とりあえず逃げよう
王下七武海の招集があると、必ず私は訓練生や新兵の指導に回される。それはつまり、私を守る為だと分かっているけど……愛しいこの人から離れるのは、どうしたって不安なのよ。
「やだ……離れたくない」
「可愛い事を言うんじゃないよ。手放したくなくなるだろう」
「傍に居させて。迷惑かけないから……1人にしないで」
「ナミ……!」
ぎゅっと抱き締めてくれる温もりに甘えていたら、背後から咳払いが聞こえて何よと胡乱な視線を向ける。傍を離れる時のこれは、いつものやり取り。
そのおかげでおつるさんと私は、会話だけなら恋人のようだと言われているのも知ってる。けど、直すつもりも辞めるつもりもないのよ。
「私が悪者に思われるから、ツルちゃんもナミも辞めてくれないか?」
「ふんっ!ナミの作る蜜柑牛乳寒天を楽しみにしていたのに!……と言って、アンタを困らせるのも趣味じゃないからね」
困った様子で頭をかくのはセンゴクさん。それに怒ったフリして笑うおつるさんは、なんか可愛い。
そんなやり取りの後、私の方を向いて仕方ないから行って来るよと2人から淋しげな様子で言われれば、仕方ない。この場がこうなっては、安全ではなくなるので私も新兵達を連れて海に出る。
その航海の途中、岩場に泊められた海賊船と島の中央で上がる煙を見れば放置も出来ない。旗印を確認してから、問題ないかと判断して私は皆に発破をかけながら、島民を助けに向かう。
この偉大なる航路において、船長にしか懸賞金がかけられてない上にその額が5千万ベリーとなれば、ここに存在するのが奇跡と言いたくなるような相手だ。新兵達には民間人の保護を任せて、私が海賊を倒して行く。
敵が倒れた所で、新兵達が縛り上げてと言う形で片付けて民間人の被害者が居ない事を確認。そうしてから、事務処理をしようと動き出した所で感じたソレを咄嗟に躱せば、その先にあった山が吹き飛んだ。
思わず犯人に視線を向けると、面白そうにその男は笑った。どうして会議に出ずにこの場にいるのかとか、これで私が避け損なっていたらどうなっていたと思うのかとか、そんな事を色々と思うけど私が何かを言うより早く男は私に言葉を向けて来る。
「……何が戦えぬ女なのか。主は、赤髪の知古だな」
「え?はい、シャンクスには幼い頃「やはりか。来い」」
いや、少し私にもわかる説明してくれないかな!?混乱し過ぎて固まってしまった私に何を思ったのか、男は自然な動作で歩み寄ると当然のように髪をひと房持ち上げてキスをして来る。現実感を感じられないのは、どうしてなんだろう。
そんな状態なのに私の頭はまだ未活動らしくて、シャンクスと身長同じくらいだなとかそんな事を考えて無防備に立ち尽くしていた。真っ直ぐに私を見ているその瞳が、漫画やアニメで見ていたのよりもずっと……。
「綺麗……」
「は?」
「あっ……!」
何を、言ってるのか。鷹を思わせるその瞳が、想像していたのよりもずっと綺麗だからと魅入られていた。
こんな実力者相手じゃいくら間合いがあっても無駄に均しいのに、なんて事。私を攻撃してきたのだから、戦う意思を持っているのだろうと言う事を考慮して、少しでも早く新兵達が無事に帰れるようにどうにかしないと、相手は海賊なんだから……!
その為にはその隙を作る為に1旦逃げるしか無い。そう判断して踵を返せば、背後から声が追いかけて来た。
「この俺と、
そんな事思ってませんが!?受けて立たないでー!!
