蜜柑の世話をしているナミは楽しそうで、多少の無理を押してでも運ばせて良かったと思わされる。だが、それ以降ナミは本当に必要最低限しか船を降りなくなり、少しばかり気になっている。
だが当人たるナミは、太陽に当たってるんだから大丈夫と意味のわからない言葉を口にするばかりだ。どうにか連れ出す方法は無いだろうかと考えた時、縄張りにしたばかりの島には良いBARがあると聞き、ナミに声をかけてみる事にした。
それならばナミも船を降りるだろうか。……俺と2人で、過ごそうと思うだろうか。
「ナミ、外で呑もうと思うが……どうだ?」
「うん、分かった。直ぐに準備してくるわ」
そう言って鞄を取りに行くナミを待ち、共に船を降りて歩けばナミが途中にある雑貨店の前で足を止めるから、何か気になる物でもあったのかと俺も足を止める。それからナミが少しだけ待っててと言うので待てば、その店に入ったナミがそれ程の時を置かずして何かを手に出て来た。
それから何の衒いも無く俺へと笑顔で手を出すから、何かも分からずに受け取る為に手を伸ばす。何かを渡そうとしている事は解るが、その正体は不明だ。
「はい、あげる」
「ん?」
差し出された物を受け取れば、それは鈴で思わず首を傾げる。そんな俺にナミは不思議そうな顔をするが、何故鈴?
「前にニューゲートが鈴が欲しいって言ってたじゃない」
「……それは、ナミの首に付けたいって意味だ。アホンダラァ!!」
「私!?なんで!?」
「……ナミは〝猫〟だからだ。とりあえず貰っておくが、目的地はもう少し先だ。行くぞ」
俺の言葉に頷いたナミと共に歩き出せば、甘えるようにそっと俺の上衣の袖を掴む。それが愛らしくて思わず抱き上げて店まで移動した。
途中何度か降ろせと騒がれたのを無視して、店まで運んだからか、恥ずかしいと言ったのに下ろしてくれなかったと暫くいじけられた。だがな……可愛過ぎるナミが悪い。
「夜景が綺麗だと聞いていたから、連れて来た。たまには居酒屋的な場所ではなく、こんな所も悪くはねェだろ」
「ニューゲート……ありがとう」
BARのマスターが離れた時、ナミが俺に投げ寄越したのはナミの財布で、それによりナミに視線を向ければ手持ちが足りなくなったら使ってと笑った。双方の呑む量の事もあるが、俺に金がねェ事も、その理由さえも分かっててこの対応なんだと分かるから勝てねェなと思う。
これならば誰かに聞かれていても、男に恥はかかせない。〝手持ち〟が足りない場合の予備だとなれば保険でしかないからな。
だが実際は、これで支払ってと言っているのはわかる。無理しなくても良いと、連れて来てくれただけでいいと、俺がそれを悟ると分かっていての行動だ。
……
「私の書いた作品に〝白雪姫〟って言うのがあるのは知ってる?」
「あァ……可愛い話だったな。……あの王子は
「……まぁ、通説の1つに挙げられる位、その説は有力視されてたわね」
「ん?」
俺が首を傾げれば、ナミは困ったように笑ってから言葉を口にする。俺の手元で氷がカランと音を立てた。
「いいえ、私は
「色々な奴を見て来たからな。それに、俺もナミに限っては死体でも愛せそうだから、王子の行動も否定できねェと思っただけだ」
俺の言葉にナミは適当な事ばっかり言ってなんて俺の言葉を本気に捉える事無く笑い、提供されたグラスにそっと唇を寄せた。甘い香りのその酒がナミのように思えちまう。
それを誤魔化すようにボトルを空にすれば、ナミがうっとりとした顔で笑いながら妙な事を言い出した。鈴の転がるような愛らしい声が、俺の耳朶に届く。
「騙されて毒の林檎を食べさせられたお姫様は、王子様からの優しいキスで息を吹き返すんだけど……まぁ、実際には有り得ないわよね」
そんな事を言うナミに、俺は先程もらったばかりの鈴を少し細工をして、ネックレスに付けられるようにした物を指先で弄りながら見る。諦めの色を宿したその瞳が、物悲しい。
