その女の噂は幾度も聞いていた。赤髪の女神と呼ばれる存在は、あの男の天性とも言えそうな人誑しの才でも落とせなかった希少種であり、アレが自慢する程の能力を有しているのだと知っている。
生半可な者をアレは褒めぬ。つまり、それだけ優秀なのだろう。
その女神らしき人物が、海軍にて至宝と呼ばれている事を突き止めるのは海軍本部に出入りする俺には造作もない事だった。しかし……その後が問題だ。
いくら会おうとしても、呼び出させても、指名しても、隠され拒まれ、その容姿の特徴すら掴めぬ。裏のルートの情報も合わせて見れば、どうやら至宝と呼ばれているその女は〝宝玉〟と言う作家である事も掴んだが……。
そこで手詰まりとなる。流石に興味があるから会話をしたいと言う理由だけでは、それ以上に手を伸ばす事が困難であるのは間違いない。
そんなある日、俺はいつものように会議だからと招集された。嫌だと思ったが、今回は全員だと言われては致し方あるまい。
九蛇の女帝をどのように呼び出すつもりなのか。……等と考えながら、嫌々向かうその途中、調べ上げていた容姿的特徴と合致する女が乗った軍艦を見掛けた。
兵達の噂では、戦えぬ女将校となっていたが……それがあるからこそ、赤髪の女神と同一人物であると言う仮説が曖昧なのだと内心で吐き捨てる。それの事実確認をしたいのもあり、会ってみたかったのだが……。
雑魚とは言えども、舞うように戦い倒して行くその様子に心底噂は当てにならぬと思い知らされる。息一つ乱さぬままに行動不能にしておきながら、味方への被害は皆無。
……そう言えば、戦えぬ海兵だからかと思って流していたが、確か海賊の二つ名のようにこの至宝には〝無血の海兵〟と言う呼び名があったなと思い出す。敵にも味方にも血を流させぬ事からついた呼び名とは聞いたが……成程、確かに全員血は流れておらぬ。
さて、どちらの姿が真実なのか……と、夜を抜いて女海兵の実力を試そうとそれを振るう。すると余裕のある動きでそれを見事に躱し、躱した結果を確認した後に俺を迷い無く睨み付けた。
研ぎ澄まされたようなその姿に、魅せられる。話をするだけでは、終われぬやもしれんな。
それにしても……俺を睨むか。海兵とは言えども……面白い。
「……何が戦えぬ女なのか。主は、赤髪の知古だな」
「え?はい、シャンクスには幼い頃「やはりか。来い」」
俺が命じても動かずに、ただ驚きをその表情に表して俺を見上げている。なので歩み寄るが、動かない。
思考が停止しているのか。そう思ったが、珍しい髪色に興味がわいて気が付いた時にはその髪をひと房手にしていた。
すると蜜柑の香りがして、赤髪が自慢する理由に思い至る。……コレが、欲しいな。
そんな思いから髪に口付ければ、女海兵は何処か優しい眼差しを俺に向けて来る。俺を通して、誰を見ているのか。
それが不快だと思う。けれどもその直後、俺を見ていた女海兵は妙な言葉を口にした。
「綺麗……」
「は?」
「あっ……!」
動揺で瞳を揺らして、女海兵はけれども即座にそれを隠して意志の強さを示すような瞳で踵を返す。しかし、この俺がその程度で逃がす筈もない。
そのまま駆け出したそれは、確かに将校だと分かる速度で、けれどもまだまだ甘い。俺から逃げられると思うとは、まだまだ浅いな。
「この俺と、
怯えて逃げるなら追わぬが、これは違う。先に俺を口説いたのは、主であろうに……言い逃げ等許さぬ。
けれども、細い路地や木々の隙間を縫うように駆け抜けるそれには多少辟易とする。触れられそうだと判断して手を伸ばすも、それを簡単に躱されては興味が余計にわくというもの。
けれども振り向いたその瞳が微かに揺れていて、甘えたようなその表情に誰に助けを求めていたのかと思う。同時にそんな状態で俺が途中木々が邪魔で放った攻撃も、掴もうとした腕さえ躱した動きに興味を唆られる。
もっと知りたい。俺の傍に置いて、とりあえず観察してみるか。
女なぞ、抱いてやれば素直になる。見目も悪くは無いから、不快な気分にはなるまいな。
そう思い腹部に拳を叩き込み意識を奪えば、倒れ込む身体。咄嗟にそれを支えれば、恐ろしく軽い。
それをコートの中に抱き込み隠したまま連れ帰れば、意識が戻りそうになる度にクロロホルムで意識を奪い、城まで意識を戻せぬようにしておく。力無く寝ている姿に、驚かされるのは、ある意味当然だろう。
妙に幼いのだ。戦っていた時や指揮していた時とは、まるで別人。
どちらが本質なのだろうか。そう思いながらも、とりあえずは逃げられぬように鎖で繋ぐ事とした。
枷をつけて、鎖により自由を奪わなくとも……力で俺に勝てる筈は無いとわかっていたが、自由を奪われたその姿は支配欲を刺激する。鎖は長くしてあるので、丸まって眠るのも可能ではあるから、特に問題は無いだろう。
