イチャつく場所を考えてくれと、息子達に哀願されたのは何時だったか。日常的過ぎてもうよく覚えてねェな。
つまり、いつもそれを無視してナミを可愛がっているんだが……ナミはそんな俺に大好きよと微笑むのだから、歯止めなんか効く筈もねェ。それは俺の責任じゃねェって事に繋がるだろ?
そんな事を考えながら甲板で転がっていると、ステファンが遊ぼうと言ってくるが、今は寝かせてくれ。春の陽気だからか異様に眠ィ。
その内ステファンでは無い温もりが俺に触れる。頭を優しく撫でるその指の細さに、ナミかナースだと思った直後、ふわりと香るそれにナミだと気付く。
その撫で方1つで想われているのが、痛い程に伝わる。心地よいそれに眠りが深まりそうになった時、ナミの声が優しく響く。
「愛しているわ」
これは、飛び起きて抱きしめてやるべきか?
いや、ただ寝言のフリして俺もだとでも応えるべきか?
そんな事を考えている間に、ナミは俺の額にそっとキスをして、そのままふわりと抱き着いてきた。その勢いで俺に甘えるように擦り寄り、小さくお休みと呟くとそのまま眠りに落ちて行くナミ。
その体から完全に力が抜けるのを待って抱きしめ直すと、少し熱があると気付く。そして……2日程連続で抱いた事を思い出せば、体力切れかと思い至りマントのように羽織っているコートでナミを包んでから、マルコを呼ぶ。
「ナミが熱を出したみたいでな。栄養剤か何かを点滴で入れて貰えるか?」
「……だ、か、ら!いつも無理させるなって言ってるだろぃ!?」
「あァ、俺が悪かったから、今は怒鳴るな。……ナミが起きちまう」
俺の言葉に溜息を落としたマルコは、部屋で待っててくれよぃなんて言って去って行く。ビタミンとエネルギー補給が出来る物を、マルコは用意してくれるのだろうとそれに対して思う。
よく出来過ぎた可愛い長男が姿を見せた時、軽く頭を撫でれば顔を赤くして辞めろぃなんてほざく癖して、振り払う事のない様子につい笑っちまう。本当に可愛い子供達だ。
「なァ、マルコ……」
「なんだよぃ?」
ナミに点滴を入れつつマルコは振り向きもせずに返事をするから、驚かせたくて少し予定に無い事を口にする。まァ、そうなっても構わねェとも思っちゃ居るが。
「海軍に喧嘩売ってもいいと思うか?」
「……珍しい事を言うねぃ。戦争でも、始める気かぃ?」
「ナミの蜜柑を取り戻してやりたくてな。マリンフォードにある自宅の庭に、あるらしいんだ」
「…………蜜柑の為に戦争ってのは、中々に珍しいが、俺は構わねェよぃ。お袋の蜜柑ってなりゃ、皆戦うだろうぜ」
マルコの言葉に随分と驚かされる。海兵だった為にあった溝が消えているのは知っていたが、そこまで慕われていたのか。
「いつの間にそんなに人気者になったんだかな。……まずは〝友好的〟に蜜柑の樹を返して貰えるか、聞いてみるつもりだが、実際戦争になる可能性はあるぞ」
「あァ、1応隊長達には先に話してからにしてくれよぃ。各隊によっては色々準備も必要だろうからねぃ」
そう言ってくれる息子にありがとうと言ってから、呼吸の落ち着き始めたナミの頭を撫でる。その時ふとナミが呟くように、寝言で俺の名を呼ぶから……それだけで幸せな気持ちにさせられた。
その日の内にナミには内密に集まり、息子達と共に海軍本部に〝蜜柑の木〟を寄越せと連絡してみて、必要とあらば少し暴れるかと話が盛り上がる。そして、その日の夜早速センゴクに電伝虫で掛けてみる事になった。
「久し振りだなァ、センゴク」
「〝気軽に掛けてくるな。何の用だ!〟」
「そっちにな、現在行方不明の〝ナミ大佐〟が育てていた蜜柑の樹があるだろ。寄越せ」
「〝……何を言っている。何故渡さねばならん!あれは、ナミの物だ!〟」
