恋人と呼ばれる関係になる迄に、随分苦労させられた気がする。それは、俺がナミの年齢を知り、半年程耐えなければならなかった事に加えて、ナミが鈍すぎたのが原因だろう。
そんな事を考えながら眺めていたが、他の誰も気付かなかった島に気付いたナミにより、見知らぬその島へと船を泊めた。そろそろ野菜系が、少しはあってもいいと思ったのが大きな理由だろう。
だが、皆で錨を降ろしたりしているその間にナミがフラリと船を降りて行った。いつもは必ず誰かを伴うのに、今回に限り1人で。
初めの内は俺が居なけりゃ降ろさなかったが、俺と想いを通じ合わせて、愛し合うようになってからは逃げたりしないと分かり自由を許した。それでもナミは〝元海兵だもの。誰かに通じてるかも……なんて思われたら、ローが困るでしょ〟と言って、必ず誰かと行動していた。
そんなもの、コラさんだって元々海兵で……なのに、そう言って笑うナミに俺は何処か安心してたんだ。なのに……どうして?
心臓を、返さなければ良かっただろうか。俺は嫌な予感に、身動きどころか呼吸さえ忘れそうになる。
「ロー!!ナミ居るか!?」
「今、降りて行った……。1人で」
「やっぱりか……」
慌てた様子で現れたコラさんの続いた反応で、何かあるのかと視線を向ければ静かに頷いたコラさん。それに俺は無言で続きを促した。
それに頷いたコラさんが言ったのは、この島が妙な特性を持つと言う事。女を呼び、それの最も愛する相手に擬態した子供の形となり現れる可能性が高いと言う事だ。
……それで、ナミが俺以外を連れ帰って来たら、今夜は虐め抜いてやる。候補としては、ベポと姉と、母親だな。
そんな事を本気で考えている俺に、コラさんは続ける。勿論クルーが降りるのを阻止しながらなのだから、基礎は優秀なんだよなと沁々思うのは当然だろう。
「この島は女を呼び寄せる。それは植物が繁殖する為なんだ。つまり、邪魔する人間は排除される」
「ナミが帰るまで待つしかねェのか」
「あァ。その上、帰って来た女とその植物は繋がりができちまう。その為に植物が育つその日まで……女の受けた傷は植物に、植物に出来た傷は女に、平等に与えられる」
「ちょっと待て。その育つまでって……何年かかるんだ?」
人間に擬態する可能性が高い条件下にある事を思えば、人間の子供が独り立ちできるようになるのにかかる期間はどれ程だ……と警戒するのは当然。その間ずっと、植物を優先するナミを俺は許せるだろうか。
停泊するだけなら何年でも構わねェ。俺達がこの島を見付けられなかった事を思えば、恐らく植物に愛情を注ぐ事が可能な愛情深い者の他はこの島を見付けられねェからな。
その間奴に見つかる事は無いだろう。安全に暮らすには最適と言えるだろう。
島の気候は安定していて、見える範囲だけでも果実などは豊富で、動物もそれなりに生息している様子だ。海があるからここに来られた訳で魚も手に入る。
安全に全員が生きられる楽園となりうる。だからこそ問題は、ガキが居れば確実にそれを第一優先するだろうナミの性格だけだ。
「三日だな。それと、その期間はこの島から離れると女が植物と共に衰弱して死ぬから、離れられねェぞ」
「三日!?……哺乳類じゃ無くて本当によかった」
心から零れた本音に、コラさんは笑う。まだ帰るまで確定じゃねェぞなんて言うそれは、妙に穏やかだ。
父親と連絡を取り合うようになり、コラさん穏やかさに磨きがかかった。俺は、いつナミを奪い返されるか、横からかっさらわれるかと気が気じゃねェってのに。
そんな事を思っていたら、優しい顔をしたナミが戻って来て、それから俺と抱いてる子を交互に見て決意したような真剣な空気を纏う。その顔は恐らく、海軍に居た時のものなんだろうな。
