希望ヶ峰の学生寮 作:カレーはチキン
希望が峰学園には学生寮が存在する。苗木が入学する年に設立されたその寮は最新の家具で統一されたリビングや、各々が学園に提出した要望などを可能な限り採用した完全防音の個室など、至れり尽くせりのホテルの様な学生寮であった。寮と言うよりはシェアハウスと言った方がいいかもしれない。学園側は『お互いの才能を研磨し合うための場所』と言う名目で設立したらしい。
そこに苗木達78期生は入学当初から暮らし始めているのだが、入学して三ヶ月ほどで問題が起こった。もうすでに彼等は仲良くなり始め、それぞれのグループが出来上がっていた頃だった。暴走族と風紀委員とプログラマーが仲睦まじく団欒を楽しんでいたり、武闘家とスイマーがドーナツを頬張っていたり、ギャンブラーが同人作家に紅茶を入れさせたりする風景が日常になりつつある時期であった。
「いい加減にしたまえ桑田くん!!一体何度当番をサボれば気がすむんだい!」
夜中の学生寮のリビングにて、『超高校級の風紀委員』である石丸清多夏が『超高校級の野球選手』の肩書きを持つ桑田怜恩に対して檄を飛ばしていた。その様子に他の面々も『何が起こった?』と言った具合でそこに視線を向ける。言われた側の桑田は鬱陶し気に石丸を見る。
「しゃーねぇだろ?学園から一定以上の野球に関する成績を残さねーと退学させられるっつーんだからよ?急に予定が入ってもしゃあねーだろ?」
「そうならないためにも予め予定を立てておくべきだろう!そんな事では仕事を当番制にした意味がなくなるではないか!」
石丸が桑田に怒っていた原因はこれである。この希望ヶ峰学生寮はホテルの様な設備ではあるが、ホテルスタッフはいない。故に学生達で炊事や洗濯をしていかなくてはいけない。そこで石丸は入寮してまず最初にこの当番制を作ろうと決めた。唯我独尊を地で行く『超高校級の御曹司』や『超高校級のギャンブラー』などが難色を示したがそれ以外は概ね賛成であり、当番表を決めて寮生活はスタート。快調な滑り出しをしたかに思えた。
しかし、この当番制の均衡が崩れる出来事が起こる。それは寮生活が経過して3週間後の話だった。
「すいません苗木君。今日の洗濯当番なんですけど、今日は帰れそうにありません……」
「え?そ、そうなの?」
その均衡を破ったのは意外にも生徒教師からは真面目で通っている『超高校級のアイドル』舞園さやかだった。
彼女は当番相手の『超高校級の幸運』苗木誠に対して申し訳なさそうに顔の前で手を合わせながら頼み込む。突然の申し出に苗木は目を見開く。
「はい……実は、急遽生放送番組の出演が決まって、それがゴールデンから4時間くらいかかる特番なんです……本来出演するはずの演者さんが不祥事を起こしてテレビ参加を自粛している最中だったのをスタッフさんが確認するのを忘れて組んじゃったみたいで、急に決まったんです。ですから、私も把握出来なくって……」
「べ、別にいいよそれくらい!それに舞園さんは人気アイドルなんだし、そんなこともあるって!気にしないで!」
「ありがとうございます苗木くん!この埋め合わせはいつか絶対しますね!」
「いいよ別に!気にしないで」
舞園の花の様な笑顔にドギマギしながらも、苗木は話を続けた。これを皮切りに、徐々にだが寮の当番制にヒビが入り始めた。
「悪りぃ苗木!今日なんだが掃除代行できっか!?俺の仲間がやられたみてぇでな!今すぐ見舞いに行ってくる!」
「苗木殿!今日はお風呂掃除はパスできませんかの!?そろそろ次の同人誌のイベントに間に合わなくなりそうですので今日は部屋で籠りたいのですぞ!」
「苗木、今日の当番はお前がやれ。十神家たる俺がなぜ料理当番なんぞしなければいけないのだ。俺はそれ以上にしなければならない仕事がある。代われ」
「苗木っち〜!匿って欲しいべ!借金取りが俺っちを追いかけてきてるべ!だから今日は当番代わりに頼むべ!」