ただ、ベッドから降りられないだけだ。そう思い、俺はそっと部屋を後にする。
バルコニーで少し風に当たりつつ様々な情報を集めていると、女海兵が起きた事に気付き俺は部屋に向かう。ドアノブに触れた時聞こえて来た声は、助けを求めるもの。
「おつる、さん……シャンクス……ベック……」
確信を与えてくれるその言葉に、けれども不快感が募るのはどういう訳か。ドアを開けて姿を見れば、それ迄の弱々しい姿は既に想像出来ない程に凛とした姿を見せる女。
身に付けさせた枷は海楼石だが、その様子から問題は無いらしいと気付く。つまり、能力者では無い。
だと言うのに、微かに震える身体と青を超えて白い顔色がその弱さを俺に伝える。それにも関わらず、負けまいとする強気な瞳が俺を貫くように見詰めて来た。
「能力者では無く、純粋に身体能力であの速度か。……今のその顔色は、
「あなたに、関係無いでしょ。それよりも、七武海は全員召集されたのに、こんな所で、何してるのよ」
微かに震える声が、何かに怯えていると俺に教える。それにしても、色々と劣情を刺激する女だな。
初めはただ、純粋に話してみたかっただけなのだがな。赤髪が絶賛し、けれどもすり抜けるようにして逃げられた挙句、海軍が掌中の珠として守り抜く存在へと変貌した女と……。
「それに向かっている途中で、主を見掛けてな。ずっと興味があったので会わせろと言っていたが聞き入れられなかったので、攫ってみた」
「馬鹿じゃないの!?私は、玩具じゃないのよ!!」
喚く女に、普段ならば五月蝿いと言ってその後無視をするか、斬り捨てるか、はたまた己がその場を去るのだが……。その顎を掴み、顔を覗き込む。
俺が何も答えずにいれば、無言で睨み付けてくるその気丈な姿に、蹂躙し尽くし甘い声で鳴かせてみたいと思わされるのは男の……いや、海賊の性だろう。顔立ちは確かに幼いが、身体は男好きしそうなそれであるが故に、その歪さが、矛盾が、真実を暴きたくなるのだ。
「……赤髪が自慢していた〝女神〟か。確かに見目は良いな」
「いい加減にして」
俺が強制的に動かす度に、鎖が音を立てる。それに反応してビクリと揺れる身体。
俺を恐れぬ、強気な猫を思わせるその様子。隙あらば攻撃して逃げようとしていると分かる、その未熟さ。
「……気の強い娘だな。トラウマにより
俺の言葉を受けて、何故か僅かに落ち着きを見せた女は、理性的な眼差しを俺に向ける。自らを律して、恐らくは小賢しく回る頭を活動させ色々と考えているのだろうと分かるその様子。
……ただ怯えていたならば、これ程求める事は無かっただろうが。これは、何としてでも俺のモノとしたい。
屈する事も出来ぬその気高さが、尊い。か弱き花でありながら、ただ慰みに散らされる事を良しとせぬその様子が……美しい。
「……美しいな」
「は?なに、言って……」
自らの容姿に無自覚なのか、ここで俺が口説くとは思わなかったのか。……恐らくは、両方だろう。
男慣れしていないのだとするならば、危険だ。他の男に奪われぬ為にも、捕獲しておく必要があるな。
「鎖が原因で震えているようだが、それでも屈せぬその誇り高き心が美しい……少し話でもと思っただけだったが、俺のモノにしたくなった」
素直に告げた俺の言葉に眉を寄せた女は、けれども何かを言う為に開いたその唇に己の唇を重ねた。甘美だと思うのは、口内から感じられるそれが甘いのが理由か。
糖蜜で形作られてでもいるかのようなその唇からは、甘い喘ぎが漏れる。試していた筈が、いつの間にかそのまま奪いつくそうとしている事に己自身で気付いていた。
ふとした瞬間に、抵抗しようとして動こうとしたその身体が、鎖の音に反抗して萎縮する。成程……これがあっては、可愛がっても反応は薄くなるだろう。
念の為唇を離して、様子を伺いながら鎖を揺らせば、女はその身を硬くし震える。なのに泣く事もせずに、俺を睨むのだから恐れ入った。
鎖から解放すれば睨むのを辞めて、ただ、驚きを示すその顔は恐ろしく幼い。少し反応を見たくて首筋に噛み付くようにしながらベッドへ押し倒せば、倒れた反動を利用して股間を蹴りあげてくるそれに反応が遅れた。
そして、僅かな隙をついて俺の腕から逃げ出す手腕に、楽しくなってしまう。この女の意識を奪いつつここに運ぶまでに仕入れた情報によれば、行方不明となっている女将校は1名のみ。
名はナミ。階級は大佐。
その後先程バルコニーで得た情報でも、行方不明の階級持ちはその女だけ。つまり、この女はナミ大佐であると言う事だ。
「枷は、外さぬぞ。ナミ大佐」
「……何が、目的なの?」
「ナミ」
意味がわからぬ様子で首を傾げたナミの腰を抱き寄せそのまま唇を奪おうとした時紡がれた言葉に、思考が停止した。……待て、何を言われた?