画して私は世界1の大剣豪様と、私の命だけをかけた鬼ごっこに強制的に参加させられる事となった。私がもしも殺されれば、おつるさんやセンゴクさんが暴れると分かっているからこそ、世界の平和を願う心を捨てきれない私には逃げる他に選択肢なんて無かったのだ。
どうして私が狙われるのか。そんなのは分からないけど、殺される訳にはいかないと判断した私は間違ってないだろうと思う。
仕方ないかと舌打ちして、全力で逃げる。私の状況や今後についての指示等は後で電伝虫で連絡するとして、今は戦えない人達を巻き込まない事が第一優先事項よ!
海なんか走って渡れば良いし、海王類も私が全力で掛け抜ければ追い付けない。……逃げ切ってやるわ。
そもそもどうして、鷹の目がここに居るのよ。会議はどうしたの?
何の為に私が、泣きながらおつるさんと離れたと思ってるのよ!?……と泣きそうになっていたら、途中で腕を掴まれそうになりそれを躱す。
それにより鷹の目は愉しいと言葉ではなく口元の笑みで伝えて来た。……あ、これ不味いと思った瞬間には、腹部に衝撃を受けて私の意識は暗転する。
目覚めるとガシャっという音が聞こえて、なんだろうと思ったら足は片方ずつ別な鎖で、腕は1纏めにされてやはり鎖で繋がれていた。鎖の先は寝かされているベッドにあり、針金でもあれば冷静になれば脱出出来そうだけど……治ったと思っていたのに、まだ鎖の音は私の心を掻き乱すらしいと知る。
心臓が妙な動きをしていて、気持ち悪い。脂汗が出て、明らかに精神的なものから来るストレス症状だとわかる。
「おつる、さん……シャンクス……ベック……」
思わず助けを求めるように呟いた時、部屋のドアが開けられて家主だろう男が姿を見せた瞬間、私は表情を引き締めた。……これ以上、情けない姿は晒せない。
「能力者では無く、純粋に身体能力であの速度か。……今のその顔色は、
「あなたに、関係無いでしょ。それよりも、七武海は全員召集されたのに、こんな所で、何してるのよ」
声が、震える。鎖が、平常心を私から奪い去る。
「それに向かっている途中で、主を見掛けてな。ずっと興味があったので会わせろと言っていたが聞き入れられなかったので、攫ってみた」
「馬鹿じゃないの!?私は、玩具じゃないのよ!!」
私の言葉をどう受け取ったのか、鷹の目は無造作に近付き私の顎を掴むと顔の向きを勝手に変えながら、商品の検分をする商人のように私を観察して来る。その為かショーケースに入って売られている、犬や猫にでもなったような気分にさせられるわ。
「……赤髪が自慢していた〝女神〟か。確かに見目は良いな」
「いい加減にして」
「……気の強い娘だな。トラウマにより
震えるのは、鷹の目が怖いからじゃない。鎖が、呼び起こす悪夢のせいだと分かってる。
でも、それを教えるつもりは無い。恐らく現状を鑑みるに、鷹の目は私を殺したりはしないとわかる。
殺されさえしなければ、後はどうにでもなる。生きてさえいれば、どうにか出来ると言うか、してみせるわ。
だって私が死んだら、戦争が起きるし、それ以前にきっとベルメールさんとノジコは身も世もなく泣き暮らすから。もしくは敵わないと分かっていても、仇を取ろうとするから、私はまだ死ねない。
細く息を吐き出して、体の震えは抑えられなくても表情だけは冷静を保って見せると決意して、強く己を律する。これでも私だってそれなりの修羅場はくぐって来てるし、海軍大佐としてのプライドもあるのよ。
「……美しいな」
「は?なに、言って……」
容姿はそりゃ、ナミちゃんだもの美しいに決まってるけど、突然何言ってんの?
