すぐ横で身動ぐ気配を感じて意識が浮上する。そんな私の頭を優しく撫でて、もう少し寝てろなんて甘やかして来るこの人は、父親でも祖父でもなく、愛しい彼氏である。
「んっ……でも、起きなきゃ」
「真面目だな、ナミは」
そんな事を言いながら、互いに離れたくないと言わんばかりに抱き合っていればドアをノックする音が聞こえてくる。この叩き方はマルコさんね。
そう判断してニューゲートから離れようとしたら、強く抱き締められて、布団を頭から被せられてしまう。何で、布団?
「どうした?」
「あー、赤髪が来るらしいんだよぃ。どうする?」
ドアを開けるのと同時に、入室しながら言葉を口にするマルコさん。その言葉に私が反応を示すと、ニューゲートが微かに眉を動かした。
「知ってるのか?」
「えぇ、幼い頃にお世話になったの。私から見たら、兄みたいな人達よ」
「マルコ、いつ来るって?」
「昼過ぎには到着すると思うよぃ」
「……仕方ねェな」
ニューゲートは息を吐くと、私を布団の中に入れたまま1度強く抱き締めてベッドを降りた。続いて降りようとした私に、ニューゲートはまだそこにいろと言うので首を傾げると優しい笑顔を向けられる。
「俺以外に肌を見せるな」
その言葉で、何も着てなかった事を思い出して顔を赤くすると、布団の中に自ら潜って行く他に何も出来ず、そんなやり取りを受けてマルコさんが呆れたような溜息を落としたのが分かる。
「親父……程々に頼むよぃ。ナミの事は、確かにまだ受け入れきれてねェのも居るが、既に妹枠にしているのが殆どになってんだからよぃ」
「……エースの事で絆されたか?」
「それもあるけどなぃ。仕事はキッチリやるし、何かあった時迷わず白髭海賊団のクルーを守るように動かれちまって……認めねェ訳に行くかぃ」
そんな会話をしながらニューゲートは布団の中に衣類を入れてくれるので、私は布団のでそれに着替える。その様子にマルコさんは気付いてるらしく、可笑しそうに笑ってるのが分かる。
「親父が溺れてるって隊長達の間じゃ大騒ぎだがよぃ、ナミはそれに驕らねェから自然と受け入れられてるんだよぃ。だから、あんまり無理させると隊長やってる息子達に、親父が叱られるよぃ?」
「無理ってマルコさん……」
着替えを済ませて布団から顔を出して言葉を口にすると、マルコさんは少し気遣うような視線を向けて来る。最近知ったけど、原作の知識としては知らなかった事だけど……マルコさんは船医だったらしい。
私が航海士や測量士としての仕事してる時とかに普通に色々聞いてきたりするから、マルコさんは航海士か測量士だと信じて疑ってなかったのに。……万能よね、本当になんでも出来る。
「最近寝てねェだろぃ?赤髪と知古じゃ無けりゃ……このまま部屋で寝てる事をすすめるトコだよぃ」
「……確かに、そりゃァ俺の責任だな。だがな、マルコ」
ニューゲートはそう言ってマルコさんに視線を向けると、ニヤリと笑った。その顔が少し悪戯で、可愛いかもなんて思った私は既に終わってると思う。
「ナミが可愛すぎるのと、何でも受け容れて俺を甘やかすのが悪ィとは思わねェか?」
「……!?思わねェよぃ!っとに、馬鹿ップルめ」
言葉を投げ捨てるようにしてマルコさんが部屋を出て行くと、ニューゲートは楽しそうに笑った。そんな顔を見てると、自然と私も笑顔になる。
「……ナミは、確かに俺を甘やかし過ぎだな」
「それは、ニューゲートが私を甘やかすから、それを返してるだけよ」
「ナミ……」
「ニューゲート……」
互いに見つめ合い、自然と手を伸ばしあったその時咳払いが聞こえて視線を向ければ、サッチさんがそこに居た。その様子を見るに何故かは分からないけど、サッチさんはお怒りらしい。
「……食事が冷めるから、早く来てくれねェかな。お2人さん」
毎朝毎朝なんだって飽きねェのかね、なんてブツブツ言いながら先を行くサッチさんの背中を見送った。そうしてから、2人で食事に向えば食堂に入る。
食堂に足を踏み入れるのと同時に、エースが食事に顔を落とした瞬間とかち合った。それに慌てて、タオル片手にエースに近付くと、皆が優しい視線をエースに向けてくれてるのが分かる。
先日正式にエースは白髭海賊団のクルーとなった。勿論スペード海賊団の仲間も全員1緒に。
