宝玉の出した本は1通り目を通したとは思うが、その中にバレンタインが出て来る話があったのを思い出して開いてみる。するとそこにはそのお返し日である、ホワイトデーと言う日の事が書かれていた。
そんな日があるのかと本を読んでいたら、ニュースクーが部屋に入るのを見て俺も様子を見に行く事にした。先日ティーチに殺されかけてから、ナミは基本的に考え込むような時が増えている。
有り得ない事の無い海、それが偉大なる航路だ。だがそれにしても、未来を知るとは普通思わねェだろ……。
だが疑うつもりはねえし、確かにナミの言う通り未来を知らなければ的確にティーチを嵌めたアレは成り立たねェ。ティーチは誰にも、欲しい悪魔の実について話をしていなかったのだからな。
部屋では最近暗い顔ばかりしていたナミが、幸せそうに笑っていた。何があったのかと見てみればそこには、ナミが愛してやまない姉からの贈物があって、笑顔を取り戻させるのは家族かと少し胸が痛む。
海軍に所属していた時は時々やり取りをしていたらしいが、手配書が出てからは家族に迷惑をかけたくないと連絡出来ずにいた事には気付いていた。だが、どうやら先月贈物をしつつ手紙出したのだろう。
その返事だと言うのならば、あの顔も頷ける。俺には比較的なんでも話してくれているが、それでもあの姉にはまだ色々な意味で勝てねェかと思いつつ腰を下ろした。
その時、ナミがそっと俺に近付いて来て口に何かを押し込んで来た。好きにさせていた俺も俺だが、何だこれはと口の中で転がしてから、その正体がマシュマロだと気付く。
「特別よ」
そう言って笑うナミに礼の言葉を伝えて、得意気になるナミを眺めるが……笑えるようになったなら、それでいいと思えた。ナミが笑うならば、それだけでなんでも構わねェ。
さて……ナミがバレンタインの日にチョコ代わりに俺に食われたからと言って、俺はマシュマロになれねェからなと考える。だが考えても何も浮かばない為に、当日までに考えれば良いかと立ち上がり、部屋を後にした。
この事を当日になってから、悔やむ事になるとはこの時は想像も出来なかった。何せ、当日となった今日、まだ何も決まってねェんだから。
だと言うのに、ナミの傍に寄る事もままならねェ。何故なら息子達が……いや、娘達もだが……ナミに貼り付いて離れねェんだよ。
1人目が何かを渡すと、そいつと会話してる間に次のが来るといった具合だ。どうしたものか。
海兵だったから、ティーチが出て行くきっかけになったから、そんな事で1歩引いてるナミを気遣っているのは分かるんだが……俺の女だってのに、お前ら。特に娘達と隊長の肩書きを持った息子達は、分かってて張り付いてやがる。
その時聞こえた会話に俺の耳が反応する。何かヒントになればと思ったんだから仕方ねェだろ。
「ナミ、欲しい物無いのか?」
「当日に聞くか?もう、俺達は先に用意した物渡してんだよ!」
そんな会話に視線を向ければ、ナミははにかんだように笑っていた。どうしたらいいのか分からないと、戸惑っているその心が伝わって来るようだが、今は助けてやるよりも先に、俺はナミの答えを聞きたくて待つ事を選択した。
「私は、皆さんがこうして笑っててくれるのが1番嬉しいです」
「ナミー!そんな優等生の答えじゃなくて、欲望に忠実な答えを言えって!」
「えっと……それは、もう満たされてるから……」
「満たされてる?」
「うん。だってニューゲートは優しいし、大切にしてくれてるから、私には他に欲しいものなんてないのよ。心がもう……充分に満たされてるから」
その瞬間息子達の視線が俺へと1斉に向けられ、俺の方が反応に困る。ナミは本気で言ってると分かるからこそ、対応に困るんだよ。
「ナミ」
「ニューゲート、いたの?」
自分が何を言ったか分かってないのか、キョトンとした顔で俺を見るナミを手招けば、俺とナミの間にモーゼの十戒を思わせる勢いで道が出来た。そして、近寄って来たナミを抱き上げて問い掛けてみる。
「ならナミは、俺からは何もいらねェのか?」
「もし、我儘が許されるなら……ニューゲートの時間が欲しいわ。後で2人で過ごしたいの」
「……サッチに酒とツマミ用意させるか」
「そうね、楽しみだわ。……ふふ」
突然笑い出したナミに、どうしたと声をかければ贅沢ねと嬉しそうに言う。何がだと思った俺に、ナミは微笑む。
マシュマロが届いて以降また見せてくれるようになったナミのこの穏やかな微笑みを、俺は気に入っている。歌うように紡がれる言葉は、麻薬のように俺に浸透する。
「皆が大好きな〝親父〟を私が独り占めよ?贅沢でしょ」
「俺の全てをナミにやりたくなるから辞めろ」
「ニューゲートの全てなんて貰えないわ。ニューゲートは皆の親父だもの」
「無欲な奴だな」
「代わりに、ね」
「ん?」
ナミは言葉を切ると俺に抱き着き、耳元で囁いてくる。甘やかな、鈴が鳴るようなその声で、言葉に恥じらいを乗せて。
「私の全てを、貰ってね」
「ホワイトデーは、女に返す日だろうが!」
そうは言っても、貰ったもんを返す気はねェがな。そう思って笑えばナミもまた笑う。
ティーチの事を気にする必要はねェといくら言っても聞かねェ。なら、ナミが求めるものが俺の愛だと言うのならば、いくらでも注いでやろう。
俺の愛に溺れて、他の事を考えられなくしてやる。泣こうが喚こうが、もう手放すつもりはねェ。
もう無理だと、受け止めきれないと言う程に、深く愛してやると返せば真っ赤になったナミが幸せそうに微笑み、頷いた。甲板からはいつの間にか人が消えていて、残されている見張り達だけが気まずそうにしているが……。
いつまでもナミを返さなかった、お前達が悪いだろうと内心で笑う。俺はナミに飢えてんだ、移動する時間さえ惜しい程にな。
ホワイトデーに溢れる程の愛を。ある意味それは1番贅沢な贈物なのかも知れない。