田舎のしおいちゃんと深夜の廃校舎でセックスして別れる話 作:大河原大河
電話を掛けている。
いくら考えても答えは出なかった。僕が何をしたいのかも、どうすればいいのかも、自分がどういった感情を抱えているのかも、無残なほど散り散りになってひとつにまとめることなんてとてもできなかった。
何度目かの呼び出し音で繋がった。
「はい。どなたでしょうか?」
愛しい音が聞こえた。
僕は彼女に、話したいことがある、と伝える。会いに行くよと提案されたが断った。直接会うのは怖かった。だから一方的に、相手の顔を見ず、相手の顔を思い浮かべず、間を置かずに喋り続けた。
以前通っていた学校でいじめられていたこと。
そこで自分と同じように一人ぼっちの女との関係を求めたこと。
その女がしおいちゃんと瓜二つだったこと。
それが原因で学校を離れ、この場所にやってきたこと。
しおいちゃんにも同じように欲情していること。
しおいちゃんにあの女を重ねてしまっていること。
今しおいちゃんに向けているこの感情が、誰に基づいたものなのか分からなくなってしまっていること。
話した。隠さず、一切を。
現状の吐露、これはしおいちゃんに正直であろうとした態度。だと思っていた。そのつもりだった。でも途中で気付いた。話し始める前に気付くべきだった。
僕は僕の気持ち悪さを自覚しているのだから。卑怯さを自覚しているのだから。
助かりたい。受け容れてほしい。お前は悪くないのだと慰めてほしい。醜悪に過ぎる自分を、自身の肯定すらできない僕を、優しく包み込んでほしい。心配される価値はないと言いながら、だから一人消える覚悟もない。
誰かの温もりが欲しい。
優しさが欲しい。
愛が欲しい。
醜い僕を知って、醜い僕を理解して、それでも僕を受け止めて、穢れて。
これはそういった想いの発露。
最低だ。最低な願望だ。迷い、悩んだ結果の行動にさえ、一切れの救いもない。逆に、悩んだ果ての行動だからこそ、腐った本性が立ち表れる。
僕はすべてを話し終えた。
いつの間にか声は震えていた。僕が知らなかっただけで、もしかしたら最初からだったのかもしれない。
「……そっか」
愛しい音が聞こえた。耐えきれなくて通話を切りそうになったけれど、なんとか腕を止めることができた。
言葉。
彼女の言葉が欲しい。
腐り切った自分の性を理解しても尚。
「…………」
何か言うのかと思ったけれど、しおいちゃんは何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。ただ、受話器の向こうにしおいちゃんがいるということは分かる。だから僕は電話を切らなかった。切れなかった。
けれど、それは自分の醜さを知りながら、それに耐え続ける行為だ。無言の時間が続くほどに僕は僕のことが我慢できなくなる。答えを待てば待つほどに、答えを待つ自分が嫌になる。
だから、だから。
「わた────」
切った。
だから彼女の言葉を最後まで聞くことはなかった。
翌日からしおいちゃんが家にやってくることはなくなった。
…………。
声が聞こえない。失ったのは聴覚ではない、人への興味だ。
こうなることは分かっていたはずだ。こうなることだって考えなかったわけじゃない。けれど僕はいつだって僕に甘いから、しおいちゃんが僕の理想通りの反応を返してくれることを心のどこかで信じていた。でもしおいちゃんはいなくなってしまった。僕は自分が嫌になってしまった。自分にさえ興味の持てなくなった僕が他人に興味を持てるはずもないから、何もせずに同じ格好で同じ場所でずっと膝を抱えて蹲った。
どれくらいの時間が過ぎたのか分からない。それほど経っていない気もするし、かなりの時間が経った気もする。
どうして自分が生きているのか分からない。父の知人が世話をしてくれているのかもしれないし、両親がいるのかもしれない。自覚がないだけで、僕の身体が最低限の生活だけは済ませてくれているのかもしれない。
どうでもいい。
意味がない。
いまだに思考がなくなっていない。何も考えていないからいつ動かなくなってもおかしくないはずの頭だが、それでも何かを考えることはできる。
僕はしおいちゃんのことが好きなのだろうか。
僕はあの女によく似たしおいちゃんが好きなのだろうか。
どうして好きになってしまったのか。
他人が自分を肯定してくれるから好きになるのだろうか。
関係を築けるから愛してしまうのだろうか。
分からない。
分からないから、考えている。
僕はしおいちゃんが好きなのだろうか。
…………。
嗚呼、やはり最低だ。最低な上に嘘つきだ。
他人に興味を持てないなんて嘘。しおいちゃんのことなら、こんなにも多くのことを考えることができている。
僕はしおいちゃんに会いたかった。
自分の呼吸の音がした。
玄関の呼び鈴が鳴った。
僕は立ち上がろうとしたけれど、身体が思うように動かなくて転んでしまう。それでもなんとか起き上がって、玄関に向かう。
「久しぶり」
ずいぶん待った気がする。あっという間だった気もする。
玄関にはしおいちゃんが立っていた。
顔の半分には包帯が巻いてある。身体の多くにも、同じように。でも、確かにしおいちゃんが立っていた。
言葉を返そうとしたら空気が吐き出される音だけが聞こえた。何度か繰り返すも、声という意味を伴うまでにしばらくかかる。どれほどの間発声していなかったのかと驚いた。
何回も、何回も喉を震わせて。
僕はやっとのことで、久しぶり、と返すことができた。
それは、胸の高鳴りにかき消されるくらいの、掠れた小さな声だったけれども。