杵と臼を大量に用意された甲板で、サッチを筆頭にコック達が最後の大仕事だと騒いでいるのが聞こえてきた。ならばナミを呼んで来るかと部屋に向かえば、部屋のドアを開けた瞬間に飛び出して来た弾丸玉のようなそれを受け止める。
足にしがみついて離れなくなったナミをひょいと抱き上げてやれば、俺の腕に腰掛けて胸に顔を付けてくる。この体格差は有り得ないだろうと言いたくなる程に、ナミは俺と比べれば完全に小人だ。
その小人を襲う俺に問題があるのは分かってるが、どうにもナミが可愛すぎるのが悪い。その上で、ナミが俺を甘やかしてくるのだから、甘える俺に責任はねェだろうといつも言い訳する。
「本がね、私に片付けないで、僕を読んでって訴えて来るの」
「幻聴だ。さっさと終わらせろォ」
言ってからグララララと笑えば、ナミはいじけたような眼差しで俺を見て来る。その視線に負けた俺は、手伝ってやるからと言って高い所へ仕舞う本を請負う。
そんな俺の姿に息子達は、親父も恋人には甘いよななんて言い出すが……俺はおめェらにも甘いと思うがなァ?
本が片付くと異様な程に広くなった室内に、ナミの為ならと本を増やし続け、息子達からナミに甘いと言われる理由がわかった気がした。それでも片付いた事に違いはねェし、ナミが求めるそれは実際に必要な物だからそれもまた仕方ねェ。
マルコやサッチはナミが書いた本をいの1番に取りに来るのだから、文句を言う権利など本来無い筈何だがな。今回の餅つきだとて、ナミから提供された餅の食べ方についての本が無けりゃァやらなかった筈の物だ。
きな粉に小豆に磯辺に納豆、汁粉に雑煮、餅のスライスをチーズの代わりに使用する等、多岐に渡るそれはコック勢を1瞬で沸き立たせた。餅を揚げるとか、色々書かれているそれは全てナミが出版した1冊の本に纏められている。
ナミに視線を向けて、無理ばかりするなと言いかけて辞める。ナミにとってこれは〝無理〟等では無いのだと分かっているからだ。
「そろそろ餅つき大会が始まる頃だ。行けるか?」
「え?もう、そんな時間なの?なら、行かないと」
楽しそうに笑うナミはそう言いながら当然のように俺に抱き着くから、俺もまた当然のようにナミを抱き上げて移動する。だがたまに、こんな当たり前の日常の中でナミは不安そうに〝私、重くない?〟と聞いてくるのだ。
聞いてくるのは大概ドレスだとかワンピースだとかが着られなくなった直後だが……そりゃァ、胸が成長してるだけだ。責任は俺にあるだろうが、新しく買ってやれる余裕はねェ。
俺からだと言う事になっている正月に配られる年玉も、ナミのポケットマネーであり、それを認めたのはナミが提案してくれたからだ。誰にでも甘いナミは、これで戦いになれば戦えてしまうのだから不思議なものだと思う。
それでも、敵を傷付ける事に躊躇い、仲間を庇う事を優先するナミには、出来るならば戦いの時は素直に部屋に入っていて貰いてェところだ。戦えても、実力があっても、その心が甘すぎるが故に最弱なのだから。
甲板を見渡せる所で降ろしてやれば、ナミはハルタに視線を向けてから大声で餅つき大会の開始を告げる。自然な事に思えるそれに、笑った俺はおかしくないだろう。
「さぁて皆様!本日は各隊に別れての試合形式となっております!木屑が入ってる、餅になってない等は餅として数えられません!1番多く、制限時間内に餅をつけた隊には、お正月の3日間全ての仕事免除と言う特典がございます!2位は2日間、3位は1日!」
突然大きく響き渡るナミの声が、拡声器を使ってる訳でもないのに全体に届けられる声量である事は、考えるまでもなく分かる。その理由はいつも歌ってるからかと思い至り、笑みを浮かべる俺に気付く者はそう多くはないだろう。
