部屋の1角にナミの私物を置けるように場所を用意してやると言った時、迷わずに本棚と机を求められた時は何事かと思った。だが……こういう事かと理解した時には既に遅かったんだろうな。
海軍に所属していた時は事務方だったと聞いてはいたが、これ程内勤にのみ特化してると普通は考えねェだろう。欲しい物を聞いた時ナミが求めたのは、紙とペンとインク、そして本だった。
カリカリと言うより既にガリガリの勢いで、何かを描いているその姿に溜息しか出ねェ。こうなったナミは、唇を奪うか天候が荒れる前兆以外では動かせねェと言う面倒さだ。
それでも何かあれば気付いて動いてくれるのだから、優しいと思うがな。そもそもが海兵だった訳だからなァ。
その為にどうしたってナミに対する風当たりは強い筈だ。だと言うのに、ナミはそれを全く気にした様子を見せずにいるばかりか、迷う事も躊躇う事も無く息子達を守ろうとしてくれる。
それに加えて可愛い弟だと言ってはエースを甘やかす姿に、少しずつ絆されている息子達の変化にも気付いている。〝俺の女〟だから……そんな理由だけで受け入れるには弱いと言わざるを得ない程に〝海軍〟と言うキーワードは強い。
何よりも初対面の時に見せた恐ろしい程に気高く強い姿が、脳裏に焼き付いて離れないのだろう。部下だろう者達が死にかねない攻撃を受けそうになった時だけは、鋭い眼光で俺達を容赦無く睨み付けていた。
確実に部下を守り抜き、その身を血に染める事を厭わなかった。それでいて、敵であった俺達を傷付ける度に、自らが傷付けられているように苦しむその善良さが戦いに不向きだと、その場にいた全員が思わされた程だ。
……慕われる筈だと、誰もが思わされた。攻撃は受けたそれの反動を利用した反撃が殆どで、それに加えて持っている海楼石の短剣は抜きもしなかった。
その行為は普通ならば理解不能だ。攻撃をする事や人を傷付ける事を嫌う性格を考慮しても、自己防衛の範囲で剣を抜くのは当然の判断だろう。
それでもそれさえ出来ない程に、ナミは甘い。大切な部下を守れる程度の力があればナミには充分だったのだろうと、今では理解出来ているがあの時は不思議でならなかった。
あの日の内に部屋に連れ込んで、そう経たない間に俺の女にしたが、だからと言ってナミは驕る事さえ無い。その真っ最中でも俺にサイクロンが来ると伝えて外に追い出す事がある位に、人の命を奪うような事を苦手としているのだ。
そうと分かれば、この船に引き抜いた事に対して多少の罪悪感はある。それでももう、手放せねェ。
ある意味で、恐らくナミは誰よりも海兵らしい海兵だと言えるだろう。弱きを助け強きをくじく、なれどその命奪う事無く……。
だが、ただ優しく甘いだけでなく、気も強くプライドも高い。確かに、海軍の宝石に間違いはねェな。
置かれていた手紙を読みながらそんな事を考え、マルコを呼ぶ。素直に呼び出されたマルコに手紙にあったイベントをやるか相談してみれば、金のかからねェ祭り事は大歓迎だよぃと笑うのだから頼もしい限りだ。
「親父も仮装するのかよぃ?」
「いや、俺は今回は多分この活字馬鹿への説教に時間を費やす事になるだろうから、不参加だ。お前達で楽しめ」
俺が笑うとマルコは、それだと盛り上がらねェよなんて情けない顔で言うから、可愛い息子達だと思う。何か仮装して1度は顔を出すかと考えて、それを伝えればマルコは嬉しそうに何か用意するよぃなんて返して来た。
「気を使い過ぎだ、アホンダラァ!」
そう言って笑う俺に、マルコは嬉しそうにその瞳を細める。後の面倒事はマルコに任せて、ステファンを撫でたりしつつ時が過ぎるのを待つ。
日付が変わるのと同時に始められた、ハロウィンと言う祭りに酒を呑みつつ参加する事となった。朝日が完全に昇る頃には、原型を留めない程に仮装した息子達が面白おかしく遊んでいて、俺は1度寝ると言って部屋へと帰る。
だがそこには案の定時を止めているとしか思えないナミの姿があり、見事としか言いようのない出来栄えであり、インクを乾かす為に干されている海図に視線を向ける。量も質も申し分ねェな。
……これじゃァ海軍の上層部が、必死になって隠し守るのもわかろうってもんだな。目を離せば勝手に死にかねねェ上に、色々な意味で価値は高い。
「ナミ、そろそろ1度寝ろ」
声をかけると1度途中で描くのを中断していたらしく、聞く耳を回復させている。おかげで素直にペンを置いたナミは俺を振り返り、お帰りと微笑んだ。
「寝ろ」
言葉を繰り返せば、さっき起きたばかりよと嘯くから俺はその嘘つきな唇を塞く。それに抵抗はしないが戸惑いを見せるナミが、俺に惚れ込んでる事には気付いている。
それでもたまに不安になる事はある訳で、だからこそこんなにも無防備に全て受け入れてくれる様子に安心し、満たされたような気持ちになる。熱い吐息と共に唇の隙間から甘えるような声が聞こえれば、このまま部屋に閉じ込めてしまいたい気持ちにもなろうというものだ。
「ナミ、このまま俺と〝寝る〟のと、いい子に〝眠る〟のとどちらが良い?」
「……1人だと、寝られないのよ、私。……だから、眠るのは難しいかも」
どういう事だと視線で問いかければ、困ったように笑ったナミは、けれども俺の視線に負けてオズオズと唇を動かした。そして、家族の命を繋ぐ為に4年程奴隷だったのだと言い出す。
それを海軍に助けられた事で、海兵となり……結局その後も守られてきたのだと。……時期を考えれば、まさかと思う事案が1件あるが……そんな事が有り得るか?
「私……戦えないもの。弱くて……。なのに事務だけは得意だから内勤だけで出世しちゃったの。それで、初めて外に出たら……案の定〝海賊〟に囚われちゃった」
そんなふうに言いながらも、最初は落ち込んだ様子だったのに海賊に囚われた辺りは微笑みながら言う事でナミは、それを厭うている訳では無いのだと俺に伝える。更に俺を不安にさせない為か、自ら俺の首に腕を回すと唇を合わせてくる念の入れようだ。
それから、情けないけどと呟きを落としてから俺の胸に顔を埋める。その体は小刻みに震えているから、本当の事を口にしているのだと分かる。
「私を守ってくれる相手と1緒じゃないと、寝た時悪夢を見るから……眠りたくないのよ。体力の限界で倒れたら、夢なんて見ないから……そうやって来たの。これまで……ずっと……」
「情けなくはねェだろうが……俺としては、これまでそれを話して貰えなかった事が辛ェな」
「え?」
「……知っていれば、夜1人にする事はしなかったぜ?俺は、ナミにとって〝必ず守ってくれる相手〟なんだろう?」
問いかければ真っ赤になって小さく頷くから、今はとりあえず寝かせてやるかと小さな体を抱いてベッドへ移動する。今は〝眠らせて〟やる為に。
目覚めたら、2人で楽しい夢を見ようじゃねェか。Trick or Treat……ナミが求めるのならば、何でも叶えてやると何も望まない宝石に唇を落として、今だけは幸せそうな寝顔を堪能する事にした。