〝皆の船長〟から、1般の〝クルー〟になったエースはその立場が変わる事に少しも戸惑いを見せず、それどころか自然と〝皆の弟〟と言う立場に落ち着いている。それが何とも不思議で、でも……これ迄引っ張る側として頑張り続けていたからこんな状態が続くといいと心から思う。
顔を上げたエースの顔を拭いて、食事中に寝ないのよと声を掛ければエースが少し恥ずかしそうに顔を赤くする。いつもの事なのにどうしたのかと思ったら、何故か帽子を目深に被り小さく頷かれた。
「……ナミ、その服選んだの誰?」
「ニュー……白髭さんよ?」
「……親父!目の毒だから!」
質問して来たハルタさんに素直に答えただけなのに、何故かハルタさんは大声でニューゲートにそんな事を言い出す。何事かと思うけど、楽しそうに笑うニューゲートが手招くから特に何も考えずに近付く。
そんな私を抱き上げて、ニューゲートは飯にするぞなんて言うから、誤魔化されてしまう。ニューゲートが傍にいると、それだけで色々落ち着くのが分かる。
それは娘が父親に抱く安心感とは少し違って、多分絶対的な味方に対する安堵感なのだと思う。お陰で前よりも随分睡眠時間は伸びたと思うし、それに伴って頭痛も軽減されてる。
「ニュー……白髭さん、あのね」
「……2人の時じゃなくても、名前で呼んで構わねェよ。既に知らねェ奴は1人もいねェんだ」
「でも……」
ニューゲートの言葉につい俯けば、どうしたと声をかけられる。その視線から逃れるように顔を背けて、でも、ニューゲートの反応が怖くて、そっと見上げながら小さく言葉を返す。
「なんか、恥ずかしいんだもの」
「……ナミ、お前男を煽る天才か?」
「何のこと!?」
顔を上げてニューゲートを見れば、ニューゲートの唇が降ってくる。それに顔を赤くする私に、白髭海賊団のクルーは生暖かい視線を送って来る。
ここで共に過ごすようになって数ヶ月、その期間に私は随分受け入れて貰えたなぁなんて思う。やっぱり大切な〝親父〟が選んだ相手だからなんだろうけど、それでもやっぱり嬉しくなる。
でも、多分、私がティーチさんを苦手にしてるのは隊長達とニューゲートにだけは、バレてるんだろうな……なんて思う。私も極力表に出さないようにしてるけど、隊長達とニューゲートのそういった観察眼は鋭過ぎる。
食事を終えて進路を確認して、波目を確認して……風も空気も問題は無いと判断した私は部屋に戻ろうとして、目の前から迫って来る船に動きを止める。そうだ、朝の会話でそんな事を……。
シャンクス達と過ごした日々が、船を見ただけで走馬灯のように蘇る。泣きそうになるのを耐えて、船を見ていたらニューゲートがいつの間にか隣に来ていた。
「……そんなに、懐かしいか?」
「8年ぶりだもの。……あら、ベックの髪が白くなってるわ。シャンクスに苦労させられてるのね」
「……そうか」
ニューゲートは何処か苦しそうに言うから、病気のせいで何かあったのかなと慌ててその体に触れるとニューゲートはそれに気付いたようで、アホンダラァと笑ってくれる。海軍の元で手にした医療知識を纏めた本等は、既にマルコさんに託してある。
私の知識だけでは、ニューゲートを治せないから……どうしたらいいだろうかとこんな時いつも思ってしまう。誰なら、ニューゲートを治してくれるだろうか。
死なないで、傍にいて……。独りに、しないで……。
思わず抱きつけば、その瞬間にモビーとレッドは連結されてシャンクス達がこちら側に乗り込んで来るのが見えた。それでも、私はニューゲートから離れる事が出来そうにない。
「……そんなに怯えなくても、そう簡単にくたばる予定はねェよ。ナミくらいなもんだぞ、こんなに俺を〝心配〟するのは」
「……ごめんなさい。私は、喪う事が何より怖いの」
「っとに、ナミ……お前だけは、手放せそうもねェな」
「うん、離さないで……」
互いに見つめ合っていたら、クルーの何人かがシャンクスに充てられて倒れて行くのを感じて、マルコさん達の呆れたような様子にそうだったと思い出す。そんな私に、ニューゲートは小さく何かを呟いたけど、それは波の音に掻き消されてしまって聞き取る事が出来なかった。
「ニューゲート、ごめん今なんて……?」
「気にするな。ほら〝兄〟達が来るぞ」
視線を向ければシャンクス達の視線が私に向けられた。そして、動きを止めた。