「そのナミに渡してやるって言ってんだよ。グララララララ!」
俺が笑うとセンゴクが黙り、それから地を這うような低い声を響かせて来た。どうやらセンゴクはナミを1人の部下としてでは無く、それ以上に大切にしていたらしい。
「〝何故貴様がナミの居場所を知っている?まさか、捕らえているのか!?〟」
「……何だセンゴク、お前ェ、ナミの親族か?」
「〝孫のように可愛がっている。捕らえているのか?ナミは、無事なのか!?〟」
悲痛な様子に、娘ではなく孫と表現した所に、共感できるものがあり俺は細く息を吐き出した。コイツとも長ェ付き合いだが、センゴクが背後でナミを支え続けていたのかと妙に納得させられる。
だが、親切に全てを教えてやる筈もねェ。……そう思ったが、ふとナミが時折暗い顔して迷惑かけてるだろうなぁと言っていたのを思い出してしまえば、何も教えないのもどうかと少し考える。
「ナミの樹を、植木鉢で持って来い。そうしたら、会わせてやる」
「〝ナミを、返してくれ!……頼む!!〟」
「それは出来ねェ。返すなら、蜜柑の樹を持って来いとは言わねェよ」
「〝ナミは、何も知らない無垢な子供だ!頼む!!〟」
「……ナミは、俺の女だ。元々ナミの部下だった奴等は、無事に帰っただろ?……〝良い上官〟だったぜ」
「〝白髭、まさか貴様……ナミに手を出したのか!?〟」
「あァったく五月蝿ェな。安心しろ、ナミは元気にしている」
その後暫くセンゴクは怒鳴り続けたが、五体満足で生きているナミに会う為に、蜜柑の樹を持って来るという所で話は終わった。気分は誘拐犯のようだったが、それも仕方ねェだろうな。
息子達はその会話に殺気立ったり、笑いを堪えていたり、はたまた切なそうな顔をしていたりと様々だったが……さて、どんな名目でナミに蜜柑の樹を渡すかだなと息子達の様子を放置して考える。だが、答えはすぐには出そうに無かった。
それから数日後、島ではなく海上にて蜜柑の樹を受け渡す事が知らされた。指定されたその場所には、軍艦1隻のみが現れたが乗っている人間が笑えねェ。
センゴクとガープに、おツル中将と桃兎。その他名は知らずとも将校ばかりが何人も乗っているのか見えれば、息子達にも緊張が走る。
「〝ナミー!お爺ちゃんだぞー!〟」
その時突然ガープの馬鹿が拡声器を用いて叫ぶ事で、部屋で何も知らずに海図を描いていたナミが飛び出して来た。そして……。
「ガープさん!?……え、おツルさん?おツルさぁーん!」
他にも沢山の将校が居るのにツル中将に反応して叫ぶナミに、少しホッとする。どうやらナミにとって1番大切なのは、あのツル中将らしい。
だが、声を掛けたのに1瞬反応された後は存在を忘れられたガープは見るからに落ち込んでいて、その様子にセンゴクは疲れた様子を見せた。……お前も苦労が多いなとセンゴクに視線で言えば、五月蝿いと視線で返されたがその間もナミの視線は、ツル中将から離れようとはしない。
船が寄せられて蜜柑の樹が数本運び込まれると、そのどさくさでナミに近付いた将校達がナミを見て顔色を変えた。いつもの様に露出のそこそこある姿をしている為に、情事の跡が見えているのだ。
「ナミ、無事だったんだね」
「おツルさん、心配掛けてごめんなさい!でも、私……」
「そんなのはどうでも良い。それよりも……合意だろうね!?まさか、合意も無しにってんじゃ……!?」
「おツルさん……?」
キョトンとした様子で首を傾げるナミを俺が呼べば、ナミはなぁにと言いながら近寄って来たので、その腰を抱いて口付ける。驚きつつもそれを素直に受け入れるナミを、折角だからと堪能してから唇を離してセンゴクに視線を向けてやれば、視線が集まっていたのを改めて自覚させられる。
「こういう事だ」
「……隊長の誰かではなく、貴様が相手なのか!?」