「え?まさか、女として……狙われてるの、私?」
思考が活動を開始した時、まず表にでた感情は怒り。次いで、呆れ。
誤魔化そうとする言葉にしては稚拙すぎるが、これまでに聞いている情報からこれが本気とは考えにくい。何を企んでこんな言葉を口にしてるのかと、思わず睨み付けた。
「勘違いして、ごめんなさ「勘違いでは無い。が、ならば先程俺がナミをベッドに押さえ込んだのは、なんだと思っていたのかと思っただけだ」」
本気だったか。なれば、ここで自己完結させては厄介になる。
そう思って言葉を重ねれば、驚いたような視線を向けられてしまう。つまり、恋愛関係だけ脳が活動しないらしい。
「……トラウマがどの程度あるのかを確認してるのかと。海軍と敵対するつもりなら、その、私を捕らえておく為に必要な情報を集めているのかなと思ったのですが……違いましたか?」
「俺は、海軍と敵対するつもりは無い。だが、ナミを得るつもりでいるのだから、結果争う事にはなるやも知れんな」
俺の言葉を受けて尚、首を傾げるナミに〝女として求めている〟と言うのが〝肉体のみを求めている〟と取られているのだと気付くのに時間は不要だった。何せ、頓珍漢な返答しか来ないのだからな。
「私、そんなに強くないですよ。寧ろ弱いですよ」
「俺の攻撃を尽く躱していて、何を言う」
怒りは霧散した。ただ、呆れのみが強くなる。
どうしたものかと思いながら試しにソファに投げ落とすが、やはり危機感を抱きもしないのだから本物だろう。仕方なく真向かいに腰を降ろして、ナミを見つめてしまう。
「……ナミは、鈍いな。妥協してやる。暫くゆっくり過ごせ」
「あの、妥協って?ゆっくりって言われても私、帰らないと」
「ナミ、主は行方不明だ。気にせず休め」
伝え忘れていたかと思い出して、親切にも教えてやる。これで安心できるだろう。
ここでこの愚かしい程に鈍い女に、俺の想いを理解させるより早く手を出せば、肉体のみを求めていると思い込むだろう事は確実。そうなれば当然、その先で苦労するのは俺の方だ。
だと言うのに、俺の親切心に逆らい素直に従う気はないと言わんばかりに反抗的な視線を向けるから、つい嗜虐心が刺激される。……泣かせてみたくなるから、やめて欲しいところだ。
「指の1本も動かせない程に犯されたいのならば、好きに抵抗しろ。大人しくしているなら、暫くは襲わずに居てやる」
俺の言葉に何かを返そうとしたナミは、けれども唇を閉ざした。だからと言って諦めた訳でも、怯えた訳でも無いそれに満足する自分が少しおかしい。
両手の拘束はそのままに、足にも重り程度の物はつけたまま、ナミを部屋に残して背を向ける。どうしたら、この女に俺の想いを理解させられるのかが分からない。
……宝玉だと言うのならば、紙とインクでもとりあえず与えてみるかと最高級品を取り寄せたのは、その直後。喜ぶその顔に襲い掛かりそうになるが、耐えた己を内心で褒め称えたのは当然だろう。
時折不安そうにニャーと鳴く猫を、鷹は玩具を与えて誤魔化すしか出来ない。それでも鷹は、捕獲したばかりの猫を誰かに渡すつもり等皆無なのだ。