ナミの言葉に息子達が活気づく。杵を手に闘志を漲らせる息子達に頑張れよと、無言でエールを送る。
「当然3位迄に入れなかった隊がその分の業務を分担する事になりますので、お正月をゆっくり楽しむには勝たねばなりません!さぁ、運命の開始ゴングが、鳴らされますよー!」
「開始だー!」
いつの間にかハルタと仲良くなっていたらしいナミは最後をハルタに引き継ぎ、ゴングを鳴らす所と掛け声を任せた。甲板で餅を必死な顔でついて行く息子達に、つい笑いが込み上げる。
金のかからねェ事で何か盛り上げられそうな物は無いかと考えていた時、餅の本が出て、サッチ達が騒ぎ、ナミがこれを提案した。ナミは現在何処の隊にも所属させていねェから、俺と共に休みになる事は確定している。
正月は俺と2人だけで、のんびり蜜柑食べて過ごしたいと言った可愛い恋人に応えない筈はねェだろう。ビスタとイゾウからは正月の間は襲うなよと、過労気味なナミを気遣う言葉を受けているが……親の恋路に口を出すなと思わなくもねェ。
「餅が!餅になる前に焼けてる!」
「エース隊長邪魔です!休みかかってんだから、大人しくしててください!」
「なんで燃えてんだ?」
「臼をアンタが燃やしたからだよ!」
元気でいいと、その声を聞きながら酒の瓶に手を伸ばし、それを口にした瞬間何だこれはとそれを凝視した。見ればナースが数人ニンマリと笑っていて、薬膳酒と書いてあるのを見れば悪戯な娘達だと笑う他に何が出来るだろうか。
クリスマス以降、前はいつも忙しそうにしているからとナミから離れていたナース達は、元海兵である事をナミが気にして自らは近寄らないと気付いたらしい。その為に現在では構い倒している。
それに戸惑いつつも、はにかんだ笑みで喜んでいる様子を見せるナミに、年齢が高目のナースを中心にハートを撃ち抜かれた様子だ。その影響で風呂も最近はナースと入る事が多くなり、髪から雫が落ちる頻度が下がっている。
振袖の着付けと髪結いの講義を、時間を見付けてはナミとイゾウが行い、ナース達を喜ばせているのも大きいだろう。俺の女だから……そんな理由だけでこれだけの数の人間の心を掴める筈もねェってのに、ナミは白髭の名前って効果抜群ね!なんて言いやがる。
そんなナミだからこそ、隊長各の息子達も可愛がるのだろう。……そういやァ、餅つきが終わったらナミを数時間貸してくれとイゾウに言われていたな。
思い出してイゾウに視線を向ければ、楽しそうに手を振られた。何をどうしたかは知らねェが、勝ちを確信しているらしいその様子に、イゾウの隊員を見ると全員の顔に〝必死〟と書かれているように見えて溜息が落ちる。
イゾウ……おめェ自分の隊員追い込むなよと思うが、他の隊も必死でありながら楽しそうな様子に俺は満足して、つい見逃す。楽しけりゃそれで良いかもな。
「お正月のお餅もこれで困らないし、皆も大掃除の後に楽しめる事があると違うから良いわね。ニューゲートは、見てるだけでいいの?」
「あァ、ただ叶うなら〝薬膳酒〟以外の酒を呑みてェところだ」
「あ!味だけお酒でアルコール入ってない物を開発してるんだけど、試作品呑んでみ「それは酒じゃねェよアホンダラァ!」」
俺が言葉を遮り盛大に笑えば、息子達がどうしたのかと顔を見合わせてナースがナミとの会話を伝えれば、大爆笑が起きた。頑張って開発してるのにーなんて膨れるナミに、変な物作ってねェでもう少し俺を構えと囁けば顔を赤く染める。
この餅つき大会は、コックの隊である4番隊は不戦勝となっている。大晦日のラストに食べる蕎麦の後片付けを終えたら、正月はバイキング方式で勝手に食えとなっているのだ。
そして、それまでが働き詰めである事と、1日は火を使ってはいけないとの理由から労いも込めて三日間の休みが決定している。バイキング方式でとのそれを提案したのもナミで、本当に細かいところだけ良く見ていると思う。
