島に到着した瞬間から、次々と舞い込む事務仕事に流石に辟易として来る。漸く落ち着いたと思ったら、船の下で大きな笹竹を持った民間人が来ていて、何事かと視線を向けた。
「あ、こちら注文の品です。お届けに参りました!!」
「……重かったろう。すぐ取りに行かせる!!……ジョズ、受け取ってきてくれ」
「わかった」
近くに居たジョズに任せたが、俺は何も頼んだ覚えはねェ。……それでも、頼みそうなのが居るのを思い出せば受け取らないなんて選択肢は無かった。
いつもいつも俺には何も言わず、何故ナミはこうやって勝手な事をするのか。その九割以上が誰かの為だからこそ、叱るに叱れねェ。
少しは自分の事も考慮に入れてくれと願うのは、間違っているんだろうか。その時になって歌が聞こえてくれば、大義名分もあるしとナミの元へ足を進める。
ドアを開けた時見えた優しく微笑みながら歌う姿に、聖母のようだと思わされたのはナミに惚れているからだろうか。まァ……元々が心優しき女海兵だったんだから、納得は出来るがな。
歌が終わるのと同時に拍手してやれば、ナミは驚いた顔で俺を見て瞬時に頬を染める。その破壊力の高さに、そのままベッドに連れ込みたくなる衝動を耐えればナミが俯いた。
それにより髪で隠されて顔が見えなくなれば、寂しいばかりだ。近くまで足を進めれば、描き上がっている譜面を見付ける。
いつもの曲とは違い短いそれは、曲調も単調であり覚えやすい。だが歌詞が明らかにワノ国を思わせるものであり、ワノ国に馴染みが無ければ通じないだろうと思われる箇所が多いな。
「ナミ、もう1度歌ってくれ」
「へ!?なんで!?」
「ちゃんと聞きたいからだ」
「……仕方ないわね」
恥ずかしそうに頬を染めて、ゴニョニョと言いながらも頷いたナミは、歌い出せばプロ顔負けなのだから恐れ入る。……それにしても、おでんが聞いたら喜びそうだな。
あの国でやるには向いていそうなイベントだ。あいつもきっと、楽しめるだろう。
歌の余韻を残して歌がそっと終わるのを聞いて、ナミの頭を撫でれば嬉しそうに笑った。何故か自信の無いナミだからこそ、こうして褒めると本当に嬉しそうに、何処かホッとしたように笑うのを知っている。
「イベントの詳細を説明してくれるな?」
「あ、届いたのね!わかった!!」
そう言って七夕イベントの説明を始めたナミは、なんだが妙に楽しそうだ。レシピについてはサッチに託すとして、他もある程度は得意分野のそれに振り分ければ良いだろう。
飾りを作るのも金のかかるような物ではなく、それに必要な物はナミが買い揃えて届けてくれているのだから、反対する理由はない。残る問題は食費だが、肉は海王類で、魚は海でいくらでも補える。
卵だとかはそれ程高い物でもねェから必要なら買い足せば良いが、通常の食費の範囲だろうそれに頷いた時、ナミが網漁を前に提案していたのを思い出す。あの話はどうなったんだかな。
「網漁はどうなった?」
「ん?ハルタが網作ってたから、次に出航したら開始できると思うけど?」
「そうか。なら、食費がまたかからなくなるな」
「そうね。いい事だわ。簡単な生簀も船大工達が作ってたから、新鮮な魚料理が並ぶ日も増えそうね」
そんな色気もへったくれもない話をしながら、ナミと笑い合う。その後皆にイベントの内容を伝えて指示を飛ばせば、ナミが来てからは増えた宴に野郎共は無邪気に喜び、テーマがあるそれにナース達も嬉しそうにする。
そう言えば今回の話は、随分と女ウケしそうな話だな。そう思えば、織姫と彦星は年に1度しか逢えずに良く耐えられるものだと感心しちまう。
……俺には耐えられそうもねェな。もし、何処か安全な島で普段はナミが平穏に暮らしているのだとしても、同じベッドでナミが寝ていない等、考えたくもねェ。
いつも俺の手の届く範囲で、笑っていて欲しい。時に照れたり、膨れたりしているのも可愛いがな。……そう思いながら手渡された紙とナミの顔を見比べる。
その後ナミからの説明を受けて、それぞれの願い事を短冊に書いて吊るす事となった。そうなれば字が上手くなりたいとか、絵が上手くなりたいとか、女にモテたいとか、そんな物が吊るされて行くのを眺める。
俺は何を書くかと考えながら吊るされた願い事を眺めていれば、その中にお手本のような文字を見付けた。それがナミのだなと思うのと同時に、つい手を伸ばして……書いてある物に動揺して固まっちまう。
『家族が欲しい』
……これは、どういう意味だ?
