最終的な決済が必要だからとマルコから届けられたそれを見ていると、横で小さくン~とか言ってる声が聞こえて来た。どうやら海図を描き終えたらしい。
満足そうに笑うその姿に、完成した海図を航海士達に見せてやれば狂喜乱舞になりそうだなと小さく笑っちまう。書類仕事をする時にだけ眼鏡をしていたら、何故かナミがそれを見て崩れ落ちた事があったが……眼鏡に弱いのだろうか?
その程度で喜ぶなら、いくらでもかけていてやるが。まァ……ナミがナース達のそれを着たのを見た時の俺に近いものがあるのだろう事は分かる。
「眼鏡が似合い過ぎて怖い。これ以上好きになる事なんて、出来ないと思ってたのに……!!」
なんぞとほざかれて、そのままベッドに沈めたのは良い思い出だろう。その後にマルコ達から、体力の違いを考慮してやれと叱られたのは腑に落ちないがな。
そんな事を思い出してる間にナミが慌てた様子で外へと飛び出したので、嫌な予感がして立ち上がる。何か天候でおかしな事があれば言う筈だが、時に言わない事があると知っているからだ。
言わない時とは、即ち何が来るのか分からない時。良くある脅威ではなく、珍しい事案である場合だ。
そして案の定変な霧相手に1人で足掻くナミがいて、だが俺には霧が絡まない所から考えてどうやら相手を選ぶらしいと気付く。ナミだからなのか、女だからなのか。
その時ナミが蹲るようにして倒れるのが見えれば、それを慌てて抱き留めたのも無理らしからぬ話だろう。だが俺を俺として認識しながら、ナミは俺から離れようとする。
霧の正体が分からねェのと、弱ってる自分を許せないから、迷惑になるとか考えてるってのが妥当か。子供にかけられる迷惑ならば、構わねェし当然と言えるだろう。
ましてや歳若い恋人なんだ、甘えてくれていい。寧ろ……甘えて欲しいんだが……その辺はおいおいに、だな。
「この程度、甘えには入らない」
だから気に病むなとその体を抱き上げれば、泣きそうな顔で俺を見て、小さくありがとうと言う。そうして部屋に連れ戻してベッドに寝かせると、マルコに近くの島へ向かうよう指示を出しておく。
「何か不足してるの?」
俺の出した指示に反応して、心配そうに聞いてくるそれに、本当に優しい子だと思う。いつも備品の管理等も行っていて、だからこそ何かが不足している状況にある筈がない事を理解している。
それなのに島に寄るとなれば、緊急事態かはたまた見落としか。どちらにしても家族の生活に関わるからと……そんな所だろう。
「あァ、ナミの健康が不足してるから、少し休んでもらおうと思ってな」
「……あの変な霧のせいよ。もう大丈夫。心配かけてごめんなさい。あの霧……なんかおかしくて。でも、正体が掴めないから余計な事言えなくて……」
「ハルタ辺りが調べ始めてるだろうな。……ハルタは、ナミが可愛いらしいからな」
「どういう事?」
コテンと首を傾げた様子が子供にしか見えない。こんな様子は俺にしか見せてないらしく、周りから親父が盲目的に溺愛して変なもの見てるんじゃないかと……そんな事を言われる程、俺の前では気楽にしてくれている。
勿論、俺にだけ見せると言うならそれはそれで大歓迎だが……。どうしたって俺が先に逝くだろう事を思えば、不安もある。
だが、目下の問題としては、不安そうにしてるナミを安心させる手段だな。そう思ってナミに笑いかける。
「ナミを連れ戻すのをハルタが見てたから、慌てて調べているだろうって事だ。兄貴としてか、息子としてかは知らないがな」
ハルタは好き嫌いがハッキリしている。1度好きだとなった相手には全力で対応するが、他は当たり障りなくであり、嫌いな相手には塩対応もいい所だ。
……珍獣扱いは少しどうかと思うがな。俺には可愛い子猫にしか見えねェんだが、何処が珍獣何だろうか。
「何も問題ないなら良いけど……あ!」
「どうした?」
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
聞き馴染みのない言葉に首を傾げれば、楽しそうにナミが笑う。少し悪戯なその笑顔が妙に愛しい。
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなァ……なんだ?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
言われて視線を向ければ何か置いてある。それを片手にナミの頭を撫でれば嬉しそうに笑うから、サッと書面に目を通す。
これなら卵代金の他は、特に何か金がかかるようなものでもないな。高い食材でもないから、イベントとしてやるにも問題は無さそうだ。
サッチの所で料理を、イゾウの所がペイントを、ハルタの所がそれを隠して、中身に関してはマルコに1任して、必要な買出しはジョズ辺りに任せれば上手くやるだろう。そう考えていたら妙な感触に驚かされて、その頭から手を離す。
するとナミも不思議そうにしていて、なんだろうかと2人で顔を見合わせているとぴょこんと生えてきたそれに、思考が止まる。……いやいや、生えるなら猫だろう。
咄嗟の事とはいえ、そう思った時点で俺も混乱していたらしい。ナミはまだ状況把握が出来てねェ様子だ。
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
俺の言葉に慌てて確認するように鏡台へと向かい、それを確認する。触ると感覚がちゃんとあるらしく、眉を寄せているのが印象的だ。
それから怖々という様子で自らの尻に手を伸ばして、泣きそうな顔で俺を見る。俺は猫だと思っていたが、兎でも似合うし間違いではねェな。
「なにこれ。こんな……え、私……」
「ナミ」
「ニューゲート……」
不安そうにしていたから、思わず名を呼べば振り向くナミ。泣きそうな顔で俺を見るその姿が庇護欲を誘う。
兎の耳が揺れている。その姿が愛しくて、ニヤけそうになるのを抑えた為か、予定に無かった言葉が零れ落ちた。
「可愛いぞ」
「そうじゃない!!そうじゃないのよ!!」
怒ったなら、不安も誤魔化せるだろう。だが、可愛いはダメか。
なら、なんだろうな。他に正しい表現は……?
