立場と肩書き
私は今、自分に対してラプンツェルかと言いたくなるような気分になっている。それは、現在レッドラインの上にある建物の1つに幽閉されているからだったりするのだけど。
最近気分が乗らなかったのと、仕事が忙しかったのとで執筆活動を休んでいたから。……と言う名目で、
王下七武海のメンバーも何人か世界会議に参加するらしいので、私を守るにはこれしかないと言われればそうなのかなと思うより他にない。現在16歳になっている私は、それでも1応は大佐と言う肩書きもあると言うのに……情けないな。
ふと思い出した歌の歌詞を歌いながら書き出して、笛で音を確認しながら譜面に起こして行く。自分の奏でる音と、紙の上をペンが走る音しかしない今は、心が随分と穏やかだわ。
名目は宝玉として活動するようにという事で閉じ込められてるから、こうして何かを書く事は許されている。実際は、弱い私を守る為の緊急手段。
迷惑かけてるだけね、私は。誰かの迷惑になっているだけの存在でいるのは、正直つらい。
だからなのか、朝食にと用意された物を食べる気になれなかったので、パンは小鳥に、サラダ等は鳩やクーちゃんにあげて、私は飲み物とスープを口にして終わらせてしまった。後程またお昼に誰かが何か持ってきてくれるだろうとは分かってるので、その時お湯をお願いしようと思う。
動かないなら、お茶と果物だけ貰えたら充分だわ。毒があると即座にわかるこれらなら、誰が用意したか分からない物でも気が楽だし……。
そんな事を思っていたらドアがノックされて、お昼なんだなと思う。そして私は、相手を確かめもせずにドアを開けて、絶対にお昼を持ってきてくれてないだろうその人物を無防備にも、無作法にも、見上げたまま硬直してしまった。
皮肉に歪められた口元が、私から現実感と思考を奪い取る。なんの冗談?
「……海軍の至宝と聞いて来たが、成程。……お嬢ちゃん、中へ招いては頂けないのかな?それとも海軍では客人を立たせておくのが礼儀となってしまったのか?」
最後に嫌味ったらしく、嘆かわしいと付け足されてしまえば、招き入れる他の選択肢は持ち合わせていなかった。嫌味な物言いが様になるわねと何処か他人事のように思いながらも、お茶を用意する為に仕方無くクリマタクトを用いれば視線が突き刺さるようで良い気はしない。
何が飲みたいかなんて聞きたくもなくて、私は自分の飲みたいお茶をポットに入れて2つのカップに平等にそれを注いでから、堂々と上座に座る男へとそのお茶を差し出すと、その向かいに腰を下ろした。品定めするようなその視線が、正直物凄く気に入らないけど……。
「……ご要件は?」
「見て、興味が沸けば会話を、その後の事は会話次第だと思って足を運んだが……俺の部下にならないか」
「お断りします」
それよりも、どうしてこの場所にこの男が居るのだろうか。今回参加する予定であるのは、ボア・ハンコックと、ドンキホーテ・ドフラミンゴの2人だと聞いていたのに。
もしかすればバーソロミュー・熊も参加するかもとか、その程度で……。目の前に座るこの男は、予定にはなかったし、そもそも国王では無いと言うのに、何故ここに居るの?
「……護衛として、英雄の顔見せも兼ねて連れて来られただけだ。他に質問は?」
「私、何も聞いてないわ」
確かに疑問に思ってたけど、なんで……。そう思って見れば、煙を吐き出しながら皮肉にその唇を歪めて見せた。
「表情、行動、気配、状況……そう言ったものから大まかには相手の疑問位分かるもんだろ。特に、頭の悪くねェ奴は、その辺が読みやすい」
「……そう、ね。確かに」
その人の手を見れば職業が絞れる他、趣味とかもわかる場合が多い。会話をすれば会わなくても、職業の種類は大まかに分かるものね。
言葉の使い方1つでコンプレックスや、家族構成だって見えて来る。それを考えれば、カジノのオーナーや会社の社長として長く君臨し、海賊としても名の知れた彼ならそれ位読み取るのは可能かと思う。
「疑問にお答え頂き、ありがとうございます。ですが私はって、何してるのよ!?」
挨拶して丁寧に送り出そうとしてる私を無視して、机にある書きかけの譜面を食い入るように見ていた。その側に積んである、クーちゃんに渡す為に用意してある書類に無造作に手を伸ばされる。
思わずその腕を掴んだら、簡単に振り払われてその流れで腕に抱き込まれてしまう。何なのよと思った直後、私はクロコダイルの腕に抱かれたまま空へと飛び出していた。
そうだこの男飛べるんだったと思った時には、既に部屋は遠く霞んでいて……私の月歩では戻れるか危うい距離になっている。でも、訳もわからず誘拐されてたまるかってのよ!