木を見て森を見ねェタイプだから、時折妙なミスをするのが玉に瑕と言われているが、完璧な人間がいてたまるかと俺が笑うからか、息子達もまた楽しそうにいつもナミについて話をしてくれるのだろう。いつから正確に受け入れたのかなんてもんは分からねェが、ナミは既に家族だ。
妹、娘、姉、母と人によりナミへの扱いは異なるが、どれであっても大切な家族である事に違いはねェだろう。餅つき大会は日が沈むのと同時に終わり、結果発表がなされる。
それに1喜1憂しつつも楽しそうに笑い合う息子達を眺めていたら、ナミが本当にイゾウに連れ去られた。ナミを傷つけるような事はしねェとは分かっているが、早く返せと本気で思う。
傍にいてもらわねェと、落ち着かなくなっちまってるんだよな……。そうと自覚すれば情けなさが増したような気がして、慕ってくれる息子達に対応しつつ時間を過ごす。
「親父、そんなに寂しいかよィ?」
「あ?なんだってそんな……「親父の顔に寂しいって書いてあるよィ。……ナミはすげェなぃ」」
「実際問題、甘やかされてるのは、俺の方だからな」
自嘲して言えばマルコが肩を竦めて、晴れやかに笑った。仕方ねェ親父だと思っているのだろうと思っていた俺に、何故だか嬉しそうに。
「親父が甘えられる相手だってんなら、それが1番だろぃ。皆にも邪魔しねェように言っとくから、お袋に楽しい正月を過ごさせてやってくれよぃ」
マルコが淡い気持ちか、強い気持ちかは知らねェがナミを想っていたのには、気付いていた。それなのにも関わらず、今マルコはお袋と……。
「ナミが聞いたら、喜びそうだな」
「……マルコ〝ちゃん〟は勘弁してくれとだけ、伝えておいてくれよぃ?」
困ったように笑いながらそう言いながら去っていくマルコを見送れば、直後にナミが顔を覗かせた。だが、その姿が衝撃で……。
「ニューゲート……助けて、動けない」
「そうだろうな」
十二単を着せられたナミは、崩れ落ちないように立っているのが精一杯の様子で、それを慌てて近付き抱き上げればイゾウが笑った。悪戯なその笑みが、分かっていてやったのだと告げている。
「これで流石のナミもチョコマカと動けねェから、年越し蕎麦は2人で食ったら良いさね」
「イゾウ、お前な」
イゾウは声を掛ける俺を無視して、蜜柑はハルタが運んでたからゆっくりな、なんて言いやがる。本当に、気を効かせすぎだ、アホンダラァ!
息子達に笑いながら怒鳴るように言えば、笑いが起きた。だが、折角だ、2人で過ごさせて貰おうか。
部屋にナミを連れ込み、望み通り炬燵に入らせてやれば動けない事も余り苦には思わねェらしく、人形のようにちょこんと座ったまま蜜柑に手を伸ばす。その手を掴み、蕎麦が入らなくなるから、蜜柑は食後にしろと言えば、少し残念そうな顔をするから1つだけだぞとつい口にしていた。
「ありがとう」
「……俺にも選んでくれ」
「甘いのと、酸味があるの、どっちが好き?」
「いつも甘いから、酸味を寄越せ」
「いつも、甘い?」
不思議そうに首を傾げるが、お前は充分甘いだろうがと笑う。蜜柑のヘタを見てナミは、これが酸味の強いやつよなんて言いながら差し出して来る。
それを受け取りつつ年越し蕎麦の到着を待つ。どうせサッチ辺りが運んで来るだろうからな。
Happy new year……お前と2人で過ごす穏やかな時間に感謝して気付けば頬が緩んでいた。明日は2人でお参りとやらに行こうなと笑いかければ、嬉しそうに笑って頷くその笑顔に俺は今日も癒されている。
ヘタを見ると甘いかどうかが分かるのは本当です。樹との接続部分が太い程甘く、細い程酸味があります。お好みの物を選んでお召し上がりください。