穏やかさを内にしまい込んで、守る為に凛とした空気を醸し出すそれは……俺が初めて出会った頃のナミを思い起こさせる。その植物を守ると決めたのかと気付けば、溜息が落ちそうになるが今は耐えろ、俺。
「なんだ?」
「ロー……。2年程前に多分誰かを孕ませたと思うんだけど、どの島の人か覚えてる?」
「俺はナミに会う前は、孕まないように対処してる商売女しか相手にしないようにしていた。それ以降はナミしか抱いてねェ」
「……え?なら、この子、え?」
成程、親元に返すか許可を得ようと思ったのか。ナミが育てる許可を。
もしナミが予想した通りなのだとして、そんなもの許可なんざいらねェだろうに。……1度でも子を捨てた奴に、親たる資格はねェ。
「……俺に、似てるのか」
だからそんな事よりも、確認したいのはこれだけ。俺に似てるなら……三日でも十日でも、この島に居てナミとそいつを守ってやる。
その意味にまだ気付いてないナミが、無防備に俺を見詰めている。答えが返るのにかかったのは、僅かな時だろうに……随分と長く感じた。
期待と不安が胸中を渦巻き、震えそうになる。俺に似てるから、そんな事を考えてくれたんだよな?
「……うん。似てるの、よ。……っ!ローの子じゃなくても、私、この子を育てたい!お願い、船では無理だと言うなら、私をこの島に残し」
最後まで聞きたくなかった。俺を誰よりも愛してると教えるそれを抱いて、なのに俺よりも擬態してる植物を優先しようとする馬鹿猫の唇を奪う。
いつもそうだ。ナミは、自分よりも他人を……弱い存在を優先しちまう。
「ナミが誰よりも優先すべきは、俺だろ」
「ロー……」
「それは、植物らしい。三日で巣立つと……」
その先、言葉を音に出来なかった。真っ赤に茹で上がったナミが、子供を抱いて泣きそうな顔で俺を見たから。
どうやらナミは、この島の情報を持っていたらしい。つまり、誰が誰をどの位愛してるか、それが証明されちまった事で茹だるその姿の破壊力は……絶大である。
「ロー……あの、その……この子、は……」
「わかったから、落ち着け。三日、ここに停泊する。いいな?」
「うん……」
その瞬間少女のような反応をするナミの腕の中で、お包みの布が落ちた為に姿を見せた子供。頭に双葉を生やした、生意気盛りな顔をしてる俺が、そこに居た。
俺の指導の賜物か、はたまた俺に似てるからか、クルーは大喜びで母子を守るように動き出す。それ迄遠巻きにしていた奴等まで、ナミが俺を本気で愛してると証明された事で壁を消し去った。
そんな中でナミは子に日光浴をさせる為にと甲板にいて、呑気に子守唄を歌う。それは誰の耳にも優しく、宝玉としての能力の高さに心が揺さぶられる。
問題はただ1つ。そのガキが俺にだけ、反抗的で敵意むき出しな所だ。
俺がナミに近付くとギャン泣きしやがるし、少し離れて見てるとナミに気付かれないように睨み付けて来やがる。だが、ナミに向ける笑顔には覚えがあるから、間違いなく俺なんだと分かるのもまた嫌だ。
父様や母様に、俺は多分あんな笑顔を向けていた。その自覚はある。
その上俺とナミが共に寝るからなのか、俺がナミを抱き寄せた瞬間に、夜中もギャン泣きしてナミを叩き起す。その為にナミは、明らかなる寝不足だ。
元々数日寝ない事はよくあったが、何かに集中してそうなるのと、誰かに合わせて起きてるのでは違い過ぎる。ナミの腕の中で子供が寝たのを確認して、俺は合図を送った。
俺が近付くと起きるから、ナミが寝られなくなる。それなら、サマーベッドで子供抱いたままでも良いから寝かせるべきだ。
イッカクがナミにタオルケットを掛けて、寝ていいと伝えるとベポが用意したクッションを枕にナミは困ったように笑ってから、静かに眼を伏せた。海賊船とは思えない光景に、だが、それが嫌じゃねェんだから困っちまう。