睨んでいたのも忘れて、私は思わず眼を瞬かせていた。それくらい、意味のわからない言葉としか認識出来なかったから。
「鎖が原因で震えているようだが、それでも屈せぬその誇り高き心が美しい……少し話でもと思っただけだったが、俺のモノにしたくなった」
私がそれに何かを言うよりも早く、重ねられた唇。早く皆に連絡して、皆を家に帰らせてあげなきゃと思うのに、私は重ねられた唇から逃れる事さえ上手く出来ない。
新米海兵達の命を預かる立場にあるのに、この体たらく。情けなくて、悔しくて、それでも泣く事だけはしない。
「ふっ……ん!やぁ!……ンンっ」
試すような、確かめるような動きから私の反応を楽しみ始め、そのまま私を奪い尽くすようなものに変化して行く。抵抗しようと動くと聞こえる鎖の音が、体を固くしてしまう。
するとそれに気付いたのか鷹の目は唇を離すと、鎖の音をわざと響かせて私の反応を確かめ始める。それにより縮こまる私を見て、鷹の目は溜息を落とすと鎖から解放してくれた。
予想外のそれに驚いて思わず視線を向けると、鷹の目はニヤリと嗤い、首筋に噛み付くようにキスを仕掛けてくる。それに対してどう反応したらいいのかも分からずにいたら、当然のようにベッドに押し倒されてその反動と体の隙間を利用して、無意識でその急所に膝を入れると同時に私は1瞬の隙をついてベッドから逃げ出した。
「枷は、外さぬぞ。ナミ大佐」
「……何が、目的なの?」
「ナミ」
何故名前を呼ばれたのか分からなくて、思わず首を傾げると鷹の目は喉で笑いながら1瞬で間合いを詰めて腰を強く抱いてきた。その動きで、もしかして女として狙われてる?と思った私がそれを問い掛けたら、鷹の目の動きが止まり……何故か睨みつけられてしまった。
「勘違いして、ごめんなさ「勘違いでは無い。が、ならば先程俺がナミをベッドに押さえ込んだのは、なんだと思っていたのかと思っただけだ」」
「……トラウマがどの程度あるのかを確認してるのかと。海軍と敵対するつもりなら、その、私を捕らえておく為に必要な情報を集めているのかなと思ったのですが……違いましたか?」
「俺は、海軍と敵対するつもりは無い。だが、ナミを得るつもりでいるのだから、結果争う事にはなるやも知れんな」
意味が、分からないわ。私を手に入れて、なんになるのかな?
戦争を引き起こしたいとか、世界を混乱させたいとか、そんなタイプの思想は無いと思ってる。暇潰しの為にそこまでやるなんて、普通に考えてやらないだろうから。
だとしたら……?その時、戦えないと言う情報が間違っていた的な言葉を向けられたのを思い出して、戦ってみたい的な奴かなと思い至る。
「私、そんなに強くないですよ。寧ろ弱いですよ」
「俺の攻撃を尽く躱していて、何を言う」
呆れたような視線が私を射抜き、私はでも、攻撃は出来ませんからと言えば、そのようだなと言いながら微かに顔を歪ませる。急所を狙うけど、逃げるしか出来ないのだから情けない。
それに、簡単に捕まってしまったし……。そんな私に何を思ったのか、鷹の目はソファに私を投げ落とすように座らせると、向かい側に腰を降ろして困った様子を見せて来た。
「……ナミは、鈍いな。妥協してやる。暫くゆっくり過ごせ」
「あの、妥協って?ゆっくりって言われても私、帰らないと」
「ナミ、主は行方不明だ。気にせず休め」
気になるわー!
おつるさんが心配してるだろうしとか、色々考えて言葉を告げようとしたけど、鷹の目はそんな私に「指の1本も動かせない程に犯されたいのならば、好きに抵抗しろ。大人しくしているなら、暫くは襲わずに居てやる」なんて上から目線で言われて、反論しようとした時にその瞳を見て気付く。
……この男、本気だと。それにより言葉を無くした私を満足そうに見て、鷹の目は静かに部屋を去って行った。
両手が固定された状態で、軟禁されていながら、1人になった時に寂しいなんて思った時点で私は相当毒されていたと思う。帰るべき場所を見失った子猫が1匹、途方に暮れたような声で1度だけにゃーと鳴いたが、その声を拾ったのは猫を軟禁した鷹だけだった。