「あァ、だから言っただろ。〝俺の女〟だと」
そう言って笑えば殺気立つ海兵達。だが、それはただの1言で静まる。
「お辞め!あんた達!……ナミ、海軍から海賊になる事の意味は、分かってるね?」
「……おツルさん、ごめんなさい。私、世界を敵に回してもニューゲートと1緒にいたい」
「そんな老耄……長くは無いよ」
「私ね、おツルさん。ニューゲートと生きて行くって決めちゃったの。おツルさんには迷惑と心配掛けて悪いと思ってるけど、でも、私……もう、自分に嘘はつきくないから」
真っ直ぐに相手を見て宣言したナミは、その直後破顔した。そして、幸せなのよと呟くように言う。
「少し歳上の息子達は可愛いし、娘達は優しいし、ニューゲートは愛しいし、ここは暖かいわ。夢も、ニューゲートが叶えさせてくれる」
「……アンタの夢は、ここにいたら確かに叶えにくいね。だからいつかは……退官するだろうと分かっちゃいたが……どうして、よりにもよってそんな老耄」
「もうっ!ニューゲートを悪く言わないで!老耄じゃなくて、大人の余裕があって懐の大きな、色気のあるダンディーな良い男よ!」
って待てナミ。老耄が正解だ。
その後も続く俺への褒め言葉の羅列に、俺が耐えられない恥辱を受けている気分になる。と言うか……ナミ、そんな風に見てたのかお前。
可愛いと、愛しいと、常に愛でつつ想っている。だからこそ同時に、若くて賢くて美しくて、優しいナミには、いつかもっと若い男が良いと言われるんじゃねェかと、不安に思っていたそれは否応無しに霧散する。
「私は、ニューゲートのモノでいたいの!」
「そして、俺はナミのモノだな」
「ニューゲート……」
思わず口を挟めばナミは俺を見て嬉しそうに笑う。自然と手を伸ばし合ったところで咳払いが聞こえて、そういやまだコイツらいたんだったと思い出す。
「ナミが幸せなら、私は構わないよ。ただし、手配書の金額と文字は変わる。覚悟だけはしときな。それと……」
そう言って言葉を切ったツル中将は、切なげな表情で微かに瞳を揺らすと、淡く微笑んだ。歳を重ねて涙腺も緩くなっている筈なのに、涙を耐えて微笑むそれに確かに若い頃はいい女だったのを思い出させられる。
「この次に会ったら敵同士だ。だから最後に、おいで、ナミ」
その瞬間、ナミはツル中将に向けて駆け出し、抱き着いた。それを当然のように受け止めて優しく頭を撫でながら、ツル中将は言う。
「ナミ、可愛い私の孫。……幸せで、生きてくれるならそれだけで良いよ」
「おツルさん……ごめんなさい。ありがとう……」
そう言ってナミは泣かない迄も涙をその瞳に溜めるから、本当にツル中将が大切なのだと痛感させられる。心配して来たと言う他の将校達にも挨拶してから、ナミは迷わずに俺の腕に帰って来た。
その暖かな体を抱き締めて、俺もまた海兵達に宣言する。もう、お前らが守らずとも俺達が守るのだと教える為に。
「ナミは、俺の家族だ」
その後蜜柑の樹を見たナミが泣きながら笑い、今日がオレンジデーなの知ってたの?なんて聞いてくるから、それに首を横に振れば偶然でも嬉しいわと言ってくれたので、モビーの1角に蜜柑畑が作られる事となった。
そのお礼にとナミが蜜柑で作った菓子を提供し、蜜柑洗剤を作るようになるのだが、それはまた別な話。今はそれよりも、何もお返しが無いわと申し訳無さそうにしているナミと言う名の蜜柑を、どうやって部屋に連れ込むかが大切なところだ。
Happy orange day……お前が蜜柑なんだから、気にせずに俺に食われれば解決だと囁く男に、それいつもと同じじゃないなんて膨れる女。そんな2人に笑う息子や娘達は、今日も変わらぬそれに感謝して波の奏でる音楽に耳を傾けながら、蜜柑の香りを楽しんでいた。