「好きな人からのキスで目覚めるとか、憧れるわ」
「キスで毎朝起こしてやろうか?」
言いながらそっと笛と並べて鈴をつけて、耳元に囁く。俺の子猫……と、ただ1言。
その瞬間真っ赤になったナミが、だが、嬉しそうに笑って頷いた。まるで、本気でそれを願っているかのように。
「……お願いしちゃおうかな」
お願いされてやろう。そう答えそうになった時、ナミが突然立ち上がったので危ないと思い手を伸ばしたが、指の間をすり抜けるようにしてナミが倒れてそのまま頭を強打した。
「ナミ!!」
頭を動かさないようにそっと抱き起こし支えてやると、ナミが縋るように俺に触れて、震える声で言った。それは今にも消え入りそうな儚い声でもある。
「かな、ず……むかえ、に……きて……」
「ナミ!?」
俺の事を簡単に取り乱させる事が出来る小さな恋人は、俺の腕の中で意識を完全に失った。慌てて船へと戻ろうとした時、お待ちくださいと声がかかった。
「この、島は……その、恋人が共に過ごしていると何組かに1人、このように倒れられる事があるのですが、目覚めると記憶がなくなっており、そのままの状態で島から離れますともう……記憶が戻らなくなるのです。白髭様に、このような被害を与えるつもりなど毛頭なく!ですから、あの……!」
言葉と態度から嘘偽り無く俺の為にと、この島の為に呼び止めたのが分かれば怒る事も出来ねェ。息子達ならともかく、俺に〝恋人〟がいるとはなかなか思わねェよな。
「……俺が泊まれる部屋はあるか?」
「はい!どうぞ、ご案内します!」
部屋まで案内した後、料金は気にしないでくださいと言う。それに、返事をするより早く島を守って頂いてるのにこんな事になってと青ざめる姿を見れば、支払わせろとは言えずにそれを頷く事でしか答えられなかった。
とりあえずと思いナミを抱いたままベッドに転がり、命に別状がねェならそれでとりあえず良いかと潰さねェ程度の力で抱き締める。蜜柑の香りは相変わらずしており、何も変化は見受けられねェのが切ない。
すると腕の中でナミが身じろぎ、ゆっくりと瞼を開いた。その瞳を見た時、本当に忘れてやがると思ったが、同時にそれでも可愛いなと思わされるんだから俺も重症だろう。
「え?……え!?」
「ナミ、起きたか。痛ェ所は無いか?」
「いっ……痛い、ところ!?」
顔を真っ赤にして動揺して、声を裏返して、逃げられる筈もねェのに俺の腕から逃げようとするナミに、勘違いさせようとそっとその背を撫でる。何も覚えてなくても、そう言う関係だと先に教えちまえば、問題はねェだろ。
「あァ、ナミは随分無理してたからな。痛い所はねェか?」
嘘は言ってねェぞ。ナミは、無理して酒を呑んでたからな。
「あ……
「ナミ……酔った勢いで俺の相手が出来る女はそう居ねェぞ。体格差考えろよ」
「では、私達の間には何も!?」
「何言ってる……何度も、肌を合わせて来ただろ」
そう言ってそっと服を脱がせれば、動揺し過ぎて抵抗が出来なくなっているナミがいる。今だと思い、そっと耳元に囁く。
「こんな風にな……」
ナミに記憶が無い事を気付いていないフリで、船でいつも抱くようにナミの素肌に手を伸ばせばナミは反応する自らの体に戸惑いつつも、抵抗を見せる。これ迄抵抗なんてされた事が無かったから、寧ろ誘われたり、サポートして来たナミだから、新鮮に思える程だ。
「あっ……ぃゃ……!……おやめ、くださいませっ!」
「……さっきまで、悦んでただろ。酷くはしねェから、安心しろ」
「やぁぁ……!んぁっ!んっ!ンぅ……ぁ!」
体の反応は同じなのに、ナミは切なそうに瞳を揺らして俺を拒もうとする。だが、いつも抱いている体であるが故にナミをどうすれば気持ち良く出来るのかは、知り尽くしているのだ。
声を抑えようとするそれはいつもと似ているが、いつもの理由は羞恥や息子達への配慮だ。それに対して、今回は違う。
