羽根の音が聞こえて顔を上げると、それはマルコも同時で新聞配達の前にナミの所へ行ってるらしいと気付く。それに同時に笑ってから、少し様子でも見てくるかと立ち上がればマルコから冷たい視線を向けられる。
「お袋を虐め過ぎるなよぃ。程々にな」
「……マルコ、俺は今、別に何かしようってんじゃねェぞ。ただ、様子を見に行こうと思っただけだ」
「……どうだかねぃ?最近隙あらば籠るから、信用に値しないよぃ。実際お袋が籠る事になるの仕事が溜まるから、本気で迷惑だよぃ」
その言葉にはぐうの音も出ない。確かに最近は貪りすぎている気はしている。
それに、実際これだけの人数が居るのだから書類仕事も待ったなしではある。その書類仕事はできる人間が限られ、その貴重な人材の1人がナミな訳だからマルコの言い分は正しい。
それでも少しくらい何か言ってやりたくもなる。その時ふと、まだ見習いだったマルコを思い出した。
「あの可愛かったマルコは、何処に行っちまったんだかなァ……」
「そんなもん、遠い過去にどっかの海賊と戦いながら消え失せたよぃ」
照れる事も焦る事もしなくなっちまった息子に、スレちまったなァと呟いてから歩き出せば、チラリと振り向いた時に耳だけ赤くなってるのを確認してポーカーフェイスが得意になっただけだと気付く。本当に、可愛い奴だよ。
そんな事をしてる間にナミの部屋からはニュースクーが飛び立つ所になっていて、机に置かれた見慣れない包みと寂しげな表情で机に手を置いているナミが居るだけだった。そのまま見ていると、静かな様子で歌い出したナミに俺は、声を掛ける事を後回しにして口を閉ざす。
この歌は、聞いた記憶がねェな。だとしたら新曲だろうか。
どうにもワノ国を思わせる歌詞だが……な。ワノ国と言えば、カイドウの奴が根城にしてた筈だが……これは本当にワノ国をモデルにした歌だろうか。
ナミは時にワノ国を思わせる言動をする。調べてみた事はあるが、それによればナミとワノ国に関わりはねェ。
そんな事を考えていたら、ナミは振り向き俺の姿に気づくと泣きそうな顔をしたから、両手を広げて待機してみる。照れて怒るかと思ったが、駆け出して飛び付いてきた小さな身体に、何かあったなと気付く。
「どうした?ナミは嘘の付けるタイプじゃねェんだから、素直に吐いちまえ」
それに何でもないと言う代わりに笑ってみせるナミは、自分がどんな瞳をしているのかわかってない様子だ。全く……どうしてこうもナミは阿呆なんだかな。
俺を騙せる筈も無いと言うのに、心配かけたくないと口を閉ざす。頼れないから言わないとかなら、無理にでも吐かせるんだが……ナミの場合違うからな。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
その言葉に、襲いかからなかった自分を褒めたい。それくらいには、ナミの言葉は俺の心を撃ち抜いた。
そっとナミの頭を撫でれば、驚いた顔をするナミ。それにそっと笑いかけられた、自分の理性を褒めちぎりたくなる。
「2人でって限定しなけりゃ、問題ねェだろ。それとも、2人じゃないと、嫌か?」
「あ……!そ、そうじゃなくて!だって、お金かかるから、マルコが駄目って言うかなってで……」
「花見くらいでそう怒るか。食い物は、海王類でも捕まえて調理すりゃァ金はかからねェぞ」
俺の言葉に嬉しそうに頬を染めて、ありがとうと言いながら顔を隠すナミ。確かに襲い過ぎてる自覚はあるが、ナミのこの言動にも問題はあるだろうと少しばかり内心で言い募ってみたが、甘えるナミを襲う事は結局無かった。
翌日にはナミがサッチ達と花見の準備に勤しんでいて、俺はナミが隠していたペアの宿泊券を見て苦笑する。俺でも泊まれる宿泊施設が〝偶然〟ナミに当たってたまるか。
ニュースクーはナミの為にと考えたんだろうな。最近疲れたような顔してたからと思うが、その原因は間違いなく俺である。
だが他の家族に遠慮して隠してたナミを思えば、俺が誘うべきだろう。俺は、その、加害者である筈だがな。
そっとチケットを片付けて、宴の進捗状況を確認すればそれぞれが楽しそうに進めるそれにホッとする。家族が揃って、楽しそうにしているのだからそれだけで俺には充分だ。
宴が始まるまでは動き回っていたナミだが、宴が始まるとコソコソとどこかへ姿を消した。何処へ行ったのだろうか?
そんな事で見聞色の覇気を使うなと、マルコの声で天の声が聞こえた気がしたがあえて無視してナミを探す。するとこの花見の会場からだと死角になるクセして、こちらを1望できる場所にいる事が分かった。
そこでこっそり幻と呼ばれる酒を手にして、少しばかり寂しそうにこちらを眺めている様子に、元海兵である事をまだこうして引っ張ってるのだと理解すれば迎えに行くのも当然だろう。……ついでにその酒貰い受けよう。
「何処に行くんだよぃ?」
「元海兵の子猫が、ここに来るのを拒んでる様子だから連れ戻せたら連れ戻そうかと思ってな。無理ならそのまま逃避行するから、お前達は好きに楽しめ」
俺の言葉にマルコは了解と言って皆に伝達してくれる。それにより背後で俺がナミを連れ戻すか、何処かに連れ去るかで賭けが行われ始めた。
そんな声を聞きながら向かった先で、切子のグラスに酒を注いでいるナミを見付け声を掛けた。勿論、呑ませない為だ。
「ナミ」
「うひゃ!?」
なんだ、その驚き方は。兎だからウサウサと鳴くとかそんな話か?
どんなメルヘンな世界に生きてやがる。そう思ったら、呆れたのも無理は無いだろう。
「にゅーげーと?」
妙に幼い様子で俺を見上げるその胸に抱かれているのは、その様子を理由に見過ごしてやれるような代物じゃねェがな。そう思って酒に手を伸ばすと、ナミはサッと避ける。
それを追い掛け、気付けばナミと全力の鬼ごっこへと発展しており、酒盛りしていた筈の息子達から何事だと盛大に関心を向けられちまっている。だと言うのに、ナミは渡さないもんと言い出し、俺は呑ませろと言い募るのを繰り返す。
「やだ!ニューゲートに渡したら1瞬で無くなっちゃう!」
「そんなもんナミが呑んでも同じだろうが!」
「私がツテを辿って漸く買ったんだもん!私が、顔に必死って書かれる勢いで頑張って手に入れたのよ!?」
「少しくらい寄越せ!」
「いーやー!あげないー!!」
遠くからサッチとビスタが、なんか花の中で追いかけっこなんて呼べない速度のそれが行われてるんだが、あれは幻か?なんて言ってるのが聞こえた気がしたが、今は構っていられねェ。仕方ねェなと内心で舌打ちしてナミごと酒を抱き締めると、そのまま逃避行に移行する。
「ちょっと、ニューゲート!?」
「2人で、温泉に行くぞ」
「……へ?」
「その後、胸の中にある酒を堪能させるか……ナミお手製の酒を堪能させるかは、選ばせてやる」
俺の言葉に真っ赤になったナミは、桜なんぞ引き立て役にもならない程の色香を放つ。花より団子なんて言葉が脳裏を掠めるが、バカ言うなよと本気で思う。
花よりも華の如く美しいナミと言う美酒に、俺は酔わされている。今近々の問題は、酔わされて蕩けきった俺の理性が宿までこの美酒を呑まずに耐えられるか、それだけだ。