「離しなさい!」
「……気の強いお嬢ちゃんだな。大丈夫だ……優しくしてやる」
その瞬間、ゾワゾワとした何かが全身を駆け巡り、必死で暴れていたら面倒そうに舌打ちされて……首に衝撃を感じるのと同時に私の意識は沈んで行った。意識が完全に落ちる前に、全力でクロコダイルを睨み付けたのだけは覚えているのだけれど。
意識を取り戻した時、目の前にいたのはクロコダイルでは無くて美しい黒髪の女性。ただしその体は背を向けていて、私には視線も興味も向けられてはいない様子だったけれど。
「ろび……」
無意識でその名を呼びそうになり、けれども振り向いたその表情を見て、言葉を止める。そして、私は小首を傾げて何も分からないような顔をしてみせる。
「ここは、ホテルのロビーか何か?」
「……近いかも知れないわ。はじめまして、海兵のお嬢さん」
「美人さんね。所で、サーはどちらに?」
言葉を向けながら体を起こして、そこで気付く。妙にサーを苦手だと思っていた理由。
……身長が、アーロンと近いんだわ。ただ、それだけの事で苦手に思っていたなんて、情けない。
「……貴女は、どうして海兵になったの?海賊を根絶やしにでもしたいの?」
諦めたような虚ろな瞳でロビンは私を見ると、そんな言葉を向けて来た。だから……私は、今は敵なのだと言う事も忘れて素直に返事をしてしまった。
「成り行きよ。……海賊に奪われたくない物があって、別な海賊に助けを求めて、結局海賊に多くを奪われて、そこで助けてくれたのがたまたま……おつるさんだった。そして、事務仕事や経理が得意だからとその分野で活躍していたら、
「何故、初めから海軍に助けを求めなかったの?」
「……勝てない事を知っていたからよ」
「え?」
ロビンから見れば、海兵達は強くて怖くて、厄介な存在。世界政府の手先で、それこそ良い感情なんて持ち合わせている筈も無いでしょうね。
それでも、私から見ればシャンクス達赤髪海賊団を除けば、海賊の方がずっと悪辣に思えるような環境で生きてきた。そして、私の知る限りでは、海兵達は弱く、海賊達は強い。
見て来た物や経験して来た絶望の違いが、認識の相違を生む。それが分かっているから、私はロビンにそっと笑いかけた。
「東の海の海兵が、偉大なる航路の中盤に住んでいた海賊に勝てる筈無いじゃない。下手をすれば、更に状況が悪化すると分かっていて、そんな事出来なかったわ」
「……綺麗で可愛く、愛されるだけのお人形さんかと思っていたのに、違ったのね」
困ったような、自嘲した笑みに何かを言わないとと思った時、微かに風が動いてクロコダイルがその姿を見せた。それに私は少しだけ驚いて、けれどもそれを隠して微笑みを向ける。
クロコダイルの目的を聞いて、その希望を叶えて、さっさとおつるさんの元へ帰らなきゃ。皆が心配してしまう。
物語が始まるのは2年後の筈。だからこそ、今ここでは何が起きるか全くもって分からないのよね。
「サー・クロコダイル。貴方の目的は?」
「お前の能力だ」
「何言ってるの?私は、何の能力もない人間よ。貴方の大好きな悪魔の実の能力者じゃないわ」
「海軍のアキレス腱、掌中の珠……またの名を〝宝玉〟ナミ。海軍において内勤の能力のみで大佐に登り詰め、知将つる中将の懐刀として常に傍らにある。……何か間違いは?」
「無いわね」
滔々と語られたのは、たまに聞かされている世間からの私の評判というか評価。だから否定しても恐らく無駄だろうと考えて頷いたけど、私実際はそんなに偉そうな肩書き持ってないからね!?
単純におつるさんに守られてる代わりに、おつるさんのお手伝いしてる他は、お茶してるだけだからね!?