「似合うぞ?」
「そういう事じゃないのよ!!」
叫ぶナミを抱き寄せて、とりあえず簡単にいくつか確認すると、隊長達を呼び集める。すると少し慌てた様子で報告があると言う息子達に成程なと思う。
「ナースたちにも、うさ耳が生えたか」
「……え、あ、うん。そうなんだよ」
「あの霧が怪しいな。……エース、近くの島に行って少し聞いてこい。姉に耳が生えたんだって不安そうに言えば、何か教えてくれるだろ」
「姉って……」
そう言ってからナミに視線を向けて、何故か鼻血を噴いて倒れたエースに、好みの姿だったのかと納得する。……まぁ、似合うとは思うが……元々ナミにはよく、猫耳とかはついてるように見える事も多いから今更だろうと本気で思う。
だからこそ、妄想が現実になった気がしたんだかな。本当に、その姿が似合い過ぎて隠しちまいたい衝動を抑えるのがやっとなんだが……本人は分かってねェ。
そうこうしつつ、ついでにイースターイベントについても指示を飛ばせば、息子達はそれぞれ動き出す。後は、時間が解決してくれるだろう。
詳細が分かるまでは下手な事をしても良くないと、ただナミを抱き締めたまま過ごせばナミもまた嬉しそうに俺に甘えて来る。2人で資料や決算報告書等に目を通して、時に餌付けするようにナミに物を食わせてと時を過ごせば、見掛けた息子達に胸焼けしそうだと言われたが……いつもの事だ。
「そう言えば……ニューゲートって、スキンシップ好きな方?」
「恋人ってのは、こういうものだろ」
「そうなの?恋人って、ほら、なんか……溜まった時に呼んで相手させるようなものじゃないの?」
ナミの言葉に思わずその顔を凝視したのは、これ迄どんな恋愛してきたんだと思わされたからだ。だが、ナミの初めては俺が貰ったんだよなと思えば、それはそれでまた疑問に思う。
そう言う関係性の友人でも居たのだろうか。海軍ってのは、ろくなもんじゃねェな。
「……大いなる間違いだな。無料の娼婦扱いだろ、それだと。俺はナミを恋人として、ただ甘やかしたいだけだ」
「私、これ以上甘やかされたら……溶けちゃいそう」
「溶けて、ひとつになるか?」
「ニューゲート……」
互いに見つめ合い、自然と身を寄せ合う。そのままゆっくりと顔が近づいて行く。
「親父ー!!話聞いて来たぞー!!」
唇がまさに重なろうと言う時に帰って来たエースにより、それは阻止されたが……ナミは赤くなって俺の胸に顔を押し付けて来たから、これはこれで良いだろう。いつまでもウブな歳若い恋人を抱き締めて、俺はエースからの報告を受けた。
結果論だが、耳等が生えた事は特に問題はなく、虎柄のタイツをはいた娘達にうさ耳という奇妙な状態になる。その為に、兎のフリした虎が多いなと小さく笑う。
それに対して娘達は、本質が可愛い兎だと証明できたと笑うから、楽しそうで何よりだと思いつつ頷いた。ここは触らぬ神に祟りなしだ。
イベントの内容も兎と卵なので、大きな問題は無い。寧ろその為の仮装のようにも思える為か、盛り上がるばかりだ。
Happy Easter……。家族揃って楽しめるのならば何でもいいと笑う2人に、アレで戦えば世界最強なんだから怖いよなと息子達は語る。
兎も本当は強いのだと家族は知っているのに守ろうとするのは、その兎が蜜柑で出来ているからなのか。とりあえず、今日もモビーは平和である。