりに耳が傾く。それが急に消えるのだから、どうにも寂しくなってしまって、別れて一時間も経たずしおいちゃんを待ち遠しく思う。
早く日が沈まないかと外を眺める。以前はぼんやり雲が流れていく様子でも見ているうちに浪費できていた時間だが、今日はどうにも緩やかに過ぎる。風もないのか、まるで絵画のように動かない景色。
静か。
静かだった。
燦々と降り注ぐ陽が虫たちを焼き殺してしまったみたい。
静寂の中で僕は思う。寂しいのはきっと、久しぶりだから。何かを楽しみに待つ、という機会をずいぶんと失っていた。待たずともしおいちゃんはやってくる。彼女以外の事象に興味が湧かない。
僕は彼女と仲良くなりたい。
僕は彼女と仲良くなりたくて仕方がない。
でもそれはしおいちゃんがあの女とそっくりだから。
僕が犯したいと思ったあの女と同じ顔をしているから。
今日はしおいちゃんの家で彼女の手料理をご馳走になる。とても楽しみだ。
窓際を離れて台所に向かう。せっかくなので何か持っていける物はないか、冷蔵庫を確かめる。昨日の残り物をいくつか持っていくことにした。
残り物を保存容器にまとめ終わって、やはり時間が余って台所をうろつく。何をしていればいいのだろう。静かすぎる。音が足りない。
そうだ、思い出す。父の知人からラジオを貰ったのだ。あまり馴染みのない道具だが、音が足りない今の環境ならちょうどいいだろう。動かしてみる。
ノイズ。雑音。つまみを回しているうち、少しずつ人の声が混ざるようになる。質の良くない音が機器から零れだす。
僕は音を聴く。軽快な音楽、司会の声。どうやら流行りの曲、リクエストされた楽曲を延々と流しているようだった。音楽を聴く習慣はない、いずれも覚えのない曲、だからこそ長く聴いていられる。集中力を使わずに。眠るように。
興味のない音楽をしばらく聴いていると、番組が切り替わった。午後のニュース、どうせ自分には縁のない話ばかり。
どこかの町で強盗が入っただの、新たな兵器が開発されただの、聞いたところで関心を抱くはずもなかった。音楽番組の方が良い、と再度の切り替わりを待つ。今度は行方不明の報道だ、怪物が出ただとかまともではない内容。場所は、
電話が鳴った。
あまりに急だったから、驚いてラジオをテーブルから落としてしまった。つまみがずれてしまったようで、また雑音ばかりが流れている。すぐに直したいところだが、電話も鳴りやまない。ひとまず受話器を取った。
「あー、もしもし? 準備できたよ。今から向かうね」
しおいちゃんからだった。いつの間に僕の家の番号を控えていたのだろう。待っていると返事をして、電話を切った。
それからラジオの調整。続きを聞けないかと期待したが、流れてきたものはしっとりとした女性ボーカルの曲。ニュースは終わってしまったようだった。
ラジオの前から離れて服装を整える。
行方不明の少女がいた町には聞き覚えがあった。
残り物が詰め込まれた保存容器を冷蔵庫から取り出していると、しおいちゃんがやってきた。昼の悩ましげな表情はどこへやら、いつも通りの明るい様子である。
「大変お待たせしました」
ずいぶん待った気がする。あっという間だった気もする。
「さ、行こっか」
しおいちゃんが先を歩く。僕は後ろをついて歩きながら、聞き覚えのある町について思い返す。正しくは、その町にいた頃の記憶を。
あるいは────あの女のことを。
しおいちゃんとそっくりな、僕が犯したいと思ってしまった、あの女。
行方不明の報道があった町は、あの女がいる町だった。
僕はしおいちゃんの家に向かっている。