といった具合に、全員が苗木に頼り始めたのである。そこからほとんどの当番に苗木が食い込まれ始め、いつの間にやら苗木が当番の殆どを代行する羽目になった。本人としては家事スキルの上達が入学当初に比べてとんでも無いほど向上したと言う。苗木自身は生来のお人好し故そこまで気にしていないのだが、根が真面目な石丸としてはこれは見過ごせない案件だった。
「大体君たちは予定にルーズすぎるぞ!直前になって予定を報告されてはこちらも月の計画が組めないではないか!」
「い、石丸くん……僕はそこまで気にしてないから……」
「いいや苗木くん!これは重要な問題だ!これでは君がいつか倒れる!そうなっては遅いのだ!」
「で、でも……確かにみんなちょっとサボり癖が付いちゃってるのは良くないかもしれないね……」
石丸の意見に『超高校級のプログラマー』の不二咲千尋が遠慮気味に同意の意を示す。少女の様な見た目の彼は時折少女と間違われるが、れっきとした男である。その可憐さに一時期風呂を一緒にした男子数名は変な趣味に目覚めかけた。
「でもよー、仕方なくね?舞園ちゃんとかもそうだけどよ、俺らって基本的に忙しいじゃん?だとしたら当番制自体無理だったんじゃね?」
「それもそうね。私や舞園さんは基本的に生活リズムが決まっていないから、そう考えると当番制は遅かれ早かれ瓦解していたと思うわ」
「な、なんだと……!」
桑田と『超高校級の探偵』霧切響子の主張に石丸は膝から崩れ落ちる。確かに彼等は基本的に多忙だ。中には寝ずに1日を過ごすことが当たり前の者もいる。そんな人間からすれば当番制は寧ろ体調を崩しかねない原因にもなる。石丸はそれを失念していた。
「そ、そうだった……まさかそんな単純な理由に気づけなかったなんて……」
「これは気づけなかった私も悪いわ。探偵としてはこう言うことにも気づけないといけないのに……まぁ、彼は気づいていたかもしれないけど……」
「ふん、なんのことか分からんな」
霧切の向ける視線に『超高校級の御曹司』十神白夜は動じずにコーヒーを飲んでいた。彼は話し合いに参加する気は無いらしい。
「それでは学園の方からスタッフを呼ぶなどは……」
「ダメダメ!それじゃあ寮にした意味がないでしょ!」
「うぉ!出たべ!」
『超高校級の同人作家』山田一二三の意見を床から突然現れた右半分が白、左半分が黒のぬいぐるみサイズのクマが遮る。近くにいた『超高校級の占い師』葉隠康比呂が椅子から転げ落ちた。
「どう言う意味、モノクマ?」
「あのねぇ苗木くん。この施設はあくまでも寮なんだから、学生がメインなんだよ?そこに僕ら『学園側』がこれ以上介入しちゃったら意味ないでしょ?こういう問題も、この施設のサービスなんだから!君たち自身で解決しなくちゃ!!」
モノクマと呼ばれたぬいぐるみサイズのクマは自身の不満をぶちまけるように大きな身振り手振りを周囲にアピールする。そのふざけたジェスチャーとは裏腹に中々に正論を語っているので、反論しずらい。
「……つまり学園側からは食材の支給と月の家賃の免除以外の援助はないってことね?」
「はい、その通りでございます」
「まぁ、この段階でもかなり至れり尽くせりですし、これ以上求めるのもダメかもしれませんね」
「うんうん!わかってくれたようで何よりでございます!それじゃあ頑張ってね!」
霧切と舞園の言葉にモノクマは満足げにうなづくと、そのままリビングの扉をあけて帰っていった。
「帰りは普通なんだ……」
モノクマの帰って行く姿を見つめる『超高校級の軍人』戦刃むくろがポツリと呟く。その言葉に全員声には出さないが無言で同意した。
「別にどうでもいいじゃんそんな事。それより当番の事どうすんの?あたしモデル業で忙しいんだけど?」
「あ、あたしも偶に急な予定が入っちゃうかも……」
「誰も聞いてねーよ残姉ちゃん」
「う、うぅ……」