……ナミを早く返せ。そうは思うが、他に不満は無いので、とりあえずこの優しい空間を守ろうと俺は刀を握る手に少しだけ力を加えた。
眠るナミの腕の中、安心したように眠る小さな俺の頭上では、花の蕾が開きかけていた。その意味に気付けなかった時点で、俺もまた随分と気が動転していたのだろう。
小さな俺の頭にある双葉から出ていた花の蕾が咲いたその日、ナミは子供を伴い島へと降りる。1度ナミが子供を連れてきた後は、島での行動制限は無くなり食料の補給や薬草の採取も出来たので正直ありがたかった。
その途中何か問題があったかと言われれば、肉食獣もある程度居るという程度の話。なので念の為にとついて来ただけだが……ナミが、笑ってるのに泣いてる気がしてその違和感に眉が寄る。
そんな時、子供が突然かけ出せばナミがそれを追いかけて走り出す。過保護な母親としか言えないその姿に、俺は遅れてハッとした。
これだけ愛してる存在と別れて、この場に残して行かなければならない現実を、ナミが耐えられるのかと今更気付いたからだ。慌てて伸ばした手は空をかき、俺の手には何も残ってはいない。
その直後別れの挨拶を交わし始めるナミと子供を見て、呆然としていたら子供が俺を見て笑った。唇の動きだけで、俺に伝えたそれは本当に奴は俺なんだと言う事実を突き付けるもの。
〝かあさまを、なかすなよ!〟
俺の顔を見て、顔の形は母様に、顔のパーツは父様に似てるとそう言ってくれたのはラミだったか。……あァ、そういやナミもそんな事を言ってたな。
そんな事を思った直後、立派な植物へと変じたそれを見てナミが動きを止めた。呼吸しているのかさえ危ういナミのその様子に、慌てて肩を掴むも反応が無い。
震えていてくれたら、泣いていてくれたら、まだ良かったのに。ナミは表情を凍らせて、全ての機能を停止しちまってる。
「ナミ」
声をかける。できるだけ、優しく。
少しでも寄り添えるように。その心に届くように。
「ナミ」
幾度でも呼び掛ける。その瞳に色が戻るまで。
泣いてもいいんだと伝える為に。感情を殺す必要は無いのだと教える為に。
「ナミ」
お前が俺を愛するように、俺もまた、ナミを愛している。悪いな、小さな俺……いや、息子。
俺は〝母様〟を泣かせるぞ。そうしないと、壊れちまう。
「ナミ……愛してる」
「……ろー……」
「俺が居る。子供は、この先でつくろうな」
「……え?」
漸くその瞳が俺を捉える。俺を認識したばかりのナミに、本心を伝えようと言葉を紡ぐ。
どうして言葉はこれ程不自由なんだろうな。偽りを真実と伝えるよりも、真実をありのままに伝える事は……こんなにも難しい。
「二人目は女が良いだろう。息子はサッサと冒険に行っちまったから、今度は長く手元で育てられるように……」
「ロー?」
「次はちゃんと、ナミに産ませてやる」
俺の言葉にナミは小さく頷くと、震える手を伸ばして来た。それを静かに受け入れてやれば、漸くナミはその綺麗な瞳から涙をポロポロ、ポロポロと落とし始める。
愛しい、愛しい、俺だけの天使。今は泣いとけ、次はきっと……喜びの涙を流させてやるから。
その日、船にいつまでも帰らない二人にクルーは大半が色々と察して、残りの数名を黙らせながら待っていた。翌朝意識のないナミを満面の笑みで抱き抱えて連れ帰った船長に、彼等が脱力したのは当然だろう。
だと言うのに、満足そうな船長はナミが目覚めた後も、それ迄触れられなかった分を取り戻そうとするかのように、傍を離れようとはしなかった。後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。
いつもの事ですが、子拾はお尻固定作品です。