小さい頃の私しか知らないから、私だって分からないかなと思って声を出そうとしたらシャンクスが両手を広げて近付いてきた。その速度たるや、筆舌に尽くしがたい程で……気付いたら腕の中にいた。
「ナミ!大きくなったな!白髭の所に居るとは思わなかった!」
「久しぶりね、シャンクス。最近……拾われたのよ」
「拾われたって、それなら俺の所に来いよ!また1緒に「赤髪の小僧……ナミは手放さねェから、さっさと要件言いやがれ」」
シャンクスの言葉を遮ってニューゲートが言えば、シャンクスはニューゲートと私を交互に見て、それから少し私を凝視してからニューゲートを睨みつけた。その顔は鬼気迫るもので、どうしたのかと思う。
「白髭……お前……」
「なんだ?兄として許せねェってか?」
シャンクスとニューゲートが覇気を纏いながら睨み合う。私は強く抱き締めて来るシャンクスの腕から抜け出せなくて、ジタバタしてみるけど効果は無い。
「……色々と、無理があるだろ。ナミを返してもらおうか」
「アホンダラァ!ナミは俺の女だ、返せとは聞き捨てならねェ」
ニューゲートの言葉にベック達が反応した。その視線が突き刺さるのは分かるけど、そんな事を公言したらニューゲートが幼女趣味を疑われるんじゃ無いかと不安になる。
「ニューゲート……」
思わず名を呼べばシャンクスの腕から力が抜ける。その隙にニューゲートの元へ駆け出せば、迷い無く受け止めて抱き上げてくれるその温もりにホッとする。
「ナミは良いのか?」
「何が?」
ニューゲートの言葉が意味する所が分からなくて首を傾げると、頭を軽く撫でられる。そして、妙な事を言われて眉間に皺が寄るのが自分でわかる程。
「俺の所にいるんで、構わねェのか?〝赤髪〟の元に行くなら、今がチャンスだぞ?」
「どうして、最愛の人の傍を離れる必要があるのよ?離さないでって、言ったばっかりじゃない」
首を傾げて言葉を口にしてから、元海軍である私が家族の調和を乱していて邪魔になったのかなと思い至る。だとしたら、この提案は、ニューゲートの優しさなんだろうか。
「……邪魔に、なった?それとも、飽きちゃった?……私が傍にいるのは、ニューゲートにとって……「馬鹿が……甘やかすなと言ってるだろうに」」
言葉を遮ってそんな事を言うニューゲートが優しく、けれども微かに震える手で私を抱き締めてくれる。その腕の中で胸に頬を付けて甘えるように力を抜くと、それを見ていたシャンクスの声が聞こえた。
「ナミは、納得して傍に居るんだな?」
「私は、納得してるんじゃないわよ」
シャンクスに視線を向けてそう言うと、白髭海賊団のクルーからの視線が突き刺さるのが分かった。それは驚きに満ちたものや、ただ視線を向けただけの様子と様々で、けれども敵意や悪意は感じないからそれに少しホッとする。
「私は〝納得〟しているんじゃなくて〝望んで〟ここに居るの。だから多分、そろそろ恐ろしい額の手配書が出回ると思うわ……」
「……は?」
「私、海軍に所属してたのよ。だから、裏切った海兵に対する懸賞金の額を考えたら、本当に怖いわ」
その時ベックが成程なと言ってニューゲートに視線を向けた。そして、煙を吐き出すと、静かな口調で言葉を紡ぐ。
「ナミの手配書らしきものは見たが……見せて無かったのか?」
「……帰りたいとでも言われたら、何をするか分からなくてな」
「天下の白髭に、ここまで言わせるとはな。……ナミ!」
「はいっ!」
ベックの言葉には自然と背筋が伸びる。尊敬する上司の前では、キッチリしようとする日本人の特性だろうか。
「……俺達はいつでもナミの〝兄〟だ。例え船は違っても、あの約束に有効期限はねェ」
ベックの言う〝あの約束〟が何を意味するのかなんて、考えるまでも無くて……。思わずシャンクスを見れば、困ったような顔で頷かれた。
それを見て、ありがとうと呟けばニューゲートがグイッと私を腕の中に引き戻した。どうしたのかと思わずニューゲートを見上げれば、ニューゲートが囁いた。
「俺以外の男に、涙は見せるな」
言われて漸く泣いてた事に気付けば、恥ずかしくなってニューゲートの胸に自ら顔を埋める。そんな私をニューゲートがどんな顔で見ていたか、他の人達がどんな視線を向けていたのか、私がそれを知る事は無かった。