とは勿論内心で、表面的には微笑みを浮かべているのだから自分が嫌にもなろうというもの。そんな私に近付くクロコダイルに、体が勝手にビクリと揺れてしまう。
……身長が近いから、歩幅も近い。動きも、戦う者だからか……似てる。
顎を掴まれて上向けられた顔の角度まで……同じだなんて。それだけの事で震えそうになる己の体を疎ましく思いながらも、気丈に笑ってしまうのは治らない病のようにも感じられる。
「……俺が、怖いか?おかしな事だ。俺は海軍から見れば〝身内〟であり、あのフラミンゴの野郎とは違って〝紳士〟の枠に該当する〝英雄〟の筈だがな?」
「男が、苦手なのよ」
「……その容姿で?冗談だろ」
「触らないで」
言ってその手を叩き落とせば、クロコダイルは少しその表情を変えて、楽しそうに肩を震わせるとロビンに視線だけで退室を促す。それに思わず縋るように視線を向けてしまえば、クロコダイルとロビンが揃って驚いたような顔をして、それからロビンがそっと戻ってきてくれた。
「サー、彼女の能力だけが望みならば、私を仲介しては如何かしら?」
「なにを……」
「本当に、男が苦手な様子だもの。その方がスムーズでしょう?」
「お前が誰だか知られるリスクがあるのにか?」
「あら?サーはこの子を海軍に帰す予定でもあるの?」
「……ねェな」
無いんかい!なら、私は従わないわよ!?
けれどもそんな私の内心を知らない2人は会話を進めようとするから、私はそれに慌てて声を出す。帰さないなら丁度いいとでも言わんばかりのロビンに、何が丁度いいというのかと睨み付けながら。
「私は、それならば何も協力しません。そもそも海兵の誘拐なんて、英雄殿には随分とスキャンダルになるのでは?」
「冷静に考えて、海軍将校が簡単に誘拐される方が問題だろう」
「味方と思っていた七武海が相手であるが故に、抵抗出来なかった。そう言えば解決よ」
「……だが、帰った所で色眼鏡で見られるようになるだけだろう。既に連れて来て数日経過した。女海兵が海賊にされる事なんてのは、通常ならひとつだ」
「…………幼女趣味として、サーがその名を広めたいのならば、その推理は正しいでしょうね」
「あ?」
その時もしかしてと言ったロビンが何やらファイルを漁り、そしてあるページでその美しい指を止めるとそっとクロコダイルにそれを見せた。それによりクロコダイルが私を睨み付けてきたけど、情報不足だったのはそっちの勝手じゃない。
「巫山戯るなよ!お前、宝玉の活動年数考えたら……!」
「私は正真正銘の16歳よ。さぁ、どうします?」
紳士で、英雄で、七武海の中では随分と大人としてやって来た男に、ロリコンの称号が耐えられるとは思えない。そう思って微笑めば、深い溜息を落としてクロコダイルは私から数歩距離を置いた。
それから品定めでもするように私を見て、少し考えるような仕草をする。そんな様子でさえ様になって見えるのだから、世の中不公平だと思う。
「なら、ナミ大佐には行方不明となって頂こうか。死ぬか俺に従うか、好きな方を選べ。また来る」
そう言ってロビンと共に部屋を出て行くその背中を見送り、私は1人になった瞬間にその場で崩れ落ちた。……怖かった。
アーロンとは違うと分かっているのに、海賊で、男で、身長も同じくらいで……私を道具として見ているその視線が、怖かった。もしまた使われると言うならば、生きていたくなんてない、そう思って足にある短剣を引き抜こうとして……存在しない事に気付く。
どうして!?
他は全て揃ってるのに、短剣だけが無くて、思わず床にへたりこんでクリマタクトを強く抱き締めながら、呟いてしまう。
「ベック……」
まさか、その様子を全てモニターでクロコダイルが確認していたなんて知らなかった。そして何より、クロコダイルが能力の他に個人的に私に対して興味を持ってるなんて、考えもしなかったの。
後に1人にした瞬間に死を選ぼうとした私に対して、死ぬ事を許さない等とクロコダイルが言い出す。その上で、大切に守ってくれるようになるなんて、この時の私には、想像も出来なかった。
波間の向こうを夢見て、早く帰りたいと子猫は歌う。それを鰐は許さずに、ただ猫をケースに入れて隠そうとしていた。
これがこの2人の、長く続く人生という名の旅の始まりの物語。絡み合った糸は、既に本人達にも解く事は難しいだろう。