ここのクルーも、ナミの家族も血は繋がってねェから、その……子供が欲しいと、言ってんのか?
それとも、いつまでも恋人のまま、妻にしない俺の、その、妻になりたいと……そういう意味だろうか。……いや待て、相手はナミだ。
家族……仲間を増やした方が良いとかそう言う意味かも知れねェな。だが……。
「親父、唸るなぃ」
「マルコ……唸ってたか?」
「すんげェ妙な気配出しながら唸ってたから、皆が遠巻きになってるよぃ」
マルコの言葉で視線を向ければ、願い事に不吉な事が書かれてんじゃねェのかと怯えてるやつもいて、悪い事しちまったなと思う。……人の願い事なんか、見るもんじゃねェな。
「マルコ、家族って……何だろうな」
「親父……どうしたんだよぃ?」
心底心配そうに聞かれて、視線だけでナミの短冊を示せば、マルコが笑った。それなら……と。
「直接聞いてみたらどうだぃ?正式にお袋にしてもいいだろうし、弟や妹が〝産まれ〟ても、大歓迎だよぃ」
そう言って楽しげに去るマルコを見送り、俺は蜜柑の葉を相手にトワリャー!とか言ってる阿呆を捕まえに歩き出す。恐らく毛虫でも居たんだろうが、本当に見ていて飽きねェ。
俺が近付けば、パッと顔を明るくして、やはり毛虫を示して俺に縋るような視線を向けて来た。もう、虫の名前を出すのも嫌なのだろう。
毛虫を捕まえて海に捨ててやれば、ありがとうと抱き着いて来る軍手姿のナミに、色気ねェなァと笑えばナミは小首を傾げる。それからふっと艶やかな笑みを浮かべて、俺に問い掛けて来た。
「それは、ニューゲートと二人の時だけで……良いでしょ?」
「……確かにな。他の奴に色気振りまかれりゃ、狙う阿呆を始末して回る手間が増える」
「ニューゲートは、忙しいの、終わった?」
つい本音を返せば、ナミが震える眼差しで不思議そうに俺を見て問い掛けてきた。それに俺は笑いながら、ナミの頭を軽く撫でる。
だがナミはそれがご不満らしい。珍しく毛を逆立てた猫みたいな様子を見せるから、それに笑った直後……続いた言葉に息を呑む。
「俺は船長だからな。いつでも暇だ」
「嘘つき!ニューゲートはいつも忙しくしてるじゃない!……もう少し、構って……」
「可愛い事言ってると、天の川の向こうに帰れなくなるぞ?」
喘ぐように言葉を返せば、ナミは潤んだ瞳を俺に向けてギュッと抱きついてきた。俺はそんなナミに、魅せられる。
珍しく甘えてくれるナミに、俺の思考は全て奪われる。今なら、誰でも俺を殺せるんじゃねェかと思う程に……俺はナミしか見えなくなっていた。
「……今更……帰さないで。ずっと、離さないで」
「ナミ」
「ニューゲート」
そのまま二人で唇を重ねようとした時、サッチの飯だぞー!と言う声が響き渡る。どうやら宴が始まるらしい。
それによりキスさえお預けになったが、今更もうナミを手放す気は無く、抱いたまま移動する。そんな様子に離れる事を願う声はもう何処からも聞こえて来ない。
「続きは、今夜二人になってからだな」
「続きって?」
「……キス、し損ねただろうが」
「あ……!……うん、今夜ね」
「寝られると思うなよ。俺の織姫」
俺の言葉に真っ赤になったナミに、俺は今夜短冊の意味を問い質すつもりでいるが……はてさて、上手く吐かせられるだろうか。ナミはこれで案外頑固だ。
風に揺られる家族の願い事が、1つでも多く星に届くといい。そんな事を優しく呟くナミに、空気が弛緩する。
始まった宴の中、他など目に入らない様子で、2人はただ互いを見つめ合い微笑みかける。その様子に当てられて、さっさと部屋に帰れと追い出されるのはもう少し後。
今日も織姫と彦星は、年に1度の逢瀬なんて耐えられないと、引っ付いたまま離れない。そうして二人になったその後は、暫く部屋から出て来ないだろう。