戦刃の言葉に妹の『超高校級のギャル』江ノ島循子は過敏に反応する。言葉の節々に見える鋭いトゲに姉ながら戦刃はやや涙目になっていた。
「しかし、如何する?このままでは寮での生活が瓦解するのも時間の問題だぞ?」
「そ、それじゃあ僕が全部引き受けるよ……?」
『超高校級の格闘家』大神さくらも言葉に苗木が献身的に意見を出すと、それに石丸は焦りを見せる。
「な!そ、それはダメだ苗木くん!それでは君の負担が」
「正直言って僕、みんなより課題は少ないから時間はあるんだ。だからせめてみんなのサポートに徹せればいいかなって思ったんだけど……」
苗木の唐突な提案に石丸は驚きを見せる。流石にそれは苗木の負担が大きすぎるのでは無いかと心配はするが、苗木は大丈夫だと言い続けた。これに誠意に弱い石丸は強く押すことができなくなる。
「むぅぅう!!仕方ない!だが苗木くん!何か助けが必要になったのならすぐに呼んでくれたまえ!出来る限り助けになるぞ!」
「あ、ありがとう……頼りになるよ……」
石丸は悩みに悩み続け、不承不承を顔全体で表現して苗木の方に手を置く。その全霊の対応に苗木は顔を引攣らせながら石丸に感謝する。
この日から苗木は『超高校級の幸運』兼『希望ヶ峰学園寮仮寮長』となった。
この日が苗木の日々を劇的に変化させるきっかけであった。
苗木が寮長になってから数週間の時間が過ぎた。苗木を含めた全員が寮長苗木のいる生活に慣れ、寮長の仕事のスピードがかなりスピーディになった頃だった。苗木は今日の夕食の洗い物をしていた。
「苗木くん。よかったら洗い物手伝いますよ?」
「え?ああ、ありがとう舞園さん」
苗木に声を掛けたのは舞園だった。彼女は流れるような動作で苗木の傍に立つと、皿を棚にしまう。
「それにしても慣れたものですね。この寮生活にも」
「う、うん……確かに最初は皆に助けてもらったりしてたけど、今じゃすっかり慣れたもんだよ」
苗木は皿を洗いながら感慨深く呟く。やや上の方に顔を向けて思いをはせているその姿は縁側でお茶を飲みながら昔の事を思い返している老人の様な雰囲気があった。その姿に舞園はクスリと微笑ましいものを見る目で笑みを見せる。
「すっかりみんな苗木くんの料理にはまっちゃいましたしね?苗木くんは皆のお母さんですよ」
「やめてよその言い方……江ノ島さんとかが面白がってよく言ってくるんだから……」
舞園のからかう姿に苗木はやや諦めた様に溜息をつく。そして自分はこんな風に揶揄われていることが多いという事はそこまで感謝されてないのではないかと思ってしまう。
「これでも私、苗木くんには感謝してるんですよ?」
「え?」
「ふふ……エスパーですから」
舞薗の言葉に一瞬どきりとした苗木。舞園の方を見るとしてやったりといった顔を浮かべて苗木を朗らかな笑みで見ていた。苗木は違う意味でどきりとした。胸の動悸をごまかす為、苗木は皿洗いに集中する。それを見て舞園はくすくすと子供を見つめる年上のお姉さんの様な笑みを浮かべていた。
「……苗木くん。冗談抜きで感謝してるんですよ、本当に。私がロケに行くことになったらお弁当を作ってくれましたし、勉強の面でもノートを私の分もとってくれたのには感謝してるんです。ですから……」
「ま、舞園さん……」
舞園は手を苗木の手に重ね、慈しむような手つきで独白を始めた。その気迫に苗木は何も言わずにいた。
「ですから、私にお礼をさせてください。いらないなんて言わないでくださいよ?」
「え、えっと……」
「夜の9時に私の部屋に来てください。鍵は明けておきますから
……誰にも見られないようにしてくださいね」
「……!!!!」
最後に舞園は苗木の耳元でポソリと蚊の鳴くような声で呟いて苗木の元を離れていった。突然の出来事に苗木は思考が付いていかず、軽いパニックに陥っていた。苗木はただ顔を赤くしてシンクから流れる水の音を聞いていた。
一応次で濡れ場の筈……
うまく書けるかな……