知らない男に良いようにされる事が嫌で、それでも反応する体に戸惑いながらもせめて声だけはと言った所だろう。そう分かるから、あえて弱い所を狙い責めれば熱を持った瞳が俺に向けられる。
「お願い……します、どう、か……あぁっ!!」
「分かった、そろそろ良いだろうしな」
俺の言葉にナミはホッと息を吐き出し、無垢な状態に心が戻っている事に気付きながらも、俺は力の抜けたその瞬間を狙って俺の熱く滾る楔を打ち込んだ。それに悲鳴を上げて嘘吐きと罵るナミは、いつもより幼く……それ故に背徳感が刺激される。
「いやぁぁぁ!!ぬ、いてぇ!やぁ、うそ、つきっンンっ!!」
「お願いしたのは、ナミだろ。あの流れなら、挿れての他にはとれねェぞ」
「きゃぁぁぁ!!」
甲高いその悲鳴も、体温上昇により変わるその香りも、ナミだってのに……俺を覚えていない。その癖、俺の事を体は覚えてるって訳か。
「ナミ、出すぞ」
「いや、やめっんぁ……っ」
細く小さなその体を折らないように、その心を傷付けないように、俺がどれ程神経すり減らしてると思ってんだか。甘い甘い、俺の猫。
首につけた鈴がナミの動きに合わせてチリンと鳴る。歩く時も足音をたてないナミには、実際丁度良いかもな。
そうして熱いものをナミの中に放てば、ビクビクと痙攣した後に弛緩するその体。荒い呼吸の中で、怯えを微かに宿した瞳が俺を貫く。
「どう、して……?」
「ナミ?満足出来なかったか?」
分かっていて、問い掛ける。記憶が無い事は先刻承知の上で、抱いてんだよ。
体が覚えていれば、それにより思い出す事がある。それに期待したんだがな……。
味覚、嗅覚、触覚、そして音楽は記憶を無くした人がそれを取り戻す切っ掛けとなる事が多い。好きな音楽、好きな食べ物、良く行く場所、これらが記憶を取り戻す切っ掛けとなり得る。
ならば、俺に抱かれたら思い出すかと思ったが……無理させただけだろうか。それでも俺は、ナミに帰って来て欲しくて、祈るような気持ちでナミにキスをする。
とはいえ、繋がったままでは無理があるので、1度抜いてからだが。抜く時の刺激で喘ぐナミは、相変わらず妖艶でまだまだイケそうな気持ちにさせられるが、ナミが持たねェのも分かっている。
そっと重ねた唇が俺を拒む事は無くて、だが何も知らないかのようなナミのその反応により、俺はナミが何も分からない事を痛感させられる。それが切ない。
……ナミは俺の女だ。早く帰って来い。
「んっ……ふっ……」
苦しそうな呼吸の合間、微かにもれるナミのその声にん?と思う。声の色が変わった。
そっと唇を離すと、ナミの瞳にいつもの愛情と言うか甘さが宿っていて、まさかと思う。帰ってきてくれたのか?
「ナミ、帰ってきたか」
「ニューゲートの、馬鹿。
「そうすりゃァ思い出すかと思ってな。……抵抗するナミも、可愛かったぞ」
「もうっ!……でも、好き」
「そりゃァ残念だ」
俺の言葉に残念なの?なんて言いながら首を傾げるナミの額に、そっとキスをして心から言う。俺の本音を。
「俺は溺れる程ナミを愛してるのに、好きって程度とは……残念だ」
「ニューゲート……私ね、きっと……何度忘れても、何度でもニューゲートに恋をするわ。だからお願い、何度でも迎えに来てね」
「まァ、それで許してやるか。……それで、どうする?」
俺の問いかけに首を傾げて、キョトンとした表情を見せるから、俺はそっとその頬にキスをしてから笑う。ホテルで裸の男女がベッドにいて、それでも分からねェってんだから困った奴だよ。
「このまま俺に抱かれるか、今日は文字通り俺の腕の中でただ寝るかだ」
選ばせてやると偉そうに言えば、目元を赤く染めながらモジモジとした様子でナミは俺に手を伸ばす。それからそっと俺にキスをして来たのが、ナミからすれば精一杯の答えなんだと分かるから今日はそれで勘弁してやろうと、帰ってきたナミの体を抱き締める。
その後ナミが数日寝込む事になったのは、自然の摂理と言えるだろう。甘やかな2人の日常